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仕事をする大人

 今回の話はギリギリもいいところだった。更新を来週の金曜日にすればよかったと心底思った。

 標的とする相手は違うが、この時ユナと同じく紀信も動いていた。


 紀信は大きな木の扉を目の前にして、スーツを整えてからノックをした。


「どうぞ」


 中からの返事を受けてから、紀信は扉を開けて恭しく入室した。


 場所は聖クレストエルク魔法学園理事長室。紀信はリコリスの机まで進み、一礼する。


「失礼いたします。著作権管理執行委員、委員長の南川紀信です。お忙しい中、私のようなものに時間を割いていただきありがとうございます」


「別に構わないわ。でも、用件は早く言ってくれるかしら」


 顔を上げた紀信は真っ直ぐリコリスの目を見る。


「では、学園の生徒である水鏡天見をすみやかにこちらに引き渡していただきたい」


「お断りします。引き渡す理由がありません」


 にべもなく断られたが、紀信は怯むことなくメガネを指で押し上げてから、


「しかし、彼のようにコピー魔法を使うことに躊躇いがない生徒がいれば、御校の名に傷がつくのではありませんか? 私どもに少しの間でもお預けいただければ、彼を真っ当に更生させる助力ができますよ」


「教育の現場には色々な子ども達がいます。水鏡君もその中の1人にすぎません。彼が誤った道に進まないよう見守り、促すのが教育者たる我々の使命です。簡単に見放し、第三者に丸投げするなど教育の質が知れるというもの。その方が我が校の品位を貶めます」


「なるほど。孫娘のパートナーがピーコーなどと騒ぎ立てられたくないから、内々で何とかしようと」


 いきなり立ち上がったリコリスは壁際の棚に行き、かちゃかちゃと作業をする。


「コーヒーでもいかが?」


「……いただきましょう」


 淹れている間にリコリスに促され、紀信はソファに座らされた。


「私の孫の『連理の枝』がコピー魔法使いなんて、変かしら?」


 若干声質が先程より柔らかになった。それを敏感に感じ取った紀信は、これが場繋ぎの会話だと判断する。


「変と言うか理解ができません、ね。百害あって一利無しです。逆にお聞きしますが、お孫さんの苦労や後悔が目に見えていて、なぜ反対なさらなかったのですか?」


「豊かな土壌でタップリの日光を浴び、適度な水と栄養を与えられてスクスク育つ。そんな手入れが行き届いた木は、自然に他の木と枝が絡まることなんてありません。他の木と絡ませるためには、やはり手を入れなければいけなくなる」


 リコリスはコーヒーをカップに注いでいく。


「自然に存在する『連理の枝』とは、それはもう歪なものです。曲がって離れて、伸びて近づいて、絡んだり相手の成長を邪魔したり、それでも支え合ったり……面白いものです。そして、雄大なエネルギーに満ちている」


 リコリスはお盆にカップを乗せ、運んできたコーヒーを紀信の前に置き、自分の分を彼の対面に置いてソファに座る。


「あまりに悪質な環境では、いくら有望な木でも育ちませんよ」


「諦めて成長が止まるなら、今度は整った場に植え替えるだけです。誰の目にも正解に……綺麗に見えるように」


 彼女を目の前にして、紀信は言葉を失った。どう言ったところで、彼女が孫娘の『連理の枝』である水鏡天見を引き渡す訳がないことが分かってしまった。少なくとも失敗するまでは。


「……あなたは、お孫さんをどう育てていくつもりですか?」


「さあ。ただ恥ずかしながら私も孫は可愛いので、あの子の応援はしています。最強の『連理の枝』になりたいというあの子の応援を」


 リコリスは静かにカップに口をつける。砂糖を入れ忘れたのに気づいて、角砂糖を三つ入れる。


「砂糖が必要なら遠慮なさらず」


 紀信は手で断る。


 リコリスはカップを静かに置いた。そして、彼女の声質が固いものに戻った。


「学校は子ども達の可能性を伸ばし、輝かしい未来へ進む手助けをする場。コピー魔法が推奨できないものだとは重々承知しております。ですが、水鏡君は魔法に対して真摯に向き合っています。彼の魔法への熱意は誰よりも強い。それがコピー魔法を使えることから来ているのかは分かりませんが……今はまだ、彼の全てを閉ざすべきではないと考えています」


「彼がお孫さんと一緒になって活躍するようなことがあれば、コピー魔法使いに憧れを持ってしまう子が出てきてしまうかもしれない」


「昔ならばいざ知らず、今の子ならば自らピーコーになるようなことはしないでしょう。そのようなイメージ戦略を世界はしてきたじゃないですか」


「…………あなたなら知っているはずだ。ガジェットによる魔法のデータ化の影響を受けず、属性の縛りなく全ての魔法を扱えるコピー魔法使いがどういう存在なのか、を」


「ええ」


 それだけ。


 紀信はいつの間にか前のめりになっていた体を戻した。そして、淹れてもらったコーヒーを飲み干す。


「とても高い志に感銘いたしました。水鏡天見君もあなたのような教育者の下なら、立派な魔法使いになることでしょう。ご馳走様でした」


 最後にコーヒーの謝辞を入れて、紀信は立ち上がった。


 リコリスは座ったまま、彼の退室を見送った。



「特ダネ特ダネ!」


 本来なら潜める言葉が興奮のあまり大きく出てしまった。だが部屋の中の全員、そいつを注意するどころか、抑えきれない興奮から自然と声が大きくなる。


 もう放課後も遅い時間。廊下を歩く学生もいないほど校内は閑散としているから、多少部屋の外に漏れても問題は少ないだろう。


「ファイナ様のデビュー戦! 私達で華々しくしなければ!」


「横断幕は必須ですよね!」


「ファイナ様へ戦いに相応しい衣装とか用意した方がいいでしょうか?」


「待て! 制服も捨てたもんじゃないぞ!」


 活気に満ちて楽しそうなファイナ親衛隊(非公式)の面々。


 戦う当人達より早く対戦相手を知った彼女達の情報網は、本当に侮れないものがある。


「でも、残念ですね。いくらファイナ様でもこの相手では……」


「だから、敗因は全てあのピーコーにあるってことにすればいいのよ。そして、めでたくあいつはファイナ様のパートナーでなくなり、再びファイナ様は孤高の道を歩まれるのよ!」


 リュージュがグッと拳を握って力説した時、ガラッとドアが開いた。


「面白いことを話しています、ね」


 夕焼けにメガネを光らせた紀信が、そこに立っていた。




 夜の『双葉』三〇四号室。普段ならば夕食後の時間帯は天見とファイナが『連理の枝』の練習をしているのだが、今日は行っていない。


 いつもはファイナが天見を誘うのだが…………誘うどころか、今日は天見と一言も会話を交わしていない。ただ、睨みつけるような視線でジッと彼を見て、視線が合いそうになるとサッと視線を外していた。


 ファイナは勉強机で『連理の枝』の教本を読んでいるフリをしながら、ベッドで寝ている天見を気にしていた。


「水鏡さ~ん、どんな調子ですか~?」


 燕がベッドにうつ伏せで寝ている天見を覗き込むように見る。


「体中の筋肉という筋肉が悲鳴を上げている」


「ちょっとした筋肉痛ぐらいで大げさな~」


「正常な魔法使いなら、足に重りをつけて動いていたらメーターは黄色を飛び越して赤になるだろ」


 呻くように話す天見は、軋む音を上げながら首を横に動かし、


「ていうかさ、ないって! 普通は無いわ! 魔法使いの修行の第一が筋力アップの体力強化なんてよ! 筋骨隆々で腕周り・脚周りが女子のウエストぐらいあるゴリラーマンが魔法使いなんて名乗ってみ! 詐欺以外のなにものでもないわ! 最後尾で呪文唱えて杖持って援護するなら、最前列で雄叫び上げて拳にものいわせて殴れって話だろ!」


「水鏡さんの魔法使いのイメージって、なんか偏ってますよね~」


 燕が天見の訴えを笑って流していると、


「天見、準備できたわよ」


『赤の書』を手にしているベリメスが飛んできて、天見はギクシャクと動き出した。


「おう」


 激しい筋肉痛のせいで、今日はずっとこんな調子だった。


 そんな絶不調ながらベリメスと一緒にどこか行こうとする天見。


 ファイナはすぐに立ち上がり、ツカツカと天見に近づき、そのままの勢いで彼の胸ぐらを掴んで壁際まで追い詰め、手を壁に叩きつけた。


「水鏡」


 見上げてくる天見の目は、何が何やら分かっていないものだった。


「キミは私を信用しているか」


 悩んだ結果、ファイナは自分らしくすること「してるよ」にした。当人に聞かず、グズグズと自分の中で考えているだけなんて…………。


「それじゃ俺はやることがあるから。悪いけど今日の練習は休ませてもらう」


 と、天見がファイナの腕の下をくぐって行こうとするので、すかさずファイナは横に移動して再び壁に手をドンした。


「軽い。軽過ぎのあまり聞き逃すところだった。こっちは意を決して聞いたのだぞ」


「含蓄込めて言ったところで、そっちがこっちの答えを信用する気が無いなら、そんな質問は無意味だわ。天見はあなたのことを信用しているって答えた。それが不満なの? 信用できないの?」


 ベリメスにたしなめられるように言われ、ファイナは面白くなさそうに口を閉じてムスッとする。


「…………何か、水鏡が私を信用しているという、確証はないのか?」


 それを聞いて、天見は深いため息をついた。


「ファイナね~。それじゃおまえ、リュートハルトさんの主張と同じだぞ。安心材料が無ければパートナーを信用できないって」


 言われてみると確かに、とファイナは思ってしまった。リュートハルトの訴えを否定して戦うことになったというのに、その相手と同じことを求めてしまっては何が何やら分からなくなってしまう。


 心象のファイナは頭上にぐしゃぐしゃの線を浮かべて悩んでしまう。どうすれば自分のことを信用していると言う天見のことを信用できるのか、と。


「って言うか、信用しているかどうかって今さら過ぎだろ。ファイナは信用していない男と一緒の部屋で寝ても平気な女なのか?」


「平気ではない。が、それとこれとは話が違うだろ」


「違うかしら?」


 …………違うような気がするのだが、ならばどう違うのかと言われたら明確な言葉が出てこない。心象のファイナはズブズブと思考の泥にはまって――いや、それではダメだ。体を震わせて余分な思考を飛ばす。複雑なことはとりあえず置いといて、まずは大事なことを明らかにしておこう。


「水鏡は本気で私との『連理の枝』を守る気があるのか!?」


「それはあんまり無い」


 ハッキリとした天見の答えに、しばしファイナは何を言われたのか分からなかった。頭が理解するのを拒否したとも言える。


「でも、コピー魔法使いの美学一つ。オリジナルに対する敬意を忘れない。だから、いついかなる状況でも、ファイナに対する敬意は忘れない。俺をパートナーに選んでくれたことを含めてな」


 いつもは無表情を崩さないファイナが、とても奇妙な顔をした。


「どういう意味だ?」


「そのまんまの意味だ。急ぎの用があるからバイバイ」


 天見の言葉を受け、ベリメスが彼と一緒に姿を消した。


「あ、卑怯だぞ水鏡!」


 と叫んでも、もう遅い。部屋のどこを見ても、天見とベリメスの姿はない。


 天見が戻って来たらあらためて問いただそうとファイナは思ったが、結局彼は深夜になっても戻ってこなかった。




 深夜、ユナはクリスタルを目の前にしてキーボードを叩いていた。


 今日から著作権のデータベースへのアクセスはできなくなっているが、彼女は管理者権限で特別にデータベースを構築する膨大なプログラムを見直していた。


 何か確証があるわけではない。ただ、何となく気になっているだけ。それだけで、すでに十時間以上、クリスタルの表面に表れる文字とにらめっこをしている。


 仕事場にある使い慣れた機器でない分勝手は悪いが、彼女の集中力は全く落ちることがない。


 そして、そこにたどり着いた。


 最初は僅かな違和感だった。彼女はそこに注目し、その周辺を深く探っていく。


 そこは前回ハッカーの崩壊プログラムにより欠けた場所だ。あの時、彼女は崩壊プログラム自体に取りかかっていたので、修復の方は部下に任せていた。一応その後に彼女が確認したが、不備はなかった。


 だが、そこに仕掛けられていた。


 ユナは思いっきり拳を机に叩きつけた。


 イメージで言えば、穴が開いた場所に『ハッカー』が罠を仕掛け、急いで穴を塞がなければと思ったマヌケな人達が、親切に穴を塞いでいったのだ。そしてユナは、塞がった地面だけを見て「よしよし」と判断したのだ。


 油断は彼女にもあった。相手の目立った攻撃に気を取られ、周到に用意された罠の可能性に全く考えが及ばなかった。相手はいなくなったし、攻撃は終わったものだと思った。


 そして、データベースのアクセスを禁止させた。


「もう泥棒が家の中に侵入しているのに気づかず、中を空っぽにして誰も入らないよう周りばかり警戒する。とんだマヌケね。私なら腹抱えて笑っているわ」


 自嘲気味に笑ったユナは、『ハッカー』の仕掛けに取り掛かる。が、とてもではないが無理だった。


 何十というプログラムが連結しており、さらにダミーまである。そのダミーを間違って触ってしまうと、それまで壊してきたプログラムが他のプログラムの相互作用によって復活する。


 ユナが時間をかければ、何とかなるだろう。しかし、その時間は間違いなく相手がカウントダウンしている時間よりかかる。


「どんな狂人なのよ、ハッカーってのは……この社会をぶっ壊す気なの」


 最早何とかする術は一つしかなかった。

 いや~、リコリスがいてくれると『連理の枝』に関して語ってくれるから楽だ。そして、ユナが気づいた仕掛け。それはミヤに伝言させた仕掛けのことです。

 ファイナはファイナなりに頑張っていますね~。

 まあ、著作権委員サイドの動きはこれで大よそ把握できるようになると思うので、これからは主人公サイドで行きます。

 それでは、次回予告。ついに天見達が戦う相手が伝えられる。その強敵を前に、ファイナは顔を曇らせるが……。そして、崑崙の腕に再びガジェットが戻ってくる。

 次回更新は来週の金曜日です。ちょこちょこ前回までのを確認して、手直しするところはしておくようにします。

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