「物足りない」に新たな疑惑
翌日登校すると、天見はファイナの目を盗んだ親衛隊にとっ捕まった。
なにやら噂が回り回って「天見がファイナの実家に挨拶に行き、そのまま泊まって一夜を共にした」となっているらしい。微妙に的外れでないだけ始末が悪かった。
殺気立った面々を前にして、変な黒装束に襲われたから避難しているんだということを何とか信じてもらった。ついでにその黒装束に心当たりがないか聞いたが、「ファイナ様の睡眠を邪魔するように襲うわけがないでしょ。やるなら今やっているわよ」とのリュージュの言葉に全員がウンウンと頷いたので、天見はベリメスと一緒にダッシュで逃げた。
昼休みに人目を避けて食事をしていたファイナは、不可解な現状に戸惑っていた。今日も昨日と同じ場所で食事をし、左右に天見とベリメス、燕が座っている。それはいいのだが、なぜかファイナの対面にシャロンが座っている。
(なぜ二年の著作権委員がここにいる? それより、こうなって初めて気付いたが、水鏡の対面には私が座るべきではないだろうか)
ハッキリ言って、それに気づくのが常人より百倍は遅い。そして、席替えを提案できない時点で、まだまだ低レベルだ。
だが、シャロンがこの場にいるのに戸惑っているのはファイナだけではない。
「何でシャロン先輩がいるんだ?」
天見は渋い顔をしていた。ただでさえ常時著作権委員一人に見張られているのに、これ以上増えられたらかなわないと露骨に表情に出ている。
「シャロン先輩が同席したいって言ってきたので~」
場所を教えた燕も理由は知らないようで、視線をシャロンに送る。
サンドイッチを食べていたシャロンは、よく噛んで口の中を空にしてから冷たい紅茶で喉を潤し、
「あなたはコピー魔法使いになるような人ではないはずです」
言われた天見はショックを受け、両の拳で悔しそうにテーブルを叩いた。
「や、やはり、マントをつけていないから魔法使いっぽく見えないのか」
「大丈夫よ、天見。その制服だってけっこう似合っているわよ。ちょっと着られている感はあるけど、モノクルとかカッコイイわよ! ちゃんと魔法使いに見えるわ!」
「誰が恰好の話をしましたか」
「……杖、ですかね~」
「それだ!」
「持ち物の話もしていません!」
ファイナの目の前で行われる掛け合い。これは順番的に自分の番か? と気づくぐらいはできたようだ。心象のファイナは頭を抱えて身をねじって言葉を搾り出そうと頑張る。
「……………………――――!!」
「コピー魔法には努力した過去も成長する未来もありません! ただの点でしかないものに固執すればあなたはいずれ孤立し、身を滅ぼします! 今ならまだ引き返せます!」
無残! タイムオーバー! 無情にも母音の口の形でファイナの動きは止まった。
「いや、まず引き返す気なんてサラサラないから」
と、天見が軽く手を振って答えていると、やけに右半身を熱く感じた。何事かと思って他のみんなの視線がファイナへと向く。
「会話のテンポが速すぎる!」
全身を燃え上がらせているファイナがいたが、その顔が赤いのは熱のせいなのか他の要因のせいなのか。
「漫談の師匠か!?」
魔法使いからの驚きのアドバイスは訳が分からなかったが、とにかくファイナの機嫌は昼休み中悪かった。
夜、夕食後。四人が共同で使っている部屋で天見は椅子に座って教科書を読み、ベリメスは彼の前にあるテーブルに座り、お茶を飲んでいる。この屋敷には妖精用の小型のカップがあり、遠慮なく使わせてもらっている。
部屋の中には天見とベリメスしかいないため静かだ。先程まで天見とファイナは『連理の枝』の練習である板割りをし、それを燕が見張っていた(リコリスの屋敷の裏には大きな庭があり、そこでやっていたのだ)。それを終え、ファイナと燕は風呂に行っている。
(一緒に入っても悠々な広さがあったけど、おそらく一緒には入っていないでしょうね。そう言えばあの子おばあさんと一緒に入っているのかしら)
天見が教科書に熱中しているので、ヒマなベリメスはぼんやりとそう考える。今日も放課後にファイナと燕を撒いて探し物をしていた天見とベリメスが帰って来た時には、すでにリコリスが帰っていた。よっぽど孫娘と一緒にお風呂に入りたいのだろう。あの強引さは血筋を感じるなぁっとベリメスは素直に思う。
(ま、おばあさんの方が遠慮ない強引さみたいだけど)
と、部屋がノックされた。どうやらファイナが帰ってきたようだ。燕はノックなんてしない。
「ちょっといい?」
意外な人物に、ベリメスの眉が上がる。入室してきたのはリコリスだった。
「ファイナならお風呂ですけど」
「知っているわよ。水鏡君に用があって来たの」
リコリスは椅子を引っ張って天見の対面に座る。天見は読んでいた教科書を片付けて、少し緊張した面持ちでリコリスを見る。ベリメスはカップをソーサラーに置いて、テーブルから天見の肩へと移動する。念のためだ。
「何の御用ですか?」
と、尋ねる天見を、リコリスは上から下からじっくりと見る。
「背が低くて見た目は……上ではないかな」
「泣きますよ」
吟味された後に言われたら、いくら事実でも涙腺にくるものがある。
「いや、そうじゃなくって、何でファイナちゃんがあなたに固執するのかな~って思ってね。容姿じゃなさそうだけど……」
手を振ってフォロー? したリコリスは不思議そうに首をひねる。
どうでもいい用事に、天見とベリメスは安堵の空気を隠した。
「自分と同じ魔法が使えるからじゃないんですか。本人もそう言っていましたし」
それ以外の理由を探りに来たのだが……まぁ、それはひとまず棚上げして、
「水鏡君はどうしてファイナちゃんの『連理の枝』になる話を断ったの? 孫自慢になるけど、ファイナちゃんほど家柄もしっかりしていて、お金も品格もある美少女から申し込まれるなんてそう無いわよ? もちろん、魔法の実力もひいき目抜きにして同年代の中ではトップクラスよ」
「その上周囲からは期待と羨望、妬みと嫉みで注目の的。『連理の枝』の本家本元のグリューテイルという、等身大のファイナより大きな看板を背負っている、と」
リコリスは続けられた天見の言葉に軽く驚いた。まだ数日なのに、よく見ている。
「そんな人物が、コピー魔法使いをパートナーにしていいんですか?」
「いいことではないわね。うちの権威と『連理の枝』を追い落としたい所には恰好の材料を与えることになるわ。それに大会によっては出場すら許されないのもあるでしょうね。懇親会やパーティに呼ばれれば、物笑いの種にもなるでしょう」
リコリスは正直にハッキリと答えた。だが、それは一部だ。外の敵も面倒だが、中の敵はもっと厄介だ。もしファイナの『連理の枝』にコピー魔法使いがなったら、親戚連中は烈火のごとく怒るだろう。
天見は軽く手を開いて嘆息する。分かっているなら、いいと。
「ハッキリ言って面倒です。魔法世界を謳歌したいのにそんな醜い人間の言動を間近で見たくありません。俺のせいでファイナが落ち込んだり、立場が追い込まれたりするのも気分よくないですし、こっちにまで飛び火するなんて最悪だ。お互いのためにも『連理の枝』にならない方がいい」
「ファイナちゃんは、それを覚悟してキミを『連理の枝』に誘って、実力と実績で黙らせるつもりよ」
天見は嫌そうに表情を歪めて、テーブルに肘をついて掌に顎を乗せる。
「正気とは思えない。ファイナは自分の立場を分かっているように見えたけど……何をそんなに急いでいるんだか」
目の前で仏頂面をする少年。話に聞いた時にもしかしてと思ったが、会って話してみて確信した。彼は自分のことだけでなく、相手の立場にも立って物事を考えられる子だった。
個性を尊重し、個人を強く主張し、自分らしさを前面に押し出さなければ埋没してしまうこの社会。彼のように他人を思いやり、周囲と上手く同調しようと考える子は少ない。
だが、我を出すだけでなく、時には相手のために引く。それが『連理の枝』には必要なことなのだ。
(この子は、ファイナちゃんを見ている。もちろんまだ理解しているとは言い難いけど、他人をはじめファイナちゃん自身もファイナちゃんをグリューテイルとして見ているのに、この子は違う。彼となら、もしかして――)
リコリスはあらためて話を切り出す。
「水鏡君。コピー魔法を使うのをやめて、普通の魔法使いになってちょうだい。そして、ファイナちゃんの『連理の枝』に――」
『無理』
天見とベリメスの言葉が重なって、申し出を断った。だが、リコリスは諦めず、
「水鏡君が手軽に魔法をコピーできることは知っているわ。そんな方法を持っていれば、そりゃ一から努力して魔法を修得するなんて面倒だと感じるかもしれない。それでもお願い。その方法を捨ててもらう代わりに、出来る限りのことはさせてもらうわ。結果、ファイナちゃんの『連理の枝』になれなかったとしても、その後のことも補償する」
リコリスが熱を入れて訴えるが、天見とベリメスはそれを一歩引いた、凪のような心持で聞いていた。そして、ゆっくりとベリメスが首を横に振る。
「無理。絶対に無理。天見はコピー魔法使いなのよ」
「それは分かっているわ。でも――」
「諦めてください。ファイナには折を見て俺から話します。ですから、先生は真っ当な魔法使いをファイナにあてがってください」
固持する態度を崩さない。これはそう簡単には覆すことはできないと、リコリスは口を閉じた。
「ところで、質問されるだけなのもアレなので、こっちからも質問いいですか?」
「ん? もちろんいいよ。転入したてで分からないことも多いよね。それとも、ファイナちゃんのこととか~?」
リコリスはさっきまでのマジメな表情から一転して、朗らかに人懐っこい笑みで天見に接する。
「質問は学園のことと、あとは先生のことです」
「……………………フェ!?」
不意打ちにやられて変な声が出て、年甲斐もなくリコリスの頬は少し赤くなった。
風呂上がりのファイナと燕は、並んで廊下を歩いている。先に入浴を済ませた燕が、出て来るのを待っていたのだ。
「グリューテイルさん、これは親切心からのアドバイスなんですけど~、水鏡さんに色仕掛けはしない方がいいですよ~」
教本のピンポイントな内容を参考にして、ファイナがいつ実践に移すか分からない。初日には言い難かったが、何となく言っておかなきゃダメな気持ちが強くなってきたのだ。
「不可解なことを言うな。キミにそんなことをアドバイスされなくて結構だ……………………一応聞くが、なぜだ?」
とりあえず聞く。聞いて損することもないだろう。
燕はピッと指を一本立て、
「だって水鏡さんはグリューテイルさんを「物足りない」って言ったんですよ~。もし裸で迫ったとしても、鼻で笑われる可能性もありますよ~」
そんな可能性があったかと、心象のファイナはダラダラと冷や汗を流した。まさか、武器が武器にならないとは……しかし、もしそんなことになったら、うっかりで天見を殺してしまいそうだ。
当のファイナは気にしない素振りで返事をしたが、心象のファイナは事前に思い至れたことに感謝した。これはアピールする内容を再考する必要がありそうだ。
と、階段を上がって廊下に出たら、
「リコリン。部屋で何をしていたのだ?」
部屋から出てきたリコリスと鉢合わせる。
「あ、えっと~、ちょっと水鏡君と話していたんだけど……」
何やら気まずそうにモジモジしている。こんなテンションのおかしいリコリスも珍しい。
「……これは言ってもいいのかな……」
何やら気になることを言う。スパスパと物事を言うリコリスがこれほど口ごもるとは何かありそうだ。
「何なのだ?」
ファイナが追及するとリコリスは頬を指でかき、申し訳なさそうな顔を上げる。
「水鏡君と話していたのね。そしたら随分とリコリスのことを興味深く聞いてきたの。最近仕事は忙しくないかとか、あんな広い学園を取り仕切っているなんてすごいですね。何階建てなんですかとか、この頃〈核魔獣〉がよく出て大変ですよねとか。だから……もし、もしよ……もしかしたら、水鏡君が「物足りない」って言ったのは、胸のサイズじゃなくて……………………年齢なんじゃ……」
…………………………………………………………………………。
部屋の中では、天見とベリメスが向かい合わせで難しそうに唸っていた。
「定時には帰ってくるし、最近は〈核魔獣〉のせいで仕事に忙殺されているのね。最近も変わらず……むしろ、エネルギーの減少が著しい〈柱〉には、彼女は関係してないかもね」
「そうだな。しかし学園に地下はないか……隠しているのか、本当に知らないのか……」
いきなりドアが爆発して吹っ飛んだ。
二人はリアクションもできず、目を丸くして壁に叩きつけられ炭になったドアを見た後に入口の方に目をやる。
そこには拳を突き出したファイナがいた。彼女は鋭く細めた視線で天見を突き刺し、ズカズカと詰め寄って彼の両肩に手を置いて、指を突き立てて力を込める。
ミシミシと骨が音を立て、天見は痛みに顔をしかめる。「放せ!」と声を荒げたいが、ファイナの眼力が声を喉の奥に押し込める。
「みか、がみぃ」
いまだかつてない感情がファイナの中で暴れ回る。心象と当の境目がなくなり、深紅の瞳が赤く、朱くなる。何かを奥底に押し込めるのに精一杯で、苦しい。
「ストライクゾーンが高すぎる!」
「いきなり何の熱血コーチングだ!」
天見にとって、訳の分からなさマックスだった。
(いや、待て、落ち着け私。孫娘のいない間に祖母を籠絡しようと新密度をアップさせる思春期男子。そんな業の深い人間がいるはずがない。常識的に考えるんだ……)
カッと目が見開き、落雷の衝撃が心象のファイナに走った。
(常識的!? この何もかもが非常識で当然知っているようなことを知らない水鏡からはもっとも縁遠い言葉!! い、いや、いやいやいや。もっと他に……遺産目的とか……いや、違う。何をバカなことを。それに、曲がりなりにも私との同室を受け入れたし、毎夜の『連理の枝』の訓練にも前向きだ。そんなリコリンとなど――)
その時、心象のファイナに流星のように煌めき落ちた言葉――将を射んと欲すればまず馬を射よ。
「水鏡、まさか私との同室を受け入れたのは、リコリンに近づくため……とか」
ファイナは見てしまった。一瞬言葉につまって、視線を外した天見を。
肩から手を放したファイナは、天見に向けて淡々と炎を放つ。だが、天見はギリギリで背中を曲げて避けた。
「弁解の機会も無しかよ!」
「この期に及んで見苦しい! 何と言う策士! 知を尽くすと言うだけのことはある! 大体弁解とは何だ! 自分の危険極まりない変態特殊性癖を熱く語るつもりか!」
「ハァ!?」
「あ、私何となく分かったかも」
食い違っているのが分かったベリメスは頭に大きな汗を流すが、説明をする間もなくファイナはガジェットにチップを入れる。
「百歩譲って熟年離婚は許す! だが、億万歩譲っても同級生との再婚なんて……心が許容できるわけがないだろう!」
「ええい訳が分からん! 話し合いをする気がないなら受けて立つ!」
「水鏡さん! 著作権法違反はダメですよ~!」
その場に燕も乱入してきた。しかも、すでに刀を抜いている。天見はチラッとファイナを見るが、拳を握りこんでいる彼女は一言。
「断る!」
「ならしょうがない! コピー魔法使いの美学一つ! 乱戦こそがコピー魔法の華! まだ死ぬわけにはいかない!」
「なら斬ります! 文句は聞きませんよ~!」
「邪魔だ聖籠! これは我が家の未来に関わることだ!」
三つ巴の大乱戦。それは大きな屋敷が跳ねるほどの騒ぎだった。
リコリスと老執事が止めるまで、三人は互いに退かずに大暴れした。
そして家の中で暴れるなという説教を受けた後、ベリメスから助言をもらった天見は理事長を異性として狙っているという誤解だけは、言葉を尽くして解いといた。
うん。やっぱり学生は元気がよくないとね。今回は色々と書いていて楽しかった~。
次回は燕のターンです。今まで不透明だった彼女の実力を少しは見せる予定です。キーワードとしては「劣化コピー」をあげときます。
次回更新は火曜日予定です。




