連理の枝と著作権法について
どうしたものかと気まずい空気が支配する中、それを破ったのは天見だった。
「ところで、『連理の枝』って何だ?」
コケた。グラウンドにいた人全てが、その気軽な質問にコケた。
すぐさま立ち上がったファイナは、ガシッと天見の両肩を掴んで、
「『連理の枝』を知らずに私の勧誘を断ったのか」
感情は顔に出していない。が、力強い眼力と腹に響くような声には如実に出ていた。
「よく分からないものに誘われて断るって、普通のことだと思うけど」
「そのせいで私は衆人環視の前であんな盛大な爆死を……」
ファイナの背後から沸き立つ酷熱のオーラと突き刺すような鋭い視線にさらされ、天見は熱いんだか冷たいんだか分からない汗をダラダラと流し、視線をそらす。
すると、そっちには納刀した燕がいた。天見の視線の意味を勘違いしたのか、彼女は指を一本立て、
「ポピュラーな魔法戦には、個人戦・複人戦・団体戦があるのは知ってますよね? 『連理の枝』はその中の複人戦を専門とする魔法使いのコンビのことで~す」
「へ? つまり、俺がファイナのパートナーに誘われたってこと?」
そのことすら分かっていなかったのかと、脱力したファイナは天見の肩から手を放して額にやった。だが、何も分かっていなかったからこそ! 断られたのだ。そう思いなおすと、風になった心象のファイナはムクムクと姿を取り戻した、
当のファイナも平然とした様子に戻り、
「そうだ。『連理の枝』とはグリューテイルが伝える秘技を扱えるコンビのことだ。他にもコンビの称号はあるが、ハッキリ言って『連理の枝』こそコンビの極致だ。その秘技を教える世界で唯一の学園がここだ。だからこの学園には『連理の枝』になろうとする者、どういったものか知ろうとする者など、『連理の枝』を目当てにするものが世界中から来る。ハッキリ言って『連理の枝』を全く知らない者がこの学園に来るとは思わなかったぞ」
説明をそれなりに聞きながら天見は遠くにいる学生達を見て、だから髪の色や肌の色、名前などのバリエーションが豊富なのかと納得する。
「とは言え、秘技を修得する道は厳しく、この学園でも最終的に『連理の枝』になれるのは一握りしかいない。だから『連理の枝』になる二人は特別な間柄となる。お互いに自分のオリジナルの魔法を教え合ったり、一緒に――」
「一緒に?」
言葉を詰まらせたファイナにベリメスが先を促そうと聞き返したが、あからさまに視線をそらして咳払いを一つして誤魔化した。
「とにかく、水鏡は『連理の枝』の本家本元であるグリューテイルの私に選ばれたのだ。これがどういうことかはさすがに分かるだろう」
「……まあ、ね。なんと、なく」
周囲の反応や様子、ファイナや燕からの情報。それらを残さず咀嚼し、天見は自分の中で考えをまとめ、ゆっくりと答えた。
「それではあらためて」
手を差し出すファイナ。
「イヤだ」
掌を向ける天見。
大きくざわつき出す周囲。二回目となると反応も早い。
「……………………な、なぜだ」
まさかそう聞かれると思っていなかった天見は、目を丸くする。
「え? なぜって聞くか? だって聞いた限りどう考えても断った方がいいだろ。俺にとってファイナがパートナーだと物足りないし、ファイナにとって俺が――」
しゃべっている最中の天見の頬が、斬られながら焼かれた。炎の槍を持つファイナは極寒の視線で彼を見下ろす。
「断ったら殺されるの!? 初日から生か死が多すぎるだろ!」
「天見! もっとちゃんと断る理由を詳しく言わないとホントに殺されるわよ!」
慌てふためく天見とベリメスに向けて、ファイナは悠然と炎の槍を構える。
「はい、ストップ」
にゅっと天見の顔の横から手が出てきて、ファイナを押しとめる。
「盛り上がっている所悪いけどいいかしら?」
「保険の先生!?」
やってきた白衣姿の保険医が、天見と顔を合わせて微笑んだ。
「保険医も兼任しているけど私は文化庁所属、著作権紛争解決斡旋委員の杜若 綾乃よ。この学校で起きる著作権に関わる問題は全て目を通しているの。各クラスにいる著作権委員の顧問だと思ってちょうだい」
自己紹介しながら天見に手を伸ばしてきた。それに応え、彼は手を出して握手する。
すんなりと握手をかわす天見をファイナがジッと見ていたりする。
「関係ない生徒は校舎に戻りなさい。もう次の授業が始まるわよ」
綾乃に言われ、生徒は天見達を気にしつつ校舎へと引っ込み始める。
「さて、それじゃ水鏡君は燕に任せるわね。著作権法とか教え直してあげなさい。私はグリューテイルさんと一緒に他の三人と話をしてこなくちゃ」
「え? フラれたのにまだグリューテイルさんは水鏡さんの肩代わりをするつもりなんですかぁ?」
燕の『フラれた』というワードが大岩となって、心象のファイナの頭に落ちた。当のファイナは無表情で震える人差し指を眉間のあたりに持ってきて、
「ふっ……私の気持ちは変わっていない。そんな簡単に前言を撤回するつもりはない」
そしてキッと天見に視線を向け、肩(ベリメスが座っていない方)に手を置く。
「水鏡はまだ私に選ばれたことがどういったことなのか分かっていないだけだ。必ずキミを私の『連理の枝』にする」
天見は肩に食い込んでくる指の強さに、汗を流しつつ困惑していた。ファイナがかなり怒っているのは分かったが、パートナーを断っただけでどうしてそんなに怒っているのだろうと、少し的から外れた考えをしていた。だから、
「いや……だから断るって。物足りないってさっき言ったじゃん」
こんな不用意な発言をして、肩を外されかねない握力がファイナにあることを体に教えられるのだった。
ファイナが天見から手を放して、綾乃と一緒に校舎へ向かう。残された天見は、掴まれていた肩を押さえ、膝をついて呻いていた。
「あんなに表情が読み取りにくい感情豊かな子も珍しいわね」
ベリメスはのん気にそう呟いた。
「さぁ水鏡さん、著作権法を知らないと白を切るならそれでもいいですぅ。それならもう一度教えるだけですから。今後一切違反なんてさせませんからねぇ~」
燕は燕でやる気タップリに天見の腕をグイグイと引っ張って行く。「そっちの腕はやめろ~!」と天見は叫びたかったが、痛みに堪え歯を食いしばっているので声が出なかった。
数人の生徒はズカズカと追い抜いていく天見達の背中を見て、
「あいつのコピーした魔法ってけっこう威力あったよな~。もしかして、かなり性能の高いコピーガードを外す機械持ってんじゃ……」
「おっそろしいこと言うなよ。そんな機械持ってる奴なんて、絶対カタギじゃねえぜ」
「それより何よりあいつガジェット持ってなさそうだろ。どうやって魔法使ったんだ?」
その疑問は、天見のコピー魔法を見た全ての人が持っているものだった。
天見はそれほど広くない一室で椅子に座り、ベリメスは彼の前にある長テーブルの上にちょこんと座る。その二人の前に立つ燕は腰に手を当て、大きな目を怒りに染めている。が、どう見ても擬音語はプンスカだ。
二人が座るやいなや、燕は拳を握り、眉をVにして叫ぶ。
「ガジェットが発明されて、魔法の五~七割がデータ化されてチップに入れられるようになり、魔法使いが負担する割合はガクンと減りました。それによって、それまでは覚えることが多すぎて創作・習得が敬遠されがちだった上級の魔法も、みんなに受け入られるようになり、広く発展するようになりましたぁ。ですが!」
ビシッと、燕は天見の鼻先に指を突き付ける。
「魔法をデータ化したため、チップからコピーしやすくなってしまったのですぅ! しかも、コピーした魔法はチップ分しか使えないため、三~五割減の魔法! 劣化したコピー魔法を見て、「あの程度の魔法なんだ」と思われて評判を落とした魔法の流派・人、数知れず! それでようやくコピーに対する危機意識が高まり、著作権法ができ、簡単にコピーされないようチップにコピーガードをかけるようになったんですぅ!」
燕は突き付けた指を引いて、天井をさすように指を立てる。
「コピー魔法使いになって、楽して多くの魔法を使いたいという誘惑も分からないでもありませんけど~……」
「それ逆よ」
「え?」
いきなりベリメスに言葉を挟まれ、燕はキョトンとした目を彼女に向ける。
「ある魔法を使ってもらうため、天見にはコピー魔法使いになってもらったの」
「……どういうことですかぁ~?」
聞き返したが、ベリメスも天見も無言で答えなかった。首をひねった燕はふとあることを思い出して、
「あ、そう言えば、水鏡さんはどうやって魔法をコピーしたんですかぁ?」
「どうやってって……見てだけど」
「? 一般的な手法のどっちかって聞いているんですぅ。ガジェットから出現するモザイク処理された文言を解析したんですか? それともチップを直接コピーしたんですか? どちらの方法でも、今のチップのコピーガードを外し、完璧にコピーするなんて機械は存在しないはずですけど……」
燕は天見とファイナの激突を思い出し、腕を組んで首をひねる。「グリューテイルさんが手加減したのかな」と考え、とりあえずそれは置いといて、
「コピーしたデータが入っているチップ……と、ついでにガジェットも出してください。魔法の履歴を確認して今までの余罪も追及しますから~」
掌を差し出されたが、天見はフルフルと首を横に振った。
「チップとか持ってないって」
「持ってないはずないですぅ。水鏡さんが魔法を勝手にコピーして使ったのはこの眼で見たんですから……あ、さては隠す気ですね~。なんて所業ですか、往生際が悪い」
燕は天見に近づき、上着のポケット、ズボンのポケットを確認するが、ハンカチとポケットティッシュしか出てこない。おかしいと思って上着を脱がそうと――
「待て! ホントに持ってないから!」
天見は慌てて燕の手から逃げ、上着の前を手で隠す。
「あ~慌てるなんて怪しすぎます~! これは徹底的に調べないといけませんね」
「いきなり脱がされそうになったら慌てるだろ! ほら、調べろよ!」
天見は自分から上着を脱ぎ、燕に投げる。彼女は上着を受け取るが、疑心の目はシャツ姿の彼に向けられていた。
「…………な、なんだよ」
その目に気圧されて天見は後ろに下がるが、ジリジリと燕は近づいてくる。そして、間合いが詰まった時に、彼女は天見に飛びかかった。
それなりに抵抗したが、天見は簡単に組み敷かれてしまった。うつ伏せになった天見の腰あたりに燕は座って、彼の両手を床に押し付ける。天見は体格に恵まれていないため、こうまで押さえ込まれたらひっくり返すのは無理だろう。
「あんたはね~!」
「あ~も~いいよ、ベリメス。どうせ何も出てこないんだし、好きにさせよう」
激昂しそうだったベリメスを、天見が諦めた様子で止めた。彼にそう言われ、ベリメスは不承不承テーブルに戻った。
燕は天見の手首から手を放し、代わりに上体を倒して体で彼の体を抑え、空いた手は無理やり体の前に差し入れ、もぞもぞとまさぐっていく。
天見は黙ってされるがままになっていた……と、諦めていたからだろうか、背中に感じる柔らかい体の感触と、鼻をくすぐるほのかに香る甘い匂いに気づいてしまった。
身長は天見より若干低い燕だが、胸はかなり大きい。そんな燕に先程胸を指摘されたファイナ――お悔やみを申し上げるほか言いようがない。
そして、その胸を押し付けられている天見は湯気を立てて顔を真っ赤にした。
「う~ん、上にはホントにありませんね~。やっぱり怪しいのはズボンの方ですね。脱がしますか」
燕の言葉に、サァッと天見の顔から血の気が引いた。
「ちょっ!」
天見は慌てた。非常にマズイ。今は非常にまずかった。
燕の手が天見の体と床の間を這いずって下りていき、ベルトのバックルに触る。
「待った待った待った待った待った待った待ったあぁ!」
いきなり慌て始めた天見の理由を、燕はチップが見つかることを恐れてのことだと思い、逃がさないようにさらに体を強く押し付け、手もひとまず下がるのを止めて体を掴む。ガッシリと抱きしめられる恰好になり、天見はテンパり過ぎて今にも目を回しそうだった。
「ねえ、これな~んだ」
という声に反応して燕が顔を上げると、長テーブルに座っているベリメスがチップを一枚胸に抱えていた。
「な~んだ、やっぱりあるじゃないですか~」
燕はあっさりと天見から離れ、ベリメスからチップを手渡されて表、裏と確認して首を傾げる。
「あれ? これってもしかして……」
燕は刀の柄にチップを入れ、鍔にある液晶を確認した。そして、すぐに右腰にある五つのチップホルダーを見て、一つ空いているのに気づく。
「やっぱりこのチップは私のじゃないですか~。チップの刻紋が私のですぅ」
頬を膨らませて怒る燕は、チップを取り出してベリメスに突きつけ、表面に刻まれた紋様――刻紋を見せる。
個人の体内〈粒子〉によってチップにつけられる刻紋は細かく複雑であり、他人と一致することはない。そのため、ガジェットは他人のチップを入れても反応しない作りになっている。これも魔法を他人に勝手に使われないための機能だ。たとえチップを盗まれたとしても、刻紋があるため簡単に使われることはない。
「いつの間に盗ったんですかぁ」
詰問するような口調に、ベリメスは平然と肩をすくめ、
「あんたが天見を押し倒している時にね。あんた男を力ずくで裸に剥こうとして恥ずかしくないの?」
しばし、燕は言われたことを反芻して動きを止める。そして、一連の自分の行動を思い出して顔を真っ赤に染め、キッと床に座って衣服の乱れを整えていた天見を睨み、
「な、なんてことさせようとしていたんですか~!」
「こっちが被害者だぁ!」
両者顔を真っ赤にして怒鳴り合った。
ベリメスは天見に上着を届け、それを着ている耳元で、
「助かったでしょ?」
「…………分かっているならそっとしてくれ」
そして、何事もなかったかのように初期配置に戻る。どこか気恥ずかしそうに頬を染める二人だったが、天見は咳払いを一つして、
「コピー魔法が著作権法に引っかかるって言われても困る。俺はコピー魔法使いだからコピー魔法しか使えないし、コピー魔法を使ってすることがあるんだからな」
天見の言葉にベリメスも頷いて同意する。だが燕はキョトンとし、
「別にコピーすること自体は違法じゃありませんよぉ」
「え?」
「もしかして、本当に知らないんですかぁ~? 一体どんな田舎で育ったんですか……じゃ、著作権法について教えてあげますぅ」
燕は壁際にあったホワイトボードを引っ張ってきて、次々と書いていく。何も見ずに書けるのは、さすが著作権委員を名乗るだけはある。
・第一条 著作権に登録された魔法を著作者の許可なく勝手に模倣し、大衆の前で戦闘・営利目的に使用することを禁ずる。
・第二条 著作者の許可をもって魔法を使用する場合は、出典先を明らかにしなければならない。
・第三条 著作者は所持する著作権に登録された魔法の全部、又は一部を譲渡・教授・使用許可を出すことができる。
・第四条 共同で魔法を創作した場合は、創作に関わった全ての者に著作権を与えることができる。
・第五条 公表された魔法は、魔法・魔法技術の開発又は改良のための試験に用いる場合は使用することができる。
・第六条 著作権の存続期間は、創作の申請を出した時から始まる。
・第七条 著作権は著作者の死後(共同の魔法にあっては最終に死亡した著作者の死後)五十年を経過するまでの間、存続する。
・第八条 著作者は故意又は過失によって魔法を模倣した者に対し、正当な額の金銭を使用料として請求することができる。ただし、個人的又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用した場合はその限りではない。
・第九条 著作権を侵害し、著作者人格(名誉・精神または声望)を害した者は罰せられる。
・第十条 著作権を侵害した者は、損なわれた著作者の名誉を回復させなければならない。
「というわけで、五条にありますように魔法文化の更なる発展のため、既存の魔法を参考にしたり、許可を得てコピーしたりして新しい魔法を作ることもあるんで~す。コピー自体は違法ではありません」
項目を見て、ベリメスは「ふぅ~ん」と興味なさげに呟き、天見は、
「つまり、戦闘に使わなければ別にコピーした魔法を使ってもいいのか」
「どうしてそういうモラルに欠けた発言をするんですかぁ! 私だって新しい魔法を創り出そうとコピーを使うならうるさく言いませんけど、ただコピーをするってだけなら話は別ですよ~!」
「戦闘と営利目的じゃなければ法律で禁止されていないんだろ? じゃ俺がコピー魔法を使っても別にいいだろ。それより質問だけど、第二条の出典先を明らかにするってどうやるんだ?」
その物言いに燕は「う~」と唸るが、質問には(口を尖らせつつも)キチンと答える。
「基本的には発言の中に組み込まれていますよ~。私も言っていたじゃないですか、明暗月夜流刀剣術って」
「あれって出典先だったの!?」
カッコイイから言っているものだと思っていた天見は、かなり驚いた。
「他人のオリジナルの魔法だと発言に組み込まれていませんから、魔法を使った後にⒸをつけてその人の名前を言ってくださ~い」
「それって毎回言わなきゃダメなものなの?」
ベリメスが「面倒」と感じて尋ねると、
「当然ですぅ。著作権法によってそう決まっているんですからぁ!」
燕はバンバンとホワイトボードを叩いて力説する。
「つまり」
「え?」
燕が顔を上げた時には、天見の文言は唱え終わっており、
「双爆輪唱! Ⓒファイナ=グリューテイル! ってことか?」
光り輝く左手をかざしながら、聞かれた。
「そうですけど! 確認のためでも非生産的なコピー魔法を使わないでくださ~い!」
「わ! バカ! 近づくなって! 何かに触れたら発動してこの部屋ぐらい吹っ飛ぶぞ!」
天見は詰め寄ってくる燕を右手だけで押し止め、何とか効果終了まで左手を守り通した。
ホゥっと一息ついたのも束の間、
『表に出ろぉ~!』
怒号と共に、ドアが荒々しく開かれた。
次回更新は金曜日予定です。