第002話 「運命により誘われし者(訳:異世界に飛ばされた少年)」
颯太は、泣いていた。
ガチ泣きしていた。
部屋の明りとか点けずに。
ベッドにうつ伏せになって、毛布を頭からかぶって。
まだ昼だったから、遮光カーテンをきっちりと閉めるのも忘れない。
そう、颯太は真っ暗な部屋の中で、一人泣いていた。
結局、黒歴史ノートは、彩、いや、小悪魔、どころじゃないか。魔王の手によって持ち去られてしまった。
それだけだったなら、なんだかんだ言いつつも、妹の罵倒を喜んで受け入れることの出来るメンタルを颯太は持っている。
だが、あろう事か、あの大魔王はそのノートを母や、平日の昼間なのになぜか家にいた父に見せ、家族の団欒で大爆笑を巻き起こした。
そういえばここ二、三年、父はいつも家にいる、在宅ワークじゃないはずだけど、なんでだろう?
颯太はそれ以上考えないようにする。触れてはいけないデリケートな問題だ。
それに今大事なのはそんなことじゃない。
そう、あの邪神の悪事はただリビングで黒歴史ノートを披露しただけではないのだ。
わざわざ、颯太の数少ない女友達を家に呼んでから大爆笑の渦を起こした。
(あぁ、成美ちゃんのあの蔑んだ目が忘れられない)
成美の可愛い顔が、うわぁって顔になった瞬間はちゃんと目に焼きつけた、じゃなくて、焼きついた。
今まで必死に立ててきたフラグにひびが入る音がした。
ちなみに成美は妹の友達だから12歳である。
(ガチで狙ってたのに……俺ロリコンじゃないけど、本気だったのになぁ)
そして不幸なことに、成美の蔑んだ視線は、颯太にとってはちょっとしたご褒美であった。
思わず反応してしまう程度に。
思春期真っ只中のヤリタイ盛り17歳男子は非常に敏感なのである。
(反応しちゃったんだよなぁ……)
それも、薄いジャージ姿で、直立した状態で。
親の目の前でだ。
その場で即、妹の友達と触れることはおろか見ることすら禁止された。
女の子達の颯太を見る、まるで汚いものでも見るような目は、雄弁に語っていた。
キモイ、と。
そうなってしまえば、泣くしかない。
それもこれも、黒歴史ノートを持ち出した彩の所為だ。
そして成美ちゃんとのフラグが折れたのも、それの所為だ。
この世界はクソゲーならぬクソセカイだ。
そんなくだらない事を考えているうちに、颯太はいつの間にか眠りに落ちていた。
――太よ。
(うるさい)
――颯太よ。
(うるせぇって)
――聞こえているか? 颯太?
(……)
――聞けっ!
(んだよ)
――お前、わしの作った世界をクソ呼ばわりしただろう?
(したっけ?)
――したんじゃよ。
(じゃあ、した)
――だから、お前の望みどおりの世界に送ってやろう。
(はいはい、てか何? 光の玉が喋ってる? じゃあ、やっぱ断ります、怪しいんで)
――え!? ちょっ、待ちなさい。
(俺、ノーと言える日本人なんで)
――いやね、だってお前の望むままの世界に送ってあげるって話じゃぞ? 最近は適当な人間をよく転生させてやっとるが、皆大喜びなんじゃぞ?
(ノー、成美ちゃんと会えなくなるは嫌なんで、断ります)
――お主、半径3メートル以内に近づくの禁じられておったじゃないか。
(思い出させないでくれ……泣きたくなる)
――仕方ないのう、これでどうじゃ?
(ん?)
光の玉は、さらに強く光り、金髪の美少女になっていく。
(あ、正体がわかってるんで結構です)
「いやいやいや、お主わがままじゃな。じゃあこれならどうじゃ?」
光の玉の正体は実は、金髪の美少女でした。
「何その投げやりな感じ」
颯太は白けた目で少女を見る。
「そ、そんなこと言わないでくれ、これでも一生懸命やったつもりなんじゃ」
金髪の美少女は目に涙をためて、上目使いに言った。
その仕草は男心をぐっと掴むものがある。
「はは、君どこから来たの? お兄さんが手取り足取りお家まで連れて行ってあげるからさ」
颯太は自分では爽やかな笑顔だと思っている表情を作り、金髪の美少女に答える。
「……お主、態度変わりすぎじゃないかのう?」
「はっ! ついいい人な感じになってしまった。ダマサレタワー、マジダマサレタ。こう見えてもただの光の玉だったな。それに俺ロリコンじゃないしダマサレナイゾー」
金髪の美少女は呆れたような目で颯太を見ていた。
颯太はちょっと喜んだ。
「こやつ……ん、んん。お兄ちゃん、ごめんなのじゃ。謝るから真面目に私の話聞いて欲しいのじゃ」
金髪の美少女は目に涙をためて、上目使いに言った。
「ハハハ、何でも言ってくれたまえよ。僕が君の願い全て叶えてあげるから」
そういいながら、颯太は美少女の肩に手を回そうとした。
「ええい、触れるな。無礼者め」
颯太の手は肩に触れる前に、叩き落とされた。
(恥ずかしくて、私つい颯太お兄ちゃんの手を払っちゃったけど、嫌われちゃったかな?)
颯太は美少女の心の中を捏造した。
「ハハハ、そんなことで嫌いになんかならないよ、可愛いなぁ、可愛いなぁ」
颯太は金髪の美少女の頭をなでまわした。
「もうよいわっ! そのまま異世界に飛ばされるがいい!」
「え?」
颯太は穴に落ちた。
ピュー、とそんな音を立てて落ちていった。
「あー変な夢見た」
あれ?
なにここ。
道のど真ん中?
石畳?
中世っぽい雰囲気。
颯太が目を覚ますとそこは異世界だった。