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第001話 「闇色に染められし史書(訳:黒歴史ノート)」

 誰にだって、触れられたくない過去はあるはずだ。

 颯太にだってそれはある。

 悲しい過去や辛い過去、そして恥ずかしい過去。


 だけど、それらの辛い思い出は時間とともに風化していく。

 それが、生物が生きていく上で重要なことだから。

 忘却というシステムは自己防衛機能なのだ。

 それがあるから、人は前を向いて生きていける。


 だからこそ、颯太は今窮地に立たされている。

 思い出したくない過去と向き合わされているのだ。


 苗字が「西木(にしき)」だったせいだ。

 そうに決まっている。

 読み方そのままで「弐式(にしき)」になるのだから。

 おまけに、名前は「颯太(そうた)」。

 颯、別の読み方は「はやて」。

 英名風に並べると。

 「(はやて) 弐式(にしき)」。

 正直今でもカッコいいと思ってるのは秘密である。


 しかし、この言い訳は今颯太が相手にしている敵には通用しない。

 なにせそれを掘り起こした人物の名前は「西木 (さや)」。

 颯太の妹である。


「うっわ~ないない。マジで!? ネットでよく黒歴史ノートなんて見るけどネタだと思ってたし~」

 ケタケタ下品な笑い声を上げて、短いスカートであるにも関わらず、床を転げまわっている少女が、わざとらしく大きな声ではっきりとした発音で言った。


 この、妹の皮をかぶった小悪魔。

 彼女によって颯太は今、17歳の立派な男の子であるにも拘らず、泣いていた。


 土下座も忘れない。

 誠意を表す上で大事なこと。

 日本人の心だよ、土下座。

 (THE)土下座(DOGEZA)

 外国人なら大喜びです。


 しかし、目の前にいるイチゴ柄のパンツが丸見えにな床の上で笑い転げている妹は、そんな颯太の事など無視して、次々とページをめくり、その度にそこに書かれた内容を読み上げてくる。

「えーっと、なになに、やみのそこにひそむ、きんいろのめをした、ふたあたまの、おおかみ? あ、ルビがある。えーっとダークラークヘルウルぶふぅっ!!」

 堪えきれず彩は吹き出した。


「ホント勘弁してください! 何なら脱ぎますからっ!」

「キモッ」


 彩の口から素の声がでる。

 12歳とは思えないほど、ドスの利いた低い声。


「あーお腹痛くなった、これあれだね、ダイエットにいいね」


 そう言って彩、もとい子悪魔は10冊のノート全てを持って部屋を出て行こうとする。


「ちょっ、おまっ! 何持って行こうとしてんだよっ!」

「だってぇ、いらないんでしょ? なら私が貰って上げるよ。ね、オニイチャン」

 嫌な笑みで彩は颯太に笑いかけた。


 お兄ちゃんって呼ばれたの何年ぶりだろうか、颯太はちょっとだけ嬉しかった。

 たとえ、そこからは悪意しか感じられなかったとしても。

 いや、だからこそなのかも知れない。

 颯太はマゾっ気があった。


 しかし、それはそれ、これはこれ。

 黒歴史ノートは危険物なのだ、確実に人を(精神的に)殺す力がある。


 ここは毅然と兄らしい態度で、妹に接しなければならない。

 颯太は立ち上がり、妹の形をした子悪魔に近づいていく。

 身長差から、颯太は子悪魔(さや)を見下ろし、反対に彼女は颯太を見上げる形となる。


 人の物を勝手に持っていくことはいけない事だと、兄として、兄として妹に教えてやらなければならない。

(そう兄として、うん、いいね兄としてってフレーズ)

 意を決して颯太は、手を振り上げる。


「いや、めっちゃ必要っ! 大事! 大事だから返してくださいお願いします。何でも……は無理なので出来る範囲で言うこと聞きますから」

 颯太は妹の足にすがりながら、涙を流して訴えた。

 妙に筋肉質なふくらはぎの感触を堪能しながら。


 颯太は情けない兄であった。


「やっ、ちょっ、やめてっ。足っ、触らないでっ!」

 彩は可愛らしい声を上げ、スカートがめくれないよう両手で押さえる。


 実に女の子らしくて可愛らしい反応だ。

 しかし、一方で、(こあくま)は空いている方の足で颯太の顔を滅多打ちにしていた。


 そうして、颯太の黒歴史ノートは小悪魔(さや)の手に落ちたのだった。

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