前途多難
明暗月夜流刀剣術道場……六年前に月光花家元流道場が出来て、著作権問題でごたごたし始める。結果、親告したものの月光花家元流の魔法は著作権に引っかからないと判断された。それから徐々に衰退し、今は門下生もギリギリのやばい状態。経営者の腕が勝敗を分けた感じ。
「いたたたた」
畳の部屋で傷みに呻いているのは鍔蔵。
先程天見に飛びかかった一撃はアッサリと避けられ、勢いをつけた木刀は止められず地面を叩いた。その衝撃で手首を負傷して、飛燕の手当てを受けている。
「未熟者~。当たる当たらない関係なく、常に刀は止める意識を持っていないと危ないの~。それが出来ないと自分だけでなく周りの人も傷つけかねないんだから~」
「まだまだ免許皆伝は遠いですの」
姉達に言われて恥ずかしそうに俯く鍔蔵を、お茶をご馳走になっている天見とベリメスはなにとはなしに見ていた。
鍔蔵は恥ずかしさで居た堪れない視線を天見にぶつけ、
「言いたい事でもあるのか」
「いや、とくに……」
刺々しい鍔蔵の額を燕がペシッと叩き、
「もう突っかからない~。どうせ鍔蔵じゃ水鏡さんに敵わないんだから、魔法をコピーされるのがオチなの~」
「敬語を使わないあの子も新鮮ね」
手当てを終えた飛燕が救急箱を片付け、天見の対面に座ってしげしげと眺める。さらに鍔蔵も無遠慮な視線をガンガンぶつけてくる。
天見は二人の視線に大きな汗を流し、
「あの、なにか俺の顔についてます?」
「あ、気にしないですの」
飛燕は気遣ったのに、
「ホントに小さいな。燕姉さんと同い年なんだろ? なにを食ったらそんなに小さくなるんだ?」
「それが分かっていたら俺はもうちょっと大きくなっている」
年下の悪意ある質問に天見は素っ気なく答えていた。
「あなた、手紙になにを書いているのよ」
「え~? 普通に学園のことや同室の人達のことですよ~。ところで、お二人ともなにしにコウヤへ来たんですか~? ファイナさんは一緒じゃないんですか~?」
手紙の話を突っ込まれたくないのか、本当に気になっているのか微妙な線だ。
「一緒だよ」
「え? それじゃどこにいるんですか~?」
「どこ?」
聞かれて逆に天見が目を丸くする。そして、虚空を見上げて首を傾げ、
「あれ? どうして俺達別行動しているんだ?」
「さあ? 気づいたらあの子達いなくなっていたわね。どっかで迷子にでもなっているんじゃないかしら」
「そんなこと言って~、もしかして魔法のことに熱中してフラフラと離れちゃったんじゃないんですか~?」
「まっさか~」
「そうよ。そんな子どもじゃあるまいし」
アハハと笑っているが、まさにそうやって別れたのだ。
「燕ちゃんに会いに来たんですの?」
「いいえ、武具大会を見に……」
「違うでしょ。魔断大帝を回収しに来たんでしょ」
呆れたように言ったベリメスの言葉に、一瞬燕達に緊張が走る。
「貴様! それをどこ――」
「やっぱり武具大会が目的ですか~。魔法のことになると目ざといんですから~」
鍔蔵の声を遮って、燕が笑いながらパタパタと手を振る。
「今回の優勝賞品が魔断大帝ですから、前回に増して出場者が多いそうですの」
「は!? 優勝賞品!?」
「あれ? 知らなかったんですか~? 仕方ないですね~」
トコトコと部屋を出て行った燕が手に紙を持って戻ってきた。
「はい、どっかの誰かが送ってきた大会のチラシです~」
テーブルに置かれたそれを手に取らず上から見下ろすと、『優勝賞品 魔断大帝』がアピールポイントとしてデカデカと載っていた。
「これは参った」
「だから発見できたのかもしれないけどね。でもこれじゃ、大会が終わるまでは交渉とか無理ね。優勝するか優勝者と交渉するか……」
「う~ん、優勝か~……現実的に考えて無理そう」
「というか、大会は三人一組のチーム制ですからメンバーの問題もありますよ~。水鏡さんとファイナさんだけじゃ一人足りません~」
「セリアもいるから頭数はなんとかなるけど……」
飛び出した名前に燕は雷に打たれたような衝撃を受け、大口を開ける。
「な、なにを考えているんですか~!」
「いや、分かっているから。武具大会に出場するっていうのに、ファイナ以外は武器に不慣れだからね。まあ、予選突破も難しいだろう」
「トンチンカン!」
「トンチンカン!?」
燕は姉と弟を招集して、
「ほら~、あれですよ、アレ~。素知らぬ無知を装って女の子に囲まれ、女の子同士を対立させて自分への恋のベクトルを強化させようと悪巧みをしつつ、答えを出さないぬるま湯に浸りながら今の状況を楽しんでいるんです~」
「なんて羨ましい! このラブブルジョアが!」
「聞きしに勝る策士ですの」
「人聞きが悪い! っていうか、ホントに一回手紙を見せろ! おまえは何を家族に報告してるんだ!」
「で、結局水鏡さんの本命はどっちなんですか? ファイナさんですか? セリアさんですか~?」
他に人がいないのをいいことに、燕は人差し指を立ててズバリ聞いてきた。だが、天見は呆れたようにため息をついて、
「どっちっておまえ、セリアのあれはちょっと刷り込みに近いぞ。初めて頼りになった相手に好意を持っているんだろうから、一度冷却させてそれが恋愛感情から来るのか依存から来るのか見極めないと答えが出せないだろ」
「図々しい! 想われているんならどっちだっていいだろ! イケるってことだろ!?」
「イケるっておまえ少しはオブラートに包め! アホか!」
「うるせえ! かっこつけんなよ! おまえだってキ、キキキキキッスとかしてみたいって思ってんだろ!」
真っ赤な顔で口を突き出している鍔蔵はいっそ滑稽だ。
「盛るな年下! それで付き合ったとしても長続きするかどうか分からないだろ!」
「結婚を前提にして考える三十間近の恋じゃないんですから~、そこまで思いつめなくても~」
「思考が面倒くさいですの。こういう相手は遠慮したいですの」
「もううるさい! 帰るわ、俺!」
真っ赤な顔の天見が立ち上がろうとしたら、
「待ってください、水鏡さん~! ファイナさんの方をまだ聞いてませ~ん!」
「うっさいば~か! もうこんな所来ないからな!」
ふすまを開けたまま、天見はベリメスを伴って出て行った。
念のため燕が見送りについていって、部屋には弛緩した空気が流れる。
「ふぅ~、やっぱり十代男子には恋愛精神攻撃が効くですの」
「俺、途中で泣きそうだった」
自分が受けた異性の身内の容赦なさを思い出してか、天見を同情して鍔蔵の目元に光るものが浮かんでいる。
「本当に帰ったよ~」
燕が戻ってきて、飛燕はコクリと頷く。
「魔断大帝の回収ですの……」
「面倒なことにならないといいんだけど~」
「ピーコーなんてどうってことないって」
「水鏡さんは油断できないんだから~。ホントに、波乱を起こすことには定評があるんだよ~」
「…………そうですの。それはちょっと、面白いかもしれませんの」
飛燕は手を口元にあて、ニヤリとした口を隠した。
道場を後にした天見は肩にベリメスを乗せ、ドスドスとした歩調で歩いている。
「まったく燕の家族はなんでああも無神経なんだろ」
「あの子の姉弟らしいって言えばらしいけどね」
ズカズカと進んでいたので、すぐに教えてもらった試合会場までたどり着いた。
会場のゲートにかかっている幕には〈第三回大天魔武装大会〉と筆で書かれていた。
「ここが会場か」
「さすがに大会前に内部見学はできないわね」
ゲートの下に参加登録をしているテントがあり、参加者の受付で随分と人が並んでいる。
興味深げに見ていた天見にコンパニオンが近づき、パンフレットを手渡して行った。
「予選が一日あっての本戦が二日か」
「これ見なさいよ」
「ん?」
ベリメスが指差すパンフレットの下には、大会に協力している企業の名前がたくさん載っている。中には新聞社も入っている。
「協賛の企業が多いな。随分と営業努力をしている主催者なんだな。優勝賞金は…………一〇〇〇万ストンか。すごいな~」
「著作権法違反料の最大料金と同じね」
「……一気に安っぽく感じる」
以前著作権料をファイナに肩代わりしてもらったことのある天見は、思い出して頭に大きめの汗をかいた。
「大会の主催者は……月光花家元流ね~」
「ん? さっきの刀祢って人が使っていた魔法がそれだったよね。関係者かな」
その時、なにやら受付の方で怒鳴り声と高い声が言い争っている音が聞こえてきた。
天見とベリメスがそちらに視線をやるが、人垣が出来て騒ぎは見えなかった。
少し気になって足を止めていると、人垣がワッと散って巨体の男性が天見の足下まで吹っ飛んできた。
「まったく、突っかかって来るなら相手を見てしなさいよ。あんたみたいな三下臭がする小物が、スポットライトを浴びて然るべき中心人物の美少女に勝てるわけがないでしょ!」
自信過剰の言葉を発する女性は、胸を張りつつビシッと倒れた男を指さす。
「今回優勝する鬼面夜行流、キメル=クリュシュトにやられたことを精々自慢することね!」
ふと、天見の視線と黒髪が肩まである女性――キメルの視線がバチッとあった。
「あ~! チビ!」
「そんなストレートな悪口、『コピー』魔法使いになって初めて言われたよ」
この二人、実は顔見知りなのだが友好的な知り合いではない。以前著作権法が切れた魔法が原因で、ちょっともめたことがあるのだ。
キメルは天見に近づいて、
「まさかあんたもこの大会に出場する気? するだけ無駄よ。この大会で私が率いるチームが並み居る強敵をバッタバッタとなぎ倒し、見事に優勝をさらって新聞に大々的に載り、知名度を上げるって筋書き、誰にも邪魔はさせない!」
コメントに困った天見とベリメスはただ頭に大きな汗を流した。
「相変わらずヘボな計画」
「計画っていうか願望っていうか……大言壮語?」
「ヘボってなによ!」
大言壮語の意味が分からなかったのか、キメルが食ってかかるのは天見にだけだった。
「やめないか、キメル。どうして君はそうもケンカ腰なのだ」
キメルの後ろから来たはかま姿の男性は、天見を見て目を丸くする。
「少年ではないか。奇遇だな」
「モリスさん、今回も大変そうで」
「…………みなまで言うでない」
合わせる顔がなさそうに俯く男性、彼の名前はモリス=フィールス。キメルと同じ流派を修め、東方のファッションを日常的に着こなす男だ。足元なんて裸足にぞうりという力の入れようだ。天見は彼とも面識がある。
「大会前の戦闘は禁止され、出場資格を失うと告知していたはずです。どこの誰ですか!」
受付の方から係員がやってくる気配を感じて、キメルは「マズッ」と天見を押した。
「逃げるわよ!」
「すまない少年。拙僧も流派のこととなると弱いのだ」
あっという間に二人はいなくなり、尻餅をついた天見は呆然と見送った。
「あなたですか!」
係員に睨まれ、天見は「え?」と思ったが、先程キメルにのされた男を下敷きにしていた。気づいてすぐに立ち上がり、
「違うんです! これは俺じゃなくって短慮でおバカな人が」
「とにかく一度事務所にまで来てください」
事務所という言葉に本能的に「マズイ!」と思った天見は逃げようとしたが、
「その人はいいんだよ」
後ろからやって来た人が係員を止めた。天見が振り返ると、そこに刀祢がいた。
騒ぎは刀祢が終息させ、彼は天見をスタッフが休憩する事務所に招いた。
「騒いでいた声は女性だったからね。君じゃないのは分かっているよ」
天見とベリメスの前にお茶を用意し、さらにお茶菓子も置かれる。燕の所より上等なもてなしだ。
ちょうど小腹が空いていた天見とベリメスは喜んでお茶菓子に手を出し、ホクホクとお茶を飲む。
「それに大会はピーコーの参加はもちろん、観戦も禁止しているからね。君にペナルティも何もないよ」
飲んでいたお茶を吐き出しかけた天見が咳き込み、胸元を押さえる。
「知らなかったの? パンフレットにもちゃんと記載されているよ。出場者は流派の人が多いからね。会場に録画機器の持ち込みも禁止だよ」
呼吸を整えた天見は唸りながら後頭部に手をやる。
「ねえ、もしかしてあなたって大会を主催している所の関係者なの?」
「一応ね。大会にも出場する予定だよ」
「それじゃ、今現在の魔断大帝の所持者は誰なの?」
ベリメスの質問に刀祢の目が若干細められる。が、すぐにニコッと笑って、
「月光花家元流の所有物ってことになっているけど、所有者ってなると一応父さんになるかな」
それを聞いて、ベリメスは顔の前でパンッと合掌し、
「どうにかして譲ってもらえないかしら?」
おくめんもなく切り出した。
キョトンとした刀祢はすぐにプッと吹き出して、
「面白いことをいきなり頼むね」
「あの、一応冗談ではなくって本気なんですけど」
天見も加わるが依然として刀祢は笑い続けている。
「そうは言うけど神剣は武門の宝だからね、譲るとか売買するっていう話じゃないさ。移譲することがあるとしたら……神剣をかけて父さんを一騎打ちで打ち倒すんだね。そういった意味では、今回の大会が最大のチャンスなんだけど…………残念だったね」
大会にコピー魔法使いは出場できないので、天見にはそのチャンスすら得られない。
「でも、その神剣はあなたのお父さんが下賜されたものじゃないはずでしょ」
「そうだね。魔断大帝は父さんの師匠が使っていたものだよ」
「だから、そのお師匠さんがいなくなったんなら、譲り渡してくれた神様に返すのが筋じゃないかしら」
「神剣が神様からもたらされたものって本当に信じているの? 可愛いね」
子ども扱いするようにウインクをされた。
天見はベリメスがムキにならないようやんわりと引っ張って肩に乗せ、お茶菓子を手渡した(やけ食いのようにせんべいに食らいついた)。
「そうなると、現実的に手に入れる方法を考えると……売買目的で出場する人が優勝してくれればいいってことか」
「はははは、それはいいね」
お茶を飲む刀祢は、そんなことはありえないと確信しているかのように揺るぎ無かった。
とその時、警報が聞こえた。すかさず刀祢は立ち上がり、
「急用が出来た。君も事務所を出てくれないか」
「え? あ、はい」
足早に出る刀祢の次に天見達が外へ出ると、もう刀祢の姿は近くになかった。
「なにかしら?」
「まあ、警報が鳴ったということは異常事態が起きたんだろ。まさか警報装置のボタンを押したくなっちゃった、な~んてアホな子はいないだろ」
「そうよね」
「水鏡!」
「天見さん」
呼ばれて振り返ると、ファイナとセリアが足早に駆け寄って来ていた。
「二人とも、どうしてこ……こに」
セリアは一歩前で止まったが、ファイナはズカズカと接近してきた。間近で見るファイナの顔は無表情ながらも、苛立っている雰囲気がビシバシと伝わってきた。
「え、え~っと……もしかして、なにか怒っている?」
能天気な天見の言葉でファイナのこめかみに怒りマークが張りつく。
「勝手にフラフラ歩くな! 予想通りの場所に来たからいいものを……というか遅い! どこをほっつき歩いていたのだ! 真っ直ぐ来れば二十分の道だぞ!」
「心配していたんですよ。事故とか変なことに巻き込まれていないかとか……」
「いや、大丈夫だよ。ちょっと道に迷って燕の道場に道場破りに行っただけだから」
「どうすればそんな愉快で異次元な事態になるのだ! 不可解な!」
ファイナに圧倒される天見の肩で、ベリメスはふと気づいた。
「? モドリス達はどうしたの」
「なにかやることがあるみたいでどこかへ行きました」
「…………そう」
少し不安に感じたが、今は聞く相手がいない。
「ほら天見。いつまでもここにいてもしょうがないでしょ。とりあえず、今日の宿にでも移動しましょう」
「そうだね!」
ファイナに圧倒されていた天見はこれ幸いと同意する。
ファイナが予約していた旅館は和風のたたずまいで、客室は全室畳の部屋だった。
客室の玄関で靴を脱ぐのにファイナとセリアは戸惑っていたが、天見は畳の感触に懐かしみ、ゴロンと寝転がる。
「あ~、なんだか安心する」
「で、水鏡。欲しいものは見つけたのか?」
ファイナは座布団を敷いてテーブルの前に座り、セリアは甲斐甲斐しく急須からみんなのお茶を用意する。
「見つけたのは見つけたんだけど、これまた面倒なことになってて」
「いつものことだが、今回はどうなっているのだ」
面倒事に慣れてしまっている二人の会話に、セリアは頭に大きな汗を流す。
「これを見てよ」
ベリメスが天見の胸ポケットから大会のパンフレットを取り出して、テーブルの上に置く。
「私達はこの優勝賞品の魔断大帝を手に入れようとしていたの」
「では、最初から大会に出るつもりだったのか?」
「いや、大会の賞品になっているのはさっき知ったんだ」
「それじゃ天見さんは大会に出場するんですか?」
「そうしたいのは山々なんだけど……この大会、コピー魔法使いの参加が禁止なんだよね」
その情報にファイナは気が重くなった。こういう風にコピー魔法使いだから門前払いされることもあるのは分かっていたのに。
「しかも、この大会って三人一組なのよね」
「そうなんですか」
「二人とも出るだけ出てみない?」
「と、とんでもないです。そんな……無理です」
「私も遠慮する。本領を発揮できない大会に出るつもりはない」
ダメ元で誘ってみたので、断られても天見は大して気にしない。
「う~ん……まあ、崑崙が来たら話し合ってみるか」
だが、その日崑崙達から何も連絡はなかった。
天見は大会のことを知らなかったから賞品が魔断大帝って知りませんでしたけど、大会があることを知っていた人がいましたよね。あの人は一体何をしているんでしょうか?
それでは次回予告。事件ある所に刑事あり。たとえ非番であろうとも主人公がいる場所にノコノコ現れたのが運の尽き。巻き込まれずにはいられない。
次回更新は来週の金曜日です。




