代理戦争宣告
キベリアメスティ……ベリメスの本来の名前。旅と放浪の女神。ライトグリーンの髪を一つにまとめた、純白の白いドレスを着た美女。天見を異世界に召喚した召喚主。
夜の双葉寮三〇四号室で、天見とファイナは資料を間に対策を練っていた。ベリメスと燕も協力し、たまに意見を出している。
「戦闘中に都合よく相手が止まってくれるわけがない。やはり、一か八かでも動きながら秘技を試すしかない」
「それはダメだって言っているでしょ。絶対に失敗するし、もしその失敗で天見にあなたの魔法がぶつかったらそれで終わり。自滅よ自滅」
「それはちょっと『連理の枝』として恥ずかしいですね~」
「相手の魔法を確認すると足止めできそうなのもあるし、俺のコピー魔法で相手を捕まえられれば何とかなりそうだな」
「…………」
天見のコピー魔法に頼ることになりそうになり、ファイナは沈黙する。コピー魔法使いである天見がコピー魔法を使うのは仕方がない。しかし、自分までもコピー魔法を頼みにしていいのか? しかも、リュートハルトやリコリスが見ている前で。そう思うと、コピー魔法前提の作戦は了承しにくかった。
次に、燕がピッと指を立てて意見を言う。
「簡単な話、水鏡さんが開始一発で『原初の光輪』を使えばいいんじゃないんですか~? 相手に当てなくても戦意喪失しますよ~」
「絶対に嫌だ」
「問題外ね」
『原初の光輪』を使ってまで勝ちたくない。それが天見とベリメスの意見だ。
それから考えられる限りのシミュレーションを話し合い、対策を考えた。
気づけば時間は、十二時を回っていた。
「そろそろ寝た方がいいですね~」
「そうね。体調は万全にしておかないと」
「ああ、そうだな」
手早く、ファイナが資料をまとめて立ち上がった。
「ちょ――」
「ちょっと外の空気吸ってくる」
天見が腕を上げるストレッチをしながらそう言ったので、ファイナは口を閉じた。
ベリメスを連れて出て行く天見を見送って、燕は机の上に資料を置いたファイナの背中を眺める。
「一緒に行けばよかったじゃないですか~」
「別に」
簡素な声が返ってきた。
一度は割り切ったはずのファイナだったのに、またぞろ何か思いつめている。
まあ、燕も何となく気持ちは分かる。放課後に聞いた『コーピストレス』の話は衝撃だった。まさか、コピー魔法がそこまでの力を発揮できるものだとは知らなかった。
実在した『コーピストレス』。はたして、天見のコピー魔法は善なのか悪なのか……関わっていいものなのかどうか……。
ファイナは机の上に置かれている、リコリスからもらった『悪魔事典』をジッと見つめる。
『あなたはコピー魔法使いについても知らなきゃいけないんだから』
リコリスの言葉を思い出し、ファイナは何だか胸の内に重たいものを抱えた気分になった。
寮の外に出た天見は、星空を見上げて深呼吸をした。
「楽しみだな、明日が」
「あの子はそうでもなさそうだったけどね」
「『連理の枝』の存続をかけてだから、気楽にってわけにはいかないだろ。それに著作権委員長から『コーピストレス』の話を聞いて、安易にコピー魔法に頼っていいかどうか迷っているっていうのもあるんだろ」
「それが分かっているなら、何か言ってあげたら?」
肩に座っているベリメスに言われ、天見は「う~ん」と考え込む。
「俺が何かを言っても、俺がコピー魔法使いだから説得力に欠けるような気がするんだけどな~」
ベリメスは「世話が焼ける」と苦笑いをして、
「コピー魔法使いとしての言葉じゃなく、パートナーとしての言葉をかけてあげたら? パートナーが不安がっているなら励ましてあげないと」
「励まし……か」
その時、周囲の空気が固まったかのような違和感を天見は覚えた――それまで聞こえていた虫の音が消えたのだ。
言わずとも、ベリメスも気づいていた。そして、一点をジッと見ていた。
天見もベリメスの視線を追って、夜の闇を睨みつける。そこから、一匹の猫が進み出てきた。
「夜分遅くに失礼します」
流暢な言葉に背中に茶色模様がある白い猫。見覚えがあった。というか、しゃべる猫なんてそう簡単に忘れられるわけがない。襲撃者と一緒にいた猫だ。が、今は一匹のようだ。
「ふぅ~ん。こんな結界を張れる所を見ると……あんた、私天使ね」
「私天使?」
「特定の神に仕えている天使のことよ。まあ、簡単に言えば小間使い」
ベリメスの言葉に何だか凹んだ様子の猫。
「誰の私天使かは想像がつくけど、何の用? 早く言いなさい」
「は、はい」
ベリメスにせっつかれ、猫は恐縮したように姿勢を正した。直属ではなくとも、上位の存在だからだろう。
「我が主からキベリアメスティ様に代理戦争を申し込みます」
ピクリと、ベリメスの眉が反応した。
「ベリメス、代理戦争って……」
「神同士が対立した際、直接戦うととんでもないことになる上、深い遺恨が出ることになるわ。だからそれぞれ代理の人間を立て、戦わせるの。時には国を代理にすることもあるわ」
ベリメスは額に手をやって考え込み、
「いつ?」
「明日です」
「ダメ。急すぎるわよ。その日は予定があるし、第一こっちは代理も立てていないのよ。他の日に回しなさい」
「え!? あ、いえ、そうは申されましても~」
猫が前足をこねくり回してモゴモゴしていると、気だるそうなピンクの髪の女性がいきなり猫の前に現れた。
天見と猫は驚いていたが、ベリメスは平然としていた。
「あなたの代理ならそこにいるじゃない。身の程をわきまえない人間が」
実体が薄ボンヤリしている女神は、細い指で天見をさした。
「天見を? ……モドリス、あなた一体何が目的なの?」
ギリッと奥歯を噛んだ女神は、敵意の黒い炎を目に灯して天見を睨みつける。
「あの方の魔法を使えるそいつの存在自体が許せないのよ。人間の分際で……とても看過できることじゃないわね。私が勝ったらそいつには死んでもらう」
女神の視線から守るように、ベリメスが天見の眼前を浮遊して睨み合う。その様子を見て、女神はフッと口元を緩めて視線から力を抜く。
「と、思っていたんだけど、ちょっと気が変わったわ。そんなのは生易しいってね」
ギラッと異様に瞳を輝かせ、高々と声を張り上げる。
「そいつから魔法を取り上げてあげる! この世界にいながら、そいつは魔法を見ることも聞くことも触ることも感じることもできなくしてあげる!」
「なっ!?」
ベリメスが思わず声を上げた。その条件は考えうる限り、天見にとって死よりも辛いことだ。
「当然。キベリアメスティもそいつから離れてもらうわ。まあ、言わなくても離れるわよね。そばにいる意味がないもの」
「……この話――」
「断ってもいいけど、その時は人間社会がどうなっても知らないわよ」
「モドリス、あなたやっぱり世界を滅ぼすつもり!? 神がそんなことしていいと思っているの! あの方々が作った世界なのに!」
声を荒げるベリメスを見て、女神は億劫そうにピンクの髪をかき上げる。
「勘違いしないでよ。私があの方の作品に本気で手を出すわけがないでしょ。私は社会って言ったのよ」
ベリメスは訝しげな表情で、油断できない女神の言葉に耳を傾ける。集中して聞かなければ、うっかり重要なことを聞き逃すかもしれないからだ。
「著作権法って知っているかしら? 人間が魔法をデータ化して管理しているみたいだけど……それを滅茶苦茶にするだけよ」
「……どうやって? いくらあなたが知恵の神だって言っても、人間の機械に明るいとは思えないわね」
「私が立てた代理の人間によってすでに仕掛けは完了しているわ。具体的には管理されている魔法のデータが全て世界中に流出するの。誰も彼もが魔法のデータをコピーし放題になるわね。明日中にそいつを倒さない限り、解除されることはない」
ベリメスは沈黙して考え込む。女神の言葉がウソなら、代理戦争を受けるのは危険極まりない。だが、本当ならば……社会は間違いなく大混乱する。そうなれば、魔法世界を謳歌したいという天見の願いが台無しになるかもしれない。
「ベリメス、この話受けるぞ」
「え」
今まで黙っていた天見が、迷っているベリメスの背中を言葉で押した。
「話の真偽は分からない。だけど、今回受けなくても、あいつが俺を野放しにするわけがない。いつかまた何か断りにくいものを盾にして代理戦争を迫ってくるはずだ。なら、ここで倒しておく」
「殊勝な心掛けね。でも、無礼者!」
いきなり、天見のつま先から脳天にかけて激痛が走り、声も出せずに倒れてのたうち回る。
「神の話し合いに割って入り、あまつさえ私を「あいつ」呼ばわり。人間ごときが身の程を知るがいい!」
「モドリス、止めなさい!」
ベリメスの荒げた声を女神は涼しい顔で受け流している。女神は何の感情も無く、地面をのたうち、白目を向いて顔色を赤黒く変え、気絶することもできない天見を見ている。
「モドリス!!」
再度の激昂にも、女神は様子を変えない。
「許しを請うがいい、人間」
少しだけ激痛が緩み、天見の目に意思が戻り、感じられる痛みが口から叫ばれる。
「私の我慢が矮小な貴様に理解できるか。偉大なるあの方を人間に汚されたのだ。今すぐにでもその五体をバラバラにして、存在を抹消させてやりたいのだぞ!」
痛みを奥歯でかみ殺し、天見は壮絶な視線を女神に向ける。
「そんなの知ったことか! 俺と魔法を引き離そうとする者は、誰であろうとも許さない!!」
女神は痛みを倍加させて天見に戻した。だが、今度は天見の黒い瞳が上を向くことはなかった。一直線に女神を睨み続けている。
「死にたいのか?」
「長生きしたくてこの世界に来たわけじゃねぇ」
ベリメスの体が発光した次の瞬間、女神の体がくの字に曲がって膝をついた。
「モーシィルドリス様!」
猫が慌てて女神の体に触ろうとしたが、実体がなくすり抜けた。
「人間ごときを庇って、直接やり合うつもり?」
「聞き分けのない子をたしなめただけよ」
ベリメスはすでに妖精の姿ではなかった。本来の姿、キベリアメスティに戻っていた。
キベリアメスティは倒れている天見を抱き起こし、気絶している彼の顔に手をかざして回復魔法をかける。
モーシィルドリスはお腹をさすりながら起き上がり、
「この距離を一瞬で移動して殴るなんて……さすがは最速の神――空間を超越する旅と放浪の神ね」
キベリアメスティは決意の固まった視線を向け、
「天見が受けると言うなら私は反対しない。代理戦争、受けてあげるわ。ただし、明日は予定がある。開始時間はこっちで決めさせてもらうわよ」
「別にいいけど、あまり遅くなると解除が間に合わなくなるかもしれないわよ」
軽口に取り合わず天見に集中する。モーシィルドリスは面白くなさそうに、前にかかってきた髪を耳にかけながら、
「それと、負けた方は勝った方の言うことを一つ聞くこと」
「わざわざ宣言に来たのは、それを取りつけることが目的だったわけね」
「いやかしら?」
「永続的に効果が続くものでなければいいわよ」
「約束よ」
楽しみに笑って、モーシィルドリスは軽く手を振った。
「それじゃ明日」
そう言って現れた時と同じようにいきなり姿を消した。
「それでは私も失礼いたします」
猫が消えると、虫の音が聞こえてきた。その時にはベリメスも妖精の姿に戻っていた。
「天見、大丈夫?」
天見はうつ伏せになり、四つん這いでゆっくり体を起こす。
「外傷はないから痛みが抜ければ問題ないと思うけど……」
心配そうに天見の顔を覗き込んだベリメスは、言葉を失った。
あんな目にあった天見が……それも今さっきのことなのに、天見が笑っているのだ。
「楽しみが増えた。明日は盛り沢山だな、ベリメス」
ベリメスはこめかみに指をあて、ぐしゃぐしゃの線を頭上に浮かべながらも、口元だけは笑っていた。
神様のやり取りは置いといて、ファイナが悩んでいます。あんな迷ったままで勝てるんでしょうかね~。これだからコミュ力が低い、俺様主義の人は困ります。
それにしても、天見。すごいですね~。「長生きしたくて……」あんな発言そうそうできませんよ。最近影が薄かったですけど。
それでは、次回予告。ついに決戦の日! 会場に向かう前に天見はファイナを励ましたが、あまりに楽天的なセリフに呆れ、その根拠を聞いたらファイナの予想外の答えが返ってきた。
次回更新は金曜日です。ファイナがあたふたします。




