連理の枝
申し訳ない。キリがいい所までと思ったから、今回は少し長めです。
「比翼の鳥、連理の枝」……漢詩に出てくる言葉で、夫婦仲のよさを表してます。
リコリスの屋敷でファイナはメイドにお茶を用意させ、人払いをさせた広い部屋で、もうお茶菓子のクッキーを食べている燕の隣、天見の対面に座る。
「さて、納得のいく説明をしてもらおうか」
天見は淹れてもらった紅茶を一口飲んで、テーブルに置かれたソーサーに戻す。
「仕方ない。順を追って説明するぞ。俺もベリメスに聞いたことだけど……」
そう切り出した天見は、最近この地方で〈核魔獣〉が頻出している理由を話し出した。染色された〈粒子〉を無色の〈粒子〉に戻す働きをする、世界の循環の要となる〈柱〉が弱まっているため、染色された〈粒子〉が蓄積しやすくなっていると話すと、ファイナと燕は驚きを見せていた。
「信じられない。そんな話聞いたことがない」
「あなたの知っていることが世界の全てじゃないでしょ」
ベリメスに当然のことを指摘され、閉口したファイナは天見に視線を向ける。
「なぜこのベリメスはそんなことを知っているのだ?」
「ベリメスは〈粒子〉の集まりを感知できる。さっきも〈核魔獣〉の出現場所を事前に察知して移動しただろ。その能力があったからいち早く〈柱〉の異変に気づいたらしい」
天見の説明で一応は納得した様子のファイナに、ベリメスは「続けるわよ」と言って、
「驚くかもしれないけど、〈核魔獣〉の頻出自体は問題じゃないわ」
本当にファイナと燕は驚いた。頻出どころか昨日今日と連続して〈核魔獣〉が発生したのに、問題じゃない!?
また口を挟まれる気配を察して、ベリメスがジッとした視線で二人を椅子に押し止めた。
「このまま〈柱〉のエネルギーが減り、枯渇してしまうと本格的にマズイの。〈柱〉は何もこの地域にある一本だけじゃない。世界中に何百とあって繋がっているわ。だから一本消えて周囲の負担が増え、連鎖的に〈柱〉が消えていくような事態になったら…………魔法世界は滅亡するわ」
「えええ~!」
さすがのファイナも燕と同じ様に椅子を蹴飛ばして立ち上がった。ベリメスは「落ち着きなさい」と言ったが、二人は立ったまま座らない。
「もちろん。そんな事態にならないよう、本来〈柱〉は一つが消えても周りが補えるように作られているわ。でも、起こらないことに越したことはない。それに今回は人為的なことよ。どんなイレギュラーが起こるか分からないし」
「人為的?」
ファイナの無表情からはよく分からないが、視線をさ迷わせて天見とベリメスの間を行き来しているのを見れば、立て続けの情報に混乱しているのは分かった。
「ベリメスが言うには、〈柱〉が自然とここまで衰えたことはないそうだ。だから誰かが何かをやっているらしい」
「肝心なことが何も分かっていないじゃないか」
「だから、俺はそれを調べるのに忙しいんだ」
「あの~、それでどうして水鏡さんが創世の魔法を使えることに繋がるんですかぁ~?」
燕の質問で、ファイナもそれを思い出した。そう言えばこの話の最初は、天見が悪魔かどうか確認するためのものだったはずだ。
二人はジィ~っと天見とベリメスを凝視する。忘れてないからちゃんと言うわよ。とばかりに、ベリメスはヒラヒラと手を動かしてから、
「あなたには言ったわよね。天見にはとある魔法を使ってもらうためにコピー魔法使いになってもらったって」
燕はポカーンっとした後、ハッと著作権法を教えた時のことを思い出して頷く。
「〈柱〉のエネルギーを補充するには、『原初の光輪』を使わないといけないの。でも修得しようと思ったら飛び抜けた光属性のセンスを持つ人が数十年修行してどうにかなるかならないか、というレベルの魔法よ。とてもじゃないけどそんな時間はない。だから、コピーという手法をとったのよ。見ただけで使えるようになるから」
見ただけで使える……大神の伝説の魔法を。
最早理解できる常識の範囲外過ぎて、二人は驚くこともできずに「あ、そうなの」と呟いて、倒れた椅子を直して座った。
「そういうちゃんとした理由があるんだ。別に神様にケンカを売ろうとも思わない。だから俺は悪魔じゃないし、コーピストレスとも無関係だ」
「そうですか~。このお茶おいしいですね~」
燕は紅茶を一口飲み、「ほふ~」と一息ついた。
ファイナも静かに紅茶を飲む。
悪魔じゃないことを信じたというより、空想話を聞き流したというような二人の態度に天見は複雑なものを感じたが、
(まあね、いきなり世界の滅亡とか神様とか悪魔とか言われてもな~。騒がれて「悪魔覚悟!」とかって襲われるよりいいか)
あっさりと切り替えて、紅茶に口をつける。
「ちなみに誰からコピーしたのだ?」
ファイナの何気ない質問に、
「そんなの秘密で内緒のトップシークレットに決まっているでしょ。この話だって、天見以外にするつもりはなかったんだから」
半分に割ったクッキーを食べながら、ベリメスが答えた。
「なぜだ?」
「あなた達だって今の話を全て信じたわけじゃないでしょ?」
ハッキリと答えなかったが、ファイナは顔を隠すようにカップを傾けて紅茶を飲み、燕はにへらっと笑う。
「転入初日の檀上で「この世界は今やばいです!」って言ったら、俺の方がやばい人扱いされるって」
「十分変な人だな~って思いましたけどね~」
初日の壇上で興奮し、鼻血を出して倒れた天見は渋い顔をして紅茶を飲んだ。
「信じてもらっても大混乱するかもしれないし……それに、学園の誰が犯人かも分からないのよ。下手に言えないでしょ」
「その話が本当なら、とりあえず犯人が誰かより〈柱〉にエネルギーを補充して〈核魔獣〉の方を何とかしましょうよ~」
〈核魔獣〉の相手に嫌気がさしている燕はテーブルに顎をつけて文句のように言う。
「私だってそう思っているわよ。でも、場所は分かるんだけど行く方法が分からないの」
「どういうことだ?」
「ベリメスは〈粒子〉の集まりを感知できる。だから〈柱〉が学園の地下にあるのは分かっている。だけど、そこに行く道が見つからないんだ。手がかりがないから、学園の敷地内をしらみつぶしで探しているんだよ」
「あ~、放課後探していたのってそれですか」
一階の使われていない場所を見たり、蓋を開けていたりした奇行は、地下への道を探していたのかと燕は納得して頷いた。
「でも、何で放課後だけ何ですか~? もっと時間を作って探してくださいよ~」
「う~ん……天見の体力がね~……無理して倒れられたらそれこそ大変だわ」
貧弱さを指摘され、気まずい天見は何も言えずに黙っている。
「場所が分かっているのなら、いっそのこと直上から地属性の魔法で掘り進めばいいのではないか?」
…………。
「随分と荒っぽい案ね」
「これだから脳筋は……」
天見はため息をついて額に手をやり、ベリメスは苦笑し、
「〈柱〉の反応が大きすぎて、正確な場所が分からないのよ。運が良ければ一発で掘り当てるかもしれないけど、運が悪ければどれだけ時間がかかるか分からないわ」
「そうか。ところで水鏡」
自分から振っておいて、ベリメスの答えには全く興味を持っていない。ファイナにとってはどうでもいいのだ。話の真偽も。これから問いただすことに比べれば。
ファイナの細められた極寒の視線が天見に向けられる。
天見はカップを置いた。事情を説明したらおそらくこうなるだろうと思っていた。
「学園の誰が犯人か分からないと言ったが、ならばなぜ、学園の者が犯人だと言うのだ」
「学園の地下で起こっているんだ。部外者より学園の人がやった可能性が高いだろ」
「なるほど。次に、この前はうやむやになってしまったが、私の同室を受け入れたのはリコリンに近づくためだな?」
天見の一挙手一投足を見逃さないよう、ファイナは一層視線に力を込める。
「ああ。理事長の孫娘の近くにいれば、理事長に接する機会が得やすくなると思った」
パキッと、ファイナの手元から音が聞こえた。彼女がもぎ取ったカップの取っ手が、テーブルの上に転がる。
天見が少し間を取る。視線こそファイナから動かさないが、他の二人の様子を感覚で探る。ベリメスは肩に来ていた。そして、視界の端にいる燕は紅茶を手ずからおかわりしていた。その鈍感さを少しうらやましく感じながら、尋ねられる前に意を決して口を開く。
「悪いが、学園の真下で起こっているだけあって一番怪しいと思っていた。理事長を」
立ち上がって右掌中に火球を作るファイナに合わせ、
「ナンバーイレブン、インストール!」
『赤の書』を開いて叫んだベリメスの声に反応して天見のモノクルが赤く点滅し、
「コピースタート!」
小さな光の渦を巻く指輪がはめられた左手に火球を作り、ファイナの魔法とぶつけ合う。
拮抗した火球は消滅し、両者はそのまま力比べのように手を握り合う。
「リコリンが、そんなことをするような人間に見えるのか!」
ファイナの激情が込められた力に、手が潰れるんじゃないかと天見は顔をしかめる。彼女の怒りは予想以上だった。そして、予想外の怒りだった。
(そっちか!)
意外さを隠し、天見は歯を食いしばって全力で手を握り返す。
「……見えなかった。だけど、この事件は放っておけば魔法世界から魔法がなくなるなんて、夢のない最悪な事態になるかもしれないんだ。見た目と印象だけで怪しい奴を見逃していいわけがない。学園の下で起きている事件に、学園の一番偉い理事長が関わっているかもしれないと疑うのはむしろ当然だろ」
天見の手の強さは本当に男かとファイナが疑いたくなるぐらい弱かったが、彼は握り潰されそうになっている手を放そうとはしない。
「世界が滅亡するかもなんて分からずに何かをしている可能性はある。〈柱〉は高濃度・高エネルギーの〈粒子〉の固まりらしい。それを生かせる方法があるなら、大きな利益になるはずだ。ただの鉱脈のようなもの……「自分の足下にこんなのあったんだ、ラッキー」と思って搾取し続けたとしても不思議じゃない」
ファイナは無表情で手を引き抜こうとしたが、天見がそれをさせずに全力で掴んで引っ張った。少し彼女が本気を出せば簡単に勝てるが、
「放せ」
わざわざ声に出して、天見に手を外させようとした。
「嫌だ。俺達のことに関わろうとしてきたのはそっちだろ。話は最後まで聞け」
ファイナは奥歯を噛み砕くほどの力で噛みしめたが、怒りを秘めて声を抑え、
「聞く必要はない。『連理の枝』になれと言って救世の邪魔をして悪かった。もう私はキミに関わらない。安心しろ、空想じみた戯言をわざわざリコリンに言おうとは思わない。勝手に何でもやっていろ。私のパートナーは物足りないのだろ。望み通り私の方から三行半を叩きつけたのだ。もっと喜べ」
そう言われたからではなかったが、天見は頬を緩ませて笑う。
「へ~、意外だな。あれほど『連理の枝』にこだわっていたのに、尊敬するおばあさんを疑う、現実と妄想の区別がついてなさそうな危ない奴だったらもう見切りをつけるのか。意外に可愛い所があるな」
見切るには十分過ぎるような気がするが、ファイナは痛い所を突かれたように口を引き結んで、腕に力を込めて一気に引っ張った。
だが、それでも天見はファイナの手を放さず、腰をテーブルの縁にぶつけ、引き上げられて胸と額を天板に音を立ててぶつけた。
すでに安全圏に離れていた燕は、痛そうに顔をしかめて自分のおでこをさする。
ベリメスは天見の背後を浮遊していて、黙って見守っている。
天見はテーブルの上で体を起こし、ファイナと視線の高さを真っ直ぐ合わせる。
「この事件、俺とベリメスだけじゃ不十分なんだ。俺はこの世界の当たり前の違和感が分からないんだ、感じ取れないんだ! ベリメスも人間社会の常識はない。常識的な意見が欲しい! 燕はいまいち常識とは程遠いし」
「失礼ですね~」
ぶすっと文句を言う燕の声は、二人に届いてはいない。
「進展させるために何でもいいから手がかりが欲しい! ここ一ヶ月、いや〈柱〉のエネルギーが低下してきたここ半月ほど、何か変わったことはないか! 何でもいい!」
真っ直ぐな目をそらしもしない天見……ファイナは彼がウソを言ってなさそうだから、なおのこと腹が立った。全て作り話だと断じられたらどれだけ楽か。だが、実際に見てしまった創世の魔法。〈核魔獣〉の頻出。自分に本気で頼み込んでくる目。
気づけば、ファイナは握り合っている手から力を抜いていたが、天見は変わらず力を込めていた。
心象のファイナが自分でもよく分からず心臓を一度高鳴らせた瞬間、当のファイナは右手を燃やして天見の手を振り払って、大きく一歩飛びすさった。
「あっつ! 急に! あっちぃ~!」
いきなり手に火をつけられ、天見はひどく熱がって手を振る。
「違和感だと!? キミ以上の違和感など――」
と、言葉を切ったファイナに、天見は期待するような視線を送る。
「何かあるのか?」
「……この前襲ってきた黒装束だ。著作権フリーの威力が強すぎることが気になった」
渋々な声で、ぶっきら棒に言い捨てる。
「あのちょっとヤバイ奴か……強すぎると変なのか?」
また質問。ファイナは苦いものを噛んだように口元を歪ませたが、仕方なく、
「適切な〈粒子〉量がある下級~上級の魔法と違い、単純な著作権フリーは込める〈粒子〉量を上げれば威力が上がる。だが、魔法の効果時間は数秒だ。相手に当てることを考えれば手元に置いて〈粒子〉をこめられるのは一秒ほど。そんな短時間で〈粒子〉を過剰に込められるのは人間業ではない」
「それを可能にする方法は?」
再度質問。もう投げやりに、
「体内〈粒子〉を瞬時に過剰放出させる道具か、魔法を使う際に自然の〈粒子〉を集める道具があれば可能だっ!」
「はいは~い! 私にだって変だな~って思ったことはありますよぉ~」
バカにされたのが気に障ったのか、燕が対抗するように手を振り回して自己主張する。
「どうせ購買のパンの話でしょ」
小馬鹿にしたようにベリメスに言われ、燕は頬を膨らませる。
「違いますぅ~。実技で暴れていた人ですぅ~」
杖の男子生徒のことらしい。まともなことを言いそうだぞと、天見とベリメスは意外な視線を燕に向ける。
「調べたんですけど、彼は明らかにあの魔法を使える〈粒子〉量を持っていませんでした~。黒装束と同じで何らかの道具を使って〈粒子〉量の底上げをしたんだと思います」
「……つまりは、怪しい奴らは何らかのパワーアップアイテムを持っているのね」
「なら、杖の奴に話を聞けば何か分かるかも」
「あ、あの人なら都警が話を聞くって連れて行っちゃいましたよ~」
「え? 何で?」
授業中に暴れたぐらいでその対応は厳しいのではないかと、天見は不思議に思った。
「何でって……あの違法チップはこの前捕まった著作権法違反グループが持っていたチップの一つだったみたいなんです~。それが違法チップだと知って使えば、当然問題になりますよ。場合によっては法に触れます~」
事情を理解した天見は、二つある内の片方がなくなったのなら、もう片方をあたればいいと気落ちすることなくすぐに切り換えて……それでも嫌そうに顔をしかめる。
「できれば、二度と関わり合いになりたくなかったけど……仕方ない。黒装束の方だな。奴を捕まえればいい」
「う~ん、あの人ですか~。どうやって見つけるんですか~? 先生達が一応寮生の風と体属性を持つ生徒に確認したけど、怪しい生徒はいなかったそうですよ~」
こっちは手がかりがない。天見はどうしようかと髪をかく。
「……もしかしてあの子って今噂になっている『神の使徒』の一人じゃないかしら。あの時は危ない子としか思わなかったけど、そんな感じの発言をしていたじゃない」
ベリメスの考えに、天見は口元に手を当てて黙考する。その可能性もありそうだが、『神の使徒』に関しての情報が足りない。
「そっちの線で調べてみるか。ファイナ、新聞溜めてないか?」
初めて『神の使徒』の情報を手に入れたのは新聞でだった。おそらく以前にも載ったことがあるのではないかと見当をつけた。
「溜めているかは分からない。メイドか執事に聞け」
大体の方針が決まり、天見はテーブルから下りて、ベリメスと一緒に部屋を出て行こうとした。が、その背中にファイナが声をかけた。
「待て」
天見は足を止めて、振り返った。ファイナは右手で左肘を掴み、俯き加減でいた。呼び止めておいて中々切り出さなかったが、天見はジッと待っていた。
「…………リコリンはいいのか?」
「私達は彼女をもうほぼ無関係だと見ているわ」
ベリメスの言葉にファイナが顔を上げた。その顔はキョトンと不思議と無表情が組み合わさった複雑な顔だった。
「毎日定時に帰ってきて孫娘との団欒を最優先している様子を見ていたら、隠れて何かをしているようには見えない。それでも部下に任せている可能性はまだあるけど、怪しい素振りは見えないし、この家の中にも特に変わったものはないしね」
もう疑われていないことを知り、ファイナは安堵の息をついた。
「さもありなん」
その様子を見て、天見は一度目をつぶる。そして再び開けた時には、表情を消していた。おざなりでも心底からでも、勝手なことをしておいて、申し訳ない顔で簡単に許されようなんて虫のいいこと、天見はしたくなかった。
「俺はどんなことをしても今回の事件を解決したい。だから、ファイナを利用させてもらった。『連理の枝』になるつもりがないのに理事長に近づくため同室を受け入れ、『連理の枝』になる素振りを見せていた」
正直に自分の行いを自分の口からもう一度伝える。
「それを知られて、ファイナに怒られて嫌われようと構わなかった。『連理の枝』の話も解消させられるし、一石二鳥になると思った」
「…………」
ファイナは左手を強く握りこむ。それほどまでに、自分との『連理の枝』が嫌なのかと思うと、訳も分からず逃げ出したくなる……自分一人だけがはしゃいで、空回っていた……足は震えて、体は硬直して、呼吸も苦しくて動けない。
天見の言葉は続けられる。耳を塞ぐこともできない。
「でも、まさか『理事長を疑ったこと』を怒られるとは思わなかった。俺は『連理の枝になるつもりがないのに同室を受け入れたこと』を怒られると思っていた」
……そうだ。確かにそうだ。天見は『連理の枝』を利用した。グリューテイルの誇りある『連理の枝』を利用したのだった。
コピー魔法使いでもいいと考え、とにもかくにも『連理の枝』になりたかった。グリューテイルの娘として…………なのに、なのに。そっちに考えがいかないぐらい、
(水鏡が、リコリンを疑ったことが、嫌だった)
「グリューテイルじゃなくて、ファイナのことが少し分かった気がした。気になったこと、教えてくれてありがとう」
結局、天見は謝らずに出て行った。その後を少し躊躇した燕が追いかけて出て行った。
ファイナは、しばらく一人で立ち尽くした。
夕食後にリコリスが自室の執務室で書類整理をしていると、ドアがノックされ、彼女は明るい声で返事をした。気まずそうにちょっとだけ開いたドアからオズオズとした様子で入って来たのは、ファイナだった。
ドアの所に立ったまま消沈としているファイナを見ると、リコリスはイタズラをして叱れるのを怖がっていた小さい時の彼女を思い出した。
「水鏡君とベリメスちゃん、燕ちゃんは何かやっているみたいだけど、ファイナちゃんは一緒にしないの?」
そう聞かれ、ファイナは気まずそうに右手で左肘を掴む。
中等教育を受け始めた時には、もうファイナがこうやって感情を分かりやすく表に出すことは少なくなっていた。でも、ここ数日はちょっと違った。リコリスにだけ見せている顔を、天見達の前でも見せていることがあった。
リコリスはファイナから何かを話してくれるのを、微笑んで待った。
長い沈黙の中、ファイナは何度も口を開きかけては閉じるを繰り返し、ようやく、
「水鏡と、『連理の枝』になるのは、無理かもしれない」
「やっぱり物足りないのは胸だったとか?」
軽めの冗談を飛ばしたが、ファイナはふて腐れも怒りもしなかった。
これはよっぽどだと思い、リコリスは姿勢を正して椅子に座りなおす。
「水鏡のことが分からなくって、変な話にムカついて、ケンカして……自分のこともよく分からなくなって……あいつといると、変になる。疲れる。こんな調子でこれからやっていくなんて無理なんじゃないかって……」
リコリスは驚いて目をパチクリさせる。随分と年頃の子「らしい」悩みだった。数人までに狭まっていたファイナの世界が、ここ数日で驚くほど広がったようだ。
(広がったというよりは、ぶち壊された……かな)
三人が屋敷の中で大暴れしたのを思い出して、リコリスは心の中でクスリと笑った。
「ムカついてケンカしたの? どちらかの一方的なことじゃなくって?」
「はい」
「で、何で夕食の時、水鏡君はピンピンしていたの?」
何だか今、リコリスはとんでもないことを言ったような気がする。
「……え?」
幻聴だと思って、聞き返した。そしたら、
「だから、何で水鏡君は怪我一つしてないのって? 当然バトったんでしょ? も~、屋敷の中では止めてよね。やるなら外で」
プンプンと頬を膨らませて文句を言うリコリス。ファイナは手元で両手の指を動かして気まずそうに、
「いや、あの……ちょっと口論しただけ、で」
「それだけ!? はぁ~、だから鬱憤を溜めるだけ溜めることになっているのよ。『仲間殺し』の名前が泣くわよ」
「いや、それはどうでもいいんですけど……」
椅子から下りたリコリスは、ファイナに近づいて腰を軽く押しながら、
「ほらほらほら、神妙な顔して弱音をはいてないで、腕の一本でも折ってきなさい」
「そんなことをしたら、パートナーとして信頼関係を築くなんてできなくなります!」
「なに怖気づいているのよ、ファイナちゃんらしくない。私なんてパートナーの前歯を折ったことあるわよ。それにパートナーになれそうにないならどうだっていいじゃない」
「えっ!? あ、いや、それはそうなのですが、でも、わずかな可能性が……いや、というか、心証を悪くするのは隣の席ですし、気まずくなるような……」
歯切れの悪いファイナを見て、リコリスは分かった。ファイナは公衆の面前で大々的にフラれたことで、自分でも知らない内に臆病になっているのだ。天見に選ばれようとしているのは、また自分からアクションを起こしてフラれたくないのだろう。
「あ~、なるほど。ファイナちゃんは水鏡君を騙そうとしていたわけだ。自分の良い所だけ見せて、パートナーに釣り上げる。釣ったらもうこっちのものよね~。少しずつ自分勝手で横暴な面を見せて……水鏡君は耐えていればあの頃のファイナちゃんが戻ってくるって健気に耐えるんだわ、かわいそうに~」
ハンカチを目元に当てて、切々とリコリスは語る。
そう言われてファイナが思い返してみると、自分は天見に踏み込めずに聞きたいことも聞けず、言いたいことも言えず、自分のことは自分から一切話さなかった。そのつもりはなかったが、取り繕うとしていたのかもしれない。
天見は天見自身のことを真偽はともかく、全てかどうかはともかく色々話して、明かしてくれた。好物や趣味・嗜好、近々の目的や魔法が大好きなこと。そして特殊な性癖(これは勘違いだが)。
天見に断られる前までは自分だった。ズケズケと聞きたいことを聞いた。確認したいことはしっかり検証した。何より自分からパートナーになるように頼めた(ファイナの中ではあれが頼んだ内に入るのだ)。
「ファイナちゃん。水鏡君はね、絶対にグリューテイルの『連理の枝』にはならないわ」
「どういうことですか!?」
何かを知っている素振りのリコリスに、ファイナは勢い込んで聞き返した。
「私が言うまでもなく、彼はグリューテイルのパートナーにコピー魔法使いがなったらいけないことを分かっていた。だから、グリューテイルを大事にし、背負っているファイナちゃんの『連理の枝』になることはできないって」
天見は言っていた。「グリューテイルじゃなくて、ファイナのことが少し分かった気がする」。
…………ファイナは何か、ムカついた。さっきようやく少し、少し!(ここ重要)分かったのなら、何を悟ったつもりで言ってくれるんだ。偉そうに。
(不可解だ!)
自分のことを語らなかったのはファイナなのに、それを棚上げして天見を怒る。
リコリスがファイナの腰を押したのは最初だけ、今はただ添えているだけだ。その腰が前に動いて、彼女の手から離れていく。
「ファイナちゃん、疲れて当然よ。パートナーは従者や奴隷じゃないの。自分の思い通りになる……なるべきだなんて思ったらダメよ。あなたがどれほどの力を持っていても」
ファイナはグリューテイルの家名をアピールポイントに使った。無意識にでも、ファイナはパートナーの上に立とうとしていた。それが当然だと思っていた。だって、自分は『連理の枝』の本家本元、グリューテイルなのだから。
「連理の枝はね、最初は別々の木なの。それが成長と共に二本の木の枝がくっついて、どっちがどっちだか分からなくなるの。最初からうまくはいかない。だからあなた達は『連理の枝』なの。少しでいい、彼のことを分かろうとして、信じてみなさい」
それを聞いて、ファイナは部屋を出て行った。
閉じられたドアを見て、リコリスは申し訳なさそうに笑った。
ファイナは小さな時からリコリスや両親の『連理の枝』を見ていたから『連理の枝』に対する意識が高いのだ。そのため、最初から相手に求めるものが多すぎる。
そして、ファイナは生まれた時から他人に期待されていたし、彼女自身もその期待に応えようと努力を重ねた。それが重荷になり出したのは、学校に通うようになってからだ。学校に通うようになり、自分は知らない自分を知っている他人と接することが多くなり、色々なことを面と向かってもしくは隠れて言われ続けてきた。
若い時は――今でも若いが初等部時代の話だ――いちいち黙らせてきた。少し大人になった中等部の時は聞き流せるようになった。そして、聖クレストエルク魔法学園に上がった時には、最早他人に関心を払わず、火属性を持っているかいないかぐらいで判断していた。
そんなファイナが信頼できるパートナーを得られるとは考えていなかった。可能性があるとしたら損得勘定、主従関係のパートナーぐらいだろうと思っていた。残念ながらそんな関係の『連理の枝』は大成しない。
だけど、まさかファイナが誰かを追いかけてまでパートナーにしたいと言い出すとは思わなかった。
これはどう転ぶか分からない。パートナーにならないかもしれないし、なってもすぐダメになるかもしれないし、案外良好な『連理の枝』になるかもしれない。
問題なのは、相手がコピー魔法使いということだけ。
「とりあえず、素の自分で気兼ねなく付き合える相手かどうか…………でも、一方的じゃない口論ね~……もしかして、水鏡君も実は満更じゃないのかも」
一ヶ月の新聞を借り受けて、部屋で読み終わった(速過ぎる速読に、ベリメスと燕は呆気に取られた)天見は、口元に手をやって考えを頭の中でまとめている。
新聞に『神の使徒』の記載が初めて載ったのは十日ほど前から(それっぽいのはさらに二日前からあった)。それ以前には一つも載っていない。やっているのは〈核魔獣〉の対処と、不良グループを手当たりしだい潰したぐらいだ。先日著作権法違反グループを潰したのが一番の大きな記事だった。
残念ながら神出鬼没でどこによく現れるとか、何人いるかとは書かれていなかった。
(時期的にはピッタリ重なる。ただの正義の味方……とは思えない。〈核魔獣〉の対処はともかく、不良グループを手当たりしだい潰しているのは異様だ。潔癖すぎる。今は悪いことをしていないけど、悪い奴だから倒すって……それに違法チップを売っていた所を潰したのも何でだ? プロの魔法が入ったチップなんて買ってもどうせ使えないことの方が多い。そう混沌とした混乱なんて起こらないだろ。もっと他に優先して倒す悪がいると思うけど……たまたまぶち当たったから潰したのか?)
この正義の味方には、正義の行動に理由があるような気がする。何となくだが、天見は気にくわないと顔をしかめ、
「どうやったらこいつらに会えるんだ? あ~、名探偵がいればな~」
ゆだってきた頭を抱えた。
「ん~……そうね~」
「水鏡!」
その時、いきなり荒々しくドアを開けたファイナは、床に散乱している新聞を気にも留めずに天見に近づき、ガシッと彼の両肩に手を置く。
怒りが再燃して殴られるのか! と、天見は覚悟したが、
「決闘だ。私が勝ったら『連理の枝』になってもらう」
「は?」
いきなり何を言っているのかと、天見の目が点になる。だが、ファイナは天見の反応なんて気にせず言葉を続ける。
「キミの事情や使命など知ったことではない。大事なのは私のパートナーとして不足がないことだ。それにハッキリ言ってキミに断る権利は本来無い。著作権法第十条で著作権を侵害した者は損なわれた著作者の名誉を回復させなければならない。と定められている。キミは私の魔法を簡単に使ったことで私の魔法の名声を貶めた。よって、キミは私と協力して名誉を回復させる義務があるのだ。そうだろ、聖籠」
「まあ、そうですけど……『連理の枝』になることが名誉回復に繋がるかどうか~……というか、グリューテイルさんは確か訴えることはないって――」
「ということだ!」
都合の悪い部分は話させず、赤い瞳で天見を見下ろす。
「決闘の形を取るのは再度私がキミを見定めるためだ。私の『連理の枝』は私が決める」
「…………で、俺が勝ったらどうなるんだ?」
「立て替えた著作権使用料の全額免除でどうだ」
単純明快。まったくもって魔法使いらしくないと、天見は口元を緩ませる。
「ちょうどいい。世話になったことだし、後腐れなく出て行きたいと思ってた所だ」
「ふっ、コピー魔法使い風情がオリジナルに勝てるとでも思っているのか」
その言葉から初日を思い出す。あの時は決着がつかなかった。
一対一。オリジナル対コピー。天見はあまりの愉悦に体を震わせる。
「受けて立つ」
誰が主人公だっけ?
な~んちゃって。まあ、あえて天見についてはこれまで深く掘り下げてきませんでしたからね。簡単なキャラ紹介もしませんでしたし。そう、全ては次回のため。次回はついに天見VSファイナの決着をつけます。そして、天見最大の秘密が……。
次回更新は、明日です(予定)! 自分的に戦闘シーンは書いていて楽しいので、一気に書いちゃいました。そして、気になるワードは「コピー魔法使い」! もう最初から言ってましたけどね。
それでは、また明日。




