プロローグ 世界中の人々は二人が世界を救うことを待ち侘びる
「帰りてぇ」
そう言う黒髪の青年に対して、眼帯をした少女は頭に手刀をかました。
「今更何を言っているんだ。忘れたとは言わせないぞ」
「この状況見たら、忘れたいわ」
失笑する青年はその場を見渡した。天候の悪いとある孤島にて。空は真っ暗、後ろに見える海すらも黒い。それを彷彿するのは夜か。
それにしても、こんな自分が世界中の人たちから勇者、救世主として褒め称えられ――このような場所にいるとは思わなかった、と島の中央にそびえ立つ古びた城を見上げた。
そもそも勇者は、救世主は――どのような人を差すのだろうか。物語の重要人物に出てくる彼らは誰かのために、世界のために、と剣を揮う。世界を救った勇者なんて響きはとてもカッコいいと思わないだろうか。自分の命の危機があるのに、それを顧みず先陣切って戦うのだ。見よ、鍛錬されたその逞しい腕を。見よ、敵の姿を曇りなき眼で見る視線を。見よ、迷いなき一歩を。ああ、誰もが羨む平和の使者よ。世界平和の象徴よ。彼の後ろ姿に魅かれて賛同する者は多い。その剣でもっと、もっと世界を救っておくれ。
そう願うのは虚妄。現実ではない、これは架空なのだ。勇者物語の話を聞いて人々はため息をつくのだ。このようにして、世界が救われたならば――と。そうであれば、どんなにいいことなのだろうか。それがどんなに世界の思いに応えられようか。
そう、 長きに亘り、この世には救世主は現れなかった。いや、存在しなかったとも言えよう。それ故にこの世界に魔物と言った人々を苦しめる魔族たちがはびこっていた。そんな最中に世界中の神官や占い師たちは天に祈る。どうぞ、この世界を魔族の手から守ってくれる勇者が現れるように、と――。
それからどれだけの月日が流れたことか。阿鼻叫喚と負の感情しか渦巻いていないとある国で神のお告げを聞いた神官がいた。その内容を聞いて、驚愕していたが、聞いたことは事実。彼は王のもとへと急いで報告する。その内容とは――。
『鍵』をかけられた魂を持つ者こそが、この世界を救う、と。
「その『鍵』とやらは、なんなのだ」
誰もがその話を聞いたとしても、わからないのもこれまた事実。結局、このお告げの意味がわからぬまま更に月日は流れて二百年の時が経った。あのとき同様に、国の神官が再び『鍵』のお告げを聞き――一方で魔族側の占い師の方も似たようなお告げを聞くこととなる。
『鍵』は開けられる。そのときこそが、魔族たちの終焉である、と。
つまりはこの時代に『鍵』を持つ人間が自分たちを滅ぼそうとするらしい。それならば、と自分たちがそうならないためにも魔族たちの人間に危害を加える事件が増えていった。
選ばれし者よ、『鍵』を開け。そのときこそが世界を救う道標となるだろう。己を信じて外の世界を見よ、それこそがこの世を救う術とも呼べるのだから。一歩を踏み出せ、小さな世界の殻に閉じこもらずに。さあ、世界を見よ。
彼らが見たこの世の真実とは――。