幕間
今回の話は『夜のお散歩でエンカウント』の後のお話になります。ファイナが天見の勝手な行動を許すところと、せっかくの温泉宿ということで。
「何だったんだ、あいつは。唐突に姿を消して」
「壁にも変な所はありませんでしたし……謎ですね」
「ただくたびれただけだ。まったく――もう風呂に入ってさっさと寝る」
旅館に戻ったファイナとセリアは、部屋に一旦戻って浴衣を用意し、すぐに脱衣所に来ていた。
歩き回っただけでなく、怪しげな黒衣と戦闘までこなしたのだ。当然汗はかいたし、汚れもある。そのまま寝るなんて気持ち悪い。
脱衣所のカゴに脱いだ服を入れ、二人とも体にタオルを巻いて長い髪をアップにする。
髪をまとめている最中、ファイナは同じように髪をまとめている隣のセリアをチラッと見る。両腕を上げて胸を張っているので、豊かな胸がさらに強調されるし、下着から解放されているせいか重量感が見て取れる。
前髪で目元に影を作ったファイナは、俯き加減になって視線が足元に向かい…………自分のつま先が見える状況に闇を背負った。
「グリューテイルさん?」
いきなり黙ってしまったファイナに、不思議がるセリアは疑問符を浮かべる。だが、ファイナはそのまま無言で先に温泉へ向かい、セリアもそれをトコトコと追いかけた。
露天風呂に入るために外へ出ると、足裏に岩肌を感じる。夏の夜は暖かく、星空が高い。湯が流れる音しかない静けさの中、満天の夜空を見上げるセリアは足を止めた。
「すごいですね」
思わず漏れた感嘆の声に、ファイナも「そうだな」と素っ気ないが同意する。
それからファイナはまず体にお湯をかけ、温度に体を慣らしてからふちの岩に腰掛けて、足から温泉に入れる。歩き回って酷使した足は、温泉に満足して思わずファイナの口から「あ~」と漏れ出た。
それから二人はゆっくりと湯船につかり、満足げに一息ついた。
乳白色の温泉の中で、気持ちよくなったファイナは軽く目を閉じる。
「そういえば露天風呂の方は混浴じゃ……」
「ん~、他にお客はいないようだし、別にいいだろ」
「…………それもそうですね」
温泉の気持ちよさと風景の見事さから、普段ならしないような選択をセリアもした。
露天風呂は広く、中央には大きめの岩が鎮座している。そっちの方から、水音が聞こえた。
セリアはピクリと反応してそちらに顔を向けたが、誰もいない。空耳かなっと思ったが、ファイナも同じ方向を見ていた。どうやら気のせいではなさそうだ。
セリアはコソコソとファイナに近づき、
「他にもお客さんがいるんでしょうか?」
「かもしれないな」
しばらくファイナは岩の方を見ていたが、
「まあ、近づいて来る気配もないようだ。私達の貸切ではないのだし仕方がないだろう」
と、再び軽く目を閉じて温泉を満喫し出す。
それはそうなのだが、セリアはもし男の人が入っているなら、恥ずかしくって露天風呂には入っていられないと考える。
だが、確認になんて行けるわけもない。内風呂に避難しようかと思うが、ファイナは満足げで動く気配がない。彼女を一人残していくのも気がひける。
そんな風に戸惑っていると、向こうの方から動きがあった。岩陰から水をかくように出てきたのは、ベリメスだった。
「あなた達、こんな時間にお風呂?」
「ベリメスさん!?」
「ベリメス?」
あまりに意外な相手で、ファイナとセリアは戸惑った。
「え、どうしてここにいるんですか?」
「お風呂に入るために決まっているじゃない」
聞きたかった答えとは違う真っ当な答えに、セリアは頭に大きな汗をかく。
「いえ、そういうことではなくって」
「水鏡の修行とやらはどうなったのだ?」
ファイナが聞いた時には、ベリメスは二人の近くに位置を落ち着かせていた。
「順調よ。いつもながら天見の着眼点には舌を巻くわ。ついていくこっちが大変よ。むしろ、天見についていける人なんているのかしらね~」
ベリメスが疲れを滲ませてそんなことを言うが、天見においてけぼりにされた二人にとっては、上から物を言われている風にしか捉えられない。カチンとしたファイナと気落ちしたセリア、そして若干したり顔のベリメス。
ここで、ベリメスとの付き合いがそこそこのファイナは変な違和感を覚えた。ベリメスは基本的に天見以外の人間には素っ気ない。あまり関心を払っていないのは、名前を覚えていない所からも明らかだろう。そんな彼女が、天見を占有するようなことを言い、牽制するなんておかしい。
「…………ベリメス、水鏡はどうした?」
「どうしたって、当然修行中よ。今も山で頑張っているんじゃないかしら」
「え? それでどうしてベリメスさんがここにいるんですか?」
「だから、疲れたからお風呂に――」
「そんな理由で、修行中の天見さんから離れたんですか? ベリメスさんが?」
しゃべっている途中で遮ってくるセリアも珍しいが、言葉につまるベリメスというのも珍しい。ファイナとセリアのジッとした視線がベリメスに注がれるが、彼女は動揺した素振りを見せず、嘆息して肩をすくめる。
「天見に言われてトーナメントの概況を確かめた帰りなのよ」
それだけ言って、今度は黙りこくってしまう。ファイナは心中で思う――不可解だ。どうしてベリメスがこうも思わせぶりな言動をするのか? 彼女はもっと取り繕うのが上手いし、取り合わずシャットアウトするのも上手い。こんな次々とボロを出すはずが……。
もしかして、と思ったファイナはベリメスから視線を外して周囲を見回す。「げっ」とベリメスの顔つきが変わり、
「あ! そう言えば天見があなた達のことについて話してたっけ!」
殊更に大きな声で、二人の興味を引きそうな話題を出したのだが、ファイナは気に留めなかった。そして見つけた――大岩の所から不自然な水の流れが出来ているのに。
ファイナはバシャバシャと水をかいてそっちへ近づき、ベリメスが止めようとするが無視する。その時ちょうど、乳白色な温泉から上がろうと、密かに潜水していた男の頭が水面に出てきた。
「水鏡」
すぐ後ろから聞こえた声に、男の背中が跳ねた。金縛りにあったように動けないでいる男の肩を(裸の肩を)、躊躇なくファイナは掴む。
ベリメスは作戦の失敗に「あちゃ~」と顔に手を当てて空を仰ぎ、セリアは真っ赤な顔になって「え? え?」と事態についていけず混乱する。
観念したのか天見は肩越しに振り返って、強張らせている顔で、
「やあ、奇遇――」
掴まれている肩から引き落とされ、水没させられた。
先に入っていたのは天見であり、彼は二人に気をつかって気づかれないよう上がるために、ベリメスに二人の気を引いてもらったのだ。
という天見のいつも通りの変な気遣いは分かる話だが、どうして修行に出たはずの天見がのん気に温泉に浸かっているのか。他にも追及したい諸々のことがあるので、四人は温泉に入ったまま話を始める。
「で、どうして修行中の水鏡がここにいるのだ?」
「だって、水鏡もこの旅館に泊まっているのよ。温泉に入ってもいいじゃない」
「はいはい、ベリメス。その空っとぼけはもういいから」
これ以上の遠回しは無意味というか、逆効果にしかならないので天見がやんわりと止める。
「修行が一通り形になったから、明日に備えて十分な休養を取りにきたんだよ」
「トーナメントの概況を確かめに来たのは本当よ。その結果を見て、休養が必要だって判断したんだから」
「ただでさえ分が悪い戦いなのに、コンディションまで悪かったらどうにもならないからな~」
その天見の言葉で、ファイナは心中で不安な表情を見せた。
「本当に刀祢という奴と戦う気か? どう考えても天見一人で勝てる相手とも思えないが」
「ああまで敗因をコピー魔法使いって決めつけられるとね。こっちにだって意地があるから」
「男の子よね~」
天見とベリメスは顔を見合わせて笑うが、ファイナの無表情はピクリともせず、
「で、どうして黙って修行に行った」
そこに触れてきた~と、天見は頬をヒクつかせた。誤魔化そうかと思ったが、ため息をついてから正直に話す。
「自己嫌悪がすごくてあんまり人に見られたくなかったし、一人になりたかった。それに集中するためには静かな方がいいし」
言われて、初めてファイナは天見の心情というものに気が回っていなかったことに気づいた。
天見は負けたのだ。それも完膚なきまでにコピー魔法使いという理由で。
『コピー』魔法使いである天見は、精一杯背伸びをして魔法使いになっている。彼は自ら魔法を生み出すこともできなければ、魔法耐性もない。そんな彼が枷ともいえる美学を持ちながら、必死に食い下がっているのは魔法に対する大いなる愛があるからだ。
コピー魔法使いが敗因というならば、天見の魔法に対する姿勢と愛も敗因に含まれる。
ファイナは天見の慚愧の念までは知りえないが、負けたことに対する悔しさならば察することが出来る。
「…………全く、仕方のない」
本当はもっと激しく文句を言うつもりだったが、ファイナは理解してやめた。
「なら、絶対に勝て。同じ相手に二度も負けるなんて、私の『連理の枝』には許されない」
「いや~、そんなこと言われてもな~」
と、苦笑する天見だが、ハッキリと「そんな無茶な」と言わなかっただけでファイナは満足した。「絶対」とは言わないまでも、「そこそこ」は自信があるのだ。そして、天見が「そこそこ」自信を持っているなら大丈夫だろうと判断した。
「まあ、また山の方に戻って練習するから、やれるだけやるよ」
会話が一区切りしたところで、ふと天見は気づいた。
「おい、セリア。大丈夫か?」
「ひゃい!?」
首までスッポリと浸かっているセリアの顔が真っ赤になっている。先程から一言も話さないのも気になる。
「もう上がった方がいいんじゃないか?」
「でも、そうすると……」
乳白色の泉質のおかげで、水から下は目に触れられることはない。だが、上がるとなると天見の目に体を晒すことになる。たとえタオルで隠していたとしてもそんなこと、乙女なセリアに出来るわけがない。
「天見」
ベリメスの「やれやれ」とした言葉で察した天見は、
「あ、そっか。じゃ、俺が先に――」
「ちょっと待ってください! それはそれで刺激が強すぎます!」
上がりかけた天見の腕を掴んで、セリアが強く止めた。
「いや、大丈夫だって。腰にタオル巻いて上がるし」
天見は頭の上に乗っけているタオルを手に取るが、そんなものでは心もとない!
と、天見を止めるため急に動いたせいか、そのままセリアは目を回した。
「あっと!」
慌てて天見がふらつくセリアを抱きとめ――その瞬間にファイナの鉄拳が彼のこめかみにヒットする。
「あだっ!」
横からの攻撃に耐えることが出来ず、天見はセリア諸共温泉に倒れた。
「ちょっと! 何やってるのよ!」
「……いや、反射的になぜか…………不可解な」
ファイナは首を傾げながら自分の拳を見つめる。天見は温泉の中からガバッと起き上がり、頭を振って水気を飛ばす。そして、セリアもプカ~っと浮いてくる。
「とりあえず、この子を引き上げて休ませてあげないとダメね。天見」
「私がやる」
ファイナはタオルを体に巻いてから立ち上がり、浮かぶセリアにも彼女のタオルをしっかりと巻きつけて、お姫様抱っこしようとした。しかし、温泉から引き上げて浮力が抜けたセリアの体重を感じると、予想外に重かったためにファイナは立ち上がれずに膝をついた。
浮力がある時に軽すぎたのもあるし、気絶して力が入っていない人間というのが想像より重いというのもあった。
「早く上げて水分補給させないとやばい。俺が上の方持つから、ファイナは足の方を頼む」
しばしファイナはその割り当てに難色を示す。二人で抱えていく場合、上半身担当の天見はセリアの腕の付け根――脇を持つのが自然だろう。それよりは下半身を担当させ、膝を抱えてもらった方がいいのではと思った。
だが、セリアのタオルはファイナが巻かせたもので、色々と隠しきれているかどうか不安な所がある。特に胸を重点的に隠そうとしたから上は問題ないが、下の方は…………。
「分かった。それじゃ水鏡は上をお願い…………変な所を触ることがないように」
「この状況でそんなことする奴いないって!」
天見はすぐさま立ち上がりかけて…………再び温泉の中に戻ってゴソゴソする。
「何をしているのよ、天見?」
「タオルがどっかにいったんだよ! 倒れた拍子に!」
「え~!」
乳白色な泉質のため、落としたタオルを探すのは中々に至難なものがある。
「もう! ここには私達しかいないんだから、そんなこと気にしないわよ!」
「いや、俺が気にするって!」
「…………私も気にするんだが……」
ボソッと呟いたファイナには誰も気づかず、天見はまだタオルを見つけられないでいる。その間も、セリアは温かい湯に浸かっている。
「あ~も~! しょうがない! ファイナ! 絶対にこっちを見るなよ」
「頼まれても見ない」
天見はセリアの脇に手を回して体に引きつけ、ファイナはセリアの膝に腕を回して彼女の体を起こす。
天見が前にいるので、ファイナの視界には必然的に彼の体が入るが、セリアがブラインドになっているからどうにか平常心を保てている。心象では「あ~も~!」とかって真っ赤な顔で騒いでいるが。
先に行く天見は後ろ歩きで進み、肩ごしに道を確認しているからセリアの体を見ることもない。本当に緊急性を理解しているのだ。
ほどなくしてファイナ達の脱衣所に戻ってきて、ゴザになっている床にセリアを寝かせる。
と、セリアを下ろした拍子にファイナは真っ赤になり、
「後は私に任せて出て行け!」
ファイナは天見の方を見もせず火球を放って追い出した。そして、断じて何も見なかったと、自分に強く言い放った。
それからファイナはセリアに団扇で風を送って、目を覚ました彼女に水を飲ませた。どうやらのぼせた影響はそれほどではなさそうだ。
「グリューテイルさんも飲みます?」
と心配されたのは、ファイナの顔から朱色が全然引かなかったからだ。
このお話を入れると長くなるし、それほど色気のあるお話にもできなかったので……抜かそうかとも考えたんですが、まあいいかと思って(それに本編の方の進みがゴホゴホ)。
いや~、天見の活躍を書いたらちょっと満足して進みが遅くなった遅くなった。
というわけで、次回の予告~。まだ書いてません。とりあえず、閉会式は盛り下がるので書きませんので、その後ですね。魔断大帝の所在的な話になるのかな?
すごいあやふやで申し訳ないですが、一応次回更新は来週の金曜日を目指します。




