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コピー魔法使いのローファンタジー  作者: 春花
四人、それぞれの問題
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更なる面倒ごと

 天見を襲った男は、人気のない草原に転がりながら着地した。苦しげな表情で右脇腹を押さえ、握った拳を震わせる。


「失礼します」


 着地の前に男の背から飛び降りた猫は、前足で器用に男の服をめくり、ひどく赤くなっている箇所を舐める。


 すると、男の表情から徐々に力が抜け、詰めていた息を緩やかに吐き出す。


「…………まるで、スタンガンを押し当てられたようだったね。口を閉じていなければ悲鳴を我慢できなかったよ」


「打撃のダメージは?」


「それは全くないね。驚くほど貧弱な一撃だったよ」


 猫が男から離れると、男の肌は綺麗な肌色に戻っていた。


 痛みと痺れが消えた男は上体を起こし、草むらの上に座る。


「奴が使った魔法は、ホントに一番威力が弱い魔法なのか?」


「間違いありません。彼は光の鳥以外は一貫して脆弱な魔法を使っていました。あなたがそれほどのダメージを受けたのは、あなたに魔法耐性がないせいです」


「それは分かるね。でも、ならどうしてあいつは俺の魔法を破壊できたね?」


 男は天見が真なる闇の球体(グノーシスダーク)を破壊したのに納得がいっていない様子だ。


「おそらくですが、何か工夫したのでしょう」


「工夫?」


「そうです。魔法は工夫を施すことで威力や特性などを上げることができます。たとえば剣に付与することで物理攻撃力を上げたり、矢として弓で放って速度を上げたり」


「そんなこともできるのね」


 軽く驚いた男は、


「俺の知識欲が刺激されるね。意外と奥が深くてよかったよ。少しは退屈が紛らわせそうね」


 興味深げな笑みを浮かべて、腰を上げた。


「調べてみるか」


 そう言って、男は猫を伴ってクレッセントの町へと向かった。



 放課後に校舎の一階にある情報室、ならびに廊下の一部を滅茶苦茶にした人物として天見の名前が挙がった時、学園の先生達は「またか」と思った。


 ここ最近、何か騒ぎがあると天見が関わっている率が高く、すっかり彼はトラブルメーカーと認識されてしまっていた。


「水鏡は本当に話題に事欠かないな」


 一年C組の担任は、天見を引きつれて廊下を進む。天見が学園に来てから担任のため息の回数は爆発的に増え、心労は毎日のように積み上がっていく。冗談ではなく、一月で遠目にも白髪があると分かるようになってしまった(まだ三十代半ばなのに)。


 天見は自分のせいではないと思いつつも、担任に迷惑をかけてしまっているのは分かっているので、不憫な思いもあって何も言わない。


「じゃ、あとは理事長に任せるから、失礼のないようにな」


 理事長室のドアの前に来て、担任は天見を残して廊下を戻っていく。その後ろ姿を見送ると、ガックリと肩が落ちて背中が丸まっていた。


「リフレッシュが必要ね」


 ピョコっと、天見の頭で起き上がったベリメスの言葉に、


「ストレス解消に魔法でも使えばいいのに」


「魔法を使うだけでストレスがなくなるのは、あなたぐらいのものです」


 付き添っているシャロンが、呆れた調子でツッコむ。


「それより、早く理事長に事の詳細をお伝えしましょう。私も教会に戻りたいですし」


「そうですね」


 天見がドアをノックし、中から許可が出て入室する。


「不可解だ。私がいなくなって十分かそこらで、なぜ騒ぎを起こせる」


 押し殺した低めの声から察せられる――無表情のお怒りのファイナが迎えてくれた。


「いや~、ま~た命を狙われちゃって」


 頬を引きつらせながら、ファイナの怒りを何とか和らげようと、天見がかる~い感じで後頭部をかきながら言った。


 すると、ファイナは天見の右肩に手を叩き乗せ、力一杯握りこんだ。


「ふざけているのか」


「ごめんごめんごめんごめんごめん、ホンットゴメン!」


 天見が口早に謝るとファイナはパッと手を放して腕組みし、背中を向ける。


「ファイナちゃん。心配だったからってそれはないわよ。まずは無事だったのを喜ばないと」


 と、声を出してきたのは、部屋の奥で立派な椅子に座る理事長、リコリス=グリューテイルだ。


 リコリスはファイナと同じ長い濃紺の髪で、彼女の祖母なのだが、幼女にしか見えない容姿でフリルのついたドレスを着ている。


 ファイナはリコリスの軽い口調に一切の変化を見せず、


「別に心配などしていません。水鏡がしぶといのは知っていますし……なにより、私が選んだ私の『連理の枝』ですから」


「あら~、信頼しているのね?」


「はい。自分の目を」


 その答えに、リコリスはガックリとしてしまう。『連理の枝』ができて少しは相手のことも考えられるようになってきたようだが、まだまだだと祖母として残念に思った。


「あの~、報告の方ですけど……」


 控えめなシャロンの声で、全員気を取り直した。



 一連の話を聞いて(天見とシャロンが秘技を使ったことは隠した)、リコリスは椅子を回転させながら考えを巡らす(考えをまとめる時の癖なのだ)。


 ファイナはというと腕組みをしながら、


「まったく、なぜ水鏡はいつも唐突に命を狙われるのだ」


「予告状をもらっても反応に困るわよ」


「悪いことばかりでもない。良い方向に考えれば、魔法が向こうからやってくるってことだろ。命を狙った俺に魔法をコピーされて返り討ちにあって、誰が著作権委員に泣きつけるんだよ」


「なぜ、命を狙われてポジティブな意見が出て来るのでしょうか」


 世界中の誰に聞いても、天見と同じ意見は出てこないだろうとファイナは思いつつ、


「それで、本当に相手にも命を狙われる理由にも心当たりはないのだな?」


 念を押すように深紅の瞳でジッと天見を見る。


 天見はその物理的に押される感がする眼力にやられながら、


「ホントだって。口ぶりからして俺を悪魔と勘違いしているわけじゃなさそうだったし」


 シャロンはすかさずサッと顔を背ける。何を隠そう、天見を悪魔と勘違いして殺そうとしたのが彼女なのだ。


「俺を殺したら利になるとかって言ってたから、あいつと俺に直接の関係はなくって」


「天見を殺したい誰かがあの子に頼んで、あの子は成功報酬を受け取れるって考えられるわね」


「……利、か。確かに水鏡と因縁がなく殺して終わりなら、得られるものといったらそのリクレスポロの指輪ぐらいだからな。高価ではあるが、殺人を犯してまで盗りたいものとは考えにくい」


 天見の左手にある指輪の青い石は『リクレスポロ』というもので、大気中の〈粒子〉を集める働きがある。それによって、体内に〈粒子〉を持たない日本人の天見でも曲がりなりに魔法使いを出来るのだ。


「つまり、先程の方は殺し屋みたいなもので、水鏡さんはやっぱり誰かに強い恨みを買っている。ということですか?」


「そう言えば水鏡はこの学園に来るまで著作権のことを知らなかったな。おそらくそのせいで過去に、無神経にどこかのオリジナルの恨みを激しく買ったのではないのか?」


「いや~、それはないかな」


 天見がこの学園に来る前は異世界の日本にいたのだ。この世界の人から恨まれるわけがない。ただ、天見が異世界人ということはベリメスとの約束で内緒なので、『連理の枝』であるファイナも知らない。


「殺し屋ね~。そういうタイプの子には見えなかったけど。あんな暴れ回って人目を引く殺し屋なんているのかしら?」


「確かに不可解な相手だ。特に気になるのは、魔法を使うのに文言も発言も使用していない点が気になる」


「真なる闇の球体(グノーシスダーク)と思われる魔法を使ったことから、相手は『常闇の奥にひそみし者』の関係者か……もしかしたらピーコーかもしれませんね」


「よし、分かったわ」


 と、リコリスが椅子の回転を止めて手を打つ。


「生徒の安全を守るのも私の仕事よ。部外者なんかに好き勝手にはさせないわ。とりあえず警備体制を強化するわね。水鏡君だけを狙っているのかもしれないけど、今回の暴れ方を見ると周りにも被害が出そうだし……寮の方は職員に警戒してもらって、学園の方は都警に協力してもらうわ」


「と、都警に」


 思わず、天見は言葉を繰り返した。


「どうかした?」


「いえ、何でも」


 天見とベリメスの脳内に「ガハハハ」と豪快に笑う人物が思い返されたが、頭を振って消した。まさかピンポイントであの人が来るわけがない、と。


「というわけで、そっちのことはもう何の心配もいらないわ。水鏡君は大船に乗ってスイートルームでグッスリと眠っていてちょうだい!」


 リコリンのニッコリ笑顔で胸を叩く仕草に同調し、ファイナも深く大きく頷き、


「パートナーをみすみすやられるわけにはいかない。念のため『双爆輪唱』の許可を限定的に出しておく。またそいつが現れた場合は遠慮なく使え」


 とても心強いのだが、「とても」が過ぎると感じた天見は、


「……………………気のせいか? な~んか、いや~な予感がするんだけど」


 天見に突っ込まれ、リコリスとファイナの背後に大きく「ギクッ」と大きな擬音が現れた。


「……やっぱり水鏡君は察しがいいわね」


「不可解だ。水鏡はどうしてそれほど他人の気配に敏感なのだ」


 案の定と、天見は額に手をやってため息をつく。


「で、なに? ファイナが理事長室に呼ばれたことと関係があるのか?」


 そこまで察しがついているならと、ファイナは端的に伝える。


「私の親戚がくる」


「え」


 正直に、天見の顔が嫌そうに歪んだ。


 コピー魔法は邪法とまで言われ、コピー魔法使いは「ピーコー」呼ばわりされるほどの評判の悪さ。『コーピストレス』というコピー魔法を扱う堕落の悪魔までいて、コピー魔法使いに対する世間のイメージは最悪に近い。


 だから、天見は『連理の枝』の本家本元であるグリューテイルの娘、ファイナとはパートナーになりたくなかったのだ。絶対に彼女の親戚から何か言われることが目に見えていたからだ。だが、色々あって結局は『連理の枝』になった。


 そして、ついに恐れていた時が来たのだ。露骨に態度に出てもしょうがない。


「いつ?」


 ベリメスの疑問にリコリスは視線を外して半笑いで、人差し指を突っつきながら、


「今日来る予定なんだけど……」


 その時、リコリスの声をかき消すように、ドバンッと理事長室の両開きのドアが猛々しく開いた。


 登場したのは、仕立ての良さそうなベージュのスーツを着た四十代ほどの男性だった。


 黒髪をオールバックにし、鼻の下に黒いヒゲがあり、表情は硬い。体格はマッチョというほどではないが、鍛えられガッシリとしている。


 天見の第一印象は『規律にうるさそうな軍人』だった。


 男性はキビキビとした歩みでファイナと天見の所までやってくると止まって、まずはリコリスに一礼する。


「お久しぶりです。リコリス伯――」


 男性の挨拶の途中で、リコリスがわざとらしく咳払いをする。


「お久しぶりです。リコリス姉さん」


 天見とベリメスとシャロンの三人は、口に出さず心の中で「言い直させた」と呟いた。


「久しぶり。元気そうで何よりだわ、リュートハルト」


 返礼を受けて、リュートハルトは体を起こす。


「それでは、お邪魔のようなので私はこれで」


 ここしかないというタイミングを逃さず、シャロンは会釈をしつつすでにドアへと移動している。ファイナ達はそれを見送り、天見は「せめてそばにいてくれ」と目で訴えるが、シャロンの目が「借りは先程返しました」と拒否していた。


 シャロンが出て行くまで熱い視線を送っていた天見の肩にファイナの手が置かれて、グッと引き寄せられてリュートハルトと向き合わされる。


「水鏡。この方はリコリンの妹の息子で、リュートハルト=グリューテイルだ。おじ上。こちらが私の『連理の枝』の水鏡天見です」


 紹介を受け、リュートハルトが無言で手を出してきたので天見も手を出して握手する。


 天見はグッと握られた手とグッと掴まれている肩が潰されるんじゃないかと思いながらも、強張った笑顔は崩さなかった。


 そして、気がすんだのか二人同時に手を放した。天見は痛みに無言で涙を流しつつ、間違いなくこの二人は親族だと感じていた。


「失望したぞ、ファイナ」


 低く野太い声に、ファイナは身を固くした。


「『連理の枝』は敵の向こうにパートナーを置く。ともすれば、敵と一緒にパートナーも吹っ飛ばす恐れがある。躊躇や手加減があっては『連理の枝』の秘技は成功せん」


「心得ています」


「ならばなぜ! 恋愛感情を優先してパートナーを決めた!」


 瞬間的に激昂したリュートハルトの言葉に、全員目を丸くした。


 キョトンとした周囲を置いてけぼりにして、カンカンに怒っているリュートハルトは言い募る。


「『連理の枝』として苦楽を共にし、恋仲になるのは美しいことだと私も思う。だが、好いた相手をパートナーにするのはいかん! 相手を傷つけないよう無意識に手加減する悪癖がついてしまうし、相手に見られる自分を意識して練習にも身が入らない! 思春期の青臭い奴らがよく陥る失敗を、まさかおまえまでするとは思わなかったぞ、嘆かわしい!」


 ここまで強気な勘違いもないと全員が戸惑っている中、天見の頭の上でぴょこんとベリメスが顔を出し、


「あなた、天見のこと好きなの?」


 悪い笑みでファイナに尋ねる。


 すかさずファイナは天見の肩に手をやって、力を込める。


「俺が言ったんじゃないだろ!」


 まったくもって理不尽な行動に、天見は悲鳴に近い抗議を上げた。


 表面的には動揺の欠片もない無表情のファイナは、天見からパッと手を放してリュートハルトと正面から向き合う。女性にしては身長が高めのファイナだが相手はさらに背が高く、少し見上げる形になる。


「私は恋愛感情を理由にしてパートナーにしたわけではありません。ですから、彼に向かって魔法を放つことに、いささかの躊躇も遠慮もありません」


 その発言に心底驚いたように、リュートハルトは大きく口を開けた。


「……恋愛感情では、ないと言うのか……」


 コクリとファイナと天見が同時に頷く。


「ならば、どうしてコピー魔法使いを『連理の枝』にするなどという異常な行動に出たのだ?」


 本気で分からないという様子で尋ねてきた。


「水鏡が私の魔法を完璧にコピーできるからです」


「そんなことはありえん」


 キッパリとリュートハルトが否定した。


「ガジェットが開発され、魔法はチップに入れるデータと自己負担するものとに分けられた。オリジナルの協力無くして完璧に魔法をコピーすることはできん…………はっ! もしかして『連理の枝』にもなっていない相手に魔法を教えるという、奔放な行動をとったのではないだろうな、はしたない!」


「そんな不埒な真似はしません!」


 ファイナが強めの口調で否定したが、天見とベリメスは何が不埒なことなのか分からなかった。しかし、その疑問を口に出すこともはばかれるほど、二人の言い合いがヒートアップしていった。


「大体にして、『連理の枝』になった二人はお互いにオリジナルの魔法を教え合う! お互いの大事なものを差し出して信用と信頼を育むのだ! コピー魔法使いから何の魔法を教わったというのだ!」


「新たな魔法は教わらずとも、水鏡から教わったことは少なからずあります。ですから、教え合う魔法を介さずとも、水鏡のことはそれなりに信用しています」


「自分ではない! 『連理の枝』には相手が自分を信用・信頼しているという確証が必要なのだ! でなければ、思いきりよく行動することはできん! その男がおまえと同じ信用を向けていると、どうして言える!」


 理由を問われて、ファイナはすぐさま答えられずリュートハルトに攻め込む隙を与えてしまった。


「オリジナルの魔法を相手に与えるということは、相手がその魔法を正しく使うと信じるという証拠! そして、相手の魔法を持っておくことは、万が一の裏切りを防止するための人質のようなもの! そういう明確な理由を安心材料に持ってスタートし、強固な信頼関係を築いていくのだ! 相手の魔法を持っていないだと? それは一方的に搾取されているだけだ! 大方その男は、グリューテイルの名を利用しようと近づいて――」


「待ってください」


 リュートハルトの熱弁をファイナは遮って、


「それだけは違うと、私は断言します」


 確固たる思いを口にした。


 深紅の視線の強さ。それを感じてリュートハルトは口を閉じて睨み返す。


 年齢を重ねた気迫ある視線と若く勢いのある視線がぶつかり合って、両者一歩も退かない。


 その様子を見ていた天見は、


「ちょっといいですか?」


 緊張した場に手を上げて割って入った。


 そして、飛んでくる両者の視線の矢。もし視線の矢が実体化していたら即死だったなと天見は思いながら、


「早い話、俺とファイナが『連理の枝』としてやっていけるわけがないと、おっしゃるのですよね?」


「その通りだ」


「なら、俺とファイナが『連理の枝』としてやっていけるのかを確かめてください。方法はあなたが決めていいですよ。何でも挑戦させていだだきます」


「『連理の枝』になりたてのピーコーが何を!」


 リュートハルトの激昂に対し、


「根拠のない自信ならあります。騒ぐだけ騒いでファイナの考えが翻ると思って来ていたのでしたら、出直した方がいいですよ。あまりにも考え無しです。ファイナの覚悟を侮り過ぎですよ」


 という挑発めいた言葉をファイナの背後に隠れて言った。


「……水鏡、誰かにケンカを売った経験は」


「素面だとゼロ」


 嘆息したファイナはスッとさらに一歩前に出る。気負いなく一歩前に出てこられ、リュートハルトは虚をつかれ、反応できなかった。


「能書を並べ立てていないで、さっさと本題を言ってください。それとも、おじ上は女子のようにおしゃべりがお好みで?」


 激しい衝撃音が上がり、部屋が揺れたかのようだった。リュートハルトが二人に接近するために上げた足が床を打った衝撃だ。


「元より、ピーコーに『連理の枝』が務まるはずがないと分かりやすく教えようと思っていた。こちらが用意した者と戦ってもらう。もしこちらが負けたら、貴様らのことをひとまず認めてやろう。だが、そちらが負けたら潔く『連理の枝』を解消してもらうからな!」


「それだけ伝えるために随分と長い前置きでしたね。次回はおじ上が好まれるようなお茶とお菓子を用意し、お茶会でもしつつお話しましょうか」


 頭に血が上って顔を真っ赤にしたリュートハルトだったが、言いたい言葉を呑みこみ大股でドアへ向かい、


「追って連絡する!」


 来る時以上の荒々しさで退室した。


「ファイナちゃん。いきなり強気に出たわね」


「別に……水鏡があまりにも情けなかったので」


「野太い大声の人が苦手なんだよ」


 リコリスは笑いながら思った。退きたくない場所からさらに一歩踏み出せたのは天見がいたからだということに、ファイナ自身は気づいていないんだろうなと。


(やっぱり、水鏡君は『連理の枝』に向いているわね)


 ファイナと天見の様子を見て、リコリスはしみじみとそう思った。


「ところで、本当に『連理の枝』がオリジナルの魔法を教え合うのって、あの人が言ったように打算的な信頼関係をまず作るためなんですか?」


 尋ねられ、リコリスは「う~ん」と少し難しそうな顔でうなり、


「そういった意見も否定はしないわ。でも、私はキッカケだと思っている」


 どちらかというと、リコリスはファイナの方を見ながら、


「『連理の枝』になったばかりの時、相手とどうやって接していいのかわからない人がほとんどよ。オリジナルの魔法を教え合いなさいって言うのは、コミュニケーションのキッカケ。オリジナルの魔法には、その人の考えや今までの努力が込められている。相手のことを知ろうと思ったら、オリジナルの魔法ほど参考になるものはないわ」


 話しを聞いて、自分が天見と話そうと思ったキッカケもオリジナルの魔法だったと、ファイナは思い出した。


「二人も時間がある時に『双爆輪唱』について話し合ったら? きっと、実があると思うわよ」


 言われて、天見とファイナは顔を見合わせた。


 そして話も終わって退室しようとした時に、ファイナは「まだちょっとリコリンと話すことがある」と言って、残った。


 部屋に二人きりになって、ファイナは右手を左肘にやって俯き加減で、


「……自信がないわけではありません。ただ、不安もあります。リュートハルトおじ上に水鏡が私のことを信用しているとどうして言えると聞かれた時、私は答えることができなかった。私は、水鏡のことを何となく信用しています。ですが、水鏡は私のことを信用してくれているでしょうか」


「私の答えが水鏡君の答えになるの? 聞く相手が違うんじゃないかしら」


 ズバリ言われて、ファイナは言葉もないと影を背負って押し黙った。


 リコリスはその様子を見て嘆息し、机の引き出しからあるものを取り出した。


「ファイナちゃん。遅れたけど『連理の枝』になったお祝いをあげるわ。こういうの好きでしょ」


 差し出してくるものを受け取るため、ファイナはリコリスに近づく。


「随分と古い本ですね」


 装丁は修復されているも、カバーできないほどの古さが見える本だった。


 受け取って、表題が読めなかったからページをめくると、絵図と一緒に説明文が載っていた。それでファイナはすぐにこの本が何か分かった。


「『悪魔事典』ならば、もう持っていますよ」


「いいからいいから。水鏡君のことを知るだけじゃなく、あなたはコピー魔法使いについても知らなきゃいけないんだから」


 そして、リコリスは仕事を理由にしてファイナを追い出した。


 いつもなら自分が退室するのを引き留めようとするのに……余程急ぎの仕事でもあるのかと思って、ファイナは手の中の『悪魔事典』を見下ろす。


 これだけ古い本ならば、入手するどころか見つけるのも大変だろう。その労力を思うと素直に嬉しい。


 せっかくだから昔はどういう風に書かれていたのだろうと、ある悪魔を見つけようとページをめくっていく。


 そして、見つけられずに最後のページまでいってしまった。奥付を見ると、なんと百五十年前の本だった。


「コーピストレスのページがない?」


 その時のファイナは不思議に思っただけだった。しかし彼女が「ない」ことが重要だと気づいた時、コピー魔法使いの暗黒の歴史を知ることになる。

 キリのいい所までと思ったら、また長くなった。親戚がやってきたところで切るつもりだったのにな~。ファイナの(無自覚な)成長を載せたかった。

 さてさて、今回のラストでもあおっていますが、第二部の目的はコピー魔法使いを語りたいのです。何も行き当たりばったりで「魔法に著作権がかかっている」って作ったわけじゃありませんから。ただ、それを話の流れで上手いこと説明できるかどうか、まだそこまで話が進んでいないので不安です。

 次回は燕のターンです。彼女が著作権法を厳守しようとする動機の一端が分かります。

 次回の更新は金曜日です。お待ちください。

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