バレた
翌日、朝食を終えて登校の身支度を整えている時にファイナと燕は作戦の確認をする。
「いいですか、グリューテイルさん。まずは何気ない日常会話です」
「今さらその程度のこと……」
だが、ファイナからはいまいち覇気が伝わってこない。その乗り気の無さを鋭く見抜いた燕は彼女の鼻先に指を一本突きつけ、
「朝食の感想でも言い合ってくださ~い!」
「……それに何の意味があるのだ?」
「友達との他愛のない会話に意味なんかありませ~ん!」
と、部屋のドアがノックされる。脱衣所で着替えをした天見が戻ってきたのだ。それに燕が答えると、彼とベリメスが入ってきた。
「そんじゃそろそろ行くか」
「水鏡。話がある」
「何の用だ?」
「いや、用は……ないのだ」
「あ、今日も良い天気だぞ」
それを聞いて、燕は目元を手で覆う。用件がないなら天気の話になる……、やっぱりおかしなことになっていた。
「なぜ天気の話をする!」
「え!?」
訳が分からないと、天見は訝しげな視線でファイナの様子をうかがう。
「朝食は、パンとサラダとスープだったな」
「目玉焼きとソーセージもあったぞ」
「寮の食事ならばあの程度だろう。まあ、栄養面は考えられているが、とりたてて評価する部分はない」
「まあね。ファイナみたいなお嬢様ならそうかもしれないけど、俺は十分美味いと思うけど」
「…………」
「…………」
少し間が空いて、
「終わりだ!」
「何が!?」
疑問符を山ほど頭の上に浮かべている天見とベリメスを放って、ファイナは背後の燕のもとへ行き、
「スタートはともかく、日常会話とはどうやって終了させればいいのだ? 群がるおべっかにやるように「もう下がっていい」とか「ついて来るな」とか言えばいいのか?」
「いえ、それはアレですよ。何となく話の流れで」
「流れとは何だ!? 天気の話のように結論は出さなくていいのか!?」
「何ですか、その話にオチをつけないと気が済まないみたいな使命感は」
「お~い、そろそろ出る時間なんだけど……」
とりあえず遅刻をしないよう、天見が呼びかけた。
「ねえ、あの子達どうしたの?」
「俺にもさっぱり分からん」
通学路を歩きながら、天見と彼の肩に座って『赤の書』を開いているベリメスは、後ろでこそこそ話し合っているファイナと燕に首をひねる。
「趣味とか休日に何をするとか、水鏡さんの興味があるものを聞くんです~」
「……面倒だ。そういう質問はアンケートにまとめて答えを書いてもらえばいいのではないのか?」
「いいですか~。目的は答えを知ることではなくその過程にあるんです~」
「何事も結果が全てだろう」
「結果を重視したのが今のありさまだって気づいていませんね~」
そんな風にファイナが非効率さの重要性を理解しないため、結局もう学園まで着いてしまった。
と、なにやら校門のところで一人の学生が「号外~号外~!」と言いながら、新聞をばらまいていた。
ファイナは校内新聞の類かと思っていると、ベリメスが飛んでいち早くその新聞を手に取った。
すると、すかさずベリメスは天見に魔法を使わせ、指示を飛ばして宙にある新聞を残らず回収させた。
「何の記事だ?」
と、ファイナが天見の背中に声をかけた。すると彼の肩が大きく跳ね、振り向きもせず駆け出して、
「リュージュ!」
そう叫びながら、新聞をばらまいていた女子生徒を引っ張って行った。
「何だったのだ?」
「さあ?」
置いてけぼりにされた二人が立ち止まっていると、燕に近づいた学生が一枚の紙を渡して去って行った。
燕はその渡された紙面を見て、
「……昨日、水鏡さんがまた何かやったんですか~?」
「聖籠は知らなかったか? 水鏡がまた命を狙われたのだ」
「え!? 著作権法は守ったんですかぁ~!?」
ファイナは天見の命よりそっちを気にする燕をさすがだと思いつつ、
「おそらく守ったのだろう。一緒に対応した二年の著作権委員……ほら、あいつだ。ニスレストが何も言っていなかったからな」
燕は先輩の名前を聞いて、複雑な表情でファイナから視線を外した。
「新聞には昨日のことが書いてあったのか? 随分と早いな」
「あ、ちょ」
燕が視線を外した隙に、ファイナがスッと彼女の手から新聞を抜き取って、デカデカとした見出しを見る。
『ファイナ=グリューテイルの『連理の枝』水鏡天見、別パートナーと秘技を使う!』
反応…………なし。と思いきや、一気にファイナの周囲の温度が上がり、上昇気流が発生して彼女の髪を逆立たせた。
「グリューテイルさん、落ち着いてくださ~い!」
「落ち着いているとも。それどころかあまりに愉快痛快で思わず笑顔になってしまう。まったく、水鏡と一緒にいると心情が顔に駄々漏れになってしまって困る」
確かに珍しいことにファイナは笑っている。だが、これを笑顔にカウントしてはいけないと、蒼白になった燕は心中で思った。
ザッとファイナが一歩を踏み出した時、燕は慌てて彼女の手を取って引き留めた。
「ま、待ってくださ~い。確かに水鏡さんは魔法に関してちょっと節操がないところはありますけど~、秘技を使ったのはたぶん何かやむにやまれぬ事情があったんじゃないんですか~?」
「だとしてもだ、昨日私は水鏡から事の詳細を聞いたのだぞ。その際に言わなかったということは、後ろめたいことだと知っていて隠したということだ! その隠したというところが気にくわない! 男なら包み隠さず話し、素直に非を認めるべきだ!」
ファイナの言い分には一理あるが、それでも燕は彼女の手を放さない。
「こういう時こそパートナーである水鏡さんの気持ちを考えるんです~!」
「水鏡の?」
「水鏡さんの言い分や都合も聞かずにぶっ飛ばそうものなら、きっと水鏡さんはグリューテイルさんのことを「胸だけでなく器も小さな奴だな」って思うこと間違いなしです!」
「まずは聖籠の中の水鏡をぶっ飛ばそうと思うが、その結果として聖籠をぶっ飛ばすことになるが構わないな?」
「構いますよ! 振り上げた拳とガジェットに入れたチップを抜いてくださ~い!」
「ならば、まず聖籠の脳内から想像の水鏡を追い出せ」
「何かどっかで聞いたことがあるとん知の答えを……でも、その様子だとグリューテイルさんは現場にいなかったんですよね~? もし水鏡さんが「大事な時にファイナがいなかったんだからしょうがないだろ」とかって居直ったらどうするんです~?」
燕の言葉で、ピタリとファイナの動きが止まった。
一方その頃天見の方はと言うと……新聞をばらまいていたリュージュ=ケープを校舎の影に引っ張って来ていた。
茶髪で勝気そうな顔のリュージュは『孤高の銀雪』ファイナ=グリューテイル親衛隊(非公式)の隊長だ。天見とは面識があり、彼女にとって彼はファイナ様の周りをうろちょろする憎い敵に他ならない。
「リュージュ」
「なによ」
うるさそうに顔をしかめて返事をする。そこには後ろめたさの欠片もない。
「なぜ知っている!」
「何でかしら~」
空っとぼけた様子で返事をした後、リュージュは逆に責める視線で天見の胸元に指を突きつけ、
「っていうか、私に怒るのはお門違いでしょ。ウソだったんならお詫びして訂正してあげるわよ」
「うっ」
痛いところを突かれて押し黙らされた天見は、目元を指で押さえて考え込んで、
「分かった。これ以上の特ダネを教えるから、これの配布をやめてくれ」
「あんたが『連理の枝』の存続をかけてファイナ様の親戚と戦う話なら、もう知っているわよ」
「…………なら、なんでそっちを記事にしない」
「対戦相手が決まってから記事にした方が面白いでしょ。それに、この記事を見たらファイナ様があんたに愛想を尽かしてその前に『連理の枝』を解消するかもしれないじゃない」
嬉しそうに言ってくる。
「おまえは俺を殺したいのか」
「まあ、わりと」
「恐ろしすぎるわ!」
「言っておくけど、新聞は親衛隊全員で配布しているから」
天見の肩に手が置かれた。彼がゆっく~りと振り返ると、そこに目元を前髪で隠したファイナがいた。
青ざめた天見が現実から目を背けるように顔を前に戻すと、すでにリュージュは姿を消していた。その素早過ぎる動き――さすがはファイナの『孤高』の神性を守る親衛隊隊長だと言える。
「水鏡、話がある。こっちを向け」
いつも以上に静かな声だった。
天見はぎくしゃくとした動作で振り返る。そして彼が何かを話し出す前に、ファイナは新聞の見出しを見せ、
「これは本当のことか?」
「…………はい」
天見は観念して肯定した。近くを飛ぶベリメスは、彼が殺されないことを祈って固唾を飲んで見守っている。
覚悟をした二人だったが、次の瞬間信じられないことが起こった。
「そうか。まあ、仕方がないな」
無表情のファイナが嘆息し、天見の肩から手を放した。
しばし、天見とベリメスは何が起こったのか認識できなかった。そして、同時に驚愕して息を呑んだ。
「え!? ちょ、ちょっと、あなた大丈夫!?」
「大丈夫とは何だ? 私はいたって健康体だが」
慌てふためくベリメスに、ファイナは冷静な態度で応じた。
「そういうことじゃないわよ! ねえ、ちょっと天見!?」
しかし、ベリメスの目の前で天見は硬直していた。
「気を強く持って、天見!」
揺り動かされて、天見は気を取り戻した。
「人間、予想外のことが起こると動けなくなるって本当だな」
「とてつもなく失礼な気がするが……まあ、いい。私だって少しは変わっているのだ。水鏡のことを考えれば、無下に怒ることもできまい」
「ファイナ」
自分本位なファイナが自分のことを考えてくれたと思うと、天見は少し感じ入った。
「水鏡の言いたいことは分かっている。パートナーの一大事にそばにいなかったくせにグダグダ言うんじゃねえよ。だろ」
「いや! そんなことは欠片も思ってなかったけど!?」
その返事を聞き、ファイナは口元に薄い笑みを浮かべた。レアな彼女の笑顔だが、その笑顔は極寒の冷気をまとっていた。
底冷えする天見の顔は、影ができて青ざめた。
「そう言われたら反論が難しかった。ならば、遠慮しないでいいな」
ベリメスと燕は、少し離れた位置で天見に向けて合掌した。
火の曜日の一・二時間目は実技で、実技の先生は一年C組の生徒を目の前にして、
「期末試験が近づいてきたので、今日は後半から模擬戦をやってもらう。前半は体を動かして基礎の練習。しばらくしたら、攻撃側と防御もしくは回避側にわかれて一定時間魔法を使ってもらう。後半のために〈粒子〉を使い切るなよ。自分が必要と思う量を残しておけ。それも大切な練習だ」
今日のメニューを伝えた。
生徒の返事を聞いてから先生は校舎の方を見て、
「ところで、あの秒速数センチの速度でこっちに来ようとしているのは何だ?」
主にファイナに向かって聞いた。
先生が見ているのは、汗だくになりながら足を引きずって、必死に集合場所に向かっている天見だった。
「気にしないでください。あまりに体力がない水鏡を鍛えるため、ちょっとした重りを足につけただけですから」
と、ファイナは鍵を見せた。
クラスメイト全員「絶対ちょっとじゃない」とは思ったが、口には出さなかった。
そして、実技の授業に出たい一心で必死になっている天見は、
「バトルもので重りを外したキャラがパワーアップするのはよくあることだけど、非力が定番の魔法使いがやるメニューじゃないだろ。魔法使いにあるまじきペナルティーだぞ」
右足を動かすために両手で太ももを持って、脚と腕の力で何とか前に踏み出す。そして、今度は左足を動かすために同様の動きをする。
ベリメスは天見の肩に座って『赤の書』を見ながら、
「天見の体力を向上させるために用意していたみたいだけど、いきなり最重量はないわよね。しかも、勝手に外さないように鍵付き」
チラッと天見の足首に目をやる。そこには金属で作られた黒いアンクルバンドがあった。特殊な材質なのか、分厚くないのにかなりの重さがある。
(でも、いつから用意しておいたのかは知らないけど、ペナルティーだっていう言い訳がなければつけられないなんて、相変わらずあの子も可愛い所があるわね)
コミュニケーションが不器用なファイナを思って、ベリメスは笑った。
結局天見が合流できたのは前半が終わる直前で、いきなり防御側に回された彼は動けずにあっさりと魔法に当たって気絶した。
つたないものですが、しばらくギャグ回になりますね。ファイナと燕には頑張ってもらいましょう。そして、天見には苦労してもらいましょう。
ようやくでてきた親衛隊ですが、別に彼女達は新聞部ではありません。彼女達が配っていたのは言うなれば会報。ファイナに対するニュースや活躍だけを載せるものです。
次回は昼休みから放課後にかけてです。更新は金曜日になります。




