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ケンカ

 ファイナと燕は応接間のドアが開くのを、ようやくかという思いで見ている。


 疲れ切って出てきた翁とフリューゲルの後に、スッキリした顔の天見が出てきた。先に出てきた二人は、よっぽどなのかファイナに気づかず行ってしまった。


 天見とベリメスは当然気づき、


「ファイナ、どうかした?」


「…………不可解な。よくもまあ、人の魔法についてあれほど熱く語れるものだな」


 どうやら外まで聞こえていたらしい。しかし、ファイナは素っ気ないことを言うが、心象では引くつく頬を抑えきれず、ずっと笑顔で嬉しそうだ。自分の魔法が評価される。著作者として嬉しいのはファイナも例外ではない。


「いいじゃないですか~。絶賛していたわけですし~」


「褒め殺しは居た堪れないだけだ」


 と、プイッとソッポを向いた。


 当のファイナは無表情をキープしているが、心象では劇的に変化があった。昨日からのイライラ、海でのモヤモヤなど、心の中に溜まっていた鬱憤がなぜか綺麗に消えた。


 よく分からないことは、解消する時もよく分からないものだなと、ファイナは思うだけだったが。


「ところでファイナ、昨日の親戚の人達って普段何しているんだ?」


 聞かれた質問にファイナは「ん?」と思ったが、機嫌がいいのですぐに答える。


「分家の者は会社に入っている者が多い。昨日の半分ほどは本社勤務だが、他は支社に飛んでいる。もちろん、分家からも魔法戦を専門とする実力者を何人も輩出しているし、『連理の枝』になる者もいる。しかし、昨日の者は魔法戦を会社の広報活動の一環ぐらいとしか思っていない。昔は『連理の枝』を主として魔法戦が利益を生んでいたが、会社の利益が大きくなってきたため、そうなってしまった」


「なるほどね。商売人ってわけか」


 天見が神妙な顔で頷くのをファイナは首を傾げて見ていたが、彼はすぐに何事も無かったように、


「ファイナ。『双爆輪唱』のアイディアを伝えておきたい」


「? 分かった」


 と、いつもの四人で移動しようとした所、


「燕は遠慮しておけよ」


「え~、何でですか~?」


「だって、『双爆輪唱』の戦法について話すつもりだから、燕とはいえ聞かせるわけにはいかないだろ」


「それもそうだな」


 燕は不安を覚える。言葉が少ないことがある天見とコミュ力が低いファイナ。この二人を二人だけで話し合わせると、ややこしいことになりかねない。しかし、話の内容が内容だけに、無理強いもしにくい。


 というわけで、燕はちょいちょいとベリメスを手招きし、


「二人のことお願いしますよ~」


「お願いされてもね~。基本的に私、天見が困らない限りしゃしゃり出ないようにしているし」


「ここで二人がいつものようにケンカしたら最悪ですよ~。水鏡さんだって、昼間に『連理の枝』でいたいって言ってたじゃないですか~。水鏡さんのためです~」


 ベリメスは仕方なさそうに嘆息しつつ、


「期待はしないでよ」


 そう言って、天見の肩に戻っていった。


 燕はハラハラとした心もちで、三人を見送った。



 ファイナと天見がいなければ、燕も会話をする相手がいない。こういう時、親切に気をきかせてくれるのがフリューゲルなのだが、彼は疲れから部屋で休んでいる。


 夕食までの中途半端な時間、燕は窓から外を眺めている。


 廊下にある町を一望できる席。白い壁を使っている建物が多く、夕焼け間近の力強い日差しを受けて、輝いているように見える。もう少しして夕焼けになれば、燃えているように見えるのかもしれない。


「そこがこの季節・この時間の特等席じゃ」


 杖をついてやって来た翁が、燕の対面に座る。ドカッと腰を下ろして深くため息をつく様子から、まだ先程の疲れがあるらしい。


「廊下にテーブルと椅子を置かせたのは、そんなわけじゃ」


「ホントに綺麗な風景ですね~」


 素直に感じ入っている燕に、翁は嬉しそうな顔を見せる。でも、ちょっと眉尻が下がって、


「先程はすまなかったの。あれは少し、ファイナに対して理想が強くて――」


「別にいいですよ~」


 翁は目を丸くする。


「随分と軽いの」


「あれぐらいでいちいち問題にしていたら、ファイナさんの近くで学園生活なんて送れませんよ~」


 燕自身は慣れたくない慣れだと思うが。


 翁は軽く笑って目を伏せてから窓の方を見る。


「ファイナをクレストエルクにやって、本当によかった」


 目を細めているのは、白い壁が反射する日が眩しいわけじゃないだろう。


「少し、じいさんの話に付き合ってくれるか?」


 別にやることがない燕は、気軽にコクンと頷いた。夕食までの間、翁との会話を楽しむのもいいだろうと思った。


「不思議に思わんか? ずっとパートナーを見つけられないでいたファイナに、四人も候補となる者がひょっこりと出てくる。しかも、身近な親戚から」


「……そう言えばそうですね~。何でその中から選ばず、クレストエルクで探していたんですか~?」


「ファイナが『連理の枝』になれないよう、この町の主だった火属性の使い手に根回ししていたからだ」


「ふぇ!?」


「ファイナには『ポントス』の業務に協力してもらいたかった。古典的な手法じゃが、有力な家の男を、婿にとってほしかった」


「はぁ~!?」


 驚きのあまり、素っ頓狂な声が出た。


 ファイナを政略結婚させるために、『連理の枝』になるのを邪魔していた。


「それが、どうして今になって~……って、まさか」


「まあ、ピーコーと『連理の枝』になっていられたら、ポントスにまで悪影響が出るかもしれないからの。それならば、まだマトモなパートナーといてもらった方がいいじゃろ。どうせそれも、高等部を卒業するまでになるじゃろうし」


「なにが、マトモですか~!」


 燕はテーブルを叩いて、勢いよく腰を上げる。


「よくもまあ~、あの四人はヌケヌケとファイナさんに『連理の枝』になろう。なんて言えますね~! 大事な時には知らんぷりで、水鏡さんとの『連理の枝』は困るからパートナーを解消しろなんて、勝手ですよ~!」


「勝手じゃな。じゃが、会社を切盛りしていくのは簡単じゃないのじゃ。特に、あれほど大きくなった会社は」


 声を荒げた燕だが、悔しそうに歯噛みして椅子に腰を落とす。実家の道場の経営難を知っている燕は、大人の世界を少し知っている。特に、お金の話は簡単じゃない。だから、無暗に文句を言っても、目の前の翁を困らせるだけだ。


「ワシは初め、ファイナがピーコーをパートナーにしたと聞いた時、分家の者達から人材を引き出すためかとも思ったが……」


「そんなことのために、あのファイナさんが一時的にでも認めていない人をパートナーにするとは思えませんね~。なんせ、『仲間殺し』ですから~」


 燕の意見を聞いて、翁は「そうか」と呟いた。


「そういったことを、あやつにも知ってもらっておこうと思ったのじゃが……やめた」


「え」


「年寄りが下手に口を出すことじゃないと気づいた。ただ、信用できそうな友達には教えておいた方がいいじゃろ。ファイナの力になってやってくれ」


 頭を下げられ、燕はぐじゃぐじゃの線を頭上に浮かべる。


「おじいさんはどっちの味方なんですか~?」


「ん? 孫に甘いのがジジババじゃろ」


 濁された答えに、燕は翁のそつの無さを見た。


「でも、ファイナさんを『連理の枝』にしなくていいんですか~。グリューテイルは『連理の枝』の本家本元じゃないですか~」


「ん? なんじゃ知らんのか? ファイナには――」


 屋敷を揺らすほどの爆発音に、翁の言葉はかき消された。



 燕は急いで衝撃があった方へ走った。


 階段を駆け上がり、廊下の先にドアの残骸を見た。そして、壁に叩きつけられたであろう天見が倒れていて、そばに立つファイナが見下ろしていた。


 一番乗りした燕の後に、ドヤドヤと屋敷にいる人達も集まって来た。


「もう一度言ってみろ、水鏡」


 通りの良いファイナの声は、静かなのに燕達の所までハッキリと聞こえた。


 その声に反応して、天見は震えながら手で廊下を押して体を起こす。


「……ああ。何度だって言ってやる……コピー魔法使いの印象は俺の予想以上にヒドイ。親族や周囲を味方につけたいのなら俺じゃ無理だ。周囲のわずらわしさを無くすには真っ当なパートナーである必要がある。なら、あの四人の中から選べ。今なら、俺と別れたって後腐れはないだろ」


 廊下に乾いた音が響いた。


 拳でなく、ファイナは魔法を使わず平手で天見の頬を打った。


「水鏡が喜ぶようなことは、してやらん!」


 ファイナの瞳は潤み、玉となった涙が宙に飛ぶ…………ことはなかった。そんなやわな人ではない。涙なんて一滴たりとも無い。その深紅の瞳は、激しい憤りを感じて燃えていた。冗談ではなく殺気が彼女の全身を包み、空気を重く、熱くしている。


 濃紺の髪を熱気で夜叉のように沸き上がらせているファイナは、天見の胸ぐらを掴んで無理やり立たせ――いや、足が地面につかないよう十センチほど浮かせる。


「言ったはずだ! 私は! 水鏡の察しが良い所が楽だが嫌いだ!」


 天見は声も出さず、苦しみに顔をしかめる。


「私を侮るのも大概にしろ! 水鏡はいつもそうだ! 私のためになることをしているつもりでも、全く私のためになっていない! 『連理の枝』になっている期間が短ければわだかまりもなく、スッキリ別れられるとでも思っていたのか!!」


 燕はハッとして二人に駆け寄り、


「ファ、ファイナさん! 落ち着いてください!」


 ファイナを羽交い絞めにした。その拍子に彼女の手から天見が落とされ、彼は廊下に膝をついて咳き込む。


「な、何だかよく分かりませんけど~、ひとまず冷静になってくださ~い! 水鏡さんも謝って~!」


 となだめようとするが、二人は燕の話なんて耳に入っていない。


「俺は魔法に関して中途半端は嫌いだ。結局別れることになるなら、早く諦めたい」


「諦めるだと……それほど簡単に……私が……私が! どうして一人だったと思っている!」


 そのファイナの発言を聞いて、燕の拘束する力が少し緩まる。


「知るか!」


「何だと」


「そんな過去のことなんてどうでもいい! 俺に同情か慰めでも求めているのか? ふざけんな! パートナーに優しさが欲しけりゃフリューゲルを選べ! 尊敬して欲しけりゃリラを選べ! 切磋琢磨したけりゃテオキルを選べ! 成功したければピエルナを選べ! そんなもんが、『連理の枝』を極めるのに必要だとは全く思わないけどな!」


「! 起動!」


 ファイナのガジェットからモザイク処理された文言が展開される。


「この脳筋! ベリメス、やるぞ!」


「ちょっ! ベリメスさん! 水鏡さんをどっかにやってください!」


 天見のそばにいたベリメスが、嘆息して天見と共に姿を消した。


 いきり立っていたファイナは天見がいなくなり、ガジェットからチップを抜いて戦闘態勢を解いた。


「何があったんですか~?」


「何でもない!」


 何でもないことない怒声が返ってきた。


 おそらく二人に何か行き違いがあったのだろう。そう思った燕は、やっぱり二人だけで話し合わせるんじゃなかったと後悔した。


 ファイナが廊下の向こうにいる使用人達に目をやると、数人は慌てて仕事に戻っていったが、何人かは動けないでいた。


「水鏡には、部屋で食事をとらせるようにしろ!」


 昨日は反対を押し切って一緒にとらせていたのに……。


「なんでこのタイミングでケンカをするんですか~!」


 燕が叫んで聞いたが、ファイナは黙秘した。



 就業時間終了間近に、著作権委員管理執行委員長の南川 紀信の元に報告が上がってきた。報告書を見た瞬間メガネの奥の目が不機嫌に細くなり、席を立った。


 そして、著作権データ監督委員の部署に出向いた。


 委員長のユナ=リーヨンと、今の所は彼女のお手伝いをしている李 崑崙だけで話をする。崑崙が連れている妖精と猫を、紀信は数に入れない。


「報告がきた。やはりあのピーコーは騒動の際に違法行為はしていなかった。都警に捕まったバカ共はそのままぶちこんでおく」


「溜まった鬱憤を晴らそうと襲い掛かって、逆にやられて都警に捕まったら、ピーコーに魔法をコピーされた……すぐばれる虚偽をするなんて、ノータリンにも程があるわね。どうせ出してもろくなことしないんだし、ずっと入れとけば」


「そんなことができるか」


「随分と天見は人気があるね。昨日来て、今日には襲われるなんて、下手なアイドルよりすごいね」


 ユナは呆れた感じで銀髪を手荒くかく。


「あいつは自分の立場が分かっていないの?」


「分かっていないのだろう、な。分かっていたら、この町で「ピーコー」なんて公言するわけない」


「そうね? 天見なら、たとえ分かっていても公言すると思うね」


 どうやら三人の中では、崑崙が一番天見のことを分かっているようだ。


 それならそれでと、紀信は疲れたため息をつく。


「……クレストエルクに転入しただけでも厄介だと言うのに」

「クレストエルクだと、何か不都合なことがあるのね?」


「クレストエルクは世界で唯一『連理の枝』を教える学園のため、世界中から『連理の枝』を習おう、知ろうとする人が入学してくる」


「そうらしいね」


「夏休みに入って学生が一斉に里帰りすると……一気に広まるのよ。魔法を見ただけで完コピできるピーコーがいるって話が。全国に」


 ユナに言われて、崑崙が「あ~」と納得する。この世界で情報伝達として主に使われているのは新聞だ。新聞なら記事を止める手段があるだろうが、口コミとなるとそうもいかない。人の口に戸は立てられないのだ。しかも今回の場合だと範囲が全国規模だ。


「我が国ではコピー魔法の研究はあまりされていないが、国によっては裏で国家戦略としてコピー魔法を研究している所もあると聞く、な。そういう国にとって、見ただけで魔法を完コピできるあいつは、何としてでも手に入れたい研究材料なんだ」


「なるほどね」


 崑崙は天見のコピーの仕組みを知っていて、それがこの世界の人間にはとてもマネできないことも知っている。しかし、それを説明するのはとても面倒なので、する気もない。


 そこへ、部屋をノックした紀信の部下が新たな書類を持ってきた。


 紀信がそれを読んで、ユナ達にも渡す。


「追加情報だ。あいつが『連理の枝』の解消を迫られているのは昨日伝えたが……」


「あそこは海運業が順調だからね。広告塔とも言うべき本家の娘の『連理の枝』がピーコーなんて致命的と考えたんでしょ」


 ふんふんと頷きながら、ユナは書類を読んでいく。


「だから早くどうにかしたいようだ。東方の客人を招いたらしく感触は上々らしい。しかも、ピーコーとお姫様はどうやらケンカをして、解消も間近かもしれない」


「ナニやってるね、あの二人は」


 呆れた崑崙は頭に大きな汗をかいた。


「ふぅ~ん。いらないと言う者と、それを欲しいと言う者。商談はすんなりいきそうね」


 ユナの言葉を聞いて、崑崙は喉の奥で「ククク」と笑う。


「なるほどなるほどね。面白そうね」


「面白くないわよ」


「一応聞いておくけど、人身売買は……」


「最悪な犯罪の一つで当然重罪だ。ポントスが潰れかねないから、そこら辺はあのピーコーを上手く言い包めて、自分の意思で行かせるように仕向けるのかもしれないが」


 崑崙はポワンポワンと想像し、天見なら「楽しい魔法あるよ~。好きに使えるよ~」と言われたら、ホイホイ行きそうだな~っと思った。


 紀信はため息をついて、中指でメガネを押し上げる。


「明日にでも天見と燕を呼べ。話しておかないと取り返しのつかないことになる」


 話を聞くだけ聞いていた猫のミヤは、頭の上にいるモドリスにこっそり話しかける。


「キベリアメスティ様も大変そうですね」


「そうかしら? あの子は退屈になるぐらいなら修羅場に飛び込んでいくような子だから、今頃笑っているかもしれないわよ」


「そうなんですか?」


「旅と放浪の神よ。冒険上等! 刺激のない生活よサラバ! 安定・安寧なんて犬に食わせろとかって昔は言ってたわよ」


 モドリスはピンクの髪を億劫そうにかき上げ、


「まったく、キベリアメスティに憑かれたあの子には同情するわね」


 自分は殺そうとしておいてとミヤは思ったが、何も言わなかった。

 マジゲンカですよ。何をやっているんだか、こんな調子で大丈夫なんでしょうか?

 著作権委員も久しぶりに出てきましたね。天見がいるせいで色々と苦労が多くなったようです。

 それでは、次回予告。著作権委員に呼び出しを受けた天見。何の用かと思ったらおまえは狙われていると注意を受ける。そして、ベリメスは味方のモドリスに何かいい案はないかと相談する。

 次回更新は金曜日ですかね~。実は、書き溜めていたやつが今回で切れました。頑張って何とかしたいと思います。

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