コピー魔法使いの学園生活
杜若綾乃……文化庁所属、著作権紛争解決斡旋委員兼保険医。公務員の独身。ニコ目が標準装備。事を荒立てないよう何事も穏便に済まそうとするタイプ。
寝ていた水鏡は、何かに叩かれて目を覚ました。また襲撃かと思って飛び起きたが、涙目を開けるとそばに立っていたのは丸めた新聞を持つ燕だった。
「水鏡さん、今日の朝刊を見てくださ~い! この辺が著作権法に関する記事ですぅ」
天見が文句を言うより早く、燕は彼を叩いた新聞を広げて突き出してきた。タイミングを逃して、渋々天見は新聞を受け取って紙面に目を向けた。どこを見ればいいかは、燕が指で示した。
『アトラスキックは奥義の魔法が酷似しているとして、著作権法違反で天裂蹴撃を訴えた事件。著作権紛争解決斡旋委員が間に立ち、著作権に違反しているかの捜査に入る模様。チップのデータを解析すると共に、魔法のコンテンツである使用魔具、文言、動作、発言、魔法の形状・効果などに注目し、故意に行われたかどうかが争点となる』
『不正にコピーしたチップを売却したとして、著作権法違反で犯行グループが逮捕された。グループは都警が踏み込んだ時には何者かにやられていて、犯行グループの一人は「神の使徒にやられた」と言っており、最近巷で噂される「神の使徒」を名乗る集団と関係があるのではないかと見ている。しかし、押収したチップの数が合わないことから、まだ仲間がいる可能性もあると見ている』
「へ~。けっこうパクリとか横行してるんだな~」
天見は興味津々に新聞の記事を見ていく。都警というのはおそらく、警察のようなものだと文面から察しがつく。
「著作権法を犯せばこうして社会的混乱を引き起こすんですぅ。特にアトラスキックと天裂蹴撃みたいな流派間の問題は深刻なんですよぉ。評判や利益にダイレクトに影響しますから、魔法を教えることで生活が成り立っている人にとって大変なんですぅ」
コンコンとお説教口調で話すが、天見は右から左に聞き流して適当な返事をする。
「水鏡さんが軽い気持ちで他流派の魔法を使うだけでもすぐ評判に影響するんですからねぇ! そのせいで生徒数が減って、人員削減のため師範代クラスが路頭に迷ったら責任取れるんですかぁ!」
「うるさい。周りの部屋にも迷惑だ。朝は静かにしろ」
洗面所で顔を洗ってきたファイナが鏡面台に向かいながら、ピシャリと注意した。
四人が登校していると、遠巻きに人の注目を集めた。
特に注目されているのは、コピー魔法使いの天見ではなくファイナだった。
「本当に『仲間殺し』のグリューテイルがパートナーと一緒にいるぞ」「デマじゃなかったんだ」「でもフラれたはずじゃ」「もう『双葉』で一緒に住んでいるらしい」「フラれたのに一緒ってアリなの?」「ピーコー殺す」「ほら、理事長の孫だから」「いや、昨日『連理の枝』の練習してたから、なったんじゃねえの?」「でも、何でピーコーなんかを?」「それがどうやら自分の魔法を教える手間を省くためとか」。時たま天見に対する怨嗟の声も入っていたが、ほとんどはファイナに対するものだった。
そんな見られる通学路を歩き、学園に着くと四人は理事長室に呼び出された。部屋の中には寮の監督官や担任を含む先生達がいて、当然リコリスもいた。
天見がリコリスを見たファーストインプレッションは、
「え!? ファイナの祖母だって聞いたからてっきり三角帽子とマント姿の威厳があって凛とした雰囲気の、背筋がシュッとした方だと思ったけど……まあ、年齢とギャップのある美少女って、これはこれでとっても魔法使いっぽいか」
マジマジと若い子に見られて美少女と呼ばれ、リコリスはほんのりと赤くなった頬に手をあてて、嬉し恥ずかしげに体を左右に回す。
ファイナはギロリとした視線で天見を見下ろし、
「人妻だぞ」
「何を当たり前のこと言ってんだ? ファイナの祖母だろ」
「物足りないだろ?」
「いや、テンションうなぎ上りだけど」
……………………。ベリメスが「あ~あ」とため息をついた時に、ファイナのこめかみに青筋が浮かんだ。
「人妻ロリババアが好みとはどういう料簡だ!」
豪奢で立派な錫杖のような魔法の杖が、ファイナの頭部にぶち当たった。
「それじゃ、昨夜のことを話して頂戴」
リコリスの手の中に、その杖は戻っていった。
話すと言っても状況説明以外話せることはなく、それほど時間はかからなかった。
天見とベリメスはやっぱり先生達に犯人の心当たりを聞かれたが、キッパリと「ない」と答えていた。
そして、今日も学園生活が始まる。C組の一時間目は宗教学だ。
宗教学は多くの人が信仰する『ラデルク教』の成り立ちや歴史の座学の他、祈りや生活する上での礼儀作法まで教える授業だ。聖クレストエルク魔法学園はミッション系ゆえ、この教科には力を入れている。教える内容によって担当する先生も変わるほどだ。
今日は学園に隣接する教会のシスターが聖典に関するお話をするため、教壇に立っている。
「聖典には、この世界は大神四柱の創世の魔法から始められたと書かれています。混沌とした闇しかなかった場に光を与え、大地と空と海ができ、緑が広がり火は地の底に鎮まり、生物が生まれました。忙しくなった大神は仕事を分担する神を産み出し、いつも人を見守り、正しい方へと導いていてくれます」
ファイナは授業を聞きながら、ふと隣の天見を見た。彼は別教科の教科書を読んでいる。
昨日はわき目もふらずに授業を受けていたのに、今日はどうしたのかと思うが、普段の宗教学の授業ならともかく、幼い時から聞かされている人が多い聖典の話をマジメに受けている生徒は少ないので、別にいいかとファイナも注意はしない。
「水鏡天見さん」
天見はシスターに当てられ、席を立った。
「水鏡天見さん、はじめまして。あなたは神様がどこにおられるのか知っていますか?」
「神様は俺達の身の回りにたくさんいますよ」
天見はすぐにそう答えた。
一瞬教室が静まり返った後、あちらこちらから忍び笑いが聞こえてきた。神に関する問題だけあり、明らかな誤答でも大っぴらに笑うのははばかれた。特に、授業をしているシスターは他人の失敗を笑うことを嫌う人だった。
「水鏡天見さん、大いなる存在である神様は決して私達人間と同じ地平に立つことはなく、数えきれないほどいらっしゃるわけでもないのです」
シスターは黒板に三角形を描き、それを三つに分け、
「一番位が高い神様が先程話した創世に関わった四柱、名前は秘匿されているため区別されることなく『アロゴス』と言われています。そしてその下にいるのが四柱の生み出した神様達。司るものがそれぞれあり、三十六柱いるとされています」
説明をしながら板書をしていく。
「最下層に神様に認められた人、神託を受けた人など救世主、勇者、神の代弁者と言われるような方と、死後に高潔な魂が認められて天使となった人がいます。そして、この三角形の下に私達人間がいるのです」
解説を終えたシスターはチョークを置き、天見に笑顔を向けた。彼は無言で頷き、席に座りなおした。穏やかな微笑を崩さないシスターは軽く目を閉じ、胸元のロザリオを持って手を組む。
「神はいつでも私達を天上から見守っていてくださいます。時には天から道に迷った私達を導いてくれます。皆さん日々自分を省みて、恥ずかしくないよう生活してください」
それからもシスターの話は続いたが、天見は興味無さそうだった。
午前の授業が終わり、昼休みとなった。
天見とベリメス、ファイナ、燕の四人は周りの奇異の視線を避けて、人気の少ない校舎の外れで食事をしている。
「水鏡さんって~、好きな食べ物って何ですかぁ?」
気軽に好物を尋ねる燕に、心象のファイナは仰天してしまう。
(こ、これが――何気ない会話というものか!)
「ん? クルミパン」
それを食べている天見は簡単に答えた。
(そんな事も無げに答えるのか……)
心中のショックなど微塵も顔に出さず、ファイナは手元のサラダにフォークを突き刺す。
「へ~。私はホイップクリームのせのせチョコパンが好きですよ~」
「あなた、それよく胸焼けもせずに食べられるわね」
うんざりとした様子のベリメスは、燕が手にしている「パンはどこ!?」とツッコミたくなるほどクリームがのったパンを見て言う。
「疲れた頭を回復させるには、糖分が一番なんですよぉ~」
「燕は授業中ほとんど寝ていただろ」
「授業で思い出しましたけど~、水鏡さんって運動オンチな上に不器用ですよね~」
ハッキリ言われて、天見は「うっ」と呻いて視線をそらした。
「そうね。私も体力がないのは知っていたけど、裁縫の授業の時はいつ指に針が刺さるんじゃないかってヒヤヒヤしたわよ」
「体動の授業のマラソンじゃ、トラック二周ぐらいで死にそうになってましたね~」
午前の中には家庭科と体育に相当する授業があったが、それらの授業で天見は惨たんたる結果をさらしていた。
「いいんだよ、そこら辺の科目はもう諦めているから。俺の持論はチート……じゃなかった。『何でもできればそりゃ人生は楽しいだろけど、熱中・没頭できるものが一つでもあれば、人生は大いに楽しい』だからな」
負け惜しみのような言葉に燕は思いの外興味を持ったようで、指を一本立てて聞く。
「ズバリ、水鏡さんの熱中・没頭できるもの、とは~?」
「言うまでもなく魔法だ」
「くくりが大雑把過ぎて一つって言えるんですか、それ~」
「俺にとっては一つだ」
「まあそうですね~。水鏡さんはすごいマジメに魔法関連の授業を受けていましたね~」
「天見の魔法に対する熱意はおそらく地上最高よ」
「苦手じゃないけど、宗教学は性に合わなかったな。物語と割り切ったら面白いんだけど」
素知らぬ顔をしたファイナは、三人のやり取りをただ聞いていた。と言うより、話に入れず黙っているのに他ならない。
四角いテーブルに天見と燕は対面で座り、ファイナは天見の右、燕の左の辺に座っている。ちなみにベリメスは天見の前のテーブルにちょこんといる。
(私の好物は何だろうか? スープならばパンプキンスープ、パンならば歯ごたえがあるバケットを切り、バターを塗って軽く焼いたもの、フルーツならばイチゴか……一番はどれだ? 何を比較して結論を出せばいいのだ? その時の腹持ち具合でも変わるだろう。空腹の時にイチゴ一個を皿で出されたら、喜ぶよりも殺意が沸くぞ……うむ)
心象のファイナが結論を出し、当のファイナがフォークを置いて、
「せめてベストスリーで聞くべきだ」
「あなたそんなに趣味持っているの? 意外ね」
三人の視線がファイナに向けられ、彼女の発言を待っている。
「……何の話をしている?」
「趣味の話よ」
「……最早別次元の話……だと」
「そんな壮大な話はしていませんよぉ~!?」
「やっぱりファイナの趣味は読書か?」
ふむっと口元に手をやってから、
「読書は確かに嫌いではないが、暇な時にたしなむ程度だ。趣味と言えるほど熱を入れているのは、やはりオリジナル魔法の創作だ」
魔法の話になり、天見は気になっていたことを思い出して燕に、
「そう言えば著作権法第六条によれば、著作権法がかかるのって創作をし始めた時からだったよな? 完成した時じゃないんだな」
「当然ですよぉ~。魔法を創り出すのってほんとう~に大変なんですよぉ~。試行錯誤の連続で、思い通りになることなんて少ないんですからぁ~。それに、学生の時は成長がビックリするほど早い人もいますから、それに合わせて作りかえていかなきゃいけません。だからなっが~い時間がかかるんです。それなのに創作中の魔法に著作権がかかってなかったら、途中で誰かにコピーされてお互いに「俺のだ、俺のだ」って主張して、訳の分からない事態になってしまいますよ~」
天見は話を聞いて、納得した声を出しながら頷く。
「じゃ、創作を始める時はどっかに何か申請するの?」
ベリメスは天見が千切ったパンをもらって、食べながら追加で聞いた。
「著作権委員にとりあえず「こういう魔法です」っていうのを、書類にまとめて提出するんで~す。属性と表れる効果、形とか……現段階で決まっているのをできるだけ詳しく書いてもらうんですぅ」
「なるほど。そう言えばファイナの魔法もまだ完成してないんだよな?」
話のキッカケだったのに一切会話に入れなかったファイナは、ようやく天見と会話が出来ると大様に頷き、
「うむ。その通りだ」
「燕は?」
終わってしまった。ファイナの手が反射的にテーブルから若干浮いたが、燕に視線を向けた天見はその寂しい手に気づかなかった。
「私はオリジナルを作ってませんよ~。考えたことはありますけど上手くいかなくって、創作に向いてないんですよね~。実家の明暗月夜流だけで手一杯ですぅ」
「え? 燕の実家って道場か何かなのか?」
「はい。父さんが明暗月夜流刀剣術五代目の継承者で、私も免許皆伝の腕前で~す。あと姉と弟も習ってますよぉ~」
「へ~姉弟もいるんだ。俺一人っ子」
ファイナの目の前で、会話によって二人の交友度が上がっていく。それは自分が切望していたことだ。
(……よし、ざっくばらんに話しかけてもいいというのは分かった。ならば、多少トンチンカンな質問をしても何とかなるはずだ。それにここには聖籠もいる。二人きりじゃない分話は広がるはずだ。そして、私が沈黙してもフォローがあるはずだ)
心象のファイナが理論武装をして心を何重にも保護して勇気を奮い立たせ、いざ――チャイムが鳴った。
天見は午後の授業が始まった時、無表情のファイナの目が燃え尽きて空洞のようになっているのに気づいたが、意味が分からなかったので特に気にはしなかった。
そして、帰りのホームルームの時に天見達四人は担任から放課後に理事長室に行くように言われた。
放課後にやることがある天見とベリメスは釈然としない様子だったが、昨日の襲撃に関しての対応についてと言われては無視するわけにもいかない。
理事長室に行った四人にリコリスはいきなり、
「とりあえず、四人ともあの部屋には帰らないでね」
そう告げた。
まあ妥当な対応だろうかと天見が思っていると、隣に立つファイナの方からふて腐れたような雰囲気が伝わってくる。
「ようやく昨日から始まったばかりですよ」
「始まったんですかぁ?」
燕に聞かれて、天見は首を傾げる。
「エントリーした覚えはあるけど、スタートした記憶はないぞ」
「それは間違いなくあの子と天見の競技は別種目ね」
ファイナは淀みない動きでガジェットにチップを入れ、
「赤き尾の星を掴め! 朱雀宝門流、緋槍・武闘!」
作り出した炎の槍を手の中で回してから構える。
「三人とも、そこになおれ」
体の芯に響くようなおどろおどろしい声に、燕とベリメスは天見の背中に隠れて、彼を前に押し出す。
「沸点低すぎるだろ! 何でいきなりそんなに怒っているんだよ!」
「昼からこちら、私がいつパンプキンスープだと話題に出そうとタイミングを見計らっていたと思っているんだ!」
「何の話だよ!」
かしわ手が打たれ、四人はハッとしてリコリスに顔を向ける。
「はいはいはい。じゃれ合うならここを出てからにしなさい」
リコリスが仲裁し、四人は初期配置に戻る。
「で、部屋に帰らないでって言っても、いきなり過ぎて寮の部屋は用意できないから、四人には私の家にしばらく寝泊まりしてもらおうと思うんだけど、どう? 私の家なら『連理の枝』用の道具もあるし、ファイナちゃんも差し支えが無いと思うけど?」
四人はお互いに顔を合わせて確認し合い、不満を誰も口にしなかったのでコクンと頷く。
「なら数日我が家で様子を見させてもらうわ。四人の安全は私が責任を持つわね。場所はファイナちゃんに聞いてゆっくりしてちょうだい」
学園側が出した対応を聞いて、四人は理事長室を後にする。
部屋を出たファイナは腕組みをし、三人から視線を外して天井の方を向いている。
一見してまだ機嫌が悪いことは分かったが、軽い冗談ぐらいでなぜそこまでへそを曲げているのかが天見にはよく分からない。
たぶんお嬢様だからからかわれた経験がないのかな? と、一応の結論をつけ、それはそれとして――
「理事長の家は寮より遠いのか?」
尋ねた言葉でファイナの肩がピクリと動き、しばしの無言。
「……町中にある。学園からは歩きで三十分と少しかかる」
声が思いっきりぶすくれていた。
「場所だけ簡単に教えてくれるか?」
「一緒に向かえばいいではないか。それとも、私と一緒に帰るのが嫌だとでも言うのか」
何かやけにピリピリしている。
「放課後にやることがあるって言ってるだろ。近くにある寮と違って、往復一時間もかかる場所に行ってられるか」
「やることとは学園でのことだったのか? 一体何をしている?」
天見は口元に手をやってふと考え、
「あ~……探しもの……かな」
「……………………そ」
「それなら人手があった方がいいんじゃないんですか~? 私達も手伝いましょうか?」
ファイナが躊躇していたばかりに、言いたかったことを燕に言われてしまった。
無表情のファイナが感情タップリの目で燕を睨むが、天見に顔を向けている彼女は気づいていない。ただ、天見とベリメスはファイナの圧力を感じ取って汗を流し、
「今は説明がちょっと面倒だから、気持ちだけ受け取っておく」
ファイナを刺激しないように答えた。
「リコリンの家は」
ファイナがそれとない動作で天見と燕の間に割って入りながら話す。
「学園から伸びているクレスト通りを真っ直ぐ進めばある。レンガ造りの三階建ての大きな屋敷で……迷ったら人に聞けばすぐ教えてもらえるはずだ」
大まかに場所を聞いた天見は礼を言って、ベリメスと連れだって小走りで廊下を走り出した。その背後を、ピタリとついてくるファイナと燕。
階段を下りた天見は一階の男子トイレに入る。
ファイナと燕はトイレの出入り口でしばし待つが、ベリメスも一緒に中に入ったのに気づいて男子トイレの中に入ると、そこに天見とベリメスの姿はなく、窓が開いていた。
あ~、いつも通りの時間に縛られる日常が戻ってきてしまった~。
まあ、それはそれとして主人公である天見をチート的な存在にしなかったのは、今回彼自身が語ったことが全てです。私自身、記憶を持ったまま人生やり直したいな~と思いますけど、今のマンガやゲームに囲まれた生活も好きなので大いに楽しんでます。
次回はそんな天見のこだわりについて、さらに深めていこうと思います。天見の考え方や何に対して譲れない思いを持っているのか、何に怒りを感じるのか、などです。
次回更新は金曜日予定です。……会話に入れないファイナ、他人事とは思えない。