第9話 久々の空君!
すっかりひいちゃんは、空君のことも警戒して私の横にへばりつき、離れなくなった。
「なんか、早く来て悪かったかな、俺…」
ぼそっと空君がそう呟いた。
悪いわけないじゃん。嬉しいよ。と叫びたい。
「凪ちゃん、その人ってまさか」
空君が呟いた後、私の横にへばりついていたひいちゃんが、耳元で聞いてきた。
「親戚の子?」
「え?あ、うん」
誤魔化し切れないよね、もう。
「来年一緒に住むっていう?」
「うん」
「…お、男の子と住むの?それ、やばいよ。いくら親戚っていっても、親だって許さないでしょ?」
「ううん。パパとか、女の一人暮らしは危ないからって、一緒に住むことすすめているくらいで」
「え~~~~~~~~~~~~~」
なんか、ものすっごく驚いている。
「本気?男の人と住むんだよ。危ないに決まってるってば」
そうひいちゃんが大きな声で言うと、空君の顔が引きつった。
「凪ちゃんだって、男苦手だって言ってたでしょ?やめたほうがいいよ。お父さんにもやめるって言いなよ。寮に入ったほうがいいってば」
ひいちゃんが必死だ。
「大丈夫なの。空君は他の男と違うし」
「違わないよ」
「でもっ。大丈夫なのっ」
私も必死だ。
ちらっと空君を見た。あ、顔がくら~~くなってる。
「あ!まさか、空君って、男好き…」
「違うよ!そうじゃなくって」
ああ、もう。何を言い出すんだ、ひいちゃんは。
「空君と私、付き合ってるの」
私はかなり大きな声で、そうひいちゃんに言った。
「え?!」
ひいちゃんは、しばらく固まってしまった。
「…でも、男苦手って…」
「だから、空君は違うの。空君は苦手じゃないの」
ひいちゃんにそう言ったあと、空君の方を見ると、空君は真っ赤になっていた。
「あの、ここで話すのもなんだし、部屋で座って話さない?」
玄関先で私たちは話していた。私がそう言うと、ようやくひいちゃんは私から離れ、和室に入って行った。
空君もあとからついてきて、ちょこんと遠慮がちに畳に座った。それも、正座だ…。可愛い。
「空君、足、くずしてね」
「え?あ、うん」
空君はあぐらをかくかと思いきや、体育座りをした。か、可愛すぎる。
空君、今日の服も似合ってる。日に焼けた肌に薄いピンクの長袖Tシャツ。腰に巻いたチェックのシャツも可愛い。
キュキュン!
ぶわっと光が出たのがわかった。空君が天井を見上げ、光を見ているのもわかった。ああ、きっと、なんだって凪は光を出したんだろうって思っているだろうなあ。
案の定、私の顔を不思議そうな目で見ているし。
「あ、あのね、ひいちゃん。空君とは赤ちゃんの頃からよく遊んでいるの。子供の頃からだから、気疲れしないって言うか、気心知れているって言うか」
そう私はひいちゃんに向かって話し出した。それにしても、なんだってひいちゃんに気を使ってこんなことを話しているんだろう。
「凪ちゃん、子供の頃と今じゃ違うんだよ。わかってる?」
わかってないのは、ひいちゃんだよ~~。
「あ、まさか、二人ってもうそういう関係なわけ?」
突然、ひいちゃんは顔を引きつらせてそう言った。
「え?!違う、違う」
思い切り私は首を横に振った。空君も黙って首を横に振っている。
「だよね。そんなふうには見えないし」
わかるの?そういうのって。
「だったら、ますます…。一緒に住むのは…」
「もう決めてるの。空君とは来年一緒に住むの」
はっきりと私はそう言った。ひいちゃんは、空君の方をちらっと見てから私を見て、
「同棲ってこと?」
と聞いてきた。
「同棲…っていうか、うん、まあ」
彼氏と住むとなるとそうなるのかなあ。
「空君って、凪ちゃんが言っているタイプの男の子だったわけ?」
「え…。あ、うん。そう」
優しくてあったかい…。まさに、空君のことだもん。
「何?タイプって」
「なんでもないの。あ、空君、お昼どうする?駅の方まで食べに行く?」
「うん」
「じゃあ、私も…」
え?ひいちゃんも一緒に来るの?そこは、遠慮して!
「駅までひいちゃん、一緒に行こうか」
わざと私はそういう言い方をしてしまった。
「お昼、私も食べたいんだけど」
ひいちゃん、なんでそこで気を利かしてくれないわけ?
「…ごめん。空君とはつもる話もあるし、一緒にいてもひいちゃん、面白くないかも。だから、その」
「でも、私も空君と話をしたかったんだけど」
え?なんで?
「凪ちゃんの彼氏だなんて、興味あるし」
ええ?なんで?!
「他の男の人と違うって、どういうところが違うのか興味あるんだ」
何、それ!
「悪いけど。俺も、凪といろいろと話がしたいし、二人で昼飯食わせてもらってもいいっすか?」
空君、はっきり言ってくれた~~。
「…わかった」
ひいちゃんは、どうにか諦めてくれた。遠距離恋愛してて、そうそう会えるわけじゃないんだもん。一緒にいる時は二人きりで会っていたいよ。
駅までの道のり、ひいちゃんはずっと空君のことを観察していた。頭の先から足の先まで見て、歩き方から、話し方から、何から何までじろじろと見て、空君も困っているようだった。
私もだ。人の彼氏をそうもじろじろと見てほしくない。
駅に着いた。ひいちゃんはどこかでお昼を買って、寮に帰って食べるらしい。
「じゃあね、ひいちゃん」
「うん、また月曜日ね」
ようやくひいちゃんから解放され、空君はほっと溜息をついた。
「ごめんね、空君」
「いや。俺もなんにも連絡せず来ちゃったし…」
「塾、さぼって大丈夫?」
「……多分」
多分って…。
「あ~~~、俺さ」
「え?」
空君は髪をぼりぼりって掻いてから、
「なんか、すげえ凪に会いたくなってて」
と顔を真っ赤にさせてぼそぼそっとそう言った。
うわ。
嬉しい。
「学校始まって、やっぱり俺、学校で凪を探しちゃうんだ。いるわけないってわかっていても。で、凪はもういないんだなあって実感して、寂しくなって。家に帰っても、まりんぶるーに行っても、凪の家に行っても、凪はいないから…。ここんとこずっと、凹んでた」
うそ。うそ~~。
「部活に出るのも、なんか、辛くなってたし」
「そうなの?」
「部室に凪がいないのって、変なんだよね」
部活引退してからも、空君がいるからってちょくちょく遊びに行っていたからなあ。
「重症。どんだけ、凪がそばにいるのが当たり前になっていたかって実感した。で、いないってことが、すげえ堪えることなんだってことも…」
ドキドキ。そうなんだ。
私も寂しかった。だけど、新しい環境に慣れるのだけでも精一杯で、慌ただしくて、時間がたつのもあっという間だった。だから、空君の方がより、寂しさを感じたのかもしれないなあ。
「早くに凪に会いたくって、塾サボって電車に乗っちまった…。で、凪に会えると浮かれて来たから、部屋に友達がいて、ちょっとがっかりして…。ごめん。そんなこともあって、凪の友達に冷たく当たったかも。だから、嫌われたかな」
「ううん。もともとひいちゃんは、男の人苦手だから」
「それだけ?なんか敵対視されてなかった?見定めてたよね?俺のこと」
「興味があっただけだよ」
「そうかな。凪の彼氏に相応しいかどうか見ていたんじゃないの?」
「そんなことないよ」
「なんか、悪かったかなあ、俺」
「空君、せっかく二人きりになれたんだから、ひいちゃんの話題はもうやめよう」
「…うん」
「どこで食べる?何が食べたい?」
「そうだな。凪は?」
空君と二人で駅ビルに入り、レストラン街に行ってどの店に入るか悩んだ。そんな時間も楽しかった。
お昼を食べながら、雪ちゃんの話をしたり、写真を見せてもらった。雪ちゃん、確実に成長しているなあ。
「雪ちゃんに会いたいし、来週あたり、伊豆に行こうかな」
「雪ちゃんにだけ会いたいの?」
「もちろん、パパやママにも」
「俺は?」
「会いたいに決まってるよ~~」
そう言うと、空君は嬉しそうに微笑んだ。
ああ、もう!可愛いんだからっ!
アパートまでの帰り道は、腕を組んで歩いた。空君は照れくさそうにしているけど、嫌がったりしていない。
ああ、空君の腕。ぬくもり。匂い。全部が嬉しいよ。
部屋に入り、すぐに和室のテーブルの前に座り、碧と文江ちゃんのこと、部活に入った新入生、鉄のこと、おじいちゃんのことや、サーフィンのことなど、空君からいっぱい話してもらった。
「凪は?」
「え?」
「大学もう慣れた?」
「うん。なんとか。でも、まだ友達はひいちゃんだけ」
「そっか。あ、隣の男どもは?言い寄ってきていない?」
「バイトの面接に行こうって今朝言われた」
「え?」
「弟の方に。でも、断ったけど。そうしたらひいちゃんにしつこく、誘い出して大変だったんだ」
「へえ。ひいちゃんさんって、男性苦手なんだろ?災難だったね」
「うん。かっちゃんって、一見大人しそうなのに、かなりしつこいっていうか、馴れ馴れしいから」
「凪も、気を付けてね」
「何を?」
「二人きりになったりとか、絶対しちゃダメだよ」
「しないよ。あんまり会ったりしないようにするし」
「うん」
ああ、心配しているの?嬉しいな。
「俺が一緒に住んでいたら、絶対に阻止できるのにな」
すすすと空君の隣に移動して、空君の腕にへばりついた。
ギュム!
「凪…」
一瞬空君は固まった。それに耳まで真っ赤だ。でも、離れたくないからくっついていた。
ドキドキドキ。心臓は高鳴っている。でも、空君の温もりが嬉しくて離れたくない。
「……凪」
「ん?」
「キス…していい?」
ドッキン。
「うん、いいよ」
目を閉じた。空君の顔が近づいてくるのがわかる。そして唇にそっと触れた。
わあ。ドキドキドキドキ。
「……凪だ」
「え?」
空君の声がして目を開けた。すると、まだ目の前に空君の顔があった。
「魂で来ても、凪には触れないから」
そう言うと空君は、そっと私の肩を抱いた。
ドキドキ。
キスも、私の肩を抱く手も、そっと…。
キュン。そっと触れただけでも、胸がキュンってしちゃう。
「凪はまだ、男苦手?」
「うん。空君以外は苦手…」
そう言うと空君は、「あ、そ、そうなんだ」と恥ずかしそうに呟いた。
でも、それだけ。空君は私から離れ、照れくさそうに鼻の横を掻き、
「なんか、腹減っちゃったな」
とキッチンのほうを見た。
「あ、持ってきてくれた春香さんのケーキ食べようか」
伊豆から空君が持ってきてくれていた。それを冷蔵庫から出して、コーヒーを入れて二人で食べた。
「美味しいね」
「うん」
チーズケーキだ。空君、好きだもんね。
空君が嫌いなものはシナモン。シナモンの味がしないケーキならOKだけど、チーズケーキが一番好きなんだよね。
「凪、自炊してるんだよね。桃子さんがちゃんと食べているか心配してたよ」
「頑張って作ってるの。夜ご飯は作るから食べていってね?昨日カレーにしたから、今日は…」
シチュー?それじゃワンパターンすぎるか。でも、他に作れるものって…。
「無理しないでもいいよ?凪」
「ううん!作る!」
来年からは一緒に住むんだし、もっといろいろ作れるようにならなくっちゃ!
はあ…。一緒に住むのか。ここで、空君と…。
そんなことを想像したら、胸がキュンキュンしてきた。
「凪、すごいんだけど」
「え?」
「光…。あのひいちゃんって人がいた時は、かなりよどんでいたのに、今、浄化されまくっちゃって、このアパート光に包まれちゃってるよ」
「そうなの?」
じゃあ、空君がここに住んだら、このアパートに霊が出ることはなくなるんだろうなあ。ずうっと。
「ねえ、凪」
「え?」
わくわくしながら空君のほうに顔を向けた。すると、空君の表情は暗かった。あれ?
「あの、ひいちゃんさん、霊を呼びやすいから気を付けてね」
「……え?うん」
「凪にまで被害が及ぶ。できたら、近づいてほしくない」
「そんなわけにはいかないよ。友達なんだもん。それも、唯一の…」
「そこが問題かも。もっと、他にも友達作ってみたら?凪ならすぐにできるよ」
「…ひいちゃんは?」
「明るい仲間の中に入れたら、ひいちゃんさんも変われるかもね」
「変わるって?」
「あの人、かなり…、その。オーラがね、暗いんだ。いや、低いって言うのかな。黒谷さんもそうだったけど、碧と出会ってから波動変わったじゃん」
「文江ちゃん?」
「凪に会って変われるかもしれないけど、でも、凪までひいちゃんさんのオーラに引きづられたら、一緒に憑りつかれる可能性大だし」
「そうなの?私まで?」
「俺も、なるべく魂飛ばして凪の波動あげるようにするけど」
「…でも、空君だって、受験だし、勉強もあるもんね…」
「……凪、具合が悪くなったらすぐに俺を呼んでね」
「うん」
空君はテーブルの上にあった私の手を握った。
「約束だよ」
「うん」
ギュッと握ってくれた手は、とってもあったかかった。