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オイシイところをいただきます  作者: 池田 ヒロ
最終章 二人の選ばれし者たち
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最終話 ジャスティスは戦いのない世界を望んでいる

 マリスから諦めるな、と言われ、ジャスティスは白い剣を構えるが――。


「無理」


 その一言で片付くほどに勝ち目のない相手である。こんな世界並みのでかさであるならば、敵うのは強大な力を持つ魔王ぐらいだろう。その考えもあってか「魔王さんが頑張ってください」と他人任せである。


「あんなの倒せるのって、魔王さんぐらいでしょ? 元神様でしょ?」


「言っておくが、私が彼に力で勝つことは不可能だ。せいぜい、弱くなったところをこちら側に来られないように結界を張るぐらいが関の山。そして、その結界魔法も発動させるのに時間がかかる」


「それ、俺がしたい役目なんですけど!? 魔法使えないけど!」


 どうせならば、自分がするようなことしか魔王はできないと言うらしい。これにはジャスティスは腕を組んで思考を回す。どう考えても、どう転がり込んでも、見えているのは世界滅亡。とても勝てるという考えが思いつくはずもない。ついたら、ついたでそれはすうごいことなのだが。


「元より、私の力の半分はマリスの体の中にあるからな。どうしようもない」


 そうだった。幻影がマリスを乗っ取って、魔王の力を奪っていたんだった。それならば、とジャスティスは半透明――幽体である彼女の方を見た。


「マリス、お前の体に空きができただろうし、行ってくるといいよ」


「そうしたいのも山々だがな」


 ジャスティスが考え抜いた思案をあっさりと受け流す。できないという言葉に彼の顔は無となる。


「どうも、今は戻れないらしい。あいつがボクの体から抜けて、その体自体の損傷がひどいからだろうね」


 見ればわかった。下の方ではNo.Fが損傷の激しいマリスの体を回復させているのだから。


 つまりはこの状況の中で戦わなければ、ならないのはジャスティスぐらい。魔王は結界魔法を発動させるために、準備をしに行ってしまった。この場に残された二人は顔を見合わせる。


「諦めるなって言ってもなぁ」


 問題はどうやって巨体の神様をくたばらせることができるかである。相手は魔族でも四将でも何でもない。全盛期の力を半分失った魔王でさえもまともに戦えないという神様。この世界を嫌う者である。


「どうすれば?」


「ボクとジャスティスが力を合わせるしかないんだよ」


「力合わせるって……お前、幽霊じゃねぇか」


「できる。いや、やるしかない。仮にもきみは魂の選ばれし者だ。そして、ボクは体の選ばれし者。わかるか?」


「…………」


 まさかと思った。幽霊体であるマリスがこちらの胸倉を掴んで、ついて来いと言っている。幽霊なのに、触れるという不思議。いや、目の前にいる興奮状態の神様を見れば、そんなのちっぽけであるが。


「まだボクの体がなくなったわけじゃない!」


「でも、マリス!? それって――」


「いいから、ボクの体の中に入れ! 変態勇者!」


 No.Fによって修復されたマリスの体に向けて、彼女はジャスティスを強くぶつけた。それが原因かはわからないが、この行為の後、何かが壊れるような音が聞こえた。彼はその場に力なく倒れ、代わりに起き上がったのはマリスの体の方である。


「え?」


 マリスは起き上がると、驚いたような表情でジャスティスの空となった体を見た。彼は白目で気絶しているではないか。というよりも、満身創痍だったはずなのに、体力気力ともにフルに回復しているではないか。一体、何があったと疑問を口に出したいところだが、予測はつく。


 ジャスティスの魂がマリスの体の中へと入り込んだのだ。


 そんな状況の中、半透明のマリスは「戦え」と白い剣――ラスト・ブレイヴを差し出す。それは先ほどから柔らかい光を放っていたのだが、ジャスティス自身が受け取ると、強い光が辺り一帯を襲った。燦然と輝く剣はまさしく選ばれし者に相応しい剣であると言えるだろう。


「ジャスティスは物語で語られるような勇者ではない。だから、戦える」


 本来の神話や物語で語り継がれている勇者や救世主というものは勧善懲悪を徹底した選ばれし者である。しかし、ジャスティスの場合は違う。そのようなものを足で押し退けて、本来は『正義役』としている『神』という存在を『悪』と見なした。それ故に解かれた結界からこちらの世界へと戻ってこようとしている毛むくじゃらの神様と戦う力を持ち合わせているのである。


 すべては逆説なのである。


『常識に捉われない、非常識な選ばれし者』


 あの発言が世界を変えることとなるのだ。そう、すべてが逆転してしまったがために、開かないはずの鍵は開かれ、開けられないはずの鍵は開けられた。すなわち、ジャスティスの魂にかかった鍵は開錠されたのだ。


 何もかも理解をしたのだろう。ジャスティスは手に握ったラスト・ブレイヴを巨大な神様に向けた。もちろん、マリスも身構えをする。神様は毛から覗かせる鋭い目でこちらを見ていた。それでも彼らは怖けつかない。


――来るならば、かかってこい。


 もう恐れるものなんてない。


「俺は自分さえよければいい、楽な道を選ぶ、この世のオイシイところをいただく」


「ボクは自分に忠誠を誓った者へ捧げるために、この世のオイシイところをいただく」


 二人は大きく息を吸った。




ボクたちはこの世界の選ばれし者にして、悪役勇者だ!」




 その叫びと共に白い刃は肥大化していった。それを持ったとしても、重たくはない。マリスは自分も戦わんがために、魂の魔力をラスト・ブレイヴに送った。それに伴い、ジャスティスは剣を振りかざした。


 これで毛むくじゃらの神様が倒されるわけではないが、予測不可能だったらしい。とてつもない、強力な力に押されて、怯んでいるところを――。


「悪いが、この世界は貴様には似合わん」


 隙。結界魔法の準備を終えた魔王がそれを発動させた。それに抗うこともできずして、巨大な神様は地中深くへと押し込まれていき、完璧なまでに封印をされてしまう。


 完全に姿を見せなくなると、ラスト・ブレイヴはまるで役目を終えたかのようにして、花びらのように世界中へと散ってしまった。直後、マリスの体の中に入ったジャスティスは途切れるようにして、その場に倒れ込む。その代わりとして、彼の体は目を覚ました。


「……あれ?」


「全部、終わったからな」


「ああ、なるほどね」


 体の節々が痛い。それでも、ジャスティスはゆっくりと起き上がった。空に舞っている白い花びらを見る。


「やっぱ、なんともない平和な世界が一番だわ。二度と戦いなんてゴメン被るぜ」


 これでこんな生活もおさらばだな、とマリスにそう言った。彼女はその声かけに小さく笑うと――。


「ジャスティスらしいな、そこは」


 白い花びらと共にその場から消え去ってしまったのだった。

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