第008話 「古の記憶に小さな楔(訳:思い出せそうで、思い出せない)」
「で? 結局お前何者なんだよ」
ディバルドが、ソウタを後ろから睨みながら言葉を叩きつけてきた。
「えーっと? どちらさまでしょうか?」
「あん?」
まるでチンピラのようである。
「あんさんでしたか、よろしくお願いします」
ソウタは頭だけで礼をする。
その反応にディバルドはおもわず、剣の柄に手をかけた。
「ねぇソータ君、少しは皆とも仲良くして欲しいかなぁ」
そんな様子を見かねたのか、アリシティアが苦笑いを浮かべながら言った。
「はい、わかりましたアリスさん」
アリシティアの言葉には素直に従うソウタである。
「っけ、ガキが色気づきやがって」
「どうしたんですか? えーと、ディルドバイブさんでしたっけ?」
「ディバルドだっ! つか、いきなり名前呼びかっ」
「ディバイブさんは本当に短気だなぁ」
ハハハハと、その気の無い笑い声を上げて、ディバルドをからかうソウタ。
かれこれ、30分ほどこんな調子で一行は草原の中を歩いている。
ちなみに、その間ずっとソウタはアリシティアの手を繋いでいた。
これは、ソウタがダダをこねた成果である。
そのことが余計にディバルドを、苛立たせていた。
「ところで、ソータ君にはぜひ教えてほしいことがあるんだが、いいかな」
ローブで目元まで隠している男が、ソウタに声をかけてきた。
この人はいったい誰だろう、とソウタが首をかしげていると。
「クロコナイル・カッタシールだよ」
「?」
「いや、そんな不思議そうな顔をしないでくれ、最初からいたぞ」
「……あっ! いやだなぁクロコダイルさん。冗談ですって」
アハハハと、ソウタは誤魔化すように笑った。
「別にかまわないさ、私影薄いですし……」
クロコナイルの頬には一筋の光る液体が垂れていた。
「いえ、えーと……そうそうクロコダイルさん何でも聞いてください」
ガチで完全にその存在すら忘れていたためソウタは少しだけ優しい声で言った。
「クロコナイルです……、まぁいいです、わかってましたので。それで、君に聞きたいのだが、先ほど使っていた魔法はどこで習得したのかね?」
この質問にはソウタは答えようが無かった。
というよりも、質問の意味がわからなかったのだ。
光の玉の説明によると魔法は作り出すことが出来たはずである。
「どういう意味でしょう? 魔法は作り出すものじゃないんですか?」
「なんと!? 作り出す、ですと?」
「え? なにその反応怖い」
クロコナイルはソウタに詰め寄るようにして、興奮した声を出した。
「魔法の呪文はその規則性の無さから、非常に難解なものとして研究されているのです。新たに生み出したという話など聞いたことも無い!」
「え? 何この人急に……そんな風に迫られたらたわし怖い……」
クロコナイルのあまりの真面目な空気にソウタはおもわずそんな反応をしてしまう。
ついソウタは、ふざけてしまった。
「いや、これは……違う! 私は違うぞ!? そういう趣味はないのだ」
クロコナイルはあわててソウタの肩から手を放した。
心なしか、ローブからわずかに見えている頬が染まって見える。
え?
何この反応……。
え?
マジデ?
冗談のつもりだった。
そう冗談のつもりだったのだ。
しかし、ソウタはそのあまりにもガチっぽい反応におもわずアリシティアの腕に抱きついてしまう。
「ちょっ、や、やめてソータ君」
アリシティアの腕に抱きついたソウタはあっさりと振り払われた。
繋いでいた手が離れてしまう。
ソウタは落ち込んだ。
「あ、ご、ごめんねソータ君、急にだったからびっくりしてつい……」
アリシティアは地面に手を突いて落ち込んでいるソウタに優しい声をかけた。
「大丈夫です。ちょっと手を放しちゃったから本気で落ち込んだだけです」
「それぜんぜん大丈夫じゃないよね?」
じゃあお願いしますと、ソウタは手を伸ばした。
「あ、はい」
アリシティアはあまりにも普通に手を差し出されたため、つい握り返してしまった。
「やったー」
ソウタははしゃいだ。
今度は手の繋ぎ方に工夫して指と指を絡ませる、いわゆる恋人繋ぎだ。
これで怖いものは無い。
「もう、しょうがないわねぇ」
ふふ、と微笑むアリシティア。
あれ? これフラグたってね?
ソウタはポジティブだった。
「あ、あのぅソータ君?」
クロコナイルの言葉ははしゃいでいるソウタには届かない。
「なんだこれ……」
ディバルドから深いため息が漏れた。
「あのーソータ君?」
「ほら、ソータ君、クロコナントカさんが呼んでいるわよ」
どうやらクロコナイルはアリシティアでさえ、ちゃんと名前を覚えていないらしい。
「え、あ、ごめんなさい。忘れてました、意図的に。で、何の話でしたっけ、ホモナナントカさん」
「君達……私の名前ちゃんと呼ぶ気無いよね?」
そんなことは無い、ただソウタは男の名前は覚えることができないだけである。
たとえば、幼稚園から一緒の幼馴染のフルネームとかわからない、ニックネームは覚えているのだが。
(あれ、漏らし太郎の名前って何だっけ?)
一度気になりだすと、思い出すまでそれはのどに刺さった小骨のように、ずっと気になってしまう。
「それでだね、君はさっき魔法は作り出せるといっていたが……」
「ちょっと待ってね、ホモ太郎さん。今いいところなんだ、あと少しで思い出せそうな気がするんだ、やわらかいなぁ」
漏らし太郎、通称お漏らし。
たしかもともとのあだ名はもやしだったはず。
そこまでは思い出せた。
だが、そこからがまったく思い出せない。
(島崎幸次郎の名前はなんだったかなぁ……やわらかいなぁ)
ソウタはだんだんとどうでもよくなってきた。
そんなことより、アリシティアの手のやわらかな感触のほうが重要だった。