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第8話 空君とひいちゃん

 翌朝、といっても、すでに9時を過ぎていたが、私とひいちゃんは目をさまし、朝ご飯を食べだした。とそこへ、

「な~~ぎちゃん、おはよう」

という、お隣さんの声が玄関の外から聞こえてきた。


「また、来た」

 あの声はどっちかな。似ているから聞き分けできないけど。とりあえず、トントンドアをノックしている音がうるさいし、出るとするか。


 ガチャリとドアを開けると、かっちゃんがにこにこしながら立っていた。

「おはよう。今日、バイトなんだけどさ、店長に話したら面接したいって。11時に来れる?」

「は?」

 話が見えない…。


「凪ちゃん、バイトしたいって言ってたよね?だから、店長に頼んでみたら、面接したいから連れてきてって。11時だったら、店長時間取れるらしくて」

「今日のですか?今日は無理です。っていうより、私、まだバイトするかどうかも決めていない…」

「あ!おはよう、秀実ちゃん」


 かっちゃんは、部屋の奥でじっとしていたひいちゃんを見つけ、大きな声で声をかけた。もう~~。私の話、聞いてる?

「凪ちゃんがダメなら、秀実ちゃん、面接しない?」

「私?わ、私はバイトなんてする気ないし」


「面白いよ。おいでよ。凪ちゃんは、また今度面接したら?うちの店、この前一人辞めたし、また来月一人辞めちゃうから、人足りないんだよね」

「いえ。私、バイトする気は」

「面接だけでいいから来ない?」


 しつこいぞ、かっちゃん。ひいちゃんが困ってるよ。

「いいえ。私、今日、凪ちゃんと午後も出かける予定あって」

 え?

「だから、今日は無理です」


 待って。午後は空君が来るのに。

「そんな用事、今度にしたら?」

「今日、行くって決めてるんです」

 そう言うと、ひいちゃんはそそくさと食器を片づけだした。


「かっちゃん、ひいちゃんは、バイトしないって言ってるし、私もまだバイトするほど余裕ないし、悪いけど面接はまた今度にしてください」

 玄関の前に突っ立って、まだなんとかひいちゃんを説得しようとしているかっちゃんにそう言うと、ようやく諦めて部屋に戻って行った。


「しつこかったなあ、かっちゃん」

 そう呟きながら、私も部屋に入った。すると、

「どこに行こうか、凪ちゃん」

と、ひいちゃんが食器を洗いながら聞いてきた。


「え?」

「洋服でも見に行く?」

「今日?ごめん。午後から親戚の子が来るから」

「あ、来年から同居する子?へえ。会ってみたいな」


「ご、ごめん。あの、えっと。人見知りする子だから」

 ああ。なんて、心苦しい言い訳。

「そっか~~。あ、でも、12時ごろまでいていい?一人でぶらぶらしてかっちゃんに見つかったら、バイトの面接連れて行かれそう」


「うん。いいよ。確かにあの人しつこそうだもんね」

 洗い物を終え、私は洗濯を、ひいちゃんはのんびりとテレビを観ている。

「親戚の子って、どんな子?」

 わあ。聞いてほしくないこと聞かれてしまった。


「どんなって、普通の子」

「普通?」

「…あ、サーフィンしてる」

「へえ。じゃ、もしかして真っ黒に日焼けしていたり」


「うん。わりと黒い方かも」

「凪ちゃんは?サーフィンするの?」

「私はしないよ」

 なんとなく、空君の話は誤魔化した。ちゃんと、男の子で彼氏なのって言ったほうがいいよね。こうなったら、言ってみようかな。


「あのかっちゃんって人、苦手だな~~。凪ちゃんはどう?」

「え?」

 いきなりかっちゃんの話に戻っちゃった。

「押しが強い人って嫌いなんだ」


「あ、私もダメ」

「やっぱり?凪ちゃんとは気が合うよね」

「じゃあ、どんな男の人がタイプ?」

「う~~ん。静かな人かな。優しくて…。凪ちゃんは?」

「私は…」


 空君みたいな…。

「やっぱり、優しくてあったかい雰囲気の人かな~」

「だよね。どこかにいないかな~~。男臭くなくて、ギラギラしていなくてって、そんな人」

 いる。空君がそう…。ああ、なんだか、ますます空君の話がしづらくなった。


 でも…。実は、親戚の子は彼氏なの!と言ってみる?うん。言っておこう、ここは、ちゃんと。

「あのね、ひいちゃん。その、親戚の子っていうのは、実は…」


 ピンポン。

「誰か来たよ。また、隣の人かな」

 あ~~。もう!せっかく言う覚悟を決めたのに。


「居留守しちゃおうよ、凪ちゃん」

「そうだね」

 あれ?でも、隣の人なら、チャイムなんか鳴らさないかな。もしや、宅配便とか?


 トントン。トントン。

 何も答えないでいると、ノックする音が聞こえた。

「しつこい。11時だし、面接に行こうって、また誘いに来たんだよ。出ちゃダメ、凪ちゃん」

「でも…」


 トントン。

「凪?いない?」

 え?この声って…。


「わあ。かっちゃんの声かな。今、凪ちゃんのこと呼び捨てにした?」

「ううん。違う!」

 この声、空君だ!!!


 私は慌てて玄関に走り、テーブルの角に膝をぶつけた。

「いった~~~!」

「凪?!どうした?」

 やっぱり、空君だ~~~~~~~~~~!!!


 なんで?12時過ぎに駅に着くって言ってよね?

 ガチャ!鍵を急いで開けて、急いでドアを開けた。膝がまだ痛かった。

「空君?!」

「凪……。どうした?なんかあった?」


 空君だ。わあ。なんか、日に焼けてる?髪、伸びた。

「なんで?お昼すぎるって…」

「うん。塾、さぼって早くに来ちゃった」

 え~~~~!ダメだよ。と思いつつ、すっごく嬉しい。抱き着きたい!


「凪ちゃん、誰?」

 空君に飛びつく前に、後ろからそうひいちゃんが聞いてきた。

 ああ。そうだった!忘れてた。ひいちゃんと空君、ご対面だよ。


「あのね、ひいちゃん。その…」

 私は、和室から顔をのぞかせてこっちを見ているひいちゃんを見た。かなりひいちゃんは、警戒しているみたいだ。


「凪、あの人が凪が言ってた寮に住んでいる人?」

 ぼそぼそっと空君が私の耳元で聞いてきた。

「うん」

 空君の方を見て頷くと、空君は眉を潜めてひいちゃんを見ている。そのあと、玄関に入り、きょろきょろと部屋を見回した後、また玄関から出て、廊下のあたりもきょろきょろと見ている。


「凪ちゃん、凪ちゃん」

 そんな空君を見て、もっとひいちゃんは警戒したようで、私を小声で手招きした。

「誰?このアパートの人?」

「ううん。ひいちゃん、実は…」


「凪、寒くない?」

 突然空君が、私の肩に手を回しながらそう言った。

「え?」

「寒気しない?」


「あ、今日、肌寒い日だなって思ってはいたけど…。あれ?まさか」

「うん。今日、そんなに寒くないよ。ちょっと暑いくらい。多分それ、霊のしわざ」

「うそ。いるの?どこに?私に憑いてる?」

「ううん。凪じゃなくて、あの人に…」


 空君は私の肩を抱いたまま、和室にいるひいちゃんを見た。

「ひいちゃんに?」

「うん。あの人、大丈夫かな。具合悪くなったりしてない?」

「ひいちゃん、霊感まったくないって言ってた…けど」


「それはすごいな。あんなにがっつり憑りつかれているのに」

 そうなの?!

「凪ちゃん…」

 こそこそと私と空君が話していると、ひいちゃんは不安がり、また私を呼んだ。

「ごめんね。あのね、実は…」


「こんにちは。あ、俺、相川空っていいます。いきなり来ちゃってすみません。で…。いきなりで悪いんですけど、なんか大変なのが憑いてます」

「え?」

「空君!突然すぎるよ。ひいちゃんだって、驚いちゃうってば」


「あ、ごめん。でも、今ここで成仏させたほうがいいと思うんだよね。あの霊かなり強力で、他にも霊がこのアパートにまた寄りついてる。せっかくこの前浄化したのに、風呂場とか、隣とか、霊の溜まり場になっちゃってるよ?」

 うそ~~~。


「ここ、霊が来やすい場所なのかな」

「そういうのって、あるの?」

「うん。昔、この土地でなんかあったとか。じゃなきゃ、そういう方角とか」

 え~~~!


「今、霊って言った?このアパートにいるの?」

 さっきまで和室にいたひいちゃんが、ダイニングまでやってきてそう聞いてきた。

「はい。います」

 わあ。空君、はっきりと言っちゃった!


「どこ?私、霊感ないからわかんないんだけど。え?じゃあ、あなた、見えるの?」

 あ…。ちょっとひいちゃん、楽しそう。あ、そうだった。ひいちゃん、そういうの好きだったんだ。でも、ひいちゃんに憑りついているんだけど、さすがにそれは怖いよね。


「風呂場に…。あと、隣の部屋からもなんか、感じる」

「そうなの?やっぱり、水場に出やすいの?」

「それと、ずっと後ろにくっついてますけど」

「え?」


 空君はそう言って、ひいちゃんの肩のあたりを見た。

「わ、私に?」

「はい。それも、ちょっとやばそうなやつ」

「やばそうって?」


 さっきまで、楽しそうだったひいちゃんの顔が、ぱっと曇った。そのあと、後ろをくるっと振り返って見ている。

「後ろにいるんじゃなくて、完全に憑りつかれちゃってます。寒くないですか?」

「寒くないけど、なんとなく肩や頭が重い…。でも、それ、今日に限ったことじゃないから」


「ああ、じゃあ、ずっと憑りつかれてますね」

「そうなの?そのせいでなの?大学の寮に入ってからだったんだけど、疲れているだけだと思ってた」

 ひいちゃんはそう言ってから、じいっと空君を見つめた。そして、

「除霊できるの?してもらってもいい?」

と、すがるような目でそう言った。


 ひいちゃん、空君は平気なんだ。男の人苦手だから、空君のこともダメで、また私の後ろに隠れるかと思ったのに、さっきから食い入るように空君を見ているし、徐々にすり寄って行ってる気もする。


「あ、俺、できないです。そういうのできるのは、凪だから」

「え?凪ちゃんが!?」

「はい。凪、光で霊を成仏させられるから」

「何それ。すごい、凪ちゃん」


 ひいちゃんはそう言って、今度は私に近づいた。

「じゃあ、凪」

 ひいちゃんが、私にすり寄る前に、空君が私の腕を掴んで自分に方に引き寄せ、私のことを思い切り抱きしめてきた。


 ドキ!

 久しぶりの生、空君!あったかい。空君の匂いがする。

 嬉しい!


 ブワワワッ!光が一気に飛び出した。でも、

「な、何してるの?やめなよ!」

と、私に抱き着いている空君の腕を、ひいちゃんが必死に離そうとし始めた。


「あ。光、消えた…」

 空君は私から離れると、ぼそっとそう呟いた。そしてまた、ひいちゃんの肩のあたりを見て、

「まだ、憑りついてるよ。強力だから、今の光だけじゃ浄化できないんだけど、いいっすか?」

と、クールにそうひいちゃんに聞いた。


「え?どういうこと?何言ってるの?凪ちゃんにいきなり抱き着いて、なんなの?この人」

 ひいちゃんはそう言うと、私の腕を引っ張り、空君からさらに離そうとした。

「ひいちゃん。違うの。空君がハグしてくれると、光が飛び出して成仏できるの。だから、空君、ハグしてくれただけなの」


「え?」

「さっき、光が出たんだけど、その光だけじゃ十分じゃなかったみたい」

 そう言ってもまだひいちゃんは、空君のことを訝しげに見ている。


「なんで、この人がハグすると光が出るの?」

「それは」

 嬉しいから。なんて、そんなこと言い出しにくい。


 ゾクゾク。あれ?なんか、もっと寒気…。

「あ、凪が今度はやばい」

「え?」

「凪に憑りつこうとしてる」

 うそ。


「空君!」

 ギュウ。私から空君に抱き着いた。空君もギュって抱きしめてくれた。

 ブワワワ。私でも見えたくらい光が出た。あったかくって、優しいオーラに包まれ、私は思い切り安心した。


「な、凪ちゃん?」

 そんな私をひいちゃんが、すっごく冷めた目で見ている。軽蔑しているような目で…。

「凪、この部屋の霊は浄化したけど、でも」

 空君は私から離れてそう言うと、

「その人は、また憑りつかれる可能性あるかも」

と、そう冷静に言った。


「ひいちゃんが?なんで?憑りつかれやすい体質?」

「体質って言うか、霊と同じエネルギー放っているからさ」

 そう空君が言うと、ひいちゃんは、和室の方に入り込み、

「なんで、そんなこと言うの?嫌がらせ?」

と空君を睨みつけた。



 


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