ドアをはさんだ天見とファイナ
大まかな状況確認……ピーコーと『連理の枝』になったことがファイナの親戚にばれ、怒り心頭のリュートハルトが学園にまで乗り込んできた。そして、ファイナと天見の『連理の枝』存続をかけて、プロの魔法使いタッグと戦わせる大人げなさを見せた。
ギュッと圧縮するとこれだけなのに、気づけば長くなったな~。
土の曜日。正午まであと四十分。
ファイナは三〇四号室で精神統一していた。体調は万全、対策は念入り、ガジェットの調整も完璧。やるべきことは全てやった。
部屋の中に燕はいない。場所取りがあるからもう学園のグラウンドに行った。だから、部屋にはファイナと天見、ベリメスの三人だけだ。静かなものだった。
読んでいた本を置いた天見は時計を確認する。
「そろそろ行くか?」
「……そうだな」
ようやくファイナが動いた。右手首にガジェットを装着し、腰にチップホルダーをつける。所作の一つ一つに無駄が無く、絵になる動きでドアへと向かう。
さすがに今日は足の重りを外されている天見は、ずっと何かを考えていた。そして、今しかないと思ってファイナの背中に話しかけた。
「ファイナ。絶対に勝てるとは言えないけど可能性はある。だから……え~っと、あまり深刻にならず普段通りに体を動かせば、きっと勝てるって」
ピタリと、部屋のドアノブに伸ばしかけた手を止め、ファイナは振り返った。彼女は無表情な顔で微妙な表情をしている天見を見下ろす。
「どこから来るのだ、その自信は」
聞きながらも、心象のファイナはすでにその答えを自分で出していた。
天見の自信の根拠はやはり『コピー魔法』なのだ。相手の魔法を即座に完コピできる力。それがどれほどの脅威であるかは、昨日著作権委員長から聞いた。しかも天見は、創世の魔法である『原初の光輪』まで使えるのだ。これで自信がないわけがない。
たとえ『原初の光輪』を使わず負けたとしても、天見にとっては真の負けにはならないのだろう。
(私と『連理の枝』であり続けたいと本気で思っているのなら、少しぐらいは『原初の光輪』を使うことを悩んでくれたはずだろうしな)
ファイナはもう、割り切っていた。燕に言われて右往左往していたが……もういい。考えるのに疲れた。天見とはビジネスパートナーとして、今まで通りにいこう。
「ファイナの『双爆輪唱』で秘技を成功させれば、倒せない相手はいないだろ」
やっぱりと思ったファイナは……………………固まった。今、何か、意外な言葉を聞いたような気がする。いやいや、いきなり天見が意味不明なことを口走るのは珍しいことではない。とりあえず、聞き返す前に脳内でリフレインさせよう。
『ファイナの『双爆輪唱』で秘技を成功させれば、倒せない相手はいないだろ』
…………どこから来るのか。アンサーは『双爆輪唱』だった。
天見の頭にゲンコツを落とし、胸ぐらを掴んでから反転して体を入れ替え、ドアに押し付けた。一連の動作が早過ぎて、見ていたベリメスは呆気に取られていた。
「いきなり何すんだよ!」
「わ、私が、何分精神集中していたと思っている!」
涙目で怒声を上げる天見に負けず、ファイナが声を張り上げる。
「だいたい七十四分ぐらいだな」
「どうして答える!」
「おまえが聞いたんだろ!?」
もう天見は何が何だか分からず、目を白黒させる。それ以上に心象のファイナは混乱していた。
「私が髪を切ったのはいつだ?」
「先週の光の曜日だろ。ちょっとだけ短くなったよな」
毛先を整えるカットをしていた。
「私は今日の朝食にまず何を食べた」
「紅茶を一口」
すんなり正答だ。
リコリスの言う通り、天見はしっかりファイナを見ていた――知ろうとしていた。それなのに、ファイナはどうだ。天見が都警の世話になったことすら知らなかった。朝食の一口目どころか何を食べたのかさえ気にしなかったし、先程まで何をやっていたのかも知らない。
ファイナは目元を前髪で隠し、
「台無しだ」
ドアを開けて、天見を部屋から放り出して閉めた。
閉め出された天見は、ポカーンとドアを眺める。すると、ドアの向こうから激しい物音が聞こえてくる。なんか……溢れ出す何かを抑えきれず、もてあまし、振り回され、のたうっているような、そんな音だ。
ドアノブに手を伸ばそうとする天見の眼前にベリメスがきて、
「待っていてあげなさい」
言われて、呆然としたままの天見は手を引っ込めて待っていた。
しばらくして静かにはなっても、まだファイナは出てこない。
「水鏡」
向こう側からいつも通りの落ち着いた声が聞こえてきた。
「なんだ」
「気色悪い。ジロジロ見るな」
思わず、天見とベリメスはコケた。
「おまえのためにコピー魔法使いの俺に何ができるのか考えるため、おまえを理解しようとしていたんだ! 浅い理解度でファイナに殴られて笑われたくないからな!」
座り直しつつ、天見は声を荒げた。
「……では、今回はなぜ私が水鏡を殴ったか分かるか?」
「分かるわけねえだろ、こんな理不尽なこと」
すると、向こうから気持ちよさそうな哄笑が響いてきた。
「水鏡、名前で呼んでやってもいいぞ」
突拍子もない提案をしてくる。話の路線変更がいきなりすぎて、天見は疑問符を頭上に浮かべる。
「別にいいよ」
「……………………ならば、水鏡天見と呼んでやっても」
「フルネーム? 急いでいる時にかむぞ」
何やら、ドアの隙間から不穏な空気が伝わってくる。ベリメスは額に手をやって首を左右に振っているが、天見は何が何だか分からず、引き気味に警戒する。
「いや、大切な苗字だし、変えないでくれ」
「…………水鏡、家族は……」
「優しい両親がいたよ。もう会えないけどな」
それを聞いたベリメスは、気まずそうに視線を落とした。
「自分で選んで離れたんだ。後悔は少ない」
「無い訳じゃないんだな」
ファイナに言ったわけではなかったが、彼女の答えに天見は難しそうな笑い方をした。
「そこまで薄情な人間じゃないからな」
そして、天見は膝に手を置いて勢いよく立ち上がった。
「そろそろ行かないと本気でやばいぞ」
「なに!?」
またもや、ドアの向こうで慌ただしい物音が聞こえる。
「ちょ! まだもう少し待ってくれ! 顔色が戻らん!」
「顔色ぐらいどうだっていいだろ。俺なんてまだ頭が痛いぞ。戦う前からダメージ受けてどうするんだよ」
「……分かった。ならば学園まで走るぞ。それなら誤魔化せる」
「体力が無いのが弱点だって知っているだろ!」
「それぐらいなんだ! 私の『連理の枝』ならば付き合え!」
「負ける可能性を上げることに付き合えるか。まったく……体力のないことがパートナーとして相応しくないって言うなら――」
「!?」
「諦めろ。おまえのパートナーは弱点だらけの男だ。デメリットを承知で選んだのはおまえだろ」
ガツンっと、何やら痛そうな音がドアから響いた。ビックリした天見とベリメスは、恐る恐る声をかけてみた。
「今日」
どういう感情かは分からないが、震える声が返ってきた。
「今日負けたら、水鏡のせいだからな」
「訳が分からん。敗北の責任は折半だろ」
ベリメスは話を聞いていて、苦笑をして肩をすくめた。
学園はすでに盛り上がっていた。
プロの魔法使いである『剣樹林』のイワナ=ストックと『魔弓』のウィガンが姿を見せて、学生達にあいそを振りまいていたからだ。
「バカバカしい」
たくましい体つきに濃い茶髪の男性――イワナは、やる気ない手を振りながら本音を呟いた。
「ダメですよ。この商売は人気も大事なんですからファンサービスはしっかりやって、お偉いさんとのコネもしっかり作らないと」
細身で身軽そうな黒髪の男性――ウィガンは、笑みを崩さずサインに応じている。
そして時間になり、警備を担当している先生達によって学生と二人をロープで引き離していく。
「で、こんなくだらない仕事を受けたのか」
「いいじゃないですか。ギャラは申し分ないですよ。地方の大会に優勝するより割がいい」
「ギャラがいい理由は、魔法の利用料も含まれているからだろ。くっそ、バカにしやがって。ピーコーが相手だぁ~!? 俺の魔法がそう簡単にコピーされているわけがないだろ!」
「私達のコピーガードは最新のものに常に更新していますし、どこにもデータは公表していません。おそらく、学生が見よう見まねで作った程度でしょう。熱狂的なファンだと思って笑って許してあげましょうよ」
グラウンドの中央で待機し、ぶつくさ文句を言うイワナをウィガンは笑ってなだめる。
「ピーコーの方はともかく、もう一人は依頼があったグリューテイル家本家のご息女。できる限り手荒なマネはしないでくださいよ」
「分かってっよ! ピーコーを即行で片付けて、少し力の差を見せつけてやれば、バカでもギブアップするだろうよ!」
注意するまでもなかったなとウィガンは校舎の時計を見上げた。
「そろそろ時間ですけど、まだ来ませんね。お相手さん」
「逃げたんじゃねえの? その時はギャラが出るのか?」
「出させますので安心してください」
二人はヒマな時間を利用して、会話をしながらガジェットの調子を確認していた。
イワナは右手に装着する籠手型のガジェット。手の甲部分に液晶がついている。
ウィガンは弓と一体化しているガジェット。持ち手の部分にチップの挿入口と液晶がついている。
全く現れる気配が無く、さすがに観客がざわついてきた。
簡易テントの下にいるリュートハルトが失望に呟く。
「敵前逃亡とは……やはり楽な方へ逃げようとするピーコーの堕落に毒されたか」
「あの二人が逃げる!? その発想はなかったわね」
隣に座るリコリスが、ニワトリが空を飛んだと聞いたかのように驚いた。
「クストラ、ちょっと様子を見に行って来た方がいいんじゃない?」
「そうだな。何かトラブルがあったのかもしれないし……高橋も来いよ」
「うん」
最前列に陣取っているファイナ親衛隊(非公式)の面々も、不安で居ても立ってもいられない様子だが、ハチマキをして団旗を持って仁王立ちしているリュージュは、
「あんた達分かっていないわね。ヒーローは遅れてやって来るのよ!」
欠片も心配をしていなかった。
「ガハハハ、ピー小僧も人気者だな」
「ほとんどはプロの魔法使いを間近で見るのが目的だと思いますよ」
ハビエに観戦を誘われ、一緒にいる燕は心配そうに寮の方に顔を向ける。
「水鏡さんにグリューテイルさん……まさか、ケンカをしているってことはないですよね~」
「水鏡さんならケンカをしてようが何をしてようがやって来ると思いますけどね」
燕の心配を、隣にいるシャロンが嘆息しながら一蹴した。
「こんな試合を見ている暇があるのですか」
メガネを指で押し上げながら、紀信はユナに射るような視線と共に尋ねた。
「崑崙がピーコーを襲撃しなかった理由が厳重な警備にあったのだとしたら、今日のように人がごちゃごちゃ集まる日は紛れ込む絶好の日だわ。ここを警戒するのは当然でしょ。そういうあんたこそ、のんびりと見物するだけ?」
「ええ。ピーコーの負ける様を、ね」
開始予定時刻まであと一分。
審判まで所定の場所についたのに、まだ選手が来ない。
その時、グラウンドの上空に光球が発生し、その中から天見とベリメス、ファイナが現れた。スタッと着地したファイナの隣で、天見が四つん這いで着地して手足を痺れさせていた。飛んでいるベリメスは問題なく、言葉もなく痺れに耐えている天見を見て、頭に大きめの汗を流した。
いきなりの登場に会場は水を打ったように静まり返ったが、濃紺の長髪を後ろに払ったファイナに気づくと、会場の一点から一気に歓声が広がった。
「天見、私は黒子に徹するから。手助けも回復も一切しないわよ」
「それでいい」
「連れてきてもらって感謝する」
「いいわよ。大したことじゃないし」
そう言って、ベリメスは天見の肩に座って『赤の書』を開いた。
「随分派手な登場の仕方ですね。観客へのアピール上手だ。これは完全に主役を奪われたかな」
ウィガンは観客と同様に拍手をしていたが、隣にいるイワナは肩をわなわな震わせていた。そして、高々と指を一本突き立てる。
「十秒だ! 十秒でこのピーコーを片付ける!」
観客がさらにヒートアップする。その歓声に、満足げなイワナは胸を張った。
「負けず嫌いなんですから」
そして二組は対峙して握手を交わす。
「今日はよろしく」
「どうも」
ウィガンのスマイルをファイナは素っ気なく返した。
「ま、せめていい思い出にするんだな」
「そっちは悪夢になるかもしれませんよ」
ぎゅ~っと強く握られ、天見は手を振り回したが全然離れない。周りには元気に握手を交わしているようにしか見えなかっただろう。
審判が間に立って、試合のルールを説明する。
「この戦闘に関してルールは存在しない。コピー魔法に関しても著作権法第八条を適用し、罪に問われることはない。そして、たとえ不慮の事故が起きても問題になることはない。勝敗は学生タッグがプロタッグのどちらか一人を倒すか、プロタッグが学生タッグを二人とも倒すか、どちらかがギブアップを宣言するかで決する!」
四人にというより観客に対しての説明を終え、審判が高々と腕を掲げ、
「はじめぇ!」
勢いよく振り下ろした。
ようやく土の曜日が来ました。待っていたかは分かりませんがお待たせしてすみません。
さて、ファイナもふんぎりがついたようですね。まったく、普通の人ならそれほど迷わないようなことを悩んでしまって、大変な子ですよ。部屋にこもっていたファイナの顔色が自己嫌悪の影なのか羞恥の赤なのか、照れの紅なのかはご想像にお任せします。
そして、あらかた出てきた登場人物。綾乃先生が出てませんね。親衛隊のペルチカぺパミパや高橋まで出したのに……。
それでは次回予告~! ついに始まる一戦。十秒宣言をされた天見はやられてしまうのか? プロ相手に勝つことができるのか? そして、未熟ながらの秘技を発動させることはできるのか!?
次回更新は金曜日です~。ではでは~。




