遭遇
連休って、どうしてこう~あっという間に過ぎるんだろうか。とりあえず、今日を存分に楽しも。燃え尽きた。
白衣の少女ユナは上がってくる報告にほくそ笑んでいた。
『ハッカー』は驚異的能力で著作権委員のデータバンクに不正アクセスし、未公表の魔法のデータを盗み、少し手を加えて売った。こんな芸当ができるほどの者なら、必ずピーコーや不法売買業者の間で噂になっているはずだ。
どこの町とも知れないならともかく、ユナはここクレッセントに『ハッカー』はいたと確信している。だから、職員にピーコーや不法売買業者を探らせればすぐに目星ぐらいはつくと思っていた……その読みはピタリだった。
「一月ほど前から、あまり出回っていないチップを扱っていた者がいました」
「しかしその者は昔からこの町で不法チップを取り扱っていたので、『ハッカー』本人ではないと考えられます」
「おそらく『ハッカー』本人はどこかに引きこもっていて、その仲介人が売買に携わっていたのでは?」
職員からの報告に、ユナはコクリと一つ頷く。
「で、その仲介人は?」
「現在居場所の特定を行っています」
順調に『ハッカー』包囲網が狭まっていく。
その状況に満足しているユナはコーヒーに口をつける。
「ま、私が指揮を取ればこんなものよね」
「今日からデータバンクにアクセスもできなくなりますし、今頃『ハッカー』は何が何だか分からず慌てていますよ」
その女性職員の言葉で、今まで上機嫌だったユナの顔が曇る。
「本当は三日前ぐらいから閉鎖したかったのに……あの総監督局の頭でっかちどもが」
「まあまあ。それでも不正アクセスがあった時点でデータバングが一時停止する委員長のプログラムは通ったんですから」
「…………あれも当てが外れたわね。まさか、あれ以来『ハッカー』からアクションがないなんて……不気味」
そこにユナは一抹の不安を感じているが、周りの職員は深刻に考えていない。
「そうですか? さすがに前回まででもうマズイと感じて逃げたんじゃないんですか」
なわけがない。ホントにこいつらはバカだなっという目でユナは周りの大人達を見る。頼りにならないから、口を閉じて自分の頭の中でものを考える。
(『ハッカー』はまだまだ余力があった。それなのにかかってこないということは、ただの休憩中か、それとももうやめたのか……やめたとしたらなぜ? もうめぼしい魔法を盗んだから? これ以上は危ないと判断したから? それとも……)
何かが引っかかって黙考している時、
「仲介人のアジトが分かりました!」
晴れやかな顔で息巻いた職員が飛び込んできた。
「……案内しなさい」
ひとまず、考えていたことを頭の中の引き出しにしまって立ち上がった。
ユナが目にしたのは、焼けて崩れ落ちた家の残骸。
「都警に確認を取ったところ、六日前にランプの火が原因で失火。建物は全焼。死傷者は七名。その中には建物の持ち主と思われる男性も含まれているそうです」
現場にいた職員からの報告に、ユナと一緒に来た職員達は小声で会話をする。
「六日前……」
「ハッカーが最後に不正アクセスした日……」
「それじゃ、あれからハッカーの動きがないのは……死んだから?」
ユナの頭にドデカい怒りマークが浮かんだ。
「生き残りは!?」
怒声と睨みで報告を読み上げていた職員は怖気づきながら、
「えっ、え~っと、二名が入院中ですが、ひどい火傷で意識がないらしく、話を聞くのは無理かと……」
「現場から発見されたものは!?」
苛立ったユナが、炭になった木材を蹴飛ばしながら聞いた。
「は、はい! その…………、大量のチップとクリスタルが発見されました。やはりここが不法チップを扱っていたのは間違いないようですが……」
「チップに入っていた魔法の種類は!?」
「多くが読み取り不可能になっていました。ですが、何点かは盗まれた魔法のデータと一致します」
その報告を聞き、ハッカーがこの場所に潜伏していた可能性が高くなった。
「死傷者の身元は全員分かったの!?」
「…………それはおそらく難しいかと……クレッセントの住人ではなく、流れてきた者の可能性もありますので……」
もしかしたらハッカーは焼死したのではないかと、職員達は声を落としてざわついた。
「この……ノータリンども!」
ユナの怒声が響き渡り、職員達は息を呑んだ。ユナの背中から感じられる激しい怒り。まさに烈火のようだ。これほど彼女が怒っているのをいまだかつて見たことがない。
(……ふざけるな。死んだ? ありえない。私をここまでコケにして勝手に死んでいるなんて許されると思っているのか。地獄から引きずり出しても私の前で屈服させてやらないと気がすまないに決まっている! 死後の住所が天国なら職務怠慢で神ごと説教だ!)
ギラッとした目で背後を振り返り、職員達は残らず震え上がった。
「あんたら……もしハッカーが死んでいなかったらどうするのよ。相手は仲間を処分して見事に痕跡を消していなくなったのよ。この町から出た可能性だってある。歓迎するべき事態どころか、最悪に近い事態だってことすらそのオツムで理解できないっていうなら……消えろ。目障り」
ユナはきびすを返して、道を自然と開ける職員の間を突っ切って行った。
目的もなく速足で歩いていたのに気づいて、ユナは速度を落とした。
ムシャクシャする。それもこれも、全てはハッカーのせいだ。
自分の頭が沸騰しているのを自覚する。これは少し冷まさないとダメだ。こんなオーバーヒート状態ではろくなアイディアも浮かばない。何か気分転換をしなければ……。
肩から力を抜くように息を吐く。
と、見かけたことがある顔が前を歩いていた。
短い赤毛の聖クレストエルク魔法学園の帯刀している女学生……確か、聖籠燕。
「ちょっとあなた」
「はい?」
呼んだら止まった。
「この前は陰険変態メガネに意地悪されて大変だったわね」
「? 何で知っているんですか~」
陰険変態メガネで話が通じることに、ユナはけっこう気分が良かった。
「私は会議室の隣で様子を見ていたの。あのメガネは一応同僚。部署は違うけど」
「ほえ~! ウソ!? だって、私よりも小さいじゃないですか~!」
「ま、天才ってやつよ」
燕の驚きと羨望の視線を受けつつ、ユナは大したことではない風に答えた。
「著作権データ監督委員長、ユナ=リーヨン。覚えていて損はないわよ」
委員長と聞いて燕は驚いた後に、申し訳なさそうな顔をした。
「あの~……やっぱり水鏡さんのことですか~? ちょっと複雑なことになっているので待ってほしいんですけど~」
「ん? ああ~あなたの友達のピーコーね。興味はあるけど、私の優先順位としては低いわね。そっちはあの陰険変態メガネが担当だから」
それを聞いて、燕は首を傾げた。
「なら、どうして私に声をかけたんですか~?」
「…………ちょっとした気分転換。仕事場にはバカな大人しかいないから気が滅入っちゃって」
「著作権委員って、けっこう頭が良くないと受からない職種ですけど~……」
「成績とかじゃなくて察しが悪いのがイヤ。それで、あなたはどこに行こうとしていたの?」
現在は放課後の時間帯。学園の寮とは方向が違うので、どこかに行くのだろうと質問する。
「人に会いに図書館へ」
「ふぅ~ん、図書館か……」
ユナは本が嫌いではない。ここ最近仕事続きで遠ざかっていたのでいいかもしれない。
「一緒してもいい?」
「いいですよ~」
燕は簡単に同行を受け入れる。
「で、件のピーコーってどうなの? やっぱり好き勝手しているわけ?」
「いえ、強く注意できないぐらい著作権法は守っています~。コピー魔法はいっつも使っているんですけど、著作権フリーで満足していますよ~」
「ちょっと待って。何で著作権フリーをコピーしているわけ、そいつ? そんなのはコピーするまでもなく使えるものでしょ」
「あ~、水鏡さんは特殊なんですよ~」
「……そんな所までコピーに拘っているって……特殊なバカなの?」
「あ、間違いなくそうです~」
この場に天見がいたら「おまえには言われたくない!」と叫びそうなことを、燕はのほほんと言い切った。
と、他愛のない話をしていると、すぐに図書館に着いた。
「図書館で待ち合わせって、学園の人じゃないの?」
「待ち合わせもしていませんよ~。ただ会えるかな~って」
「どういうことなの、それ」
聞かれて、燕は疲労タップリのため息を吐いた。
「私の友達がケンカしちゃって~、何か良いアドバイスでももらえないかなって~。片方が男ですし、同性の意見は参考になりそうですから~」
「なに、彼氏とケンカでもしたの?」
「私じゃなく、友達です~」
「へ~」
本よりも燕に興味が沸いてきたユナは、彼女の図書館内の散策に付き合う。
と、ユナは隅に異様な光景を見た。
積まれる本を片っ端から読んでいる男と、男が読まない本を片付けて新たな本を持ってくる少女。
何だアレ? とユナが思っていると、燕はそこに近づいていく。
「あ、崑崙さんがいました~」
声をかけられ、男と少女は動きを止めて顔を燕に向ける。
「道案内の……」
「聖籠燕ね」
「どうも~」
許可を取ることもせず、燕は崑崙の対面に座った。
「どうかしたのかね」
「実はまた悩み事が~」
すがるような口調に、崑崙はため息をついて瞑目した。
「聖籠は俺を占い師か何かと勘違いしているのかね。お悩み相談なら親か教師か友達にでもするね」
「そっちの可愛い子は妹さんですか~?」
「話を聞けね。こいつはミヤ。家来みたいなものね」
「ちょっと崑崙さん」
ミヤは不満そうに頬を膨らませて崑崙に訴えるが、彼は視線すらやらず無視する。
「この前連れていた猫さんと同じ名前ですか~?」
「別に珍しいことでもないね」
崑崙は面倒そうに手を振って、チラッと白衣姿のユナに視線をやる。
「そっちこそその隣は妹か?」
「違います~。この人は~」
と、燕が紹介しようとしたがユナは自ら話し出す。
「ユナ=リーヨンよ。この子は知り合い程度の付き合い。目的地が同じだから一緒してただけ」
ユナは崑崙の傍らに積まれている本のタイトルをザッと確認し、その一つを手に取る。
「面白そうな本を読んでいるわね。借りていい?」
「そっちの方はもう目を通したやつね。好きにするね」
「ありがと」
そう言って、ユナは距離を開けて崑崙の隣に座って本を読みだした。
「何を調べているんですか~」
「属性の特性を調べた後、魔法のデータ化の理論が面白そうだからそれを少しね。特に興味を引いたのは名前によって安定化を図っている所ね。俺の知識欲が刺激されたね」
燕は話を聞いて一つ頷き、
「で、実はですね~」
「…………何ね」
崑崙は色々と諦めた。彼は読んでいた本を閉じて読み終わった方へ置き、燕はピッと人差し指を一本立てた。
「友達に男女のパートナーの二人がいるんですけど~、二人の仲が険悪になっちゃったんです~」
「どっちに原因があるね」
「う~ん……どっちでしょうか~。何かグリュー……あ、女子の方が少し気持ちが不安定になって男子に突っかかって……ケンカをしたわけでもないから謝ることもできず、意固地になっているって感じですかね~」
「ヒステリーね」
「ひどい生理でも来ているんじゃないの」
本を読みながらも耳では聞いていたらしいユナが、恥ずかしげもなく言った。
「ユナさん」
聞いていた燕が恥ずかしそうに頬を染める。
「男子の方はどんな感じなのね?」
男の崑崙が気をきかせて話を進める。
「今日は筋肉痛でくたばっていましたね~」
「筋肉痛でくたばるって、随分と軟弱な奴じゃない」
「ちょっと昨日から体力強化月間に入ったらしいんです~。まあそれで~、おそらくですけど、その女子の異変には気付いているんだと思います。でも……保護者と何かやっていてそっちの方に集中していましたね。なんとかなりませんか~、これ」
『無理ね』
崑崙とユナの言葉がもろにかぶって、燕はショックを受けた。
「ええ~、そんな~」
「そんなも何も、女子の異変に気づいている男が、その女子を放って家のことを優先している時点でもうダメでしょ。女子にさっさとそんな男には見切りをつけて、新しい男を見つけなさいって言いなさい」
容赦ないコメントに、崑崙に向ける燕のすがるような視線が強くなった。
崑崙も面倒臭そうなので「さっさと別れさせろね」と言おうと思っていたが、ため息をついて内容を変更させた。
「元々合わない二人だったのよ。冷静にお互いの立場を見つめ直すいい機会ね。しばらくは見守っておくね」
「何かできることはありませんかね~」
「男女の仲は他人がちょっかい出しても意味ないね。直る時は直るし、直らない時は直らないね」
アドバイスを聞き、燕は難しそうに唸って腕組みをする。その内頭からぶすぶすと煙でも出て来るんじゃないかと崑崙は思うが、これ以上何かを求められないよう視線をユナにやる。
「そっちも何か困りごとかね?」
「何でそう思うのよ」
本から顔を上げたユナが崑崙を見ると、彼はトントンと指で自分の眉間あたりを叩く。
「眉間にシワが寄っているね」
指摘されて、ユナは前髪にあるヘアピンを抜いて目元を隠した。
「知識欲が人一倍強いから、気になったことは調べないと気がすまないよ。まあ、言いたくないなら無理にとは言わないね」
気分転換にここに来たことを思い出し、ユナは軽くため息をつく。
「…………ちょっと人探しが暗礁に乗り上げてね。手がかりが無くなったのよ」
「手がかりが無くなったって……その相手はこの町にいるのか?」
「いたはずよ。今もいるかは分からないけど」
話を聞いて崑崙は顎に手をあて、若干上を向く。
「追いかけていた相手がいなくなる理由なんてそう多くはないね。相手が追われていることに気づいたか、やることが終わったからそこにいる意味がなくなったかね」
「やることが……終わった…………」
呟きからいきなりユナは椅子を蹴倒して去って行った。
何だかよく分からなかったが、とりあえず崑崙はミヤに言って倒れた椅子を直させた。
そして彼はまた、読んでいない本を手に取って読み始めた。
閉館の放送がなり、崑崙はミヤに全ての本を片付けさせ、
「で、聖籠はいつまでいるね」
燕は机に顎を乗せ、気だるげにへばっている。
「だって~その二人とは同室なんですよ~。帰ったら気まずいんです~。崑崙さん何とかしてくださ~い」
「知らんね」
なんとなく、「志村、後ろ!後ろ~!」っていうのを書いていて思い出した回でした。
主人公が目立っていないのは、筋肉痛でくたばっているせいですから(主人公がそれでいいのかとは思いますけど)。
っていうか、この頃戦闘を書いていない。コピー魔法使いの美学を書きたい。 それでは、次回予告! ユナと同様動いていた紀信はリコリスと対する。
次回の更新は通常に戻って金曜日です。連休中、お付き合いくださりありがとうございました。また日常に戻りましょうか、そうしましょう。




