学園寮『双葉』
ファイナ=グリューテイル……グリューテイル家の長女。家伝の『連理の枝』に並々ならないこだわりがある。火属性の使い手で朱雀宝門流免許皆伝。コミュニケーション能力が可哀想なぐらい低い。天見に絶賛フラれ中。
先にすみません。まだ初日が終わりません。
午後からの授業のため天見が教室に戻ってきたら、彼の席が決まっていた。教室の一番前の角席で、右にファイナ=グリューテイル、後ろに聖籠燕という、クラスメイトの警戒心がすけて見えるかのような席だった。
だが、天見には不満なんぞ欠片もなく、漏れ出る愉悦を必死に抑えて魔法関係の授業に取り組んだ。授業が全て終わった時には、満面な笑顔で幸福を噛みしめているほどだ。
「水鏡、放課後だが『連理の枝』の授業があるのだ。見学だけでもしないか?」
「あ~……興味はあるけど、当分放課後はやることがあって忙しいんだ」
と、幸せに浸っていた天見は残念そうに答えてから、
「って、まだ俺をパートナーに、とかって言ってんのかよ」
気づいて呆れた視線を隣に向ける。
「諦める理由がどこにある」
「たくさんあるだろうよ、ったく。じゃあな、また明日」
ベリメスを頭の上に乗せ、天見は手をヒラヒラさせてファイナの横を通る。
「待て。どこに行くのだ?」
「とりあえず、一度寮に行って場所と部屋の確認かな」
「そうね。ヘトヘトに疲れた後で探すってなったら面倒だしね」
「ならば案内しよう」
天見と一緒に行くためにファイナは慌ててカバンにものを詰め込むが、彼は待つことをせず、
「別にい――」
教室のドアを開けたら、ニッコリとリュージュが手招きしていた。すぐさま天見はドアを閉めた。
「どうした?」
追いついてきたファイナがドアを開けると、リュージュの姿は消えていた。
「……やっぱ、頼むわ」
ファイナの目がなかったら何をされるか分かったものじゃない。極力危険を排除するために、天見はファイナの申し出を受け入れ、四人は一列で教室を出て――
「聖籠はなぜついてくる」
ファイナが気づいて振り返ると、最後尾に当然のように燕がいた。
「私も寮住まいですし、水鏡さんが勝手に著作権法を破らないか見張るんです」
「放課後まで見張ることはないだろうよ」
天見が嫌そうに言ったセリフに、ファイナも無表情ながら露骨な邪魔者オーラを噴出させて同意するが、
「許可は取りました。私の熱意が通じたんですね~」
「あなたも遠慮しないわね~」
「私、著作権法違反を絶対に許せないんです!」
やたらに元気よく主張する燕をどうにかするのは早々に諦め、四人で帰るのであった。
学園から徒歩十分ほどの場所に、寮はあった。建物を正面から見ても、俯瞰して見ても「山」の形。三つの箱型の建物が、一階部分で繋がっている。町からは少し離れた場所にあって――そこだけ生徒の評判は悪い――色々な設備が整っている。
「ここが寮だ。向かって右が男子用、左が女子用だ」
ファイナが指差しながら教えている時に、
「私は先に自分の部屋に戻りますね~」
と言って、そそくさと燕は玄関に走っていく。玄関は中央の建物にしかなく、男子も女子も共有している。
去っていく燕の姿を見て、
「ようやくいなくなったか。男女別々で助かった~」
重たい荷物を下ろしたように、天見は肩を回しながら安堵の息をついた。
「真ん中は何なの?」
ベリメスが聞いた真ん中の建物だけ、左右の寮より一階高い五階建ての建物だ。
「寮の監督官達の部屋もある建物だ。では、行こうか」
もう別に案内はいいと思いつつも、ファイナが先行するので天見達は後に続いた。
玄関に入ってすぐにある、出入りする人を確認する受付でファイナが止まり、
「ファイナ=グリューテイルです。戻りました」
受付にいた中年の男女二人は、ファイナを見て晴れやかに笑い、
「話は理事長から聞いているよ。『双葉』で部屋を一人で使っているなんて君ぐらいなもんだったからね。いくら理事長のお孫さんでも、今月中に見つからなかったら女子の方に移ってもらおうとみんなで話してたんだよ」
「よかったわね。これから頑張るんだよ」
祝福の言葉と鍵を受け取り、ファイナは表情を変えずただ「ありがとうございます」と頭を下げた。そして、鍵をジッと見つめてからギュッと握りしめる。
天見は自分の部屋がどこか受付で聞こうとした。が――ファイナに腕を強く引っ張られて、受付の横を通って真ん中の建物の奥へ連れられて行く。
「おい、どこ連れてく気だよ?」
「……『連理の枝』はパートナー同士の連携が重要だ。寝食を共にするなど当然のこと」
口早に棒読みでボソボソと告げられた。
『……………………はい?』
天見とベリメスは目を丸くして呆けた声を出した。ファイナはピタリと止まり、天見の腕から手を放して振り返り、腕組みをして仁王立つ。
「寮の真ん中の建物は『双葉』と呼ばれ、『連理の枝』のカリキュラムを取っている学生専用の寮だ。特別に男女共用だ」
照れた様子もなく無表情に淡々と言う。が、瞳はきょろきょろとさ迷っている。
「……俺はファイナの『連理の枝』になってないはずだろ?」
いまだ呆けた様子の天見に言われたが、ファイナは困るどころかむしろ強気に胸を張り、
「分かっている。だが一緒に生活し、私の手腕と能力と魅力を伝えれば、水鏡の意見は必ず覆る」
ファイナが説明の時に中断した「一緒に――」の続きが分かった。
「え? 魅力って……もしかして一緒の部屋で色仕掛けでもするつもり?」
ベリメスの言葉でファイナは天見から視線を外し、無表情の顔を手で扇ぎながら、
「…………必要とあらば……」
「無理!」
天見が体の前で腕を交差させて×印を作って一歩後ろに下がる。それを見て、ファイナはすかさず彼の片腕を取って逃がさないようにする。二人は力比べをしながら、
「何が無理なのだ。というか、水鏡の方が尻込みをするな。私との同室が嫌などとは、不可解過ぎるぞ」
「ただでさえ俺は一人っ子で誰かと同室なんて初体験なのに、女子と一緒なんて何すればいいんだよ!」
「女の私に何を言わせるつもりだ」
「絶対気まずいって! 会話とかどうするんだよ、微妙に沈黙したらどうするんだよ!」
「…………天気、の話、とか……」
そのやり取りから、同室で重たい沈黙に陥る二人が見えるようだ。ベリメスは軽く嘆息して、天見の頭を軽くポンポンする。
「女子と同室ぐらいで慌てないの、情けない」
「そう言うけどさ……やっぱりパートナーでもない男と同室はマズイだろ。変な噂が立つとファイナの『連理の枝』募集に差しさわりが出るだろうし……」
「不可解な心配をしてもらわなくてけっこうだ」
「でも、この寮の他に行くあてなんてないわよ。この時期に野宿は辛いし、しっかり休みはとってもらわないと健康面で――」
そんな三人の横を、布団に大荷物を載せた燕がトコトコと通り過ぎる。彼女は女子寮から来て、『双葉』へと進んでいる。
ファイナは空いている手で、ガシッと燕の肩を掴んで引き留める。
「ちょっと待て。キミはどこに行くつもりだ?」
「え? え~っと……三階の三〇四号室ですね~」
「そこは私の部屋だが」
「はいぃ。ですから、私も今日からお二人と一緒のお部屋ですぅ。言ったじゃありませんか、水鏡さんを見張らないといけないって」
「誰が許可した」
「理事長ですぅ。水鏡さんが著作権法違反をしないか見張るついでに、グリューテイルさんにいかがわしいことをしないか見張るなら許可するって」
どちらが「ついで」かは、リコリスに聞かなくっても分かる。
理事長の許可と聞いて、ファイナは弱々しく燕から手を放した。そして、鼻歌混じりに燕は部屋に向かって行く。
「理事長って、学園の偉い人よね? そんな人が天見を見張れって……」
今まで和やかな顔をしていたベリメスの表情が一変して真剣なものに変わる。が、天見は「あっ」と閃いて、
「もしかして理事長ってグリューテイルの人か?」
学園は『連理の枝』を育てる場所で、『連理の枝』の本家本元はグリューテイル。ならその責任者はグリューテイルの人かもしれないと、ファイナに尋ねる。
「祖母だ」
それを聞いて、ベリメスは力が抜けた。
「…………心配性で過保護なおばあさんね」
天見はファイナに掴まれていない手を口元に当てて考え、
「分かった。しばらくは同室でいい。燕もいて四人もいれば変な噂も分散されるだろ」
一転して同室を受け入れた。
天見が了承してくれて、とりあえず舞台は整ったとファイナは一息つく。
共同生活でよりパートナーとの絆を深めるのが『双葉』の方針。リコリスの許可ゆえ燕を追い出すことはできないが、自分の能力と手腕と魅力を知れば、天見の方から喜んで『連理の枝』を受け入れるはずだと思い、ファイナは静かに燃え上がって力をいれ――腕を掴まれていた天見は痛みに悲鳴を上げた。
部屋の鍵はパートナーごと持つことになっているので、すでに自分の鍵を持っているファイナは受付でもらった鍵を天見に渡す。
三〇四号室に入り、短い廊下を進んで奥のリビングに入る。すると、部屋の片隅で燕が自分の居場所をせっせとこしらえていた。
天見がザッと部屋の中を見回すと、急に来たのにも関わらず片付いていた。物が少ないというのもあるが、どうやらけっこうファイナは几帳面らしい。備え付けの机とベッド、タンスは二つずつある。後は本棚と鏡面台があるだけ。
「ベッド使ってもいいぞ」
「私ベッドからよく落ちるので使わないんですよぉ~。でも、ありがとうございます」
天見の提案を燕は丁寧に断る。「そっか」と答えて、天見は何も置かれていない勉強机にカバンを置き、
「それじゃ、ちょっと出て来るな」
「夕食っていつかしら?」
「七時だ」
ファイナの返事を聞き、天見はベリメスと連れ立って部屋を出て、後ろ手でドアを閉める。そのドアが開く音がして、閉まる音がして、また開く音がして、また閉まる音がした。
背後を振り返ると、
「何でついて来るんだ?」
さも当然というようにファイナと燕がいた。
「手伝えるようなことならば手伝ってやってもいい」
「勝手にコピー魔法を使わないか見張るためですぅ」
「あと最近学園でも町中でも〈核魔獣〉が頻出している。水鏡はこの町に疎いだろ。一人で外出するのは危険ではないか」
天見が隣のベリメスを窺うと、彼女は俯き加減で目元を手で押さえている。そして、嘆息して手を外し、天見に向けてクイッと顔を動かした。
すぐさま天見は体をひるがえして、寮の廊下を走り出す。
慌てて二人は追いかけ、天見に少しだけ遅れて階段の所を曲がった。
だが、もうそこには天見とベリメスの影も形もなかった。上にも下にも行ったようには見えず、寮の中を確認し、受付にも聞いたが行方は知れなかった。
聖クレストエルク魔法学園の校門近くの木陰に、天見とベリメスは姿を現した。
「〈核魔獣〉の頻出。それ自体は大した問題じゃないわ。問題なのは〈核魔獣〉が頻出してしまうほど、この地域の〈粒子〉の循環が滞ってしまっていること」
天見は事前にベリメスから知らされていた情報と、今日実際に見た〈核魔獣〉とファイナが言っていたことを思い出し、事態は思っていたよりも進行しているのかもしれないと思った。
「属性に染色された〈粒子〉を無色の〈粒子〉に戻す働きをする、魔法世界の循環の要となる〈柱〉。この地域の〈柱〉のエネルギーが落ちているため、魔法の効果終了後の染色された〈粒子〉が戻りにくくなって〈核魔獣〉が発生しやすくなっているんだよな?」
「そうよ。だからもし〈柱〉が消えるようなことがあったら……魔法世界が滅亡する可能性もあるわ」
天見は自分の左手を見つめ、静かに握りこむ。
「魔法世界を謳歌しようっていうのに、魔法が使えなくなったら元も子もないからな。滅亡させはしないさ。俺がコピーしたあの魔法で」
そう言って天見は、ベリメスを肩に乗せて一歩を踏み出した。
天見とベリメスはちゃんと七時少し前に疲れた様子で三〇四号室に帰ってきた。そんな彼を最初に迎えてくれたのは、鋭く光る刀の切っ先だった。
「どわあぁ!」
後ろに下がったが、すぐに背中がドアにぶつかる。刀の主である燕はジト~ッとした疑いの目を向け、
「勝手にコピー魔法を使ってたりしてませんよね~」
ここで「抑えきれずに思わず使っちゃった」なんて答えたら、このままブスリといかれるなと頭の隅っこで考えながら、
「残念ながら俺は何も魔法を使ってない!」
「う~、水鏡さんにガジェットが無いのが痛いですぅ。ガジェットには使った魔法が逐一記録されるから、一目瞭然なんですけど~」
ぶつぶつと言いながら納刀する。
「水鏡、何をやっていたのだ?」
次は奥の部屋からファイナが尋ねながら来た。
「うん、ちょっとな」
明らかに濁され、ファイナはさらに追及しようとしたが、
「なにあなた? まさか今日会ったばかりなのに何もかも話せとか、デリカシーのないこと言うんじゃないでしょうね? あなたにだって聞かれたくないことや突かれたくないことの一つや二つあるでしょ」
眼前に浮遊するベリメスにこう言われ、口を閉じた。
「……話は変わるが、夕食の後に時間をもらえるか? 『連理の枝』の秘技について少し話しておきたい」
「あ~、わかった。いいぞ」
そう答え、天見は洗面所に行き手を洗う。
「ちょっと天見、ご飯を食べたらすぐに休んだ方がいいんじゃないの? 初日から色々あって疲れたでしょ?」
飛んできたベリメスが、心配そうに天見の肩に座る。
「そりゃ疲れたけど……俺にとって魔法は三大欲求や自分の体より上位に来る。眠くたって健康を損ねたって構わないさ」
これをマジで言っているのだから、笑うこともできない。ベリメスの頭に大きめの汗が流れた。
「それに一応は『連理の枝』に前向きだっていうことを周囲に見せておかないと、なんで俺とファイナが『双葉』で同室なんだってなりそうだしな」
「気をまわし過ぎよ、まったく」
世話がかかりそうだと、ベリメスは苦笑しながら天見の頭をなでた。
ラストスパートォ~! 明日は書いて、載せて、寝る! そして明後日からはまた普通通り! これだ、これしかない! なんて有意義だGW!
一応初日終了のめどはついてたんですけど、長くなったので二つに分けさせてもらいます。本当に申し訳ない。
次回は『連理の枝』の秘技について説明します。そして、天見が寝こみを襲われます。気になるキーワードとして「著作権フリー」なんていうのも提示します。
あ、そういえば前回誤字はないと思いますといいながら、思いっきり前書きのベリメスのリがひらがなでしたね。ダメだ、あんときの俺。眠くて脳みそが死んでました。