エピローグ
一通り完成したので、物語の紹介でもあるあらすじを編集しました。まあ、たいしては変わっていません。
天見が小さくなった〈柱〉に手をそえて『原初の光輪』を使うと、〈柱〉は大きな玉になり、温かく穏やかな光を放ちだした。ベリメスが言っていた通り、直視はできないが淡い光は目に優しい。
〈柱〉への供給を終え、天見はふつりと糸が切れたように倒れた。
慌てるファイナと燕を残して、ベリメスが瞬間移動で『双葉』の三〇四号室に天見を運んだ。監督官に頼んで医者に来てもらったところ、極度の疲労と診断された。
体力の無さをテンションで誤魔化していたが、目的を達成してドッと疲れを自覚したのだろう。天見はほぼ二日寝続けた。
天見の目が覚めたのは、周りの声が耳に入ってきたからだ。
「変じゃないだろうか?」
「それは服に関してですか~? それとも、その服を着ているグリューテイルさんに関してですか~? 服は変じゃないですけど、その服を着て看病しようとしているグリューテイルさんはすっごく変で~す」
「教本には普段と違う服装にグラッとくるとあるし、弱っている時に優しくするのが落とし時とあった。一石二鳥だと思うのだが」
「まず基礎編から読んでくださいよ~。っていうか、恥ずかしくないんですか~?」
「不可解なことを言うな。仕事着だろ? 何が恥ずかしいのだ?」
「まあ、あざといとしか思えないスカート丈かしらね」
天見はのっそりと起き上がった。まだ頭はぼんやりとして、半目の視界はシバシバする。
その視界の中に、差し出されたコップ。天見はカラカラの喉に気づいて、ありがたいと思いつつ受け取って一気に仰ぎ飲む。喉を潤した水が食道を通る感覚も分かる。徐々に体に染み渡っていき、コップを口から離した時にはシャッキリと頭が起きた。
「サンキュッ!?」
「どうした? 鶏の首を絞めたような声を出して」
空いたコップを受け取った無表情のファイナは、目を丸くしている天見のリアクションに首をひねる。
ファイナの服装はいつもの制服姿ではなく、白を基調にしたナース服だった。タイトなスカートは短めで、のぞく脚は眩しいものだった。
気恥ずかしがった天見が自然と顔を背けた先に、燕の目があった。いつものジト~っとした目ではなく、少々意外そうに「ほぉ~」とした様子の目だった。
「違う! 不意打ちだったからで!」
「いや~、何も言ってませんけど~」
「い~や! 燕のその目が言っていた!」
と、天見は頭に若干の重量を感じて、
「はいはい、寝起きで興奮しない。体で違和感がある所とかない?」
ベリメスに言われて、天見は改めて腕伸ばしや前屈をする。少し筋肉痛な所はあるが変に痛みを感じるような所はない。
「大丈夫……かな」
「よかった」
ベリメスに頭をポンポンっとされた後に撫でられた。
「水鏡さんって、ホントに体力ないですね~。それで倒れるってちょっと信じられませんよ~」
「魔法使いに力と体力がないのは伝統だろ」
「どこの伝統なんだ、それは」
呆れたようなため息をつきつつ、ファイナはコップを天見の勉強机に置く。その時、天見はそこに置かれていたものを目にした。
「その花は?」
「水鏡が倒れたと知って、屋上で助けてくれた者達からお見舞いの花だ。いつの間にあんな友達を作ったのだ?」
ファイナから贈り主を聞き、天見は顔をしかめる。
「鉢植えに、なんか意味あり気な白い花……」
病人やけが人に鉢植えを送るのは「根付く」から「寝付く」とされ、縁起のいいものではない。
「あ~、あの花ですか。確か花言葉は「のたうち回れ」で、根に毒がありますね~」
「少しは本音を隠せよ!」
「正直な子達ね~」
「何を騒いで……何て恰好をしているのですか!」
と、部屋にやってきた制服姿のシャロンはファイナの服装を見て仰天した。
「不可解だ。この服の何がそんなにおかしいのだ?」
何が変なのか分かっていないファイナは、自分の恰好を見下ろして首をひねる。
「とにかく、着替えてきたらどうですか~」
「ふむ。しかし、リコリンも看病するならコレだと貸してくれた手前……」
全員、なぜ理事長はそんな服を持っているのかとは思ったが、聞きたくないから黙っていた。
「いや、いいから。一応言っておくけど俺そういう恰好より、魔法使いっぽい恰好の方が好きだから」
言われて、効果が薄いなら仕方ないと、ファイナは着替えるためにシャロンの横を通って脱衣所に向かう。
静かになった部屋の中をシャロンは歩き、勉強机にリンゴが入ったカゴを置く。どうやら天見のお見舞いにきたようだ。
そして、机から椅子を引っ張ってきて、ベッドの傍らに腰掛ける。
申し訳なさそうに俯いているシャロンはためらいがちに口を開き、
「……大気中の〈粒子〉濃度が戻りました。どうやら、あなた達が言っていた通り〈核魔獣〉が頻出していたのは私のせいですね。ご迷惑をおかけしました」
目元を金髪で隠して、シャロンは深々と頭を下げた。
神妙な様子に天見は困り顔をするが、ベリメスは気にも留めず手をヒラヒラさせ、
「いいわよ、別に。知らずにやっていたんだし……幸い、取り返しのつかないことにはならなかったんだし」
「そうですよ~。『神の使徒』さん達も違法チップだと分かって使っていましたけど、〈核魔獣〉から町の人を守っていたことや、著作権法違反グループを捕まえたことなどを考慮されて厳しく怒られたわけじゃありませんし~」
シャロンは『神の使徒』を指揮していたが、彼女自身は違法チップを所持していなかったためあまり問題にされることはなかった。原因不明の〈核魔獣〉頻出については、彼女が原因だと思われることもなく、誰からも責められなかった。
誰にも責められなかった。それが殊更シャロンを悩ませた。
変に深刻にならないよう、ベリメスと燕はシャロンの重たさを軽い様子で吹き飛ばそうとするが、彼女の顔は俯いたままだ。
「…………分かりません。一体、私は何をやっていたのですか? どうして間違いを犯してしまったのですか? 無知だったから間違えたのですか? 私は、正しいことをしようとしていただけなのに……」
天見は腕を組んで悩んだ。
(これはまた……責めればいいのか励ませばいいのか……)
ベリメスと燕に視線をやると、二人ともどうすればいいのか困っている。
天見は後ろ髪をかきながら、
「う~ん……とりあえず基本的なことなんですけど……」
と、前置きした天見に反応して、シャロンが顔を上げる。
「悪いことをしたと思ったら謝るのが筋じゃないでしょうか」
「ほ~、水鏡は随分と立派なことを語るな」
その冷気がする声に、天見の肩がビクンッとはねた。
制服に着替えてきたファイナはツカツカと足早に天見に近づき、勢いよく彼の肩に手を置いて力を込める。
「それをふまえて、水鏡が私に言うべき言葉があるのではないのか」
「その節は、自分勝手にファイナを振り回して申し訳ありませんでした」
天見はベッドの上に正座をして、深々と頭を下げて謝罪した。
ファイナは腕を組み「仕方ない」と呟きながら嘆息し、
「広い心で許してやろう。その代わり、今度は私が水鏡を振り回すからな」
「さあ~、シャロン先輩。これを参考に謝ってみましょう~」
「え」
少し慌てふためくシャロン。責められたり、なじられたりするのは覚悟していたが、素直に謝ってみようと言われるとは思っていなかったようだ。
困惑していたシャロンだが、四人がジッと自分を見て、待っていることに気づいた。
…………シャロンは姿勢を正して、四人に頭を下げる。
「今回はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。そして、止めてくださってありがとうございました」
「ふむ。私としては大したことをしたつもりはない」
「著作権法を破ろうとする水鏡さんに比べれば、全然迷惑だなんて思いませんよ~」
「戦闘にシャロン先輩の魔法を使ったので、親告しないでくれるんなら全然気にしないでください」
「ちゃっかり釘を刺しているわよね、天見」
頭を下げていたシャロンは、思わず少し噴き出した。上げた顔はまだ晴れやかとは言えなかったが、それでも重たいものは消えたような苦笑だった。
「魔法を戦闘に使われたことでしたら少々覚えています。ですから提案があるのです。私の『平和の象徴』の使用権を水鏡さんに出します」
そのシャロンの提案に、ファイナと燕は仰天した。
著作者から使用権を出すということは、出典先さえちゃんと明らかにするならいつ使っても構わないということだ。ファイナの朱雀宝門流の魔法や、燕の明暗月夜流の魔法みたいなものだ。
オリジナルの魔法は自身を体現したもので、有名になれば自分の代名詞にも使われるものだ。それほどのものだから、簡単に使用権は出されるものではない。現に、ファイナだって天見に限定的にしか出していない。
「マジですか、シャロン先輩!」
信じられなくて燕はマジマジと丸い目で見るが、シャロンはハッキリと頷く。
「はい。その代わり水鏡さん、他の人の魔法を使うことを控えてください。私でしたらいつでも使ってもらって構いません。他の人には手を出さないでほしいのです」
「うわ~、その言い方。水鏡さんがすっごいゲス男に聞こえます~」
「って言われてもな~」
天見もちょっとそれを感じているのか、頬が少し赤くなっている。
「ちょっと待て。使用権をチラつかせて水鏡を私から遠ざけるつもりか」
ファイナが牽制気味に冷ややかな視線をシャロンに飛ばすと、彼女は慌てて手を振って、
「いえ、私はただ……」
「ふん、だが残念だったな。たとえ水鏡が他の魔法にうつつを抜かそうとも、最終的には『ファイナの魔法が最も優れている。パートナーに選んでもらって幸せだ。もうキミの魔法しか使わない』くらい言わせ、私の所に戻ってくると断言する。それぐらい私の魔法は優れている!」
「……なんか、天見が浮気者のダメ男みたく聞こえるわね」
ベリメスは頭に大きい汗をかいた。
とりあえず、天見が自分の意見を言おうとしたら、その前にとんでもない言葉がシャロンから飛び出した。
「……私の魔法は水鏡さんに大神の魔法より適した場面がある。とまで言われましたけど、それを越えるつもりですか?」
空気が割れた。
何やら不穏な気配がする。それは空気を読むのが苦手な燕でも感じ取って、顔に線が入っている。
何とかしようと、決死の覚悟で天見が口を開く。
「あ……っと~、ちょっと待った。え~……使用権を出してくれるのは嬉しいけど、シャロン先輩の魔法だけしか使っちゃダメっていうのは……ちょっと~……ファイナにも最初に言ったけど、コピーのストックが十三もあるのに、一人の魔法、一属性の魔法だけしか使えないなんて、物足りないからイヤなんですけど……」
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軋んだ音を立てて、ファイナの首がぎこちなく回り、赤い瞳がギョロッと動いて天見を見下ろした。
「ちょっと、待て、水鏡」
「え、な、なに?」
ファイナの背後から酷熱のオーラが噴き出してきた。その迫力に、天見は思わずどもった。
「今、何と、言った」
「いや、だから、物足りないからイヤだって」
ファイナの背後に、「ゴゴゴゴゴゴゴゴ」という擬音が浮かぶ。
天見の両肩にファイナの手が置かれ、あまりの力強さに骨が音を立てる。
「正確に言ってもらおうか……コピーのストックが十三もあるのに、一人の魔法、一属性の魔法だけしか使えないなんて物足りないからイヤ、だと…………私に不満は……」
「不満? なにそれ? あるわけないじゃん。むしろ、俺の方がファイナに釣り合わないだろ」
流れるような動作でファイナはガジェットにチップを入れ、凄まじいほどの早口で文言を唱えて、発言と共に輝く右拳を天見に叩きこんだ。
さすがのベリメスも反省の意味を込めて、焦げて気絶した状態で天見の回復を止め、しばらく放置した。
その間に、シャロンは部屋を後にしようとしていた。
「水鏡さんに使用権は出しておきます。伝えておいてください、燕」
「いいんですか~?」
見送りにドアまで来ている燕に、シャロンは頷き返した。
「私以上に魔法を理解して、信用し、褒めてくれたなんて著作者冥利に尽きます。水鏡さんなら大切に使ってくれると思いますから」
軽く頭を下げて、シャロンは部屋を出た。そして、ドアを閉めたところで、
「あの魔法のチップ、ある?」
ベリメスに声をかけられた。その声はいつもの温かいものではなく、事務的だ。
シャロンは足を止め、「あの」だけで何を言われているか分かり、俯いて顔を横に振る。
「…………ありません。創世の魔法のチップは気づいたらなくなっていました」
「あのチップ、あなたが作ったものじゃないわね」
「はい。あれは私が夢で天啓を受けて起きた時、枕元にあったのです……」
「昨日、後片付けをしようと思って〈柱〉に行ってきたわ。そしたら、どこを探しても銀の器が見つからなかった。あなた今、デミリクレスポロの製造方法、分かる?」
シャロンは俯いたまま頭を抱え、立っていられずに廊下に座り込む。そして、怯えたように体を震わせ、
「どうやって作っていたのか、分からないんです。誰かの声が聞こえていたような気がします。銀の器を撃った時も……でも、分かるんです。あの声は私の願いを叶える正しいことを教えてくれていた。それが、だから、怖いんです! 私自身が、望んで、世界を!」
フワッと、シャロンは何か温かく柔らかいものに包まれた。駆けた時に感じる清涼な風の心地よさが、興奮した心を冷まし、落ち着かせてくれた。
「あなたは優しい。でも、今回は少し間違えたわね。学生に分かりやすく言うと、宿題の答えを写させてあげたのよ。それじゃ相手の身につかない」
「……しゅく……だい……」
「天見に言わせれば人間一人の力なんて高々しれている。だから、助け合うことは必要なことよ。でも、答えを用意して押し付けちゃダメ。加減が難しいわね。助ける時も、相手の立場に立って考えてみなさい。何が、相手のためになるのか」
心地よさから、シャロンの意識が徐々に沈んでいく。
意識を手放す前に、シャロンは聞きたいことを聞いておきたいと思った。この人なら、教えてくれる気がする。
「水鏡さんは……悪魔、なんですか……」
「天見はコピー魔法使いよ」
聞いたシャロンは安らかな顔で目を閉じた。
もし、この場面を見ている人がいたなら、その人は自分の目を疑っただろう。
ライトグリーンの髪を一つにまとめた、純白の白いドレスを着た女性。でも、その人の姿は薄ボンヤリとしていて、淡く輝いていた。そこにいるのかどうか疑問に思うほど希薄だ。彼女はシャロンを抱えて立ち上がり、少し意識を集中させて、シャロンを自室のベッドの上に送った。
「身内が、迷惑をかけたわね」
そう言い残して、彼女は光の中に姿を消した。
焦げた天見が意識を取り戻すと、傍らの椅子にファイナが腕を組んで座っていた。
「水鏡、用事が終わったからあらためて言おう。私の『連理の枝』になれ」
ほとほとしつこいと、天見はため息をついて上体を起こし、袖口で顔をぬぐう。
「なんでそこまで俺に固執する? 同等の魔法が使えるからってだけじゃない気がするけど」
ファイナは押し黙る。だが、ここは誤魔化すのではなく、踏み込むべき所だと心象のファイナが当のファイナを奮い立たせる。
「わ……ゴホン」
意気込み過ぎて声が裏返ったのを、咳払いで誤魔化す。天見は聞こえなかったフリで、焦げた髪の毛を気にした。
「私の魔法はいつも褒められていた。すごい威力だ。これは『連理の枝』の秘技になった時の威力が楽しみだ、などと」
「まあ、そうだろうな」
「だが、私の魔法の威力がすごいのは工夫がされているからだ。爆発と衝撃が拡散しないようにし、一方向に向かうようにした。そういった細かい気配りも気づかず、ただ威力がすごいと言われても……心無いおべっかなど嬉しくない。というわけだ」
「ん?」
察しが悪い天見に、少しファイナはムッとしてぶっきら棒に、
「……だから、私も嬉しかったのだ! 水鏡に一目で工夫した所を褒められて!」
「え、そうだったの?」
軽いリアクション。
(もっとあるだろ! この私が、喜んでやったのを教えてやったのだぞ!)
だが、その苛立ちをおくびにも出さずにファイナは、
「著作者として、自分の作品を的確に褒められれば嬉しいのは、当然だ」
てっきり天見は、ファイナは同じ魔法を使えるから自分に興味を持ったのだと思っていた。だけど、実際は自分に興味を持った後に同じ魔法が使えたのを知ったのだ。それはけっこう嬉しかった。
「そっか」と思った天見は、
「一つ聞く。初めてのパートナーとずっと『連理の枝』じゃなければいけない、なんてことはないんだろ?」
「それは、まあ」
「じゃ、俺をファイナ=グリューテイルの『連理の枝』にしてくれ」
そう言われ、心象のファイナは頬を赤くし、当のファイナは「こいつ、やはり聞いていたな」と責めるような視線を天見に向ける。が、天見は素知らぬ顔で、
「ただし、俺を含めて世界中の奴がファイナのパートナーにコピー魔法使いは相応しくないと思っている。絶対に実力以外の所で何かを言われる。それがどれほど俺達を傷つけ、ファイナの家名を貶めることになるのか、実際に思い知るまでは付き合ってやる」
「……ふん。では、長い付き合いになるな」
ファイナが差し出してきた手を、天見は握り返した。
天見は笑って答えない。リコリスのことで怒ったファイナ。きっと『連理の枝』を解消しようとする話が出るのはそう遠くない。天見はそう確信する。
(なぜなら、何気にファイナは優しい奴だからだ)
「みっかがっみさ~ん! 杜若先生から使用料の金額が届いていますよ~!」
と、話が終わるのを狙いすましたかのように、燕が元気よく部屋に入ってきた。
「水鏡はもう使用料を全額免除している。私が受け取る」
天見との握手を終え、ファイナが燕の持つ茶封筒を受け取ろうと手を伸ばす。
「でも、どれだけ払ってもらうかは見ておいた方がいいと思いますよ~」
それもそうだと思い、天見は燕から茶封筒を受け取る。そして、封筒を開けて中の書類を取り出し、紙面の金額を数えていく。
「一、十、百、千、万、十……」
一旦顔を上げて天井を見上げる。そして、気を取り直して再び数える。
「一、十、百、千、万、十万……一〇九万八七五九ストン!?」
『ストン』というのがお金の単位で、価値は円と変わらない。つまり、日本円でも一〇九万円だ。
ファイナは驚いている天見の手から書類を引き抜き、
「ふむ。案外安かったな」
「杜若先生が頑張ったのと、天翔流も学生が学園内でやったことというので、大目に見てくれたんでしょうね~」
この二人のリアクションに、天見は絶句した様子だ。
ピンッときた燕は驚かすような声色で、
「悪質だと一件で最大で一〇〇〇万ストン要求されますよ~」
「え……え~っと~」
「気にしているのか、水鏡?」
ファイナは指でつまんだ書類をペラペラと簡単に扱っている。とてもではないが天見に、一〇九万ストンという金額が書かれた紙をあんな風には扱えない。
「……現実に数字で見ると、かなりダメージが」
「ですから言ったじゃないですか。著作権法違反はしないでくださいって~」
確かにその数字は天見の罪悪感を刺激したが、負けずに左拳を握り、
「……いや、俺はコピー魔法使いだ! コピー魔法使いの美学として、コピー魔法が必要な時は躊躇なく使う!」
「なら、著作権法違反しそうな時は私が止めますね~」
「水鏡は私の『連理の枝』だ。傷つけようとすることは許さない」
安楽椅子にゆったりと横になり、傍らのテーブルにある銀の器に盛られた果物から、ブドウの実を取って口に入れる女神。
その女神はそばに来た来訪者に気づき、少し驚きの表情を顔に作り出す。
その表情を見て、本来の姿になったベリメス――キベリアメスティは「わざとらしい」と顔をしかめる。
「旅と放浪の神であるあなたが天界にいるなんて珍しいわね、キベリアメスティ。今はわざわざ人間と同じ地平に立って、人間と暮らしているんですって? あなた自身の神格が下がるのは別にいいけど、神々の神性を下げるようなことはしないでよね」
「心配しなくても私の正体がバレることなんてないわ。モドリス」
モドリスと呼ばれた女神は、億劫そうに起き上がり、前にかかってきたピンクの髪を後ろに流す。
「名前は正確に言ってもらえるかしら。ま、敬称をつけるならいいけど」
「モドリス様」
簡単に敬称をつけて呼ぶキベリアメスティ。一瞬だが、モドリスの頬がひきつるのを見て、「勝った」と心の中で思った。
「あなたの正体がばれないなんてありえるかしら? あなたが選んだ人間があなたにかしずく姿を見たら、怪しむ人も出て来るんじゃない?」
「それこそ心配はないわよ。天見にとって神様は身近に感じるもの。神様を敬う気持ちは持っていても、平伏するだけの存在じゃないわ。その考え、私は気に入ったわ」
楽しそうに人間の個人名を言うキベリアメスティに、モドリスは嫌悪感を露わにする。
「信じられないほどの人間びいきね。人間と同じ地平に立つどころか、同等に見られても何とも思わないなんて」
「人間と神様に優劣なんてあるのかしらね……ま、いいわ。それより、人間界を放浪するのはおススメよ。楽しいし刺激的だし、何より異変を察知しやすい」
「あら、そう」
「知恵と美の神――いえ、この場合は謀略と嫉妬の神と言った方がいいかしら? 何か言うことは?」
「何も」
気だるげに嘆息するモドリス。キベリアメスティはチラッとそばにある果物が盛られた銀の器を見て「白々しい」と思うが、証拠もなしに追及すれば怪我をするのは自分だと分かっている。油断せず、踏み込めるギリギリの所を探っていく。
「キベリアメスティもフラフラするのは別にいいけど、仕事はしっかりしなさいよ。私なんて少し前まで、仕事の片手間に人間の「おねが~い」を叶えてあげていたんだから。良い神様、やっているでしょ?」
「きっとあなたのことだから一番簡単で、一番手っ取り早い方法を教えてあげたんでしょうね。そういうやり方、私は大っ嫌い」
「あなたが嫌いなのは私のやり方じゃなくて、私のあげたエサに考えることもなくむしゃぶりつく、さもしい人間の駄犬っぷりでしょ」
キベリアメスティは射殺せんばかりの鋭い視線をモドリスに向けるが、彼女は堪えた様子はない。
『原初の光輪』は修得しようとしたら才能があっても最短で数十年はかかる。それほどの魔法だからこそ、シャロンが劣化版とはいえ『原初の光輪』を使った時、裏に神様がいるのではとキベリアメスティは思った。そして、その神は人間を快く思っていないことも。
だから最初にモドリスの元に来たのだ。長い付き合いから、彼女が一番こういうことをしそうだとキベリアメスティは思った。
(何かの意図があったとしても、人間に完全な『原初の光輪』を使わせたくなかった。彼女らしいと言えば彼女らしいけど……)
キベリアメスティはモドリスに背中を向ける。
「もう帰るの?」
「ここには確認をしにきただけだから」
「何を確認しにきたのかは知らないけど、分かったの?」
キベリアメスティは肩越しに振り返り、モドリスの挑発的な笑顔を見返す。
「ええ、分かったわ。まだ何かが続いているってことが」
〈柱〉があった場所からなくなっていたのは銀の器だけではない。天見が砕いたデミリクレスポロの欠片が一つ残らず消えていた。
「もし、魔法世界を滅ぼそうとするつもりなら」
「あの世界を滅ぼす? とんでもない! アロゴス様が御創りになった世界を壊すわけないじゃない」
まったく身に覚えがないという驚きの表情をしているモドリスから視線を外し、キベリアメスティは光の中に姿を消した。
「世界は、ね」
薄く微笑んだモドリスは、静かに一人ごちた。
今回の話はこれで完結です。でも、魔法をデータにした以上やりたい対決があります。ですから、第二部も書きます。では、長編おおまか予告です。
「ピーコーじゃない。俺はハッカーだ」
「魔法のデータが流出すれば、社会は大混乱だ!」
「これは、代理戦争よ」
「君も知っているはずだ。ガジェットはコピー魔法使いを殺すために作られた兵器だ」
「まさか、『コーピストレス』は実在したのか」
「水鏡さ~ん、本気で斬りますよ」
「俺と魔法を引き離そうとする者は、誰であろうとも許さない!」
「もう魔法使いごっこは終わりだ」
「最古の魔法が最強? この世界のクリエイターの向上心の無さには呆れてモノが言えないな」
「人間ごときが、神の魔法を越えるつもり!」
「〝拡大〟コピースタート!」
っていう感じです。もちろん、まだ書いてないので変更される可能性が高いです。
ついでに、ちょっとした能力解説~。もう薄々わかっているとは思いますが、私の中で天見のコピーのベースはコピー機です。ベリメスが行った「中断」。印刷している時に中断するのはけっこう面倒なんですよね(まあ、中断するのは失敗に気づいた時が主なので、その直しが面倒なんですけど)。
次回のお話はプロットを練って、五十ページぐらい書き溜めたら載せ始めると思います。なるべく早く載せられるようにがんばります。ですから、次回更新は未定です。
ただ、長編ではなく短編は載せようかなって思います。
では、次回の長編『コピー魔法使いのローファンタジー、コピーVSハッカー』で。




