1話 マリスはオイシイところをいただくつもりである
燭台に灯された火の光だけでその場所を明るくしようとしていた。そんな薄暗い場所では玉座に座る真っ白な男が一人。そして、彼の眼前には跪いている少女がいた。あまりにも真っ白過ぎて、神々しいと彼女は見惚れながらも――。
「お呼びでしょうか、魔王様」
そう口を開く少女は年齢からして十五か十六歳だろう。右目には眼帯をしている。そんな彼女に魔王と呼ばれた男は「うむ」と威厳があるようにして頷く。
「この世界を人間だけの物にするという考えを改めさせるために、占い師バーバの占術より聞いた『鍵』のかかった魂を持つ人間をお前が殺すのだ」
「『鍵』ですか?」
噂には聞いたその『鍵』のかかった魂を持つ人間。魔族たちが噂していたが、詳しいことはよく知らない。ただの噂でしか聞いていないのだから。話がよくわからないのか、少女は顔を上げる。茶色いその目が魔王を捉えていた。
「そうだ、『鍵』のかかった魂だ」
「その人物を倒せば、我が魔族は永遠の繁栄を得ることができるのですね?」
「その通り。だが、何も『鍵』のかかった魂を持つ人間を殺すのではない。『鍵』を開けられて力を解放された魂を持った人間を殺すのだ。いいか、間違えるのではないぞ。やつの『肉体』ではない。『魂』を狙うのだ。その力を解放させなければ、また数十年後にやつは現れるのだから」
少女はしっかりと魔王の話を聞いて、何度も頷く。
「道中の件はクロウに任せる。私の古き友人だ」
そう左手を上げると、少女の頭の上に一羽の鳥がやって来た。その鳥は黒い羽を持っており、カラスを連想とさせるが、彼女にとってはどちらかと言うならば――。
「……ハト?」
そう、この鳥――クロウの鳴き声がハトなのである。この呟きは彼に聞こえていたようで、軽くくちばしで小突いてきた。少し怒り気味のようにも見えるようである。
「私はハトじゃありません! クロウと申します!」
しかし、どこからどう見ても、聞いても――ハト。なんて言いたいのであるが、話が変わってくるし、何よりこの場には自分が忠誠を誓う魔王が眼前にいるのだ。そのため、黙っておくことにした。
改めて少女は魔王の方を見た。それを見計らったかのようにして、彼は頷く。
「私はお前を本当の娘のように思っている。お前ならば、その『鍵』を開いてやつを倒せると信じているからな」
「はいっ。是が非でも魔王様の期待に応えてみせます!」
一礼をすると、その場所をクロウと共に後にした。
一人と一羽は自分たちがいた場所――魔王の城を出ると、クロウがこちらに対して頭を軽く突いてきた。何か言いたげである。
「見たところ、あなたは魔族じゃないように見えますが?」
その言葉に少女は自身の腕に乗るように促した。クロウはそれに従う。あまり、頭の上に乗られるのは好きじゃないから。そして、地味に突かれるのは痛いから。
「もちろんだ。ボクは魔族じゃないが、人間として扱わないでくれるか」
どっちつかずの存在。いや、そうであろうが自分は構わない。強いて言うならば、魔族には信仰心がある一人の人間である、と。
「これでも、他の人間よりは魔法は使える」
「なるほど。それならば、安心ですが……」
見たところ、少女に魔法を扱うような魔法道具が見当たらなかった。魔法道具は魔石が施されたアイテムで、基本的には首飾りや杖にあるような物だが――。
クロウがそう指摘すると、「持っている」と腰のベルトに提げていたカラビナ付きのポーチから赤色の石を取り出した。これに彼は少しびっくりした表情を見せる。まさか動物のそのような顔を見るとは思わなかったな、と彼女はちょっとだけ思う。
「攻撃魔法専門ですか?」
「……一応はね」
質問に答えると、それを仕舞い込む。
「安心しなよ、クロウ。ボクは魔王様の期待に応えるためにも絶対にヘマはしない。この世で人間たちから勇者と崇められているやつの首を獲る『歴史的重要人物』だ」
その発言は自信たっぷりだな、と逆に感心をしてしまいそうだ。
「それはあなたがこの世界の歴史を変える、と?」
「もちろん。人間のいない世界を作った一人の人物として」
にやり、と少女は不敵な笑みを浮かべる。なんとも、大層な考えを持っているな、と苦笑いするしかない。彼女は人間なのに。
「そうですか。ならば、あなたの名前を教えてください」
「ボクの名前?」
クロウは腕から飛び立つと、地面へと降り立った。彼らの視線がぶつかり合う。
「当然です。あなたが歴史的重要人物であるならば、その証言者及び、書き変える人物の名前が必要ではありませんか」
歴史の目撃者、と聞いて少女は自信たっぷりの笑みを見せた。それは何も怖い物などない、とでも言うようにして――。
「ボクの名前はマリス」
魔王の城を後ろにして、そこからあやしい風が一人と一羽に当たっていた。そうであろうとも、それは寒いとは誰も思わない。
「この世のオイシイところをいただく、『魔族の救世主』だ」