著作権法下のコピー戦
べリメス……天見の保護者。妖精。天見の魔法の起点となる赤い本を持つ。色々と不思議な能力がある。
「何でこんなことになったのかしら?」
「俺も知りたい」
天見とベリメスの目の前では、不穏なオーラを噴出している集団が小さな円を作っている。ただいま会議中で、たまに「裏山」「池」「埋める」「沈める」など、やばげなワードが聞こえてくる。
「いいですか、水鏡さん。もし著作権法違反したらすぐに斬りますからね~」
「味方がいねえ」
ガックリと肩を落とす天見を、ベリメスがポンポンっと叩いて慰める。
天見達がいるのは学園の端にある林の中だ。ここは円形に開かれていて、障害物になる木もなく十分に動き回れる広さがある。
作戦会議を終えた集団から、茶髪で勝気そうな女子が一歩出て来る。
「こっちは私を含めて四人よ! 私は水属性の使い手、リュージュ=ケープ! あんたをぶちのめす!」
約束通りの自己紹介だった。天見は堪えきれず笑ってしまう口元を抑え、ここに来たいきさつを思い出した。
荒々しく開け放たれたドアの方を見ると、茶髪で勝気そうな女子生徒――リュージュを先頭に数人の生徒が雪崩れこんできた。
『私達は『孤高の銀雪』ファイナ=グリューテイル様親衛隊!』
…………とりあえず天見とベリメスは求めるように燕に視線をやり、「孤高の銀雪~?」と口にした。すると、彼女は平然とした顔で指を一本立て、
「グリューテイルさんは、一部の女子と男子にすっごぉ~い人気なんですよぉ~」
そう答えた。天見とベリメスは何てコメントしていいのか分からず、ただ「へ~」と生返事をした。
入ってきた親衛隊は天見の姿をキッとした目で見定めると詰めかかり、
「あんたでしょ! ファイナ様を物足りないとかって暴言吐いてフッた外道は!」
「ってか、勝手に魔法をコピーしておいて『連理の枝』にって、そんなの許されると思ってんのか!」
「あんたみたいなピーコー、ファイナ様の『連理の枝』に相応しくないわよ!」
凄まれている天見は体の前で手を広げ、
「だから……じゃないけど、断ったじゃん」
『それがなおさら許せないのよ!』
怒りに油を注いだ。先頭にいるリュージュに胸ぐらを掴まれ、
「誘われて断るなんて、ピーコーのくせに何様よ!」
「あんたなんかじゃファイナ様と声をかわすことすらおこがましいわよ!」
「ていうか、うらやましいんじゃボケェ!」
天見は集団のあまりの気迫に圧倒されながら、できるだけ刺激しないように、
「……い、いまって、授業中じゃ……」
「はらわたが煮えくり返って、穏やかに授業なんて受けてられないわよ!」
面と向かって込められる殺気の視線…………マジだ。
「だ~か~らぁ~」
『表に出ろぉ~!』
全員一致の意見らしく、みんなほとんど同じ動作で外を指さす。
言う通りにしないと収まりがつかないなと諦観した天見は、
「俺をボコボコにしようって奴は名乗って、魔法をコピーする許可をくれること」
そう条件を出した。
「ちょっと、水鏡さ~ん」
ジト~っと睨んでくる燕に天見は悪びれた様子もなく、
「何だよ、著作権法を守ろうとしているんだろ」
「それでも~」と言い合いをする天見と燕をよそに、親衛隊は丸くなって小声で相談をする。
「あれってどういう意味? 私達のチップを今からコピーして、出来上がるのを待ってろってこと?」
一般的なコピー魔法はチップから直接データをコピーするのと、モザイク処理された文言を解析してコピーする二つがある。ただ、どちらの方法でもチップに書きこまないといけないので、それなりに時間がかかるものなのだ。
だから、今まさに天見を叩きのめしたい親衛隊は、彼の提案の意味がいまいち分からない。
「俺さっきあいつが魔法を使うのを見たんだけど……チップもガジェットも使ってなかったんだ。どうやら訳の分からん方法で魔法を短時間にコピーしているらしい」
「え? 何それ? そんな非常識なことありえるの?」
「そんな訳の分からない奴に、自分の魔法を使われたくないわよ」
ほとんどの人が彼女と同じ意見のようで「うんうん」と頷くが、
「そうね。でも、これはチャンスよ」
リュージュの言葉に全員が疑問符を浮かべる。
「みんな当然『双爆輪唱』の威力は知っているでしょ? あの激しく雄々しい力強い、ファイナ様の心の内を表す冷静と情熱の魔法……」
語りながらホゥ~とトリップしそうになったのに気づき、リュージュは頭を振って意識を取り戻す。
「あの素晴らしい魔法を劣化版とはいえあいつに使われたら厄介だわ」
彼女が何を言いたいか分かったが、それでもまだ表情を曇らせている人は多い。リュージュも、気持ちは分かるとしみじみと頷く。
「私だってあんな奴に私の魔法を使われたくない。でもね」
彼女は一旦間を置いて真剣な目――涙を浮かべた瞳で、
「そんな……あんな奴がファイナ様の魔法を使ったのよ!? 使われた時、ファイナ様がどう思ったと思うの!?」
全員に、雷が落ちた様な衝撃が走った。
「そこまでうるさく――」
燕と言い合いをしていた天見は肩を叩かれて横を向く。ベリメスが青い顔で背後を指さしていたので、何かと思って背後を振り返る。
怖気が走って肩が跳ね上がった天見の眼前には、殺気で目をギラギラとさせた集団が背後から禍々しいオーラを噴き上がらせていた。聞こえてくる「死ね死ね死ね死ね死ね」という声が呪詛のようだ。
最前にいるリュージュの笑顔が、そらまた恐ろしい。
「いいわよ、今回に限り私達の魔法を使わせてあげる。ただし、あなたは私達が使った魔法以外は使っちゃダメ。どう?」
「さ、最初からそのつもり……だったん……だけど」
「なら、決まりね」
親衛隊の殺気にあてられ、カクカクと出来の悪い人形のように天見とベリメス、燕は連行されていった。
さすがに授業中に大っぴらに魔法対決をするわけにもいかないので、天見達は見つかりにくい林の中に来たのだ。ここに来て親衛隊は戦う人を選抜し出した。天見はてっきり全員でかかってくるものだと思っていたので、意外だった。
「それはさすがに野蛮で気がひけるんでしょ」
ベリメスはそう言うが、会議の内容はこうだ。
「コピー魔法使いとはいえ、使える魔法は元来持つ属性に限られてくるわ。あいつは火と風と木を使ったらしいから、他に持っているとしても多くて二つぐらいよ」
人が持つ属性は『光・闇・風・地・火・水・体・木・雷』の大まかに分けて九つある。人は生まれながら二~五の属性を持ち、後天的に増えることは決してない。
「だから、火と風と木以外の属性持ちを出せば……圧倒的に有利、いえ、もしかしたら何一つあいつにコピーさせずにボコボコにできるかも」
「なるほど。みんなで襲えばその三つの属性の魔法はコピーされるかもしれない。考えたなリーダー」
という、一片の手加減も容赦もないものだった。
作戦会議を終えて、親衛隊の輪から四人が天見の前に進み出てくる。
「こっちは私を含めて四人よ! 私は水属性の使い手、リュージュ=ケープ! あんたをぶちのめす!」
「俺は体属性と光属性の使い手、アルジェルト=クストラ」
「私は地属性と水属性の使い手、ペルチカぺパミパ=パルゲルトスパ」
「僕は雷属性の使い手、高橋リイチカ」
四人と向かい合い、天見はどうしても緩んでしまう頬を手で隠す(知られると怒りを煽ることになりそうだと思ったのだ)。乱戦こそがコピー魔法使いの華! と思っているので気持ちが逸る。
「俺はコピー魔法使い、水鏡天見」
「私は天見の保護者、ベリメスよ」
天見の肩に座るベリメスも、軽く四人に手を振って自己紹介をする。保護者と言われて四人は怪訝な顔をしたが、戦いを前にしているので追及はしなかった。
「それじゃ私が見届けますね~。はい、スタート」
間に立った燕が手を高々と上げ、適当にあっさりと振り下ろした。
「俺がまず行く!」
開始と同時にアルジェルトは右足首に装着された足輪型ガジェットにチップを入れ、モザイク処理された文言の中で、
「あまねく世界を駆け巡る駿馬の脚! ファルシオン!」
両足でステップし、発言と同時に左足で踏み出した。
天見の眼は加速した彼の姿をなんとか追いかけた。
「チャンス!」
天見がアルジェルトに気を取られたのを見て、ペルチカぺパミパが円形のペンダント型ガジェットにチップを入れる。
「起動! リューペチカ、フォンパルパピッペ! 抗うすべない敵を呑みこめ! 怒涛の津波!」
彼女が蹴り込んだ地面が爆発して噴き上がり、土砂の波となって天見を襲う。
「うどわぁぁ~!」
ついでに天見に迫っていたアルジェルトも襲ってしまった。彼は間近まで天見に迫っていたが、急遽その場から離れた。
天見の肩にいるベリメスは赤い表紙の本を開き、
「ナンバーエイト、インストール!」
ベリメスの声に呼応して、天見のモノクルが茶と青色に光る。
「コピースタート! リューペチカ、フォンパルパピッペ! 抗うすべない敵を呑みこめ! 怒涛の津波! Ⓒペルチカぺパミパ=パルゲルトスパ!」
天見も同じように地面を蹴りこんで土砂の波を噴き上がらせた。
ぶつかり合った魔法は、高く噴き上がって消えた。
「互角!? ――って、まさか、威力まで完コピされたの!?」
と、ペルチカぺパミパ本人は信じがたい結果に驚いていたが、他の人は天見が彼女の名前を正確に言えた方にも驚いていた。仲のいい友達でも彼女のことはペルと短く言うのに。
「天見、よくあんな長い名前を一回で覚えたわね」
「俺ぐらいになると、魔法使いの名前と顔なら一度で覚える自信はある!」
自信たっぷりな言葉だった。
「てめぇ、俺まで巻き込む気だったろ! 味方を巻き込むおそれのある魔法なんて〈粒子〉量が多いだけの欠陥魔法だなぁ!」
怒声の方を見ると、アルジェルトがペルに詰め寄っていた。
「体内〈粒子〉量が少ないからって多い私にやっかまないでよね、うっとうしい! 加速の魔法なんてすでに溢れかえっているっていうのに、なに文言や発言だけ変えて、オリジナル風を装っているのよ」
「はぁ? 避けたからおまえの魔法より俺の方が全然すげえし! 装ってんじゃなくて、正真正銘俺の魔法はオリジナルなんだよ! 見えない所も工夫して〈粒子〉もそれなりに使ってんだよ!」
天見は変な言い合いをしているなぁっと小首を傾げながらも、背後を取られたことに気づいて振り返る。
そこにいた高橋の言動を一切見逃さずほぼ同時に、
「起動! 煌めく結晶が弾け、生まれしは数多の電光! イッセリアグローリアス!」
「コピースタート! リューペチカ、フォンパルパピッペ! 抗うすべない敵を呑みこめ! 怒涛の津波! Ⓒペルチカぺパミパ=パルゲルトスパ!」
天見は足元の地面を踏み抜くほどの勢いで蹴り、先程とは違い真上に土砂を噴き上がらせ、迫る数十の雷球を土壁で防いだ。さらに噴き上がる土砂の中にあった石を蹴り飛ばして、高橋の眉間にヒットさせて倒した。
「あんな使い方が……」
自分では考えつかなかった方法を見せられ、ペルは呟いた。
興奮して目を爛々と輝かせた天見は止まることなく体を正面に戻し、
「さあ! 知恵を尽くしていこうかぁ!」
「ナンバーセブン、インストール!」
ベリメスは言われるまでもなく次の魔法をセットする。
天見のモノクルが淡いオレンジ色に点滅し、左手の指輪が光を集める。
「コピースタート! あまねく世界を駆け巡る駿馬の脚! ファルシオン! Ⓒアルジェルト=クストラ」
両足でステップして発言と同時に左足で踏み出した天見が、アルジェルトとペルの視界から消えた。
「オリジナルのくせに、少し魔法に対する愛が足りないんじゃないのか」
アルジェルトとペルが隣から聞こえた声に反応できたのは視線だけだった。
視線をやった時には、身を低くしていた天見の掌が二人に向けられていた。
「ナンバーナイン、インストール!」
ベリメスの言葉に反応して、天見のモノクルが黄色く点滅する。
「コピースタート! 煌めく結晶が弾け、生まれしは数多の電光! イッセリアグローリアス! Ⓒ高橋リイチカ!」
天見の両の掌から放たれた雷球がアルジェルトとペルを撃ち、昏倒させた。
三人がコピー魔法使いにやられて、場にはどよめきが広がる。
その時、飛来した水球が天見の左肩を打った。
天見は痛みに顔をしかめながらも口は笑い、飛んできた方を見ればリュージュが悪感情を隠しもしないしかめっ面をしていた。
「コピーなどという借り物の力で勝って、恥ずかしくないの!」
「人間一人の力なんて高々しれているだろ。明確な目的・目標がある人間が人の力を借りるのは恥ずかしいことじゃない。他人より劣っている所が多い俺ならなおさらだ。俺はコピー魔法使いであることに、欠片の躊躇いもない!」
「良い感じの詭弁をほざいてんじゃないわよ! 相手の善良な協力か認め合う心があってこそ成立するものでしょ、その尊いドラマは!」
「それにコピー能力者がオリジナルに勝つっていうのはかなり大変なんだぜ」
「そんな苦労知りたくもないわ!」
突き刺さんばかりの勢いで、リュージュは天見を指さした。
「大体あんた、一体いくつ属性を持っているの! 起動!」
リュージュはメタリックカラーの腕輪にチップを入れ、両の掌に水球を生み出す。
「さあいくつだろうな!」
ふざけた回答に、リュージュのこめかみに怒りマークが浮かぶ。
「幾多の川が合わさり、全てを流す激流となる! 支流合奔流!」
発言を唱え、両手を前に突き出す。瀑布さながらの激しい音を上げながら、放たれた水流は天見に迫る。
横に飛び退いたことで水流を避けたが、その瞬間にリュージュは離していた両手を合わせる。すると、水流の先端が爆発するように弾け、本流から別れた支流となって周囲に飛び散った。
「天見!」
すでに天見の背後に数本の水流は迫っていた。最早魔法を唱えている暇はない。が!
「コピースタート!」
モノクルが一度だけ青く光ってすぐに光を失い、天見の指輪が光を集めた。
天見は反転しながら両の掌を突き出し、生まれ出た水球で水流を受け止めた。だが、水流の勢いは止まらず、踏ん張った足は地面を削り、背中は後ろの木にぶつかった。
「~っ! いったぁ~!」
だが、元気よく両手を振っている所を見ると大した怪我はなさそうだ。
「良い魔法だな。あ、一応Ⓒリュージュ=ケープ」
水属性の魔法まで使った。つまり、天見は計七属性の魔法を使ったことになる。
見ていた者達は常識を疑うより、今が夢ではないかと疑った。それほどまでに、天見のやっていることは常識外れだった。
かなり稀なことだが、五つ以上の属性を持つ人はいる。だが、その人でも天見と同じことはできないだろう。なぜなら体内〈粒子〉量は属性で分けられているのだ。
たとえば、体内〈粒子〉総量が一〇〇〇だとする。そして火:風:木:水の割合が2:2:3:3だと、体内に火の〈粒子〉は二〇〇、風の〈粒子〉は二〇〇、木の〈粒子〉は三〇〇、水の〈粒子〉は三〇〇あることになる。この場合、火の〈粒子〉を四〇〇使う魔法は〈粒子〉不足で使うことができない。
今まで親衛隊の面々が使った魔法は自身の得意とする属性――しかも、オリジナル魔法は自分の代名詞になるかもしれない魔法なのだ。当然入念に作りこまれ、それなりの〈粒子〉量を必要とする。
それを天見は全部使った。考えられるとしたら、体内〈粒子〉総量が並外れていることになるが、それにしても異常過ぎる。
天見に対して怒っていた親衛隊の面々は、常識外れの天見の異常性に、困惑と少々の恐れを抱いた視線を向ける。
不穏に静まり返る周囲。だが、そんな中で唯一、
「なおさらあなたを、ファイナ様の『連理の枝』と認めるわけにはいかない」
リュージュだけはさらに強い敵意を向ける。
「ナンバーテン、インストール!」
モノクルが青く点滅し、指輪が光を集める。
「コピースタート! 幾多の川が合わさり、全てを流す激流となる! 支流合奔流! Ⓒリュージュ=ケープ!」
と、天見は真上に野太い水流を放った。それを見て、リュージュはギョッとする。
「まさかいきなり自爆技!? そういうのはもっとギリギリの危機的状況でやるものでしょ!」
オリジナルだけあってリュージュはすぐさま意図を把握したが、天見は満面笑顔だ。
「脳みそちゃんと動かせよ! この魔法は飛び散るんだろ」
(こいつ解っている!)
心中で驚愕しながら、リュージュはチップを入れ替える。
天見は離していた両手を合わせる。すると、水流の先端が爆発するように弾け、本流から別れた支流となって周囲に飛び散った。
雨のように降り注ぐ支流は地面に深い穴を穿った。支流は飛び散ったため、その穴は真下にいた天見の周りにはなかったが、離れるほど数を多くした。
「俺は一度見た魔法を読み違えたりはしない」
地面に膝をついたリュージュは、不愉快さで顔を歪ませていた。
親衛隊の面々にもダメージを受けた者がいたが、濡れた刀を振るって鞘に納める燕の周りには、穴が無い。
しかし、この戦いはそこで終わった。
「水が噴き上がったからもしかしてと思ったけど、こんな所で何をやっているの」
「あれ? 杜若先生、もうそっちの方は終わったんですかぁ?」
燕ののんびりとした声で、誰が来たのか分かった。先生が来たことで水入りとなり、天見とリュージュは無言で緊張を解いた。授業中というのもあるし、先生の前でやり続けるわけにはいかない。
木の間から進み出て来たのは、無表情のファイナと綾乃だった。
綾乃はこの場にいる面々を見て、大体の事情を察して燕を見る。彼女がのん気そうな顔をしていたので、仕事は増えていないと安堵の息をはいた。
ファイナは他の人には目もくれずに、一直線に天見へと近づき、
「何をしていた」
ジト目で問い詰める。何かやけに険悪な雰囲気に、天見の頬に汗が一つ流れる。
「な、何って」
端的に話そうとした天見に、フゥワ~とロープがかかって腰の所でギュッと締まり、一瞬で後ろに引っ張られていった。
リュージュ達の輪の中に引きずり込まれ、
「私達のことを話すんじゃないわよ」
コソコソと釘を刺された。
「何で?」
「ファイナ様は『孤高』なの! 私達が取り巻いてその神性を損ねるわけにはいかないでしょ! だから私達は基本的にファイナ様に話しかけないし、接さないの! 今回はひとまずこれぐらいにしておくけど……もし私達のことをファイナ様にしゃべってみなさい。酷いわよ」
小声で怒鳴り散らす内容に、天見とベリメスは頭に大きめの汗をかいた。
「よくやるわ」
「もう私達は気配を消すから、話しかけないでよ」
それだけ伝えて、リュージュはロープを解いて天見の背中を強く押し、ファイナの前に戻した(イヤイヤながらという感じだった)。
ファイナの前に戻ってきた天見は、後ろ髪をかきながら、
「あ~……ちょっと、俺のコピー魔法について聞かれて、実際にあいつらの魔法を使って見せたりしていたんだ」
リュージュの口止めを守って適当に答えた。
ファイナは天見とベリメス、向こうにいるリュージュ達を見てから、燕に視線をやる。まあ、天見と燕が二人でいかがわしいことをしていたわけではなさそうだ。
「……そうか。だが体内にある属性の割合は成長や練習で変化してしまう。現段階で他の属性にそれなりに割いていて私の魔法が使えるほど火の〈粒子〉を生み出すのは称賛に値する。信じられない体内〈粒子〉の総量だ。それでも、火の属性以外を使われ、火の割合が下がり私の魔法が使えなくなっては困る。だから、あまり無暗に火属性以外の魔法を使うな。いいな」
たとえば天見の体内〈粒子〉の総量が一〇〇〇あり、火:風:木の割合が6:2:2だとする。この場合、火に染まった〈粒子〉は六〇〇ある。この六〇〇が『双爆輪唱』を使えるギリギリの〈粒子〉量だとする。それなのに天見が風や木の魔法を火より使ってしまい、割合が4:3:3と変化し、火に染まった〈粒子〉が四〇〇になると『双爆輪唱』が使えなくなってしまうのだ。
ちなみに、得意な属性以外の割合を下げる作業を『属性の剪定』という。
「なんでファイナにそんな強制されないといけないんだよ」
「不可解なことを言うな。そんなもの、私が困るからに決まっている」
苛立ち気に顔をしかめる天見の隣で、ベリメスはこめかみあたりに指を当て、
「もしかして、それを心配して天見にあなた以外の魔法を使うなって言ったの?」
「そうだ」
「それなら心配ないわよ。天見は魔法で使用する道具、くり出す時の動作、文言、発言、魔法の形状や属性、威力。これら全部を見ればどんな属性の魔法でも完璧にコピーできるわ。もちろん、どれだけ〈粒子〉を使う魔法でもね。だから、何かの魔法を使いすぎて何かの魔法が使えなくなるなんてことにはならないわ」
「何ですって」
新しい声が上がった。天見がそっちに視線をやると、木の間から大きなロザリオを胸元で揺らす金髪ショートの女子生徒が現れた。
「あ、シャロン。水鏡君を探すのを手伝ってくれてありがとう」
「いえ、杜若先生、私も彼には言いたいことがあったので」
口早に言い、足を止めることなくズンズンとシャロンは天見に近寄り、
「あなたは間違っています。魔法とは私達人間と神様を結ぶ神聖なもの。本来は神の御業を人間が理解するために、身を正して創造にたずさわるのです。自己の追及こそが本質。人のマネなんて自分を殺すようなものです。自分から目を背けず、自分の心の声を聞き、自分と向き合ってください。人の努力を横取りするような他人のコピーなどはもってのほかです。それは道義に反した行為、すなわち悪です」
いきなりの説教に天見が戸惑っていると、燕が割って入ってきた。
「別にコピーは違法ではありません~! 問題なのは無許可で使用することにあります。魔法が今日まで発展したのは、過去から連綿と伝えられる魔法を継承し、更に発展させようとしてきた人達がいたからですぅ~! ガジェットとチップの技術により安易なコピーが蔓延してしまい、劣化コピーがオリジナルの名声を傷つけました~! そのせいで人に魔法を教えることで生活を成り立たせていた人の経済状況が圧迫され、一つの流派が潰れる。これは魔法の文化的発展を阻害しますぅ! そういったことを防止するために、著作権法によって譲渡権・教授権・使用権は著作者が独占し、無許可で使用することを禁止しているのですぅ~!」
天見は目の前で侃々諤々(かんかんがくがく)と言い合う二人の肩を押して距離を取らせ、
「何なんだようるさい。っていうか、あんたは誰なんだ?」
「私は二年C組に所属する著作権委員シャロン=ニスレストです」
燕と同じ著作権委員の者だと知り、ファイナは無表情の奥で不思議さに首をひねり、
「聖籠……だったか? キミと同じ委員の者で、なぜ先程のような口論になるのだ?」
「シャロン先輩の言い分だと、誰かに師事して魔法を修得する行為もいけない、みたいな感じじゃないですか~。そんなことは絶対にありません~」
燕は頬を膨らませて口を尖らせる。
「そんな極論を言ったつもりはありません。人に教えを乞うことは立派なことだと理解しています。それより私は道を誤りコピー魔法を使う生徒がいると聞き、正しに来たのです」
真摯な視線に見つめられ、天見は目元付近に手を当てて疲れたため息をつく。
「俺はコピー魔法しか使えないんだ。道を誤るもない。放っておいてくれ」
すると、シャロンは顔を青くしてわななく口から、
「コピー魔法しか、使えない……?」
震える声を搾り出す。そして、衝撃の言葉を一言――。
「あなたは悪魔ですか!?」
「しまいには悪魔呼ばわりか!」
「あ~はっはっはっはっはっはっはっ!」
我慢できなかったベリメスは、お腹を抱えて笑い声を上げた。
何か混沌としてきたと、天見は逃げるように綾乃の方へと歩いていく。
「待ちなさい。まだ話は終わっていません。どこに行く気ですか?」
「授業に出たいんだよ!」
とっても学生らしい正当な理由は、みんなを納得させた。
おそらく、誤字はないと思います。魔法に関する説明がうまく伝わっているかが心配です。とにかく、一休みに寝ます。次回は火曜日か水曜日に更新します。
本当は丸いピンクコピー能力の方のように、大乱闘させるつもりだったのですが、文字数が半端ないことになったので、短くしました(これでもです)。次回でようやく初日が終わります。終わるはずです。天見がどこで寝ることになるとかの話です。