第7話 空君のオーラで
夕飯が済み、食堂から部屋に戻る廊下はまた寒気がした。部屋に戻っても寒気はおさまらなかった。
「ひいちゃん、寒気しない?」
「寒気?」
「ううん、なんでもない」
やっぱり、私だけか、感じるのは…。なんだか、嫌だなあ。
雨も風もどんどん強くなってきているし。
どうしよう。空君に電話してみる?空君のことを思うだけで、光、出ないかなあ。
「凪ちゃん、先にお風呂入っていいよ」
「え?」
「ユニットバスだから、あんまりお湯ためられないけど。でも、いつも半分くらいお湯ためて入っているんだ。じゃないと、あったまらないんだもん」
「お湯ためたのって、流しちゃっていいの?」
「うん。いいよ。体もその中で洗っちゃうの」
なるほど。
「わかった、入ってくるね」
そして、ユニットバスにお湯をため、入ってみた。でも、寒気は変わらなかった。
「まだ、いるんだ…」
ゾク。
寒気が増した気がする。水場って、幽霊出やすいんだっけ?
慌てて髪と体を洗い、お湯を流して、もう1度体に熱いシャワーをかけた。熱いシャワーで火照った体も、すぐに寒気に襲われた。
やばい。これは絶対にやばい。
急いで体を拭いて、バスルームから飛び出した。
「あれ?早かったね、凪ちゃん」
「う、うん」
「じゃあ、私が入ってくるね」
ひいちゃんはそう言って、さっさとバスルームに入って行ってしまった。
大丈夫なの?ひいちゃん。バスルーム絶対にいると思うんだけど。なんて思いながら、バスタオルで髪を乾かしていると、バチバチっと電気が点滅し、ガラス窓がピシッと音を立てた。
バスルームじゃなくって、こっちの部屋に移動した?私に引っ付いているってこと?
空君、空君、空君!!!!
ブルルルっと、いきなり携帯が振動した。
「うわ」
一瞬、びっくりして飛び上がった。でも、すぐに空君からだって気が付き、電話にすがるように出た。
「空君!」
「凪?どうした?」
「聞こえた?私の声」
「うん。なんか、呼ばれている気がして…。呼んでたよね?」
すごい。以心伝心だ~~~。
「今、友達の部屋にいるの。前に話したひいちゃん」
「ああ、寮に住んでいるっていう?」
「そう。ひいちゃんは今、お風呂に入っているんだけど、部屋にいるの。どうしよう」
「霊?」
「そう。ラップ音がしたり、電気消えたり、寒気も半端ない」
「わかった。魂そっちに飛ばす。電話は一回切るよ、いい?」
「うん」
電話を切って、ベッドに座り、じ~っと静かに空君が来るのを待った。ゾクゾクと寒気が増してくる。
3分くらいしただろうか。ふわっといきなり体があったかくなり、何かに包まれているのを感じた。
「空君?」
空君だ。今、きっと私を抱きしめてくれている。
ふわふわとしたあっかたい空気。いつもの空君のオーラだ。
「ありがとう」
部屋まで明るくなった。あ、きっと、私が空君を感じて光を出したんだろうなあ。
その5分後、ブルルルっと電話が鳴った。
「凪?どう?まだ寒い?」
「ううん。もう平気」
「…よかった。凪から光出たから、もう大丈夫だなって思ったけど」
「そういうのも、魂飛ばしただけでわかるの?」
「うん。見えるから」
「空君、私のこと抱きしめてくれた?」
「うん。…わかった?」
「わかった。あったかかったもん」
「ハグしただけだよ。他は何もしていないから安心して」
「え?」
その時、ガチャリとバスルームのドアが開き、ひいちゃんが部屋に入ってきた。
「凪ちゃん、誰かに電話?」
「あ、うん。じゃあね、ありがとう。おやすみなさい」
空君にそう言って、私は電話を切った。
「お母さんに…とか?」
「ううん」
どうしよう。彼氏だって言っていいかな。
「凪ちゃん、一人暮らしだと親が心配しない?」
「する。っていうか、してる。女の子一人暮らしだし」
「だよね。うちなんて、絶対にダメって言われたもん。まあ、私も一人暮らしなんてするつもりなかったんだけど。寮でも寂しいのに、一人でなんて絶対寂しいよね」
「うん。寂しい…かも」
「じゃあ、ちょくちょく遊びに来てね」
ひいちゃんはニコニコしながらそう言ってくれた。嬉しいけど、この寮には確実に霊がいるから、複雑…。空君と一緒に来るか、碧かパパを来させたら、一発で霊が消えるんだけどなあ。
「今度はひいちゃんがうちに遊びに来て」
そう言って、なんとなく誤魔化してしまった。でも、ひいちゃんは、すごく喜んでいる。
「泊りに行ってもいいの?」
「もちろん」
「嬉しい。いつ行こう」
ひいちゃんは、翌週の金曜、泊りに来ることになった。
土曜日には空君が来るけど、でも午後から来るって言っていたし、かち合うことはないよね。
大学に入ってから、一人暮らしは寂しかった。でも、自分で家事を全部しないとならないこともあり、けっこう忙しい日々を送っていた。まだまだ、食事の用意も洗濯も時間がかかってしまう。
寮にはコインランドリーがあるらしく、乾燥機もついているから楽だとひいちゃんは言っていた。寮に来てコインランドリーを使えば?と言ってれたが、コインランドリーは一階にあるらしく、多分霊がいると思うので断った。
大学生活もまだまだ慣れない。授業もついて行くのが大変だし、始まって間もないのにすでに課題が出される。これで、アルバイトなんてやっていけるんだろうか。でも、アパートの家賃や光熱費をパパに出してもらっているんだから、自分のお小遣いくらいは自分で稼がないと。それに、月に2回は伊豆に帰りたい。その交通費も稼ぎたい。
空君にばかり、こっちに来させたら悪いもん。空君だって、受験生なんだし。
そうだった。塾もあるから、そうそう空君はこっちに来れないんだよね。今度の土曜日はたまたま塾が午前中で終わるらしいけど。
空君が恋しい。と思いながらも、毎日はあっという間に過ぎていき、金曜日がやってきた。
「お料理、二人で作ろうね、凪ちゃん。って言っても、私カレーしかできないけど」
「私も。カレーとシチューくらいしか、まともに作れないの。あとは、失敗ばかりしてる」
「でも、お弁当作ってきてるよね?」
「半分は冷凍食品だもん」
「えらいよ~。私、買ったお弁当ばっかりだもん」
スーパーで買い物をして、それからひいちゃんとアパートに行った。
そして2階まで階段を上って行くと、後ろから足音が聞こえてきて、
「な~~ぎちゃん!今、帰り?俺も!」
という、かっちゃんの明るい声が聞こえた。
くるっと振り返ると、ニコニコ顔のかっちゃんがいた。
「あ、え~~と、なんだっけ?名前」
かっちゃんはひいちゃんを見て、しばらく考え込み、
「確か、男嫌いの秀実ちゃん」
と名前を思い出したのか、ぽんと手を叩いた。
ひいちゃんは私の影にかくれ、
「ど、どうも」
と小声で挨拶をしたが、その声はかっちゃんに届いていないみたいだった。
「そんなに警戒しなくても、襲ったりしないよ」
そう言ってもまだひいちゃんは、私の背中にへばりついている。
ゾク。
あれ?なんだか、背中が寒くなったんだけど、なんでかな。
「もしや、今日凪ちゃんちに泊まっていくの?良かったらうちにご飯食べにくる?今日、すきやきするよ」
「いいです。もうカレーの材料買ったし」
「カレー?いいね!じゃあ、すきやきとカレーってのはどう?」
もう~~~。ひいちゃんが男の人苦手だって知っているじゃない。
「いいです。それじゃ!」
私はそう言い切り、ひいちゃんの腕を引っ張り私の部屋のドアを開けた。そして、さっさと部屋の中に入った。
「もう、あの人ってなんでああ強引なのかな。あ、お兄さんの方も強引なの。なるべく顔を合わせないように気を付けているんだけど」
「男の人の二人暮らしだよね。私、隣がそんな人だったら嫌だ」
「だよね。でも、隣だけだから。あとはみんな、子供がいる家族連れや、新婚夫婦だから安心は安心なんだ。大家さんもすぐ近くに住んでいるしね」
「へえ。そうなんだ」
ひいちゃんは、落ち着いたのか私から離れ、アパートの中に入って行った。
「広いね!」
「うん」
「あ、そうか。来年、親戚の子と一緒に住むんだよね」
「うん」
「仲いい子?」
「え?」
「仲いい子じゃないと、一緒に住むの大変じゃない?」
「それはその…。うん。仲いいと思う」
なんだか、ますますその子は男の子で、彼氏なんだって言い出しにくくなってきた。
「ふ~~ん。一個下?」
「うん。私が3月生まれで、向こうが4月。私が江ノ島に住んでいた頃、伊豆に来るたびよく遊んだし、引っ越してからも…」
「凪ちゃん、江ノ島にいたの?」
「うん。中学の時引っ越してきたの」
「へえ。私はずうっと伊豆にいるから…。江ノ島か~~。いいなあ」
ひいちゃんはそう言いながら、テーブルの前に座り込んだ。
ゾク。
あれ?まだ背中が寒い。まさか、引っ付いているのかな。
「凪ちゃん、テレビ観ていい?」
「うん。じゃあ、お風呂の用意してくるね」
そう言ってお風呂場に行くとさらに寒気がした。
なんで?このアパートにいた霊は、浄化したよね。もういないはずだよね。それともまた、どっかから来ちゃったのかな。まさかと思うけど、ひいちゃんが連れてきたんじゃないよね、寮にいた霊を…。
そのあとも、ずっと寒気が続いた。でも、ひいちゃんには言えないでいた。まさか、幽霊が憑りつきやすい体質で、今も憑りついているかも…なんて言ったら、絶対に怖がるよね。でも、思い切って聞いてみようかな。
夕飯を食べ終わり、二人でテレビを観ていると、ちょうどテレビで怖い映画が始まった。
「こういうの、ひいちゃん観れる?」
「うん。わりと好きかも」
「え?ホラー大丈夫なの?」
「うん。私、人間、特に男性が苦手だけど、幽霊とか別に平気なんだ。ホラー映画も好きだし」
そ、そうだったんだ。
「ひいちゃんは、霊感ってある?」
「それが、ないんだよねえ。あの寮って幽霊出るっていう噂あるんだけど、一回も見たことないし。先輩で金縛りにあった人もいるっていうんだけどね」
やっぱり?
「凪ちゃんは?怖いの得意?」
「ダメ。ごめん、だから、チャンネル変えていい?」
「あ、いいよ」
慌てて違うチャンネルにして、バラエティの番組にした。
「凪ちゃんは、幽霊見たことある?」
「ない。でも、霊感はあるほうかもしれない」
「そうなの!?」
あれ?目が輝いた。なんだ。こういう話も好きなのか。じゃあ、大丈夫かな。
「寮に行った時も、ちょっと寒気がしたの」
ちょっとどころじゃないけど。
「本当?私、なんにも感じなかった。じゃあ、やっぱり幽霊いるんだ」
「本当に何も感じないの?」
「うん。まったく。幽霊は見えないの?凪ちゃん」
「うん。見えない」
「そっか~~~。な~~んだ」
がっかりされた。
それから、ひいちゃんが今まで聞いたっていう、怖い話をしてくれた。でも、空君みたいに霊と話せたり、幽体離脱できちゃう友人はいないようだ。やっぱり、空君ってかなりの力の持ち主なのかもしれないなあ。
「ふあ~~。ごめん、凪ちゃん。眠くなっちゃった。昨日あんまり寝ていなくって」
「じゃ、布団敷くからもう寝ようか」
和室のテーブルを片付け、布団を敷きだすと、
「もう2枚布団があるの?」
とひいちゃんが、私に聞いてきた。
「うん。パパとか、弟が泊まって行けるように」
「弟って、高校1年?まだまだ、幼い?」
「う~~ん。どうかな。もう背もあるし、声変わりもしているし…」
「じゃあ、私、ダメかも」
「え?」
「会えないかも。背が小さい、幼い感じの子なら会えたのになあ」
布団に寝っころがり、ひいちゃんがそう言った。碧が来たら会うつもりでいたのかなあ。
あ、まさかと思うけど、空君とも会いたいとか言い出さないよね。でも、来年になったら、親戚の子が男の子だってばれちゃうね。いつか、言わないとな。
あっという間にひいちゃんは眠ってしまった。私は寒気がなかなかおさまらず、なかなか眠れなかった。
空君!心で呼んでみた。すると、空君が数分後にやってきた。
すごいなあ。心で呼ぶだけで空君魂飛ばしてくれるんだもん。ああ、あったかい。寒気がふっとんだ。
空君のオーラを感じただけで嬉しくて、私から光が飛び出るのがわかる。
ふわあ。部屋全体があったかくなり、私はようやく眠りにつくことができた。
明日の午後には、2週間ぶりに空君がやってくる。嬉しい!
そんなことを思っていたからか、寝る前に空君が来てくれたからか、その日は空君と海辺をデートしている夢を見た。穏やかで、あったかいオーラに包まれている夢だった。