112話 ジャスティスは独りで頑張る
「戦え、クズめ!!」
そうジャスティスに罵るようにして発破をかけるのは魔王である。彼は半涙目になりながらも、放り込まれた人工魔族の中で白い剣を振り回していた。マリスも結構辛辣なことはしてくるが――魔王はそれ以上である。流石は彼女を育てた親だけのことはある。
「ひぃっ!?」
痛いのは嫌だ、死にたくないとして全体を見極めなければいけなかった。一つだけのことを見ていたとしても、死角があるから。今まで、マリスやクロウは助けてくれていたが、この魔王やNo.Fは自分を助けてくれそうもない。
ここで一人野垂れ死ねと? それはあまりにもひど過ぎやしませんかね。泣きますよ。なんて喚いたところで魔王たちが「勝手に泣け」と一蹴するのは目に見えている。彼らはマリスに甘くても、突然現れた人間の男子には優しくはないはず。だが、ごくまれにNo.Fは浮遊魔法で危機的状況から助けてくれていた。
「あ、ありがとうございます……」
ジャスティスがお礼を言っても、No.Fの反応は薄かった。まるで自分には興味ないとでも言うように。一時的に助ければ、すぐにその魔法を解除してしまうため、顔面から下へと落下してしまうことは多々ある。もう少し、優しく下ろしてくれませんかね?
魔王に至っては全く助けない。それどころか、自分を助けろみたいな威圧感を投げかけてくるものだから困ったものだわ。
「ぐぐっ……!」
そんな助太刀に来てだなんて言わないでもらいたいものだ。今、こうして偽物魔族たちと競り合いをしているのに。
それよりも、この白い剣は一体どんな効果をもたらしてくれるのかとも思えば――わからないのが現実的。ただ単に、光がフワフワといるだけ。正直言って、今のジャスティスにとっては鬱陶しい以外の何でもなかった。
これは心の剣か何かよりも強度はあるものか。信念の器で作られた武器よりも攻撃力はある物だろうか。確認してみたいのだが、戦うことに必死なジャスティスは確かめようがない。とにかく、眼前にいる相手を倒すことが先決なのだ。威力なんてわかったものじゃない。そんなことを調べている暇があるくらいならば、手を動かすに限る。
「小賢しいっ!」
あまりの大軍に苛立ちを見せた魔王は真っ暗闇に溶けるような魔法弾を魔族たちに向けて放った。
これならば、一掃できるからいい――わけがなかった。
「うわっ!?」
明らかに、こちら目掛けて撃ってきているよね、とジャスティスは変な顔をしながら、それを避ける。まさかとは思いたい。先ほどの「小賢しい」という発言は自分に対してではないだろうか。絶対、違うよね? それ、信じてもいいんだよね?
と、確認する暇なんてもちろんない。次々に魔王は黒い魔法弾を撃ってきているのだから。もはや、今の状況は戦うよりも、彼の攻撃を避けることに専念しなければならないのだ。もう偽物魔族との戦いどころではない。ある種での魔王との戦いだ。
なぜにそうして自分に厳しいのだろうか。もしかして、この戦いを任せようとしたことに腹を立てているのか。だとするならば、寛大だと思っていた魔王小さくね? である。
ジャスティスが一つの魔法弾から避けたとき、魔王の方から小さな呟きが聞こえてきた。
「……マリスと一緒にいただって? 冗談じゃないぞ。まだ嫁入り前だというのに、この男と昼夜ともに過ごしていただなんて……!」
こちらに魔法弾を仕向けていたのはただの私念のようである。
こんなネチネチとした僻みにやられたくないとでも思ったのか、ジャスティスはこちらへと向かってくる魔王の真っ黒な魔法弾を白い剣で打ち返した。No.A戦でもやったことだ。
この剣は特別なものであるのは、なんとなくわかっていた。だから、打ち返すなんてできるかもしれないのだ。
事実、それは打ち返せた。一直線に魔王のもとへと返っていく。思わぬ反撃に、彼は険しい顔を更に険しくさせた。自身が持つ真っ黒な剣で消す。
「へいへぇいっ! 全部打ち返してやるぜぇ!」
そんな、挑発しなければいいものを。ジャスティスの煽りに「よかろう」とたくさんの魔法弾を形成する。すべては人工魔族へと向けるのではない。彼に対してすべてをぶつけるのだ。そうすれば、マリスは守られるはず。
どこかずれた二人の魔法弾打ち返し合戦が勃発した。これにより、自滅しかねないと判断したNo.Fは浮遊魔法で一足先に避難する。
まさしくそうであったから。魔王が撃ち放てば、一部は魔族に当たるのだ。そのほとんどは、ジャスティスが剣で打ち返している。打ち返した物はもちろん戻ってくるのだが、他に魔族たちも巻き込んでいるのだ。
逃げていてよかった、と思う半面、二人が気になっていた。下手すれば、彼らは相撃ちにあうのではないか、と。
「……大丈夫……かな?」
あまり、気にしない方がいいのだろうか。逃げた者勝ちとでも言うようにして、マリスが連れていかれたであろう、魔王の城を見た。その表情は愁色に満ちている。
「マリス……」
No.Fが抱く思いは先ほどのマリスを裏切り者として見ているのか。それとも――単純に心配をしているのか。否、彼女の感情は後者である。
あのとき、止めを躊躇したのだ。手が止まってしまったのだ。それだけ、自分はマリスを思っていた。
――どうか、無事でありますように。




