16話 ジャスティスはそれでも少しずつ成長を見せる
この時代の薬の値段は高い。故に大半の者たちは自力で薬草を見つけたり、民間治療法を試したりとしている。だからこそ、マリスはジャスティスの姿を見て思う。
――こいつのクズさを治す薬があるならば借金をしてでも買うのに。
現在、『鉄の山』の山道入口にいた。そして、ジャスティスの位置はマリスの真後ろ。ある意味での定位置。という以前に、依然と変わりない誰かを盾にするその根性。半周回って感心――いや、何周回ったところで思うことが変わらないどころか、得る物すらなかったか。
「もう慣れろよ」
「慣れると言う方がすごい、と俺は思う」
「こうしているジャスティスの方が逆にすごいと思うよ。いいから、そろそろ自分の足で歩け」
「やだ、こわい」
「なんでそこだけ子どもじみた言い方なんですか」
強引にジャスティスを引きはがした。こうして、盾をされると気分が悪いどころか、肩が疲れるのだ。マリスはため息をつきながら、肩を回してストレッチをする。
「工場長さんからは死んだ人がいないって言っていただろ? どうせ、怪我しても骨折程度だって」
「いや、かすり傷だからみたいにして言われても」
「それに、何もボクは攻撃魔法しか使えない訳じゃない。多少なりとも回復魔法は扱える」
「そうなの?」
それならば、安心だとジャスティスの表情が柔らかくなる一方で木の枝に止まってクロウはこちらを見ていた。もちろん、その視線にマリスは気付いている。
「……行こう」
それでも人を盾にすることには変わりない残念勇者に痺れを切らして、マリスは頭頂に手刀を落とした。地味に鈍い音が聞こえてジャスティスは一人悶絶をする。
「怪我してもボクが回復してあげると言っているじゃないか」
「無茶言うなよ、無茶を! 工場長の話を聞いていたなら、わかるだろ!?」
「死人はいない、だろ?」
「違う、それじゃない」
「鍛冶屋が町にあるから、武器を新調したかった?」
「ちげぇよ」
「前に私が言った偏食家ですかね?」
「違う、違う……いや、それだった。そいつ、人の武器を食うんだろ? 俺が戦ったところで、食われるがオチに決まっているだろっ!」
自身の武器であるまきわり用の斧を手にして、ジャスティスはシャウトする。
「食われたら、元も子もないだろうがよ」
「だとしても、戦いの経験は積めるはずだ。何も逃げてばかりじゃ、成長はしない。神様に怒られたんだろ」
「そうなんですか?」
正論を言っても、屁理屈ではない反論をされて何も言えなかった。その場にジャスティスは屈み込む。不意に神様の言葉を思い出す。
「…………」
【世界を救わずして、『死』を選ぶか】
難しい言葉ではないにしろ、色んな解釈はできる。自分の言行で後味の悪い世界になることも十分に理解できる。それでも、ジャスティスという男は自己犠牲をするのが好きな人間であるとは言いがたい。むしろ、逆だ。だからこその迷い。いい加減けじめをつけろと言われても、自分が他者であってもつけられないと言う者に同情はする。まさにこの立場なのだから。
「ジャスティス、立て」
しゃがんでいるジャスティスの前にマリスが立つ。
「世界を救うのがまだ受け入れにくいと言うならば、まずは『鉄鋼の町』の人たちを助けることに専念しろ」
山道の奥の方から柔らかい風が吹き抜けてくるのがわかった。この前のとは違う、優しさがある。
「『鍵』のかかった魂に関しては任意ではないかもしれないが、この依頼はジャスティスが任意で受けたのだろう? ならば、彼らを助けないと」
「任意……」
「きみの心が彼らを助けたいと思ったんだろう? それで依頼を受けたんだろう? なのに逃げるのか?」
マリスの言葉にジャスティスはその場で立ち上がった。それも自分の意思で。言われて渋々、ではない。その言葉に彼の心が動かされたのだ。それに安心したようにして、彼女先をが行こうとすると「マリス」そう、声をかけてくる。そちらの方へと振り返ると――。
「いつも、俺に声をかけてくれたりしてありがとうな」
お礼を言われた。
「あ、ああ……」
このとき、マリスは不思議な感覚に包まれる。妙な気持ち、何だろうか。茫然とその場に立ち尽くす彼女にクロウが「彼は先に行っていますよ」と呼びかけた。
「行かないと」
「あっ、う、うん」
こうしてジャスティスが使命があるという自覚をしていけば、と思っていたが――。
あの意気込みは小一時間して終わりを迎える。
二人と一羽は山道に入り、採掘場である坑道に入ったところでジャスティスは不安そうな表情に満ちていた。坑木の陰に隠れるようにしている。
「ジャスティス……」
これにはマリスもクロウも呆れるしかない。
「冗談じゃねぇ! ただの一本道かと思えば、鋪が入り込んでいるだなんて! どこから魔族が現れるのかわからねぇってのに!」
「その挙動不審さが却って見つかりますよ」
「嘘だろ」
そうとなれば、動くに動きたくないなと渋りを見せてくるジャスティス。だが、先ほどみたいにして駄々を捏ね続けるのはよくないと思っているのか、愁眉を見せつつも歩を進める。
「ていうか、武器を食べるってどんなやつだよ。クロウは食べられるか?」
「食べる気にはなれませんね。この魔族は完全なる偏食家ですよ」
「武器を食べるよりも、穀物をかじっていた方が結局のところ経済的だと俺は思うんだけれどもなぁ」
そう魔族に言ったところでどうしようもないのにな。苦笑いをするマリスは何かの音を聞いた。その微かに聞こえた方向を見るが、何もいないようだった。
「どうしたんだ?」
怪訝そうにしているマリスに気付いたのか、ジャスティスもそちらの方を見る。それでも何もいなかった。
「いや、気のせいだ」
先を行こう、とジャスティスに促すマリスは――。
「ジャスティス、後ろっ!!」
叫び声に慌てて振り返る。手には武器である斧を持っていたが、何者かに奪われてしまう。その何かは手足の生えた巨大有鱗目の動物のようで、そいつは長い舌でまきわりの斧を掴んでいた。これにより、ジャスティスは硬直する。
――なんだ、こいつはっ!?
●鋪・・・[鉱山での通語で]坑道。ジャスティスの祖父は元『鉄の山』ではない別の採掘場で働いていたため、そのときの話を彼は聞いていたことがある。
●有鱗目・・・一般的に爬虫類と呼ばれるもので、この作品では体長二メートルぐらいの『トカゲ』の姿をした魔族だと思っていただけたら幸いです。ただ、この作品においては『トカゲ』ではない、『トカゲ』とは差さないとも思っていただいて欲しいです。




