都警VS著作権委員
『ハッカー来襲』を編集しました。ちょっとハッカーに使わせた魔法を変えたぐらいですので、そう大きくは変えていません。
一方、睨み合っていたハビエは紀信の足から手を放し、首を左右に倒してコキコキと音を鳴らす。
紀信は二人のことを知っていた。天見のことを調べた時、関わった事件に刑事の名前があったからだ。
「おかしい、な。確か都警はユナ=リーヨンの要請に従い、『ハッカー』捜索に駆り出されたはずだが」
紀信はその報告を受け、天見の警備が手薄になるよう上から頼んでもらったのだ。
だが、ハビエはニヤッと笑って大きな声でリュカに聞いた。
「そんな指令が出てたのか?」
「知りませんよ。あ~でも、私達はここ二日ほど学園と町への聞き込みばかりで署に戻っていませんでしたから、聞いてないのかもしれませんね」
誰が見てもわざとらしそうに、ハビエはポンッと拳で左手を叩いた。
「そうだったそうだった。なぜか狙撃手を出さなきゃいけないって言われてムカついたから、勝手に捜査と警護をやってたっけか」
ピシッと、紀信のこめかみに青筋が浮かんだ。
この二人は上からの命令で狙撃手を釈放した時に分かっていたのだ。天見を狙う者は警庁の上とコネがあり、彼を守ろうとすれば圧力がかかるか、守りを薄くさせるよう別の事件に人員を割こうとすると。
組織に所属する者として、出た指令には従わなければいけない。だからハビエはあっさりと「聞かなきゃいいじゃん」にしたのだ。
「なら、さっさと署に戻ったらどうだ。そういう指令が出ているぞ」
「あいつがウソを言っている可能性は?」
リュカに聞きながら、ハビエはガジェットのチップを入れ替える。ハビエのガジェットは頭にはめる銀の輪で、チップの挿入口が耳の上あたりにある。
「まあ、ありえますね。店を一件借り受け、中を味方で固めるような策士ですから。偽の情報で相手を混乱させるぐらいお手の物でしょう」
紀信は足輪型のガジェットに入っていたチップを入れ替えた。天見は自分の足の重りとそれを見比べて、羨ましそうな視線を送る。
『起動!』
紀信とハビエの声が重なった。紀信の方は足のガジェットから、ハビエの方は頭に装着したガジェットからモザイク処理された文言が展開された。
「荒れ狂う龍がまとう、狂風の鱗!」
「勇猛なる行進を遮る者無し!」
朗々たる文言の後に、
「龍山爪牙風雲流、緑風の鎧装!」
「一直線に猛る牛拳!」
発言が唱えられた。
緑色の風を今度は全身にまとった紀信は跳んで浮き上がり――そうでもしないと届きそうにない――ハビエの顔に蹴りを放った。
ハビエが左腕でガードすると、ジャケットの腕の部分が切り刻まれた。が、その下の肌には傷一つついていない。
紀信は足首を曲げてハビエの腕に引っかけ、体を回転させて脳天に踵を落とす。それもまたハビエの空いている手でガードされたが、一瞬彼の目と意識が上へと向いた。
それを予測して、いつの間にかハビエの腕から離れていた紀信の足が――つま先がハビエの顎を跳ね上げた。
伸び切ったハビエの体。紀信の目の前には隙だらけ、大チャンスとばかりに分厚い胸板がある。おまけとばかりに、そこに蹴りを入れた――のが間違いだった。
蹴った感触に紀信は驚愕した。人間の感触ではなかった。何かが詰まっている。
蹴りを入れた紀信が逆にハビエから離れていく。そこに拳が降ってくる。
風が通り道を作り、そこを拳が通過した――ハビエの拳と紀信の体――紙も通さないほどのギリギリだったがノーヒットだった。
ようやく床に下りた紀信は、遅れて背中に冷や汗をかいた。
野太いハビエの腕から繰り出される拳の一撃。あれをモロに喰らったら一発でやられていたかもしれない。
「どう見る、天見?」
やりとりを見て、ベリメスが天見に感想を聞く。
「紀信さんの魔法は攻防一体の上級者向けの魔法だ。打撃にカマイタチを付加させ、まとわせている風によって相手の攻撃の進路を変える。けど、相手が悪い。ハビエさんの魔法は肉体の密度を高める魔法だろう。ちょっと違うけど体を固くしていると思ってくれ。斬撃系の魔法や火炎系の魔法は相性が悪い」
紀信は天見の解説を耳だけで聞いて、蹴った感触が異常だった理由を知った。
「火炎系も悪いの? 固くなっているだけなら普通に熱いんじゃない?」
「熱いだろうけど燃えにくい。冷気の魔法の方が効果的だと思う……うん、あの魔法は俺の趣味じゃないな」
その発言を聞いてファイナと燕は――、
「なんだよ、その未知との遭遇みたいな反応は」
まあ、そういうような反応をし、戸惑いを隠し切れない二人。
「え、だっておかしいですよ~。水鏡さんってキャラ的に魔法に対しては頭のネジを飛ばして我を忘れる人じゃないですか~」
「うむ。魔法を悪しざまにすれば狂乱して殴りかかるぐらいしそうな水鏡が、趣味でないとは……そんなバカな」
「俺だって人間だから好みがあるんだよ。魔法全部は愛せないんだ!」
前例を知っているベリメスは、天見の肩で私も似たようなリアクションを取ったな、と乾いた笑いをしている。
周りにいる大人達、全員が思っていることを代表して紀信が聞いてくれた。
「キミ達は友達だと思っていたのだが?」
紀信の言葉は聞いておらず、天見はビシッと豪快に笑っているハビエを指さして、ファイナと燕に言い放つ。
「あの魔法は肉体の密度を高めるだけなんだ。つまり、攻撃を受けて耐えたり相手を殴り倒せるのはあのバカみたいに鍛えられた肉体があってのこと。残念ながら虚弱な俺には全く向かない魔法だ」
それを聞いて、納得したようにファイナと燕が頷いた。
「と言うか四人とも、加勢をしろとは言わないけどもう少し危機感を持ってくれる? 後ろでのん気そうにされるとすっごい気が散るんだけど」
「大丈夫ですリュカさん。リュカさんの雄姿も見逃すことなく凝視していますから」
それはそれでやりにくいなと思いつつ、リュカはもう二人も倒して床に転がしていた。
紀信は軽やかな動きでハビエの攻撃を避けつつ、肘から風を噴射させて拳を加速させて打つが、さしたるダメージを与えられないでいた。
トッと、少し大きく間合いを開け、足輪のガジェットを入れ替える。
「起動!」
モザイク処理された文言が展開され、
「風の谷に吹きすさぶ骨すら凍える風よ。魑魅魍魎の慟哭に乗せ、愚者を道連れとせよ!」
両腕を大きく横に広げ、手首をあおぐように返し、腰を曲げて体を回して左手を右手に合わせる。
「龍山爪牙風雲流奥義、龍牙風魂!」
龍を模した緑の風が旋回しながらハビエに迫る。
ハビエは避ける素振りすら見せず(避けたら避けた分だけ店が滅茶苦茶になりそうだったからだ)、真正面から龍を受け止めた。肉体に牙は突き刺さらずとも、勢いに負けて床板を削りながら壁まで押しやられる。
「龍尾撃帝!」
紀信がアレンジのキーワードを叫ぶと、龍の尾が天井を削りながら振り下ろされる。
「ピー小僧! 避けろ!」
その狙いは当初からの天見。
敵の相手をしていたリュカは元より、ファイナも燕もこれは予想外で動けなかった。
だが、ベリメスは違った。すでに『赤の書』を開いていて、
「ナンバーシックス、インストール!」
魔法対決を目の前にして、集中を切らす訳がない天見はすぐに反応する。
「――ピー……タート……!」
龍の破壊音でほとんど聞こえなかったが、天見は著作権フリーの風を発動させた。
天見を中心に、ありえないほど大きな球状の風が発生した。だが、それはそれほどの威力はなく、近くにいたファイナや燕ですら、体を通り過ぎる一瞬に少し体が浮き上がったぐらいだった。
天見は魔法を使ってすぐに横に飛び退いた――直後、今まで天見がいた床に龍の尾が落ちて大穴ができた。
紀信は悔しさを押し殺してメガネを指で上げた。
天見の風によって少しだけ尾の進路がずれた。そのままでも当たりそうだったが、万全を期して直そうと意識を集中させた時、天見はずれたままだったら直撃コースの方へ飛んだ。
(そう何度も切り換えなんてできない。しかし、一歩間違えばどうなっていたのか分かっているのか、あの妖精は)
紀信は見ていた。避ける方向を指示したのは、天見の肩に座って耳を引っ張ったベリメスだ。
「――――」
何かの叫び声が聞こえたような気がして、紀信は振り向いた。
龍の体の中を泳ぐように手でかき、床板の更に下――地面に足を突き刺しながら前進してくる大男。人間ではないと紀信が思ったのは当然か。
唖然とする周囲。ハビエは雄叫びを上げて龍の胴体から出てきた(体の半分は天見の方へ向かっていたから、ハビエが踏破したのは半分だった)。
「そよ風だな」
全身に裂傷があるが、血を流しているなんて無いかのようにハビエは拳を振り上げた。
紀信は間合いに入っていた。そして、気づいたのが呆気に取られて遅すぎた。腕を十字にして胸の前で拳を受ける。
実際には貫かれてはいなかったが、受けた瞬間、紀信は自分の体に穴が開いたと本気で思った。背中から壁に叩きつけられ、衝撃で血を吐いた。
「か弱い市民を守るのがワシらだ。貴様の横暴な考えでピー小僧をやらせるわけにはいかん」
「学の無い奴だ……」
体を起こした紀信は、ゆっくりとメガネを外して胸ポケットにしまった。細められたその目は、野性的な強さでギラついていた。
「ピーコーよりも先に片付けなければいけないらしい」
血の混じった唾を吐き捨て、紀信は指を自然と揃えて構えた。両手を体の前に出したその手は、まるで二頭の蛇――いや、二体の龍を形作っているかのようだ。
「大口を叩いていると、後で恥ずかしいことになるぞ」
「後悔するのはどっちか、な」
紀信の細く長い呼吸がピタリと止まり――、
「やめなさい!」
割って入った怒声。
壁にできた大穴のところに、白衣姿のユナが腰に手を当てて立っていた。
「そこまでよ、南川」
紀信はユナと彼女の後ろにいる職員と都警の姿を確認し、胸ポケットにしまったメガネをかけ直す。
「事情を聴きましょうか」
「当たり前に説明するわよ。燕、ちょっと来なさい」
いきなり呼ばれて燕は目をパチクリとさせたが、「早く来なさい!」と再度言われて、慌ててユナの所に走っていった。
ユナの割り込みで全ての戦闘が終わり、ハビエは天見達の所へ行った。
「ハビエさん、俺は感動しました」
開口一番、天見がそんなことを言い出したのでハビエは興味深そうにする。
「お、何でだ?」
「自分に合う魔法を作るんじゃなく、魔法に合う自分を作るとは……目から鱗な考え方。まあ、補助系魔法を自分にかけて特攻する魔法使いはどうかと思いますけどね!」
笑いながら、ハビエはバシバシと天見の背中を叩いた。
「水鏡君も災難だったね。ただ、これで治まるかどうかは分からないけど」
リュカは紀信達を見つつ、心配げにそう言った。
そんな中、ファイナは一歩離れて天見の背中を見ていた。無表情で腕を組みつつ、心象ではグルグルと考えが渦を巻いていた。
と、振り向いた天見と目が合って、彼から視線を外して燕の方を見た。
「……しかし、なぜ燕が……」
燕を呼びつけ、すぐさまユナは、
「李 崑崙はどこ!?」
「はい~? 図書館にいないなら心当たりはありませんよ~」
「その人がどうかしたのですか。『ハッカー』捜索はどうしたのですか。なぜ私の邪魔をしたのですか」
苛立った様子の紀信に矢継ぎ早に聞かれ、ユナは銀髪の髪を無造作にかきながら、
「ちょっと探し方を変えたのよ。ここ一ヶ月の間に盗まれた魔法を使った奴全員に話を聞いているの。『ハッカー』がもし盗んだ魔法を所持しているなら使っているかもしれない。目撃者がいるかもしれない」
「なるほど。で?」
「なんか燕の学園にやたらに違法チップを使った奴らがいたんだけど……まあ、そいつらは全員白だったわ。その時、学園の担当者から聞いたの。闇の曜日に天見を襲った奴がそれっぽい魔法を使ったって。で、都警が似姿を描いていたから見せてもらったら……」
ユナが白衣のポケットから折りたたまれた紙を出し、主に燕に見せた。
「あれ? な~んかどっかで見たような~」
「どう見ても李崑崙でしょうが! あいつがピーコー襲撃の犯人よ!」
「え~!」
両手を上げて仰天している燕をよそに、紀信は冷静に指でメガネを押し上げる。
「つまり、事情を聴きたい人が見つからない。しかし相手は水鏡天見を狙っている。ならば、水鏡天見を放置していればまたのこのこ襲いに出てくるかも……という所ですか」
紀信の言葉にユナは頷いた。仕方なさそうに彼は嘆息し、
「まあいいでしょう。重しは置いたはずですからね」
何のことだか燕は分からなかったが、紀信はさっさと話を進める。
「やり過ぎたらグリューテイル家に何を言われるか分かりません。全ては明日以降です」
と、紀信がさっさとその場を後にしようとしたのを燕が止めた。
「あの~、この前のお話なんですけど~」
「情報を渡す気になりましたか? 正直に言えば助かります。彼に関しては本当に情報が少なすぎるもので……もちろん、約束はお守りします」
「あ、少し違うんです~。ちょっと確認しておきたいことがありまして~」
燕の確認に、紀信と聞いていたユナも驚いた。
「……そんなことができるなら、確かに殺す必要はありませんが……」
「本気なの?」
「本気ですよ~。その代わり」
念を押すように、燕は指を一本立てて紀信に向ける。
「ちゃんと約束は守ってくださいね~」
軍配はハビエに上がりました。ま、二人とも本気は出していなかったんですけどね!
そして、『ハッカー』に近づきつつあるユナ。崑崙に会えるんでしょうかね~。
さて、それでは次回予告。夜になり、天見とベリメスの前に女神が現れ、今さらながら代理戦争を申し込まれる。
次回更新は金曜日です。




