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プロローグ

 見渡す限りに草原が広がっていた。

 遠くの方には青く霞んでみえる山脈がある。

 空は高く、澄んだ空気に青く染まっていた。


 そんな青と緑の境界に真っ黒な線を引いたような、染みが広がっていた。

 いや、染みではない、それは蠢いているのだ。


「ひぃっ」


 気休めにもならないようなボロボロの鎧を着た兵士の一人が、その光景を見て声を漏らす。

 彼の恐怖は集団に波及していく。


「恐れる必要は無いっ!」


 赤い線で縁取られた真っ黒なマントをひるがえし、ソウタは堂々と、まるで演技でもしているかのような仰々しさで言った。

 その言葉に、恐怖に震える兵士達の顔に安堵の表情が浮んでいく。


「そうだ、俺達にはニシキ様がついているんだ」

 兵士の中からそんな声が上がった。

 それをきっかけに、兵士達は口々にソウタを信頼するような言葉を発する。


「ソウタ・ニシキ様、よろしくお願いいたします」


 ソウタのすぐ傍に仕えていた、執事服という明らかにこの場では浮いている服装をエレガントに着こなした、銀髪の老紳士が優雅な動作で告げた。


(なんで、爺さんなんだよ。俺はハーレム目指してんだよっ! 爺の声援とかやる気とか出ねぇよ)

 ソウタは心の中で毒づく。

 だが、そんな不満は押さえ込み、せめてこの勇姿が広まることによって女の子にちやほやされないだろうかといった下心から、ソウタは自身が思う爽やかイケメンをイメージした笑顔を作り答えた。


「任せておけ」


 その際、親指を立てぐっと握ったコブシもつけるのは忘れない。

 これをやれば、50%増しでイケメン度が上がるはずである。


「何て禍々しい表情なんだ」

「おらぁ怖ぇよぉぅ」

「あの醜い顔を見ちまったら寿命が縮むんだろ?」

「なんなんだ、あの手の動き……不気味すぎる」

「ソウタ・ニシキ様は本当に不細工ですなぁ」


 兵士達から、ソウタを賞賛する声が聞こえた。

(つか、おい! 最後のっ! てめぇ俺の執事じゃなかったのか爺ぃ!)


 そんなことをしている間にも、黒い線は太さを増している。

 数を数えるのも馬鹿らしいほどの軍勢だ。

 それを構成している中で最も多いのが、炎が揺らめくような輪郭の真っ黒な犬に似た生き物。

 揺らめく闇の魔狼(ダーク フェンリル)と呼ばれる魔物である。

 その後ろには6メートルはあるであろう巨人や、地面を這い蹲るようにして歩く得体の知れないものまでいる。


 そう、ソウタ達が対峙しているのは魔王の軍勢である。


 対して、ソウタ達の兵の数は数十人程度。

 それも皆、ただの一般農夫達である。


 勝てるはずが無い。

 逃げて、生き延びることのみを考えるべきだ。


 特に取り柄の無い普通の高校生でしかなかったソウタに、これをどうにかする様な策などあるはずも無い。

 いや、たとえ歴史に尚残すような名軍師であってもこの数の差、質の差を覆すのは不可能である。

 まして、両軍が対峙しているのは罠などの仕掛けのしようも無い、ただの草原なのだから。


 もしこれが元の世界でなら、むしろソウタは真っ先に逃げ出したであろう。

 だが、この世界、この魔法が存在する世界ではソウタは間違いなく最強(・・)であった。


 ソウタは意味ありげに微笑んだ。


(どうしてこんなことになった?)

 ソウタの頭にそんな疑問が浮ぶ。


 異世界に来てしまったことは受け入れよう。

 しかし、だからと言って、鋤や鍬等の農作業道具しか持ったことの無い農夫を数十人ばかり引き連れて、魔王の軍勢を相手に戦争することまでは、受け入れたつもりは無い。


 軽いため息とともにソウタは呪文の詠唱を始めた。


「暗き闇に潜みし混沌と災厄よ、その大いなる御霊(みたま)を宿しやがて陽の光さえ喰らう(いにしえ)の盟約の下、我の命に従え、そしてその大いなる霊命(れいめい)と深き業により、彼の理(かのことわり)(かい)せぬ者達へ裁きの(いかずち)を下し給えっ!」


 呪文の意味なんて知らない。

 適当だからだ。

 ソウタのオリジナル(・・・・・)である、今この場でそれっぽいことを言っているだけだ。


 いったい自分は何を言っているのだろう。

 ソウタの心の中にそんな疑問が広がっていく、考えてしまうと羞恥にくじけてしまいそうになる。

 だが、恥ずかしがってばかりではあの魔物の軍勢に嬲り殺されるだけだ。


 顔を真っ赤に染めながら、ソウタは意を決して、開いた手の平を地響きをならして迫りくる敵の軍勢へ向ける。

 そして、呪文を唱え終わると、それを発動するための魔法名を叫ぶ。


「<天より(ヘヴンズ)降り注ぐ(スコール)豪雷(ライトニング)>!」


 ソウタが魔法名を唱えた瞬間。

 青すぎた空(・・・・・)は、真っ黒な雲に覆われ、細い雷が幾つも敵の軍勢に降り注ぎ始める。

 次第にその数は、十、百……と増え、ソウタ達の目の前は真っ白に染めあげられた。


 黒い雲が晴れた後に残っていたのは、クレーターのように抉れた草原だった。


 ソウタの後ろに並んだ兵士達からざわめきが聞こえた。


「さ、さすがソウタ様だ……あんなかっこいい呪文を使いこなすだなんて……」

「おらぁ、感動しただぁ。濡れちまったよぅ」

「あんな呪文俺には思いつかない、何て発想力だ……」

「やばい……惚れるわ。ソウタ様になら掘られてもかまわねぇ」


 もうやめてください、マジで何その高評価!? 逆に死にたくなります。

 ソウタの頭の中はそんな恥ずかしさで一杯になっていた。


(てか、掘られてもかまわないとか、濡れるとか、何言っちゃってんのこいつら)


 ソウタは錆びたブリキ人形のような動きで後ろを振り返った。


 兵士達が、少年のようにきらきらと目を輝かせ、まるで憧れのアイドルを見るようにソウタを見ていた。


 ソウタはこの日、伝説となった。

 数万の敵を一度に滅ぼしたという彼の唱えた呪文とともに、それは歴史として、英雄譚として語り継がれていく。

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