セリアの魔法戦
正直、一気に書ききったからこの更新なわけで……繋げると長くなるし、二つに分けました。別に更新頻度が上がるわけではありません。ごめんなさい。
斬られた服から覗く肌には怪我がなかった。だが、怪我をしていないわけがなかった。服の方にはしっかりとおびただしい血が付いている。
「明暗月夜流か……聞いたこともないマイナーな流派だ。最近刀で有名な月光花家元流なら知っているけど」
燕が草を引き千切って拳を握り、体を起こそうとしたがフリューゲルに頭を踏み潰される。
「そっちに秘技があるように、こっちにも『連理の枝』の秘技がある。もっとも、その秘技は相手を同じ魔法で挟むことで威力を上げる秘技じゃないけどね」
フリューゲルは嬉しそうに笑い、
「パートナーの怪我を一度だけ肩代わりする秘技があるんだ。麗しい自己犠牲の秘技だろ? パートナーを助けるために自らの体を捧げるんだ」
地面に顔を押し付けられている燕は「まさか!」という声すら上げられない。
「ちょっと使い方は違うけど、本当に用意しておいてよかった」
フリューゲルは円形のガジェットが壊れていないか、「起動」と言って確かめる。ちゃんと動くのを確認して、
「さて、ちゃ~んとファイナに伝えてくれよ。君が僕の何の魔法でやられたのか」
文言を唱えようとした時、強風が吹いて思わず顔を腕でガードする。
「あなた、最低です」
フリューゲルが腕の隙間から見上げると、ネイロを抱きかかえたセリアが空から急降下で接近していた。
すぐさまフリューゲルはその突撃を避け――セリアはそのまま止まらず低空飛行のまま屋敷へと向かった。
「何だったのかな?」
とフリューゲルが呟いている間に、セリアはすぐに帰ってきた。その腕の中にネイロがいない所を見ると、屋敷に手当てをお願いしてきたのだろう。
着地したセリアは靴で地面を削りながら着地し、燕に駆け寄る。
「大丈夫ですか、聖籠さん」
起こされて苦笑する燕は、
「ちょ~っと頭がグワングワンと気持ち悪いですけど~、ま~、大丈夫っちゃ~大丈夫ですかね~」
深刻にならないように軽い感じで言うが、見た目でダメージが深いことは分かる。燕を触っている手から彼女の力を感じられないので、セリアは動かさないようにまたゆっくりと草原の上に寝かせる。
それから立ち上がって、フリューゲルと対峙する。
「天翔流の出来損ない後継者か。君を倒した所で、大して強さの証明にならないな」
セリアはその言葉で震えそうになる左腕を右手で押さえる。「出来損ない」「落ちこぼれ」はこの前まで言われ続けられ、彼女自身が受け入れてきた言葉だ。
「ど、どうして……天見さんを悪者にするような、マネをするんです」
「はぁ? あんなピーコー野放しにしておかない方が世のためだよ。害虫駆除だ」
「……残念です。あなた達のような人がグリューゲイルさんのパートナー候補なら……『連理の枝』が天見さんから移ることはありませんね」
フリューゲルから放たれた火球がセリアの直前で彼女を避け、後方へ飛んでいく。
オロオロとまごついているセリアだが、フリューゲルが炎の槍を持って突撃してきたので、あたふたと腕を横に振った。すると、フリューゲルの横手から暴風が吹き荒れ、飛ばされた彼は地面に叩きつけられ、ゴロゴロと転がった。
「あ、あの……それと……おこがましいことですが、私は……天才らしいですよ」
目元を前髪で隠しているセリアが、オズオズと言った。
何が面白いのかフリューゲルは笑いながら立ち上がり、
「朱雀宝門流、朱雀炎舞!」
炎の槍を回転させると朱雀の羽根がセリアへと飛来するが、羽毛が舞うように彼女の直前で散らばり、地面に落ちて消える。
「朱雀宝門流、緋槍!」
ならばと手の中の槍を放ったが、下から風に煽られた槍はセリアの頭上を素通りし、後方へ流れた。
全ての魔法が、セリアの直前で吹き荒れる風によっていなされる。
近づこうとすれば右足を上げた時に右から強風に吹かれて転がされる。身を這いずって近づくしかないが、それはフリューゲルのプライドが選ばない。
「なんだ、その……反則級の著作権フリーは!」
フリューゲルは信じられないという思いで叫んだ。
セリアは一度も胸元にあるフェザー型のガジェットに触っていないし、一度もモザイク処理された文言を展開してもいない。だから、自分の前面に強烈な風を発生させているのも、フリューゲルを吹っ飛ばすほどの風を発生させるのも、著作権フリーの風魔法で行われている。
それがセリアの異常な才能だ。
天見と出会い、天見が気づいたその才能は、魔法の時に風を集めすぎてしまう能力。本来なら薄く鋭利にしなくてはいけないカマイタチ系の魔法すら、分厚いものにしてしまう始末。そのため初級の魔法すら上手く形作られず、試験で落第し続けていた。
それで周りに軽んじられ、セリアは風の魔法と離別する直前まで追い込まれた。その最後の最後で踏み止まれたのは、天見の熱意と真剣さがあったからだった。
「ちょ、著作権委員に行って……天見さんの、誤解を解いてください。じゃないと、天見さんが姿を見せられません」
天見が出てこないのは、身に覚えのない容疑をかけられているからだと考えるセリアは、彼女なりの精一杯でフリューゲルに訴えた。
しかし、屈んでいたフリューゲルは軽やかに起き上がり、
「君はおそらく、実戦経験が乏しいだろ」
服についた草を払いながら言った。肩をビクリと反応させたセリアを見て、
「やっぱりね。おっかなびっくりっていう感じで挙動が怪しすぎるんだよ」
「…………」
セリアは口元に手を当てるだけで答えない。天見と会うまでろくな魔法が使えなかった彼女は、魔法戦をしたことがほとんどない。本音を言えば、今は魔法戦が怖い。
「いくら天才だからって、そんな初心者に負けるわけないよ」
フリューゲルはモザイク処理された文言を展開し、周囲に数十の火球を展開させる。
「朱雀宝門流、紅雨! 経験値の差を見せてあげるよ」
火球を順繰りに飛ばしていく。先程と同様にセリアの直前で逸らされるが……十数発目の火球が彼女の顔の横を通過した。
「ほらほら、突っ立っているだけじゃなく避けなきゃ。ラッキーは何度も続かないよ」
だが、次々に放たれる火球の脅威に足が震え、セリアはその場から一歩も動けない。そして数秒後、火球の一つが彼女の腕に当たった。
それで怯んだセリアはさらに数発の火球に当たったが、何とかまた風を発生させて防いだ。
「はははは、反則級の著作権フリーとはいえやっぱり効果時間は短いね。いくら文言と発言が必要なくても、魔法の合間は確実に存在する。それを逃さないような連射系の魔法を使えばこの通りだよ」
セリアは火球が当たった箇所を押さえるように両腕で自分の体を抱き、顔を俯かせて背中を震わせる。
「やっぱり、君程度じゃ強さの証明にならないな」
「…………」
俯きながら、セリアは「ガンバル、ガンバル」と自分を鼓舞させるように呟く。
セリアは胸元にあるフェザー型のガジェットにチップを入れ、
「起動――この風をつかまえ、天空に達せよ」
体を起こして右手を大きく返して、人差し指と中指をそろえて上へ向ける。
「天翔流、アップバースト」
フリューゲルは足元から噴く強烈な風で空へ放り上げられる。
その間にセリアはチップを入れ替えようと震える手であたふたし……付近に着弾した火球に驚き、モクモクと上がる土煙に目を閉じる。
セリアは闇の中、ただ痛いと感じて倒れた。目を閉じた彼女は、殴られたことすら分からなかっただろう。
「僕と戦うには百戦早かったね」
セリアは目を開けられず、ただ地面に倒れて体を震わせる。
セリアは天見を悪者にし、燕を傷つけ、パートナーを自分の身代わりにしたフリューゲルを許せないと思った。初めて他人に対して怒りを覚えた。だが、実戦の迫力や痛みが体の動きを鈍くした。そして、恐怖が徐々に怒りを上回り、ついに萎えてしまった。
元々怒るよりも諦め、逃げ続けていたセリアだ。怒りを原動力にしても、出力が弱すぎた。
「なら~、続きは私がやりましょうか~」
驚いた拍子に、セリアの目が開かれた。燕が刀を杖にし、震える体で何とか立ち上がっていた。とてもではないが、戦えるコンディションではない。
「まだやるつもりかい? 僕としては、ファイナに送るメッセージとしては十分かなって思うんだけど」
だが、退くつもりのない燕の顔を見て、フリューゲルは「やれやれ」と首を横に振る。
「どうしてそこまで必死になるのか、理解できないよ。あんなピーコーのために」
「勘違いしないでくださ~い。水鏡さんのためにしてるんじゃありません。私、著作権法違反者は絶対に許せないんですよね~」
「ふぅ~ん、君は調査通りの子だね」
「調査?」
フリューゲルは軽い世間話のように話し始める。
「事前にあのピーコーとピーコーに関わった人のことを調べていたんだよ。君や崑崙、奴に魔法を提供したシャロンに、奴と魔法を作ったセリアのことはよく知っている。ピーコーや崑崙については分からないことばかりだったが……君らについても分からないことが多かったよ。どうして著作権委員がピーコーを野放しにするのか、どうしてピーコーなんかに使用権を出すのか、どうしてピーコーなんかと仲良くなったのか、どうしてピーコーなんかと魔法を作ったのか」
「色々なアドベンチャーがあったんですよ~」
「まあ、ピーコーにおもねようとする奴らの心情なんて知りたくもないけど。特に、ピーコーと一緒に魔法を作るなんて理解の範疇を超えるよ」
フリューゲルは倒れているセリアに親切そうな笑みを向け、
「君、一度しっかりとした所で作った魔法を点検した方がいいよ。どこに盗作技術が使われているか分かったものじゃないしね。それにピーコーの名前は共作者から外した方がいい。一緒に著作権法に登録されると見栄えが悪くなる。不便な魔法なんだし、なおさら見向きされないよ」
「――あ、あの魔法を……悪く言うのは、許しません」
セリアは地面を手で押して上体を起こす。
「あの魔法は……私の風の〈粒子〉が、最も喜ぶ魔法です」
「……ハァ? 〈粒子〉が喜ぶ? 君は何を言っているんだい?」
嘲るように鼻で息をするフリューゲルに構わず、セリアは続ける。
「私の怠慢で、努力不足で……見切りをつけようかと思ったほど、ずっと不遇をかこっていた風の〈粒子〉が、存分に活躍できる魔法です。誰かに認めてもらいたくて……作った魔法じゃありません」
立ち上がったセリアは、前髪の隙間からフリューゲルの顔を真っ直ぐ見据える。怒りではなく、決意が彼女をしっかりと立たせた。
「私と天見さん、専用の魔法です」
「それなら、ぜひこの状況で使ってみてほしいものだね! あの欠陥魔法を!」
フリューゲルは嘲笑し、両腕を広げる。どうやら彼は本当にセリアの魔法を知っているようだ。「覚醒の(ゲイル)恵風」はその威力ゆえ、術者すら巻き込みかねない魔法だ。上方斜め四十五度に放てばギリギリ術者が影響を受けないので、対空魔法と天見は言っていた。
「……すみません。まだ不慣れなもので手加減が出来ません」
フリューゲルは「いい言い訳だね」と笑いながら腕を下ろし――、
「死ぬかもしれませんよ」
セリアは右腕を引き、強風と共に突き出した。
風に吹き飛ばされたフリューゲルは草原から道の方まで押し出された。
「――くっ! 相変わらず反則級の魔法だ!」
フリューゲルが崩れた体勢を立て直すと、強風で自らの体を押して、セリアが飛ぶように急接近していた。
「暗中で巡り会った輝きを胸に、開闢の決意」
セリアは文言を唱えながら、
(天見さん。天見さんがここで使うなら、きっとこうしますよね)
迎え撃とうとしたフリューゲルを飛び越し、セリアは転落防止用の柵を越えていった。
燕が! フリューゲルが! セリアの身投げに驚愕し――
「覚醒の(ゲイル)恵風」
ちょうど、フリューゲルの顔の高さに高速回転する風のブーメランが留まる。
(相手が跳ばないなら、自分が下に行く)
セリアは笑いながらブーメランを見つめ、落下していく。
ブーメランは周囲の風を巻き込んでいく。転落防止の柵が引っこ抜かれ、フリューゲルはその杭の穴に手を引っかけてまで、必死に堪えようとするが近すぎて抗えない。彼が引きこまれた時、臨界点に達したブーメランは球形に大きく弾けた。
運よく草原の方へ吹っ飛ばされたフリューゲルは、螺旋状の跡を刻んだ穴を穿った。
「……ば、バカな……くっ、魔法ごときのために…………本気で、死ぬ気か……」
「さてと、覚悟はいいですか~?」
燕は刀身を水で覆い、勝ち誇るように笑っていた。
「僕が、君達ごときに負けるとで――」
起き上がろうとしたフリューゲルは、右腕がボロボロで動かないことに気づいた。そして、その右腕にはファイナとお揃いの腕輪型のガジェットがある。興奮していたため、目で見て初めて痛みに気づいたようで、左手で右腕を押さえる。
「厄介なチップ交換はその怪我で出来ないでしょう。それでもまだやるつもりですか~?」
怒りに歯ぎしりをしたフリューゲルは血液混じりの叫び声を上げ、血走った目を吊り上げる。
「負けない! 僕が負けるはずがない! 負けたことなどないんだぁ~!」
体の悲鳴を無視して立ち上がり、フリューゲルは円形のガジェットの突起を歯で掴み、歯の隙間から「起動!」と叫んで文言を唱え、
「双爆輪唱!」
発言を唱えて、左手を輝かせる。
「ググッと、水鏡さんに近づきましたね~」
燕は刀を正眼に構え、静かに待ち構える。
フリューゲルはガジェットを吐き捨て、輝く拳を振り上げて燕に迫る。
燕は気負いなく呼吸し、刀を上段に振り上げ、フリューゲルの左拳に合わせた。
『双爆輪唱』の爆炎と燕の水量が拮抗し、迸る。
「やっぱりせり合いますか~」
過去にファイナの『双爆輪唱』を喰らったことがある燕だからこそ、受けたフリューゲルの『双爆輪唱』が劣っていることに気づいていた。そしてその威力なら、何とかなると判断していた。
「くっ……押し切る!」
フリューゲルは腕に力を込めるが、喉の奥から熱いものがこみ上げてきて、力が入らない。
「知ってますか~? 『双爆輪唱』って効果時間が二十三秒で、徐々に〈粒子〉が空気中に放出されて威力が弱くなるらしいですよ~」
「それがどうした!」
「だから~、今は拮抗してますけど~、じきにそっちが力負けするってことですよ~」
フリューゲルの顔が強張り、叫び声を上げて火の〈粒子〉を注ぎ込んで威力を上げようとするが、限界寸前の体力では劇的な変化はない。
「さあさあ。あと何秒持つでしょうかね~。十秒? 五秒でしょうかね~」
ジリジリと燕の刀がフリューゲルの方へと傾いていく。
数秒後、斬られる自分を想像してフリューゲルは恐怖で叫ぶ。そして、拳から力を抜いて刀をそらせ、前に泳いだ燕の顔に向かって拳を振り下――
「水月・満月の型」
地面に水を放出して跳ねた刀の柄頭がフリューゲルの脇腹にめり込んだ。
「――ッァ!」
その一撃は、気を張っていたフリューゲルの糸を断ち切るには十分だった。拳から光が消え、彼は地面に倒れ伏した。
燕は刀を納め、足を引きずりながら歩いて、落ちていた円形のガジェットを回収する。
「分かりましたか~?」
そこからフリューゲルに語りかける。
「何がだ」
まだ意識があるフリューゲルがか細い呼吸をつきながら、苦しげに返事をする。
「さっきみたく魔法でせり合った時、水鏡さんなら退きません。たとえ、その魔法と心中することになったとしてもで~す」
「そんなバカな」
「笑っていますけど~、あなたもここで見たはずですよ~。水鏡さんが水の騎士に命を託した所を~」
言われてフリューゲルは思い出す。あの時は、天見のことを危ない奴と思った。
「あなた、双爆輪唱で魔法と打ち合う時、随分と顔が固かったですけど~、怖かったんですか~?」
「こ、怖くなどない! た、ただ……まだ慣れていなかったから、加減が分からなかっただけで……」
「水鏡さんは、初めてファイナさんと打ち合った時でさえ、笑っていましたよ~」
フリューゲルは開いた口が塞がらなかった。本物の『双爆輪唱』を使ってみて初めて分かったことだが、『双爆輪唱』は度胸がいる魔法だ。相手に接近しなくてはいけないし、発動時の熱量と迫力は術者でも怖気づくもので、相手の魔法と拮抗してその熱量がこちらに向かった時は生きた心地がしない。それで秘技を使い、もしタイミングがずれて自分に向かってくると思うと…………。
それを……笑って使う?
「……奴は、恐怖を感じるべき心を失っているんだ!」
「いや~、けっこう怖がっている場面を目撃していますけどね~」
ファイナを怒らせた時なんか、よくあたふたしている。
「命をかけてその魔法を信じ、理解する。その思いが著作者の心を打つんでしょうね~。著作者に嫌われないピーコーなんて聞いたこともなかったですね~」
と言った時には、フリューゲルからの返事は無かった。どうやら気を失ったらしい。
燕は急いで屋敷の人を呼んで、セリアの様子を見に行ってもらった。気を失っていただけでひどい怪我はしていなかった。どうやら落下中に「覚醒の(ゲイル)恵風」の風で浮き、落下のスピードと衝撃が弱まったらしい。あとでセリアに聞けば、それも計算の内だったようだ。
とんでもない魔法だなっと、燕はしみじみ思った。
一方その頃。天見とベリメスは果汁ジュースを飲みながら、対面の青年とチェスの盤面を挟んでいる。
二人がかりでも劣勢の天見達は、盤面を凝視して腕を組む。余裕のある青年はゆったりと次の手を微笑みながら待っていた。
いや~見直してよかった。「双爆」が一か所「総額」になってた。危ない危ない。
さて、二人がかりで撃破に成功して、後はもう天見を見つけるだけですね。でも、見つけた所でまだ『連理の枝』問題は残っているわけですが。
それでは次回予告。燕達が頑張っている間、ファイナは町中をただぶらついていた。それでも天見は見つけられない。そして確認のため著作権委員本部に立ち寄り、燕達のことを聞く。お見舞いに行った時、ピエルナが天見の居場所を勘づく。
というわけで、次回更新は来週の金曜日です。




