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コピー魔法使いのローファンタジー  作者: 春花
コピー魔法使いのローファンタジー、コピーVSハッカー
26/100

プロローグ

 第二部開始!

「五秒! 足止めしなさい! その間に私が相手のアクセス先を洗い出す!」


 指示を出しながら、彼女のキーボードを叩くスピードは全く遅くならない。しかし、彼女の周りで処理に奔走される職員達は、穴ぼこだらけになったシステムを維持するのに手一杯で、彼女の助力に回ることができない。


「くっ!」


 彼女は悔しげに苛立つ。


 相手を追う戦力が足りない。いっそのこと、相手が自分の方にいれば相手を捕まえられるのにと、訳の分からないことまで考えてしまう。


 彼女が相手の尻尾を掴む前に、相手は全ての痕跡を消して見事に逃げおおせた。それが相手と彼女との決定的なレベル差だった。


 黒いミニスカートにワイシャツの上に白衣を着ている彼女は、少女といえるほどの若さで、周りが大人ばかりの部屋では異色な存在だった。


 幼い顔立ちにグレイの長めの髪で、前髪は目にかからないようにヘアピンでまとめている。そして、目は機嫌が悪く座っていて、疲れからか寝不足からかうっすらとクマが出来ている。


 彼女は凝視していた画面から顔を上げ、目を閉じて天井を仰いだ。


 ずっと見開いていた眼球が痛い。自然と涙が出てきたのはそのせいだ。


 白衣のポケットからハンカチを取り出し、目元に乗せる。


 相手を迎え撃つ準備は万端だった。何重もあるセキュリティーは前回とあえて変えず、相手がデータバンクに触れた瞬間、相手が開けてきた道は閉じ、変質し、逃げ場を失わせる。はずだった。


 しかし、いつの間にか侵入してデータバンクに触れた相手は、彼女達が大勢を整えるわずかの時間で数名の魔法データを盗り、わざわざ変質したデータに挑んでいった。


 そして驚くほどの速さで解き、さらに彼女達が追ってこられないよう自己崩壊プログラムをデータバンクに放った。


 職員に崩壊プログラムを処理するのは荷が重かった。仕方なく、彼女は相手の追跡を止めて処理にかかった。その様子を相手が逃げながら見ていたのも腹立たしい。まるで、彼女達のレベルがどの程度か見てやる、といった感じだ。


 鉄壁のセキュリティーを保ち、今まで何人の侵入も許してこなかった著作権紛争解決斡旋委員会の壁が、たった一人を相手に三度も破られている。


 しかも、相手は確実に遊んでいる。相手がその気なら、彼女達が一番油断していた最初の侵入で、データバンクを丸裸にすることもできたのだ。


 そしてそうなれば、何十万もの魔法データが流出し、システムはダウンせざるをえなくなり、社会は大混乱に陥っただろう。下手をすれば、著作権制度の崩壊もありえた。


 そんな事態にするわけにはいかない。相手の確保は早急に達成されなければいけない。


「委員長」


 彼女に声をかけてきた職員に、彼女は目を休ませたまま返事をした。


「なによ」


「最近出回っている違法チップの中で、特に出来が良いと思われるもののリストアップが終わりました」


「現実で追いかける方はそっちに任せるわよ」


「そうは申されましても……」


「そういう訳にはもういかない」


 聞こえてきた低い声に舌打ちし、彼女はハンカチを取っ払って背もたれに預けていた体を起こす。


 困った顔をして立つ職員の隣に、スーツ姿の男が立っていた。


 理知的な顔立ちの細身の男で、メガネの奥にある細い目は神経質そうだ。


 高圧的な視線を、彼女は真っ向から睨み返す。


「キミには動いてもらう。文字通りの意味で、だ」


「はぁ? ふざけんなよ。私がここを動いたら相手に好き放題されるだろうが」


 二回り以上も歳が違う相手に、彼女は荒い言葉遣いで話す。だが、相手の男はその態度を気にした様子もなく、


「もちろん、しっかりと守りを固めた上で、だ。数日ならば、外部からのアクセスを禁止してもよいとのことだ。ネットワーク上の鬼ごっこは終わりだ。向こうの勝ち。キミの負けだ」


 視線の力だけで殺しかねないほどの目つきで彼女は男を睨むが、言い返せない。男の言う通り、三回のやり合いで彼女は完璧に負けている。


「キミの勝ち目があるのは現実だ。多くの人がキミに協力する」


「はい」とも「いや」とも言わない彼女に、男は冷ややかな視線を向ける。


「できないかね?」


「できないなんて、誰が言った」


 天才と言われ、若くして著作権紛争斡旋委員会の委員長の一人となり、データバンクを仕切っていた技術屋としてのプライドから、「できない」なんて言葉、彼女は持っていなかった。


「けっこう。キミがただ負け続けた無能でないことを祈るよ」


 男は姿勢の良い背中を向け、キビキビとした足取りで部屋を出て行った。


 男が出て行ったドアに向けて彼女は親指を下に向けたサインを出した後、終始黙っていた職員に視線をやる。


 視線の迫力にビクリと肩を跳ねらせた職員は、彼女が手を振っているのに気づいた。犬や猫にやるような「あっちいけ」のサインだったが、職員はそれに従ってさっさとそばを離れた。職員はむしろジェスチャーでよかったと思っている。声で命じられていたら、口汚く罵られるのに決まっている。


 彼女は気持ちを切り替えて、先程まで戦闘に使っていたのとは別の、左側にあるキーボードを操作する。そして、前にある六つの画面の内の一つに目を走らせる。


 送られてきた違法チップのデータが一覧で出る。


 めまいがしそうな量だ。それらを、彼女は憮然としたふくれっ面で眺める。


 彼女としては、こんなのを見たところで意味などないと思っている。相手はすでに何十人もの優秀な魔法使いの魔法を選りすぐって盗んでいるのだ。つまり、相手は完璧なデータを入ったチップが作成できる。


 どれほど上手く作られた違法チップでも、よくて四割程度。五割以上コピーしているものがあれば、直接チップからコピーされたり、古いコピーガードを使ってモザイク処理された文言を読み取られたりしたものだ。それはもう著作者側の作りが甘く、防犯意識が低いとしか言いようがない。


 だから、完璧なデータが入った違法チップなど稀も稀だ。そのまま売りさばけば、データバンクに侵入した犯人は自分だと言っているようなもの。


 相手はそこまでバカじゃない。売りさばいているとしても、足がつかないように適度にデータに穴を開け、二~四割程度に抑えているだろう。そんなの見分けられるものではない。相手のクセや特徴でも知っていれば別かもしれないが。


 ほとんど適当に目を滑らせつつ、彼女は頭の中で相手のことを考える。


(私が作ったプロテクトを破るなんて、バカげたほどの処理能力ね。ふざけんなって感じよ。いったいどこの誰だっつうの!)


 その時、彼女の目に一つのデータが留まった。その瞬間、彼女のこめかみに青筋が浮かび、出所の町名を確認し、


「クレッセントの町を調べろ!」


 怒声が上がり、室内にいる事後処理をしていた職員は残らず驚いた。


 ビックリしている職員に構わず、彼女はグレイの髪を苛立ちながら手荒にかく。


「ふざけやがって! 何よこの適当な穴あきだらけの『常闇の奥にひそみし者』のデータは! ふざけんじゃねえわよ! 大事な効果時間や特性の場所はバッチリ残して、威力をワザとらしく削って!? 祈りの言葉だけ削っている! 少し補修の知識があればすぐ埋まるじゃないのよ! バカにしやがって!」


 彼女はキッと視線を走らせ、先程報告に来た職員を見つけ、手近にあった消しゴムを投げつけた。


「こんなもん、すぐ気付けやぁ~!」


「す、すみません!」


「あ、あの~……と言うことは、あのピーコーはクレッセントの町に潜伏しているのでしょうか?」


 別の職員が荒ぶる彼女に恐る恐る聞くと、


「こんな分かりやすい挑発してるんだから、いるに決まってんでしょ! このバカ! ノータリン! 相手は自己主張が激しい自信家で、自分の相手ができるような奴はいないって周りを見下すような奴よ!」


 部屋にいる職員全員、「それはあなたも同じでは?」と思ったが、口には出さなかった。


 いきり立っていつの間にか立ち上がっていた彼女は、ドスンと勢いよく椅子に座りなおし、画面の一つに目を向ける。


 そこには相手から前回、彼女に向けて送りつけてきた文章があった。


 わざわざ自分宛てに。ケンカを売られたと彼女は思った。


 短い文章だが、そこには相手の仮の名前があった。


「ぜっ~てぇ~にそのツラ拝んでやるわよ、『ハッカー』!」


 そして、彼女は自分がこの場を離れても大丈夫なような今までにない頑強なプロテクトを作る作業に入った。


(目星はついた! クレッセントにいる、ほぼ完コピした魔法を使う奴が『ハッカー』に違いないわ!)


 まだ見ぬ相手に、彼女は敵愾心を激しく燃やした。



 足元にいる猫が運んできたものを、男は左腕につけた。


「随分と遅かったね」


「上質のデミリクレスポロが中々出来なかったのです」


 返答に、男は興味なさげに「あっそ」と答えた。無骨な装備でまったくもって気は進まなかったが、しょうがない。退屈が少しでも紛らわせればいいぐらいには思っている。


「へ、へへへへへ、相変わらずあんたはすごいな」


 後ろからの声に、男は肩越しに振り返る。狭い部屋のドアの所に、頭頂部がハゲた中年おやじが笑顔で立っていた。


 その笑顔は実に男の気分を害し、ゴミを見るような瞳をおやじに向ける。


「まさか、著作権委員のデータバンクから直接データを盗んでくるなんてな。隠しているが、あんたはさぞや名のあるピーコーなんだろ」


「何度言えばわかるね。俺はピーコーなんて訳の分からないものじゃないね」


 男は椅子から立ち上がる。目の前にはクリスタルと半円の大きなキーボードがある。ここ一月ほど遊びに使っていた道具だが、愛着はない。


 クリスタルに繋がっている球状の装置からチップを引き抜き、着ているジャケットを開けて空いている場所に入れる。たくさんのチップがジャケットの内側に並んでいた。


 男はおやじの方へ歩いて行き、その横を通り過ぎる。その足元に、猫が離れずついてくる。


「世話になったね。出て行く」


「な、なに!?」


 男のいきなりの言葉に、おやじは笑えるぐらい慌てふためいた。「待て!」と声をかけても男は止まらず、ドンドン進んでいく。


 と、その足が止まった。別におやじの言葉で止まったわけではない。出入り口を塞ぐようにチンピラ風の男達が立っていたからだ。


「大事な金づるのあんたに去られるわけにはいかねえ。違法チップを売りさばくグループも、出回っていない有名どころのチップを高値で買ってくれるんだ。あんたにだって悪い金額じゃない報酬を払っている。痛い目にあいたくなきゃ部屋に戻りな」


 陳腐な脅しだなと思いつつ、男はジャケットの内側からチップを一つ取り出し、先程もらった左腕のガジェットに入れる。


 それを見て周りのチンピラは体を固くしたが、その中の1人が、


「だ、大丈夫だ。いくら完璧なコピーチップでも使うには最低文言(カイスペル)発言(ブレイクワーズ)、それに相応の属性に染色された〈粒子〉が必要だ。奴はろくすっぽ外にもでねえし新聞も読んでねえ! 来たばかりの時なんて魔法の一つも使えず、何も知らなかったバカじゃねえか! プロの魔法を奴が使えるわけがねえ!」


 その言葉で気勢を取り戻したチンピラ達は手にナイフを持った。


 確かにこの近距離と魔法耐性を持つ魔法使いには、魔法より武器の方が効果的だなと、男は動揺した様子もなく考える。


「無問題。アクセス」


 男が言葉を発すると、左腕に装着しているコバルトブルーの流線型のガジェットから、淡く光るキーボードが現れ、男の指が滑るようにキーボードを叩いた。


 ガジェットに内蔵されている大きな(親指と人差し指で作る円ぐらいの)白い宝石が鳴動し、輝く〈粒子〉を集める。


「プロテクト解除」


 男の言葉に反応し、モザイク処理された文言(カイスペル)がガジェットの液晶から出現し、彼の周囲に展開される。


 まさか! と、チンピラ達に衝撃が走ったが、彼らが行動を起こすより早く、


「起動」


 男の周囲から雷撃が放たれた。それはチンピラ達を壁や地面に叩きつけ、さらに体を痺れさせた。


 呻き声すら上げられずに突っ伏すチンピラ達をまたぎながら、男は悠々とドアまで歩いて、


「俺はピーコーじゃない。ハッカーね」


 そう言い残して出て行った。


 チンピラと同じ様に雷撃を喰らって倒れているおやじの目の前で、火がついたランプが木の床に落ちて割れた。ランプの油に引火して、火はすぐに激しく燃えだす。消火しようにも、体が痺れてまったく動かなかった。



 男は変な臭いを感じて、ふと後ろを振り返った。


 さっきまでいた辺りから黒い煙が上がっているが、興味もなかったからすぐに体を前に戻す。


「おまえが言う相手を殺せば、俺は元の世界に還れるね?」


 男の周りに人はいない。しかし、独り言のようなその言葉に、足元から返答があった。


「ええ、我が女神はそう約束しています」


 彼の足下にいる背中に茶色模様がある白い猫が、人の言葉を流暢に話していた。だが、男は別段驚いた様子もなく、


「ふん、神なぞ気にくわないがいいだろう……代理戦争の、始まりね」

 新キャラ四人の登場。そして、第一部からの一番乗りがまさかの『常闇の奥にひそみし者』。まあ、本編に関わってくることはないでしょう。

 次回更新は金曜日です。ちゃんと主人公の水鏡天見が出てきます。第一部から一月ほど経過しています。学園の生活に慣れてきて、ファイナとのコミュもそれなりに上がっている?かも。

 次回予告! 平穏の学園生活を破るいきなりの襲撃! 天見を狙うのは誰だ!? そして天見を助けるのは意外なあの人!?

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