悪魔のささやき
聖籠 燕……親しくなるほど物怖じしなくなる性格。著作権法を厳守しようとする気持ちは実家の道場と何か関係が? ちなみに姉と弟がいる次女。
時間は少し遡る。
クレッセントの町の公民館・会議室で燕と対峙しているスーツの男。この男と燕が会うことになった経緯は、昼休みに学園の保険医兼文化庁所属、著作権紛争解決斡旋委員の杜若 綾乃から言われたからだ。
綾乃も詳細は知らないようで「著作権委員の上の人があなたから話を聞きたいって」と、首をひねりながら伝えてきた。心当たりがない燕も首をひねりながら「いいですよ~」と答えた。
綾乃は燕のことが心配で約束の公民館まで同行し、今は会議室の外で待っている。
そして燕は男から、
「私は文化庁所属、著作権管理執行委員の委員長、南川 紀信だ」
という自己紹介を受けて仰天した。
綾乃の著作権紛争解決斡旋委員の仕事は著作権について争う両者の間に入って調停させることだが、紀信の著作権管理執行委員の仕事はあまりに悪質な手段で著作権を破ったと判断された者を、親告の有無に関わらず捕まえて罰することだ。武力によって制圧することが多いため、優秀な魔法使いでなければ務まらない部署だ。委員長ということは、その部署の責任者ということだ。
そんな人が自分から話を聞きたい…………燕には心当たりが一つしかなかった。
(あ~、たぶん水鏡さんのことですね~。杜若先生の報告書が上にまでいっちゃったんですかね~。まあ、聞かれたことには正直に答えますか~)
前回天見は罪に問われなかったとはいえ、綾乃を介してオリジナルの人達に使用料を払うという結果で落ち着いた(その使用料を払ったのはなんやかんやでファイナだが)。綾乃は当然、その仕事について報告書を作成した。その中で「魔法を完全コピーしたコピー魔法使い」という記述があれば、町中に広がる噂も相まって著作権委員で話題に上がっても不思議ではない。
「キミが知る水鏡天見に関する情報を全て教えてもらおう」
紀信の話を聞いて燕はやっぱりと思いながら、
「彼を殺すために、だ」
絶句した。
あまりに予想外過ぎる内容に、頭の中がフリーズした。
紀信の方はその態度が予想通りだったのか、燕の反応を待った。
そして――
「い、いきなり、物騒なこと言わないでくださ~い。なな、何で、水鏡さんを殺すんですか~!」
あたふたとする燕を見て、紀信はメガネの奥にある目を細め、
「キミの実家の道場はまだ経営中か、な?」
ピタリと燕の動きが止まった。
「何もキミに直接手を下してもらおうとは思わない。結果彼が死ねば、キミの実家の親告を再度検証し、望みどおりの処理をしようではないか」
ドクンっと燕の心臓が一度大きくはね、瞳がぶれて、
「な、何で、そこまで……」
声が震えて、フラッシュバックで実家の道場が脳裏に表れた。
「キミは彼をこのままのさばらせておいていいと思うのかね? 彼が非生産的なコピー魔法を使えば使うほど、苦しむ者や名声を傷つけられる流派が後を絶たないぞ」
「コ、コピーは別に違法ではありません~! 確かに、知らない人から見れば水鏡さんは創造と努力を放棄して寄生虫のごとく他人の魔法にすがり、堕ちるところまで堕ち切った救いがたいピーコーかもしれません~!」
「……キミは彼の友達だと聞いたのだが……」
不安にかられて紀信が問いかけるが、それに構わず燕は興奮し続ける。
「私は知っています~! 水鏡さんが偏執的な魔法愛を持ち、オリジナルに敬意を払っていることを! 全力の妥協無しで人の魔法に接し、人より魔法を大事にしている姿は異常と言うしかありません! もう私達とは違う『水鏡天見』という固有種なんじゃないかって思いますけど、彼はギリギリ最後の線を越えない憎いあんちくしょうなので――」
燕は一度深呼吸で自分を落ち着かせ、
「殺すことなんてありません~!」
「いや、あると、私は判断したしキミの話を聞いてさらにその思いを強くした」
紀信は中指でメガネを押し上げてレンズを光らせ、
「キミも知っている通り、コピー魔法は魔法使いの創造性を低下させ、魔法の文化的発展を妨げる恐れがある。コピー魔法というのは言うなれば技術だ。彼の完コピする技術が世に蔓延すればどうなると思う?」
「ど、どうって~」
「さしあたって、キミの実家のように魔法を教える道場は全て必要なくなる。なにせ、教わる必要もなく魔法を完コピできるのだから」
紀信の言葉を聞いて、また燕の心臓が激しくはねた。
「いいかね? 彼はキミの敵だ。いや、キミ達魔法を教えることで生活を成り立たせている者全ての敵だ。彼を排除しなければ、その者達全ての生活が破綻する。それを守るために彼を殺すのは大げさなことか、な?」
燕は紀信の言ったことを考えると、途端に恐ろしく感じた。
天見はまだわきまえてむやみやたらに魔法をコピーしないが、もし同じことを他の人ができたらどうだろう。
人によっては著作権法を無視して、コピーを自分のものと言い張り、オリジナルとコピーの区別をつけられない事態になるかもしれない。
そして、もしそういった人で溢れれば、お金を払って魔法を教わろうという人はいなくなる。さらに、盗られると分かっていてオリジナルの魔法を開発する人などいなくなる。
そう考えた燕の心臓が速く鼓動を打つ。視界が歪み、足元がふらついてよろめく。
紀信がふらつく燕の腕を取って支え、
「キミの進路は著作権委員らしいな。クレストエルク学園の著作権委員に選ばれるほど優秀ならば見込みがある。しかし、キミが著作権委員になり、実家の著作権問題の再審請求を通そうとしたら……十年はかかると思った方がいい」
ぼんやり気味の燕だったが、肩には紀信が言った「十年」が重くのしかかった。
「情報を渡すだけで、その十年は数か月に短縮できる」
燕は何かを言わなくてはと震える唇を動かすが、色んな考えが巡っている頭ではうまく形にできず、言葉が出てこない。
「彼に関しての情報は報告書を読んで知っている。それで、彼を監視するクラスの著作権委員――キミのことだ。がいることを知った。彼と共に行動することが多いキミなら、色んなことを知っているのではないのかな? たとえば、彼の弱点とか」
バッと、慌てて燕は紀信の腕を振り払った。
そして、すぐに逃げた。
会議室のドアに体当たりするように飛び出した燕は、そのままの勢いで廊下を逃げていった。外で待っていた綾乃が慌てて声をかけて追いかけたが、全く止まらなかった。
紀信は開いたままのドアを見て、嘆息しながらメガネを押し上げた。
「いい歳した男が女子高生を言葉で追い詰めて泣かしてんじゃねえわよ。通報するわよ」
燕が飛び出したのとは違うドアから、声と一緒に白衣の女の子が入ってきた。
少女の髪はロングストレートでグレイ、目にかからないように前髪はヘアピンでまとめている。幼い顔立ちで白衣の下はワイシャツに黒いスカート。紀信より二回りは若い彼女の名は、ユナ=リーヨン。
紀信と立場を同じくする著作権委員長で、部署は著作権データ監督委員だ。仕事は名称通り、著作権のデータを管理・監督する内勤が主な部署だ。
紀信はユナに向けて、
「泣かしてはいませんよ。それに私は善意で彼女に協力を要請したのです。これ以上ない報酬を用意して、ね。非難されるいわれはありません」
「あんな悪逆な善意の行動があってたまるか」
「悪逆とは失礼な。私は見えないところで地獄に落ちろとジェスチャーをされても許せる紳士ですよ」
紀信のしたり顔に比べれば、鬼の能面の方がまだ親しみと温かみがあるとユナは思いながら、
「それに現状では手段を選んでいる暇はありません。おそらく、水鏡天見と『ハッカー』は別人。この二人は早急に対処しなければ、社会は大混乱に陥る」
「別人という見解には賛成。報告によると、水鏡天見はガジェットもチップも使わないみたいだしね。わざわざ魔法のデータを盗み取る必要はないわね」
「人員は正体不明の『ハッカー』の方に多く割かなくてはいけません。だから、水鏡天見の方は少数で何とかしなければならない。使えそうな駒は一つでも多い方がいい」
ユナは白衣のポケットに手を突っ込んでスタスタとドアへ向かう。
「どこに行くのですか?」
「あんたと一緒に行動していると悪の手先になった気がするから、好き勝手に行動させてもらうんだよ」
「いえ、私が聞いたのはどこにと」
答えなかったユナがドアを閉じたので、紀信はため息をついてメガネを押し上げた。
公民館から飛び出した燕はがむしゃらに走って、疲れて膝に手をついた時は人気の少ない見慣れない場所に来ていた。
呼吸が落ち着いてくると、綾乃を途中で振り切ったのを思い出した。
(明日にでも謝らないと……何があったか聞かれたらどうしましょうか~。とてもではないですけど、言えませんね~)
天見を殺すつもりなので情報をよこせと言われたなんて言ったら、紹介した綾乃が困るなんて燕でも分かった。
体を起こして空を仰ぐ。
紀信の話によって天見に対する危機感を覚えた。でも、だからといって、彼を殺していいとは思わない。そこまですることはないんじゃないかと思える。
だけど、天見のコピー魔法を放っておけば社会の危機で、彼の危機なのは確かだ。
燕が頭を抱えてうなっていると、
「おい、そこの人。ちょっといいか?」
声をかけられた。
振り返ると、猫を連れた同年代ぐらいの男子がいた。
「この町に図書館があるなら案内してもらいたいね」
「あ、はい。え~っと……」
燕は周囲を見て、現在地はよく分からないが大通りに出れば何とかなるかと思い、
「それじゃ案内するので、ついてきてくださ~い」
先を歩きだす。
「この世界はコンピューターをデータ監理ぐらいにしか活用していないから、情報を調べるのに一苦労ね。情報発信をしていれば楽に知りたいことを引き出せるのに……まだまだ発展途上の技術ね」
男のぶつくさとした愚痴を聞いて、
「あの~ちょっといいですか~?」
燕は何気なく尋ねる。
男はまさか話しかけられるとは思っていなかったのか、少し怪訝な顔をしてから、
「なんね?」
「たとえばですよ~」
と、燕はピッと指を一本立て、
「知り合いを殺さないと社会を守れないとしたら、どうしますか~?」
「出会ったばかりの見ず知らずの人間にする質問か?」
指摘され、ハッとした燕は恥じ入るように頬を染め、
「あ、そうですよね~。私の名前は聖籠 燕と言います~」
「いや、自己紹介をしてほしいという意味ではないね」
「でも、こんな唐突な質問を知り合いにしたら心配されますよ~」
とは言え、男も燕の心配をしている。主に頭の心配を。
頼む相手を間違えたかと男は思ったが、仕方がないと割り切り、
「社会なんて漠然としたものと人の命を天秤にかけてもよく分からないね」
「ですよね~」
大通りに出て、燕は大体の現在地が分かった。図書館までそれほど離れていないと、後ろの男子に向かって「あっちです」と指で示してから進む。
「相手が社会の敵なら法が裁いてくれるね。この世界にだって法律はあるはずだろね」
「それが法はギリギリで破っていないんですよ~。でも、将来的に危ないことになりそうだから今の内に手を打っておこうって流れになっているらしくって~」
「それなら殺すまでもないね。相手が社会を壊せる手段・要因を排除すれば済む話よ」
男の話を聞いて、燕はポンッと軽く拳で掌を打つ。
「まあ、その手段・要因を排除することが相手の命を奪うことと直結しているなら、また迷うことになるだろうけどね」
「そうしたらどうしましょうか~」
まだ追及され、男は面倒くさそうに顔をしかめて、力を抜くように若干上を向いて息をはいてから、
「知らんね。人間なんて生きていれば他人と譲れないものがぶつかり合うことなんてよくあることよ。競争社会ならなおさらね。それがお互いの破滅がかかっていたとしても、自分を守るためにはやり合うしかないね。相手を押し退け、踏み潰す覚悟がないなら自分の主張なんて捨てて、ただ静かに生きればいいね」
適当そうに答えてから肩をすくめ、
「まあ、俺なら俺の道を進むため、相手に容赦することなんてないね」
そう締めた。
燕は何かを考えるように指を顎に当て唸っている。
「っていうか、その相手は何をやりそうなのね? 俺は人よりも知識欲が強いから、気になったことは調べないと気がすまない性質なのよ」
「え? う~んっと、魔法文化の終焉ですかね~」
「…………あんた、人から変わっているってよく言われるか?」
「あ、着きましたよ~」
質問と到着の声がかぶってしまい、燕は聞いていなかったようだ。
分かりきった質問に答えてもらわなくてもいいかと、男は燕が指差す図書館を見上げながら思った。
そして、燕は男にペコリと頭を下げる。
「あなたの話を聞いて方向性は決まりました~。ありがとうございます」
「待つね」
駆けて行こうとした燕を男は呼び止め、
「李 崑崙ね。ついでに、こいつは猫のミヤ」
自分と足元にいる猫(何が不満なのか訴えるように崑崙の足を猫パンチしているが)の名前を教えた。
燕は元気よく手を振ってまた駆けて行った。その姿が見えなくなって、
「私の名前はミヤではありません!」
猫が流暢な声で文句を言う。
「長ったらしい名前なんだから、ミヤで十分ね」
ミヤはムスッとしながら素っ気ない崑崙について行く。すると、彼は図書館の入口で止まり、ドアの横にある注意書きを指さした。ミヤがそっちを見上げると、その項目の一つに動物の入場を禁止するものがあった。だが、気にせず崑崙は図書館に入っていった。
悔しそうに唸ったミヤは近くの路地に行ってしまった。そして入れ替わるように路地から出てきた、髪の根元が茶色で毛先が白い少女は図書館に入っていった。
著作権委員の組織的構造については、今度誰かに詳しく説明してもらいますかね。とりあえず、燕の回です。彼女なりに実家の道場のことを考えているようです。まあ、あまり重くならないようにするつもりです。
最後に出てきた方に関しては、ようやく名前が出たねっということで(燕と会わせてどうしよう?)。
さて、次回からは日常パートです。頭を使わず書いて四人のキャラに突っ走ってもらいます。
それでは、次回予告! 寮の部屋で天見に隠れてファイナから情報を引き出そうとする燕、そこで彼女は衝撃の事実を知る。そして、天見はベリメスに何やら夢の中で相談を……。
次回更新は金曜日です。




