悪魔『コーピストレス』
初日終了。
身構えた天見に肉迫してくる黒い影。だが、黒い影は横から飛んできた火球を避けて後ろに下がる。
赤と黒のストライプパジャマを着たファイナが、右手首にガジェットを装着しながら、天見を守るように彼の前に立ち、黒装束を睨みつける。
「今から貴様に地獄を見せる。その地獄の記憶を持ったまま生きてもらう」
なぜかやけに怒っている。酷熱のオーラを背中からかもし出し、「ゴゴゴゴゴゴ」という擬音まで背負っている。後ろにいる天見ですら一歩引いてしまう迫力。
だが、黒装束は臆した様子もなく短刀を振るい、刃状の風属性の魔法をくり出した。
ファイナは後ろに天見がいることから避けることができず、不満そうに著作権フリーの火球で撃ち落とそうとした。が、問題なく迎撃できると思っていたのに、刃状の風は火球とぶつかり合っても勢いをほとんど弱めず迫ってくる。
驚く心中とは逆にファイナの体は冷静に反応し、天見の首根っこを後ろ手で掴んで半回転して放り投げ、そのままの勢いで自分は仰向けに倒れ込む。風の刃はファイナの体の上をかするように通過し、彼女は床に手をついてすぐさま立ち上がる。
だが、彼女が目を離した僅かの隙で黒装束は姿を消していた。
「ナンバーツーインストール!」
背後の声でファイナが振り返れば、
「コピースタート!」
天見の指輪が光る粒子を渦巻くように集め、背後から短刀を突き刺そうと迫る黒装束に向けて――キィン!
甲高い音が響き、折れた短刀の刀身が宙を舞った。
「水鏡さ~ん。今、何しようとしていましたか~? もしかして、勝手にグリューテイルさんの魔法を戦闘に使おうとしていましたか~?」
「ちょっと待て! どう考えても刀の切っ先を向けるのは俺の方じゃないだろ!」
眠そうな目をシバシバさせる燕が、手にしている刀を天見の鼻先に突きつけていた。
「暴漢の前に著作権法違反者からです~」
「ふざけんな!」
寝起きの燕が、黒装束の武器を横から飛び出して破壊したのだ。心象のファイナは少なからず燕の腕に驚嘆した。
黒装束は悔しげに舌打ちし、四人から距離を取る。
「まったくぅ、とんだ睡眠妨害ですぅ~」
ブスッと頬を膨らませて燕は天見から刀を引き、黒装束に向けて構える。
「しかしあいつ……魔法使いのくせに魔法を使わず武器でトドメを刺そうとしたぞ!」
命を狙われている天見の叫びだ。これを本気で言っているのだからいっそ感心すると、ベリメスは大きめの汗をかいた。
「不可解なことを言うな、起動」
ファイナはガジェットにチップを入れ、モザイク処理された文言の中で指を十字に重ねる。
「著作権フリー以外の魔法を使えば、ほぼ当人を特定できますぅ。魔法使いは使える魔法が著作権に登録されていますし、ガジェットに他人のチップを入れて誤魔化そうとしても刻紋が違うため発動できませんから~……ハフゥ~」
欠伸混じりに燕が教えてくれる。その間に文言を唱え終わったファイナが、
「朱雀宝門流、紅雨」
黒装束の頭上から火球の雨を降らせる。だが、黒装束はジグザグに素早く動き、全てかわす。その動きは尋常なものではなく、魔法を使っているとしか考えられない。そして、文言も発言も聞こえない所から、敵が使っているのは著作権フリーの体属性の魔法だ。
しかし、著作権フリーの魔法がこれほどの威力を発揮するのかと、先程のことも含めてファイナに疑問が浮かぶ。
「邪魔をするな! 悪魔を助けるつもりなら、貴様らにも神罰が下るぞ!」
声を荒げる黒装束から唯一のぞく目が、怒りに血走る。その不気味な覇気に、ファイナをのぞく三人がビクッと体を跳ねらす。
「悪魔……何のことか知らないが、パートナーをみすみすやられてはグリューテイルの名折れ。水鏡はやらせない」
ファイナはガジェットを起動させて、モザイク処理された文言を展開させる。
「何をやっている!」
その時、部屋のドアを手荒く叩く監督官の声が響いた。
黒装束は素早く窓へと移動し、
「我らこそが正義! 我らこそが神の意志を実行する忠実なる使徒! 力のあり方を正し、世界に平和と平等を!」
身を翻して窓から出て行った。
「待て」
ファイナは窓へと駆け寄り、開け放って身を乗り出したが、すでに相手の姿は夜の闇の中に消えていた。
駆けつけた監督官へ説明し、あまりの事態にその人だけでは判断できず、今日は監督官が交代で部屋を警戒し、明日詳しく先生を集めて相談することになった。とりあえず天見達は割れたガラスを片付け、窓には新聞紙をはりつけた。
「あなたってかなりすごいのね、見直したわ」
ベリメスがファイナに天見を助けくれた礼を言って、褒める。
「大したことをしたつもりはない」
「そんなことないわよ。普通出来ないわ、寝ていた所を襲われてすぐさま迎撃態勢を整えるなんて」
言われて、ファイナは沈黙した。
隣では出会ったばかりの男子が寝ているし、間違いを装って布団に潜りこむのを試すかどうか葛藤していたし、朝は先に起きて身支度を整えていた方がいいのか、などなど気になっていたし考えていたので全然寝られていなかった。そして、布団に潜りこむのを8:2ぐらいで決行しようと思っていた時に…………邪魔者だ。そりゃキレるわ。
でも、まさかそんなことを言えるはずもなく、
「それより水鏡、説明してもらおう。あいつは何だ?」
平静を装って話題を変える。
ベッドに腰掛けるファイナに聞かれ、シーツを取り換えた天見は手を止め、
「全く心当たりがない」
答えた。だが、彼女が向けてくる冷ややかな視線は緩まることがなく、
「ウソをつくな。間違いなくあいつが狙っていたのは水鏡だ。しかも悪魔呼ばわりだ。生半可な恨みではあるまい」
「そうは言うけど、当事者の俺でさえいきなりのこの部屋だぞ。この部屋に俺がいるって外部の人間が知り得るか? 寮にいる奴らなら可能性はあるだろうけど、ここに前々から俺を恨んでいる奴なんていないだろ」
一番怪しいのはファイナの親衛隊なのだが、あの集団がファイナの睡眠の邪魔をするとはとても思えない。
天見の言うことは一理あり、ファイナは腕組みをして押し黙る。
「動機は何であれ、犯人は寮住まいの風と体属性の使い手かもしれませんね~」
「それか、俺を悪魔呼ばわりしていたシャロン先輩な」
「先程の奴は声からして男だ。あの二年の先輩ではないだろう」
「……天見を悪魔呼ばわりする人が二人はいるってことよね? なんでそんな勘違いされているのかしら?」
シャロンが天見を悪魔呼ばわりした時は思わず笑ってしまったが、命まで狙われたとなると笑ってもいられない。
「…………悪魔……もしかして……」
ファイナは思い立ち、本棚から一冊の本を持ってきて天見のベッドのふちに腰掛ける。燕は興味をひかれて同じベッドにストンと座り、天見は本が気になりファイナの邪魔をしないように表紙を確認する――『悪魔事典』。
「すごい本があるわね」
ページをめくっていたファイナの動きがピタリと止まり、驚きを無表情の奥に隠し、該当するページを開いてベッドの上に本を置く。天見達がそのページを覗きこむ。
「堕落の悪魔『コーピストレス』。悪魔の中でも特殊な存在で、努力を嫌い、自らの魔法は何一つ持たず他人の魔法ばかりを使う。ついには大神の魔法すら模倣し、大神にケンカを売ったという。だが、オリジナルに勝てるわけもなく、あっさりやられた」
シーンと部屋の中が静まり返った。
コーピストレス。リコリスがファイナに知っているかと聞いた名前だ。なるほど、彼女が聞いた理由が分かった。こいつは――
「なんか、水鏡さんそっくりですねぇ~」
ドキィッ! っと、天見とベリメスの肩が同時にはねた。
その反応を見たファイナと燕が、ジッと二人を見る。すると、二人はあからさまに視線を背ける。
「……おい、水鏡にベリメス」
呼びかけられて、天見はコホンとワザとらしい咳払いを一つし、
「これは……あれだ。コピー魔法のネガティブキャンペーンだろ。子どもが安易にコピー魔法に走らないようにするために、コピー魔法使いの悪者を作ったんだ。おとぎ話によくある教訓だ。俺達とは全く関係ない」
「その通りね。こんなおとぎ話だか作り話だかを信じて私達を襲うって迷惑千万よ」
「とにかく、何で俺が悪魔呼ばわりされるのかは分かったから今日は寝ようぜ。転入初日で色々と疲れているから寝たいんだ」
「そうね。明日もやることがあるし、寝ましょ寝ましょ」
そうやって二人だけで話を終わらせて、天見は本を閉じて片付けた。
確かにもう夜が深い時間で、いつまでも起きていたら明日に差し支える。仕方なく、それ以上ファイナは追及しなかった。
で、思い悩むファイナは結局明け方近くまで眠れなかった。
「なぜ、勝手なことをしたのですか」
月明かりもない夜の闇の中、先程の黒装束は顔の覆いを解き、ばつが悪そうな顔で声をかけてきた人に跪いていた。
「確かに彼は罪人です。ですが、悔い改める機会も与えず罰するのは野蛮なだけです。人は弱く惑うもの……ですから神が導く必要があるのです。そして、私達は崇高なる神の使徒。高潔でなければなりません」
暗闇で声の主の顔は分からないが、黒装束を説いている声は高く、女性のものだ。
彼女は星を見上げ、祈るように手を組む。
「彼という存在を見極めるのです。そして、その本性が真の悪であった時、私達が神に成り代わって罰するのです」
黒装束も彼女の後ろに控えている人達も、黙って頷いた。
ふ~、GW中に初日を終えることができてよかったです。ちゃんと天見が悪魔呼ばわりされる理由も書いたし、これであらすじのポイントは大体通過した。
金曜日の更新は無理です。次回は火曜日更新予定で。
次回は二日目ですね。魔法の説明はしたし、日常パートにしてライトでギャグな感じにします。天見とリコリスが初対面。見た目と年齢にギャップがあるリコリスを見た時の天見のリアクションは?