第6話 新しい友達
空君は、
「見送りはいいよ」
と言って、伊豆に帰って行った。
途端に、私の部屋は光を失った。
寂しい…。
でも、寂しがってばかりもいられない。
大学の入学式、パパとママが来てくれて、一緒に行った。周りには知らない人ばかり。当たり前と言えば当たり前だけど、緊張する。
パパとママは、アパートにも来てくれた。
「隣、若い男が兄弟で暮らしているんだって?」
「え?何でパパ知ってるの?」
「空から聞いた。兄のほうは、学校の先生で彼女持ち。で、弟のほうが凪にちょっかいだしそうだって」
「だ、大丈夫だと思うよ。だって、空君って言う彼氏がいるの知っているし」
「わかんないだろ?凪、ぜ~~ったい、そいつを家に入れたり、一人で隣の部屋に行ったりするなよな!」
「うん」
「ここ、アパート決める時、不動産屋がさ、家族連れしか住んでいません…って言うから安心したのに」
「聖君、きっとご兄弟だから、家族連れのうちに入っちゃったんじゃない?」
ママがそう言うと、パパが拗ねた顔を見せた。
「そう言えばパパ、ここって家賃安いの?」
「なんだよ、凪。そういう心配はしないでもいいの」
「そういうことじゃなくって。ここってね、幽霊が出ちゃう部屋だったみたいで、前の人もすぐに引っ越したらしいんだ」
「え?ゆ、幽霊?」
あ、ママが怯えちゃった。
「いない、いない。そんなまがまがしい雰囲気もしないじゃん」
「それはパパがいるから。パパいると幽霊逃げ出すもん」
「じゃ、いないってことだろ?」
「まあ、うん。もう、いないと思う」
「ほんと?大丈夫なの?凪。凪って幽霊が寄ってきやすいんだよね?」
「大丈夫。空君来た時、光が出て、ぱあっと消し飛んじゃったし」
「そうか。じゃあ、なるべく空君に来てもらったほうがいいね」
ママがそう言うと、
「空じゃなくたって、俺や碧でもいいんだろ?」
と、口を尖らせながら言ってきた。
「うん。パパも来てね、寂しいから」
「凪~~~~~~~~~~~~~~!パパもすげえ寂しい!!」
むぎゅ~~~っと抱きしめられた。
「苦しいよ、パパ」
「今日、泊まってく」
「何言ってるの?聖君、明日仕事でしょ?」
「朝一番の電車で帰る」
「それでも、間に合わなくなっちゃうよ、パパ」
「じゃあ、明日も休む~~」
駄々こねだした。本当にもう、大人げないんだから。
「泊まるのはまた今度ね、パパ。今日はママと帰って。ママだって、一人で帰るの寂しいよ。ねえ?」
ママにそう聞くと、ママはコクンと頷いた。
「そっか。桃子ちゃんが寂しい思いをしちゃうのか…」
納得して、ようやくパパとママは帰って行った。
本当にもう。雪ちゃんだって待っているって言うのになあ。まあ、くるみママと爽太パパが雪ちゃんの面倒を見ているから大丈夫だと思うけど。
「はあ…」
アパートの部屋に一人きりになると、一気に寂しくなる。やっぱり、パパに泊まってもらえば良かったかなあ。
早くに友達作らないと、寂しいな。
「明日から、大学で頑張らないと」
夕飯を食べて、お風呂に入って、明日の準備をして、早々と私は布団に入った。
でも、寂しさと緊張が入り交り、なかなか眠れなかった。
11時半を過ぎた頃、ふっと空君のオーラを感じた。
「空君?」
来てくれてる。そう感じられ、すごく安心できた。そして、すうっと私は眠りについた。
大学が始まると、すぐに友達ができた。やっぱり、伊豆から来ているという子だった。
「下田のほうからなの?私は西伊豆からなんだ」
なんでも、家は旅館をしているとか。
「凪ちゃんって呼んでいい?私のことはひでちゃんでも、ひいちゃんでも、好きなように呼んでね?」
「え?うん」
瀬戸秀実ちゃん。私はひいちゃんと呼ぶことにした。
「良かった~~~。誰も知っている人もいないし、不安だったの。早く友達作らないとって思っていたんだけど、声かけづらい人ばかりで。でも、凪ちゃん一目見て、あ、仲良くなれそうって思って、声かけたんだ」
「そうなの?」
「こっちで一人暮らしだよね?」
「うん。大学からも近いんだ」
「え?そうなの?私は寮に入っちゃった。一人暮らしなんて怖いし、無理かなって思って」
「寮なの?」
「うん。今度遊びに来て」
「え?いいの?」
「うん。女子寮に男子は入れないけど、女友達なら全然OK。部屋も一人部屋だし、泊まっていくことだってできると思うよ。あ、狭いベッドに二人で寝ることになるけど…」
「そうなんだ。じゃあ、ひいちゃんもうちに遊びに来てね」
「わあ!なんか、嬉しいかも!」
そう言ってひいちゃんは、頬を高揚させ喜んだ。
ひいちゃんは、一見大人しそうだ。でも、話してみると、けっこうおしゃべりで楽しい子だ。翌日も、そのまた次の日もひいちゃんと一緒に行動をした。
そして、とうとう、構内でかっちゃんに遭遇し、
「凪ちゃん!やっぽ~!」
と声をかけられた。かっちゃんも、一見大人しそうで、寡黙なタイプに見えるのに中身は全然違う。
「誰?凪ちゃん」
こっちに駆けてくるかっちゃんを見て、ひいちゃんは私に聞いてきた。
「アパートの隣の人なんだ」
「彼氏とか?」
「違う、違う」
思い切り首を振って否定した。
「凪ちゃん、やっと会えた~~。学部どこか聞かなかったから、探しちゃった」
「ど、どうも」
「お友達?俺、遠山克弘。かっちゃんって呼んで。で、君は?」
かっちゃんも、しげちゃんと一緒で、馴れ馴れしい~~。
「わ、私は、その…」
あれ?黙り込んじゃった。
「あの。えっと。瀬戸、秀実といって、その」
「秀実ちゃんね?よろしく!」
かっちゃんが、勝手にひいちゃんの手を取り握手をした。すると、ひいちゃんは真っ赤になってしまった。
「ごごご、ごめんなさい。お、男の人苦手で」
「へ?」
「あ、でも、よろしくお願いします」
そう言いつつ、ひいちゃんはさっと私の影に隠れてしまった。
「面白いね、君。今時男が苦手なんて」
「すみません」
小さく縮こまりながら、ひいちゃんはそう言った。
「私とひいちゃん、お昼食べに行くから、それじゃ」
「じゃあ、俺も…」
「ごめんなさい。悪いけど」
私はひいちゃんの腕を引っ張り、さっさとかっちゃんから離れてカフェに移動した。
「ごめんね~、凪ちゃん。もっとあのかっちゃんって人と話したかったよね?」
「ううん。全然。かえって離れられて良かったよ」
「ほんと?実は、かっちゃんのことが好きで…とかない?」
「ない、ない!」
私はまた首を横に振った。
そしてカフェの席に着き、お昼を食べながら、ひいちゃんの男嫌いになった訳を聞いてみた。
「もともと、男の人は苦手なの。でも、高校1年の時、3年生の先輩に付き合ってって言われて、お付き合いをしたんだけど、お付き合いして2か月めで部屋に遊びに行ったら、いきなり抱き着かれて…」
え~~~~~~~~~?何その男!
「私、思い切り抵抗して帰ってきて…。そのあと、学校もしばらく行けなくなって。でも、すぐにその先輩、卒業したから、そのあとは学校も行けるようになったんだけど、それ以来、男の人がみんな不潔に思えて」
「そんな経験しちゃったら、そうなるよ。私だって、男の人苦手なの。特に、むさくるしい人とか、やたらと男っぽい人ダメで、近寄るだけで鳥肌立ったりするもん」
「凪ちゃんも?」
「うん。一回、嫌らしい眼で男の人に見られてから、苦手になっちゃったの」
「良かった。彼氏の部屋に遊びに行った時点で、そうなるってわかってたでしょ?自業自得だよって言ってきたクラスメイトがいて、私がいけなかったんだって、すっごく落ち込んで…」
「そんなの、相手が悪いに決まってるじゃん。だいたい、付き合って2か月やそこらで、抱き着いてくるなんて、そんな男最低だよ」
「良かった。でも、凪ちゃんは、そういう子だって思った」
「そういう子?」
「男の人と遊んでいないような、真面目な子」
にこにこしながら、ひいちゃんはそう言った。
その日は、ひいちゃんの寮に遊びに行った。夕方から雨が降りだし、気温も下がり、空も暗くなっていた。こんな日は、ちょっと嫌だ。だから、アパートで一人でいるより、ひいちゃんと一緒にいれて良かったかも。
と思ったのもつかの間、寮に入ると、一気に寒気に襲われた。この寮、いるかも、幽霊…。
「ひいちゃんの部屋ってどこ?」
「3階なの」
階段を上り、3階まで行くと、3階の廊下は明るく、寒気もしなくなった。ってことは、1階に霊はいたっていうことかな。
幽霊がいるとか、そういう話はひいちゃんにしないほうがいいな。ひいちゃん、怖がりそうだし。
「どうぞ、入って」
「お邪魔します」
部屋は、勉強机とベッドがあり、ユニットバスもある。
「ここの寮は女子だけの寮なの。それも、個人部屋になっているし、ちょっと高いんだけど、男子と一緒の建物とか絶対に嫌だもん」
「そういう寮もあるの?」
「うん。大学構内の寮は、同じ建物に男子と女子がいるの。食堂も共通。そんなところに住みたくないし」
「いいなあ、ここ。大学構内じゃないけど、大学に隣接しているし、スーパーも近くにあるし。食事は?」
「食堂があるの」
「へ~~。私、料理得意じゃないから、毎回ご飯を作るのが面倒で…」
そう言いながら、カバンを床に下ろした。
「ベッド、小さいから寝るの大変になるけど、ごめんね?」
「ううん」
二人でフローリングの床に座った。ひいちゃんは、家で飼っている犬や猫の写真や、妹さんの写真を見せてくれた。
「まだ、中学1年なの。甘えん坊で、私が家を出ていく時泣いちゃって」
「私の妹は、1歳だよ」
「え?!そんなに年離れているの?」
「うん。すっごく可愛いよ」
「えっと…。親御さんが再婚…とか?」
「ううん。ずっと子供ができなかっただけで…」
「そうなんだ。じゃあ、大変だったんじゃない?高齢出産…だよね?」
「ううん。私のお母さん、私のこと17歳で産んだから。まだ、30代半ばなの。お父さんもまだまだ若くて」
「ええ!17っていったらまだ高校生じゃないの?」
「うん。あ、でも産んだのは高校卒業してから」
「高校中退とかじゃなくて?」
「うん。ちゃんと卒業したよ」
「お父さんも高校生だったの?」
「パパは大学1年になってた」
「若い。私たちの年にはもう、ママだったんだね」
「そうだよね。そう考えるとびっくりだよね。今の私じゃ結婚とか、出産とか考えられないもんね」
「じゃあ、それからずっと子供出来なかったんだね」
「ううん。弟もいる。弟は2つ下だよ」
「高校2年?」
「うん。すごく生意気なんだよね~」
「そうか。男性苦手でも、弟さんは…」
「ああ、大丈夫。男性でも、むさくるしくなかったら平気だし」
そんな話をしている間にも、雨はどんどん強くなり、風も強くなってきた。
「雨、強くなったね」
窓ガラスに打ち付けられる音が激しくなった。
「あ、もう夕飯の時間だ。そろそろ、食堂に行こう、凪ちゃん」
「うん」
部屋を出た。すると、廊下がさっきよりも暗くなっていた。雨のせいかな…とも思ったけれど、寒気もする。
階段を降りるとさらに暗さは増し、一階は寒気どころか、頭痛までするほどだ。でも、ひいちゃんはまったく何も感じないようで、
「お腹すいちゃった」
と言いながら、食堂に向かて歩いている。
食堂に入った。食堂は明るく、寒気もしなかった。
いるのは廊下だ。
「まだ、寮でも友達ができなくって、いつもは一人で食べてるの」
夕飯を食べている途中で、ぽつりとひいちゃんが寂しそうに言った。
「凪ちゃんも、寮に住んでいたらよかったのに」
「そうだね…」
「じゃあ、今からでも来ない?まだ、部屋あいているよ」
「え?」
「アパート引き払って」
「ごめん。そういうわけには…」
「でも、家賃払うよりは安いよ」
「うん。だけど、来年…、し、親戚の子が伊豆から出てきて一緒に住むことになっているから」
「そうなんだ。そっか~~~」
嘘は言っていない。でも、それが彼氏だってことはなんとなく言えなかった。
男性が苦手だって言ってしまったせいで、なんとなく空君の話をしづらくなり、その後も彼氏がいるという話題はまったくしなかったし、ひいちゃんからも聞かれることはなかった。