118話 ジャスティスたちはマリスのために戦っている 後編
威勢があったはずなのに。そうマリスの体を乗っ取った何者か――幻影は眼前で満身創痍のジャスティスを見て思った。あれだけ殺してやるだと躍起になっていたのに。結局は虚勢と言ったところか。
「さっきまでの勢いはどうした?」
これは嘲笑せざるを得ないだろう。それほどまでに滑稽なのだから。睨みつけていた緑色の目は微かに「敵わない」という諦めの色が見え始めている。
「……クソッ」
今ある武器――白い剣を持ってしても、それが目の前にいる相手に届きそうになかった。自分のすべての攻撃を魔法でかわしているのだから。一切物理攻撃で仕掛けてはこない。強いて言うならば、土や植物と言った魔法を利用してくるところ。そして、何より――。
「きみは焼け死ぬか凍え死ぬかどちらが好きなんだ?」
炎魔法や氷魔法は使えなかったはずなのに。いや、原因はなんとなくはわかる。あのとき、クロウたちに取られたときだ。そのときに取った魔石を彼女が持っているはずだろう。おそらくは――いいや、憶測でなくともその目を見ればわかる。右目は確か魔王が与えた魔動石が壊れて銀色に。もう左目の方は見たことのない白色の目。
あれが精霊たちからもらったはずの魔石。
幻影は自分が優位に立っているから、小さな火の玉と氷の結晶を作って遊んでいた。こんな小さな魔法でも十分な殺傷能力はありそうである。
ジャスティスは大きく深呼吸をして白い剣を構えた。一応は準備万端。それでも、元々魔力が高い者に対して、更に選ばれし者が持つはずだった魔石を手に入れたならば、どうなるか。
「まだやる気か?」
剣先を向けていつでも突撃できるという雰囲気に、幻影は呆れ顔を見せた。大人しくやられたふりをして、やり過ごせばいいものを。それぐらいは見逃してやるのにな。珍しく諦めを見せないのはジャスティスである。いつもの彼は勝てないと見込めば、即座に逃げようとするのに。いいだろう、さっさと勝負が終わるのはつまらないと思っていたところだ。
ほくそ笑む幻影は炎魔法と雷魔法をかけ合わせた鎧を身にまとった。これが防御魔法だと思ったならば、大間違いだ。この魔法は防御型攻撃魔法なのだ。カテゴリーで分けるとするならば、攻撃魔法に分類される。それ故に、威力は絶大。鎧からは紫電がまとう炎の槍の刃が飛んできているではないか。
この魔法の槍は、ジャスティスが受け止める白い剣が折れそうなほどにまで強力である。足に踏ん張りを利かせているのに、押されているのだ。歯を強く噛んでいないと、受け止められそうにない。彼の歯の隙間から小さく声が漏れた。
「なかなか、どうして。しぶといなぁ」
それならば、これはどうだ。
火と雷の鎧魔法を止めて、今度は自分たちを囲うようにして水のドームを作った。全方位を魔法で囲まれてしまったジャスティスは果てしなく、嫌な予感しかしないのである。
事実、その通りである。死角から水鉄砲が飛んできたのだ。それは自分の腿を貫く。この攻撃のせいで、立っていることができなくなってしまった。患部からはとめどなく血があふれ出てきているではないか。もし、この場に本物のマリスがいるならば、助けてもらっているのに。今回はそういかないようだ。
足を狙われてしまったならば、もう逃げられない。
「…………」
悔しセリフを言う猶予がない。それほどまでに幻影は自分を待っていてくれなかった。いや、この命を弄ぶほどの余裕は見せている。
痛みを堪えろ。剣を持って、立て。ジャスティス!
もはや、気力でいるだけの存在。剣を杖代わりにしているのか、刃を向けることはなかった。つらいのは自分だけじゃないはず。『それを知らない』ではない。『それを知っている』からこそ。
――きっと、マリスもどこかで苦しんでる。
ジャスティスは勘が鋭い人間ではない。かと言って、鈍いわけでもない。どちらとも呼べないが、妙なときだけは勘が冴えるのだ。だから、そのおかげで死角からやって来た水鉄砲をかろうじて剣で防ぐ。ぶつかって来たその攻撃に、剣を握る手が痺れてしまった。ここで一々反応している場合ではない。次も来ているのだ。それも防ぐしかない。
最初はまぐれだと思っていた幻影は次々に攻撃を防いでいくジャスティスを見て、気にくわない表情をし出していく。徐々に四方八中からやってくる水鉄砲の速度が上がっていっている。だが、そのスピードすらも上回る速さで彼は対応していった。
それならば、同時に攻撃を受けてみよ。
しかしながら、そこは人間の限界と呼ぶべきだろう。一人では防ぎようのない多量の攻撃を防御できず、まともに受けてしまった。
「ははっ。これで終わりだ」
ようやくしつこいやつが死んだ、と口角を上げた。これで世間に知れ渡った選ばれし者は死んだ。これからは、自分たち魔族のハーフが掲げる理想郷を作り上げよう。二度と、このような厄介勇者なんて現れることのない世界を作ろう。
そうとなれば、早々に魔王を殺さねば。もう死んだ、という勝手憶測をしてしまった幻影はジャスティスに背を向けた。きちんと確認をしないまま。
それだから、背中に違和感があった。いや、腹もか。口の中は鉄の味。何が起こったのか、すぐに理解できた。
「きっ、貴様っ!?」
首だけ後ろを振り返る。背後には血塗れで倒れたはずのジャスティスが、血濡れて立っていたから。動かないはずの体を無理やり叩き起こして、幻影を倒さんとしていたから。
「それはテメェの体じゃねぇ。マリスの体だ。返せ」
ずっ、と少し嫌な音を出しながらも、白い剣を抜く。真っ白なそれが赤く染め上げられていた。赤い水滴が床の方へと垂れていくではないか。
相当無理をしていたのだろう。引き抜くと同時に、その剣で体を支える杖にした。剣先と床が擦れる音が嫌に響く。
大きなダメージを与えたぞ、と喜ぶのも――そこまでだ。この体は一体誰の物か。そう、マリスという魔族のハーフの者の体。半分も奪った魔王の力が蓄えられているこの体。今は『自分』が使用している体。舐めるなよ。
キラキラと淡く光り輝くのは、回復魔法を使用しているからである。空けられた穴は綺麗に塞がってしまった。今の幻影が息切れを起こしているのは怪我をしたときの疲労感があるから。
回復魔法を使用してくるのは頭に入っていなかったらしい。ジャスティスは舌打ちをする。だが、もうこれ以上は動けそうにない。マリスを助けたいのに。彼らが思い描いている理想を打ち消さなければいけないのに。
「ここまでだったな、あとはボクという本当の選ばれし者に任せて死ね」
今のこいつならば、炎魔法一発で力尽きるだろう。それが故にジャスティスはこれまでに見たことのない悔し顔を見せてきた。決して商品の値下げができなかった、そんなくだらない理由ではない。
己の力不足のせいで、単純に守りたい人を守れなかった。
今更後悔しても遅い。こんな無様な自分では到底マリスを助けることができそうにもないから。そんな思いは胸に積もり積もってくる。
――ああ、俺に力があれば『マリス』を助けられたのに!!
悔やんでも悔やみきれない。ジャスティスが自身の本音を心の中で叫んだとき、見慣れない光が彼の視界に映り込むのだった。




