第39話 突然の…
ふわ…。空君から、石鹸の匂いがした。それだけでもキュンってした。
それに、いつも空君が幽体離脱して来てくれると感じる、あの優しくて可愛いオーラ。
だけど、空君、さっきからちょっとぎこちないみたい。ボタンを外すのも、苦労しているみたいだ。
やっと、パジャマのボタンを外し終えると、首筋にキスをしてきた。わあ、空君の髪があごにかかってくすぐったい。
わあ、わあ!そのちょっとポサポサッとしている髪すら、可愛らしくて愛おしくなる。
キュキュン!
そっと空君の髪を撫でた。その瞬間、空君は顔を上げて私の目を見つめてきた。
ドキ。
「大丈夫?凪」
え?何が?
「俺のこと、怖くない?」
「怖がっているみたいに見える?」
「……ううん。さっきから、光は出まくっているけど」
「だよね?」
「自覚しているの?光出していること」
「うん。だって、空君が…」
ギュ。今度は空君の背中を抱きしめてしまった。
「可愛いんだもん」
そこまで言うと、空君が「え?」と驚くようにたじろいだ。
「可愛いって…。えっと」
あ、困ってる?
「ごめん。言い方悪かったかも。可愛いって言うより、愛しい?」
「……いとしい?」
今度ははにかんでいるみたいだ。キュキュン!
ああ、もう。怖いどころか、さっきから胸がキュンキュンしちゃって大変だよ。
ぎこちない手つきにも、キスにも、私を気遣っているような視線にも、ずっとキュンキュンしっぱなしだよ。
部屋がずっと明るい。電気を消しても明るいのが自分でもわかる。私から発しちゃってる光のせいだ。
空君もずっとそれを感じているみたいで、時々ふっと視線を光に向けて眩しがってた。
そして、何かを確信して安心したように私を見つめる。
「凪」
「ん?」
「大好きだからね?」
「私も!」
そう言って抱き着くと、空君は私の頬にもおでこにもキスをしてくれた。
やばいなあ。空君が可愛いなあ。可愛くてしょうがないなあ。
私からも空君にキスをした。空君の頬にも鼻の頭にも。そのたびに空君がくすぐったそうな顔をする。その顔も可愛い!
空君の前髪をあげてみる。おでこも眉毛もかわいい。
空君の耳たぶを噛んでみる。やわらかくって可愛い。
ぎゅ~って抱きしめてみる。可愛いよ~~~~~。
「凪、凪…」
「え?」
「苦しい」
「ごめん」
苦しがっているとは知らず思い切り抱きしめちゃった。両腕を緩めると空君は少し顔をあげてから、私の胸元にキスをしてきた。
ドキン。
ドキドキ。
ねえ、空君。今、凪の胸小さいとか、物足りないとか思っていないよね…。
「空君」
「ん?」
「胸、小さくってごめんね」
「え?!」
空君が慌てたように顔をあげた。それから、ぷっと吹き出した。
「な、なんで笑うの?」
「だって、変なこと言って謝ってくるからおかしくって」
「だ、だ、だって」
「安心してね。俺、巨乳って好きじゃないから」
「う、うん」
「もう。そんなこと言う凪、かわいすぎる」
そう言うと、空君はキスをしてきた。キスをして、顔をあげて私を見て、また唇を近づけキスをする。
「凪」
「ん?」
「凪~~~」
「うん?」
「やっと、やっとこ凪のことを抱けた」
「え?」
「ずっと、我慢していたから」
我慢していたの?やっぱり?
「これからは、毎日一緒だね」
「うん」
空君は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔が可愛くて、また私は抱きついた。
二人で一つの布団に潜り込んだ。私が「えへへ」と笑うと、空君もマネして笑った。それから、二人で手を繋いだまま、仰向けになって天井を見上げていた。
「なかなか、光が消えないね、凪」
「うん」
だって、今も幸せ感じてて、空君が大好きで大好きで愛おしくてたまんないって、思っているんだもん。
「全然、怖くなかった?」
「うん」
「良かった。俺、ちょっとだけ、心配してた」
「何を?」
「凪が途中で俺のこと、怖くなっちゃわないかなって」
「空君を?まさか!」
「ほんと?ちょっとでも、不安ってなかった?」
「……うん。ない。いつもと同じように、空君のオーラ、優しかったもん」
「そっか」
ぼそっとそう言うと、空君は照れくさそうに私の顔を見つめてきた。
「凪も、あったかい光をずっと出しててくれたよ?」
「う、うん。知ってる。自分でも見えてた」
「途中、光が消えないかって、心配もしてた」
「え?」
「そうしたら、すぐにでも中断する覚悟でいたし」
「なんで?」
「光消えるってことは、俺を拒絶したり、怖がったりしている時かなって」
「そんなの、あるわけないのに。もう~~~~。空君、私のこともっと信じてよ。私ね、思いっきり、思いっきり、思い~~~っきり、空君のことが大好きなんだからね!」
「はい。すみません。信じます」
あれ?素直だ。可愛い。
「今日、十分にわかった。凪の光を見て、凪の想いが十分に伝わったから」
「……」
光見ないとわからないってことかなあ。
「俺、ちょっとだけ自信なかったし」
「なんの?」
「俺も、男だし。男の俺を知って、凪が嫌がるんじゃないかなって、その辺、自信なかった」
「他の男と、空君は別なの。まったく別の次元にいるの。もう、別格なの。わかってなかったの?本当に」
「はい、すみません。思い知りました」
何を~~?
「何を思い知ったの?」
空君の方を見据えてそう聞き返すと、
「凪が俺のこと、すげえ好きだってこと」
と、照れくさそうに空君は視線を外してそう答えた。
「やっと思い知ったの?」
「ごめん」
空君は謝りながら、私のおでこに自分のおでこをくっつけた。そして、私の目をじっと見つめながら、
「凪が俺を怖がるなんてこと、有り得ないんだね」
と、真面目な顔をしてそう呟いた。
「そうだよ。怖がるどころか、ずっと空君が愛しい!!って思っていたんだから」
「うん、それも、十分に伝わった」
ムギュ。空君の方から抱きしめてきた。
「俺も、凪が可愛くて愛しくてたまんない。それも、伝わった?」
「うん」
私も空君を抱きしめた。
あ~~~。また、光が飛び出ちゃった。部屋から外まで飛び出して、そこいら辺にいる霊をたくさん、成仏させたみたいだ。キラキラ眩しい光が空に向かって消えて行った。
空君が抱きしめてくれるのも、キスをしてくれるのも、全部が嬉しくてそのたびに光が出た。それがちょっと恥ずかしいなって思っていたけど、そんなことなかった。だって、そのたびに空君は嬉しそうにしていたから。
布団に二人で潜り込み、引っ付きあって眠るのは何年振りだろう。あれは、まだお互いが小学生の頃。伊豆に来ると私はいつも、空君の家で寝泊まりをして、空君と同じ布団で寝ていた。空君の隣にいられるのが嬉しくて、やっぱりその頃から空君は可愛くて、その頃と空君から発せられるオーラは全く変わっていない。
それに、ぽさぽさしている髪とか、寝息とか、そういうのもおんなじだ。
すぐ隣にいる空君の、あったかくって可愛いオーラに包まれ、安心しきって私は眠った。
それから、私たちの同棲生活は始まった。
朝起きた時から、ずっと空君と一緒なのは、本当に嬉しかった。
一緒にご飯も作ったり、洗濯物も干したりした。掃除も一緒にして、買い物にも一緒に出かけた。
空君もバイトを始めて、空君は緊張しながらもホールを頑張った。そのうち、空君目当てで寮にいる女子大生たちがやってくるようになったけれど、大学が始まると、空君には彼女がいるという噂が広まり、空君を狙う女子大生もいなくなった。
テニスサークルには空君は、結局入らなかったけれど、サーフィンのサークルがあって、空君はそこに参加した。もちろん、そこでも、空君には彼女がいると知れ渡っていて、言い寄る女性もいなかった。
どうやら、私と空君が同棲しているという噂が大学内で広まっているので、わざわざ空君を狙う女性もいなかったようだった。
「だって、キャンパス内でもすごく仲よさそうにしているんだもん。そりゃ、あんなにラブラブなところを見せつけられたら、誰も空君を射止めようとは思わないって」
そうテニスサークルに、久々に顔を出したひいちゃんに言われてしまった。
「ラブラブ?」
「そうだよ。べったりくっついて歩いているし」
うわあ。そうだった。私、ついつい家にいる延長みたいに、空君の腕に引っ付いたりしているかもしれない。
「ひいちゃんだって!仲いいじゃん、かっちゃんとさあ」
言い返してみたが、
「あんなに外でべったりしないよ、いくらなんでも」
と、逆に言い返された。
ああ、返す言葉がもう見つからない。空君も嫌がらず、私にべたっとくっつかれても、固まったままでいるし。
「空君ってさ、他の女子とはあんまり話さないし。あんまり、表情も変えないし。凪ちゃんといる時だけ顔がにやけるから、周りも勝手にすればって思っているんじゃないの?」
「う…。そうなの?」
「まあ、いいじゃない。ライバルいないほうが」
「うん。空君、高校時代モテていたし、心配だったんだよね」
「大学じゃ、空君には仲のいい彼女がいるって有名だから、大丈夫だよ」
そこに、サークルの他の子が現れ、ひいちゃんはその子に明るく挨拶をした。
ああ、前のひいちゃんとは別人みたいだ。これが、本当のひいちゃんなのかもしれないな。
ずっと自信がなくて、自分を嫌って、霊が憑りついちゃって、暗くなっていたひいちゃん。だけど、本来は明るくて、可愛くて、輝いている。
そんなひいちゃんを、いつもかっちゃんが見守っている。それを見ていると、こっちまで微笑ましくなってくる。
「微笑ましいのはそっちでしょ。いつまでも、初々しいカップルだよね」
そうかっちゃんには言われるけれど、かっちゃんとひいちゃんだって、仲いいよ。
明日から、GW。私と空君は伊豆に帰る予定だ。まりんぶるーも水族館も忙しいから、そうそうパパやママには甘えられない。でも、空君とまりんぶるーの手伝いでもして、親孝行してくるつもりでいる。
まだまだ、元気なおじいちゃんと、優しいおばあちゃんにも、まりんぶるーのあのリビングで会って来よう。
碧も文江ちゃんとまりんぶるーに顔を出すって言っていたし。
「そういえば、最近、家の近所に東京から引っ越してきた若い夫婦がいるんだって」
伊豆までの電車の中で、私は空君にそんな話をし始めた。
「ママが言っていたんだけどね、今、3歳になる男の子がいて、雪ちゃんが気に入っちゃって大変らしい」
「うそ。聖さん、大変なんじゃないの?」
「そうなの!潤君っていうんだけど、雪に近づかせるなってママにうるさく言ってくるらしいの。でも、あの辺って他に、雪ちゃんと同じくらいの子いないし、潤君くらいなんだよね、遊び相手って」
「あ~~あ。可哀そう、聖さん」
「なんで?」
「俺だって、雪ちゃんが他の男にとられるの嫌だし」
「え?!何それ」
「なんか、俺も、雪ちゃんの兄貴?もしくは若いパパって感じだから。碧も嫌がっているんじゃないの?」
「碧は別に。仲いいんだからいいじゃんって、そう言っているみたいだけど」
なんで、空君は嫌なの?複雑。
「空君、途中で私より、雪ちゃんの方がいいなんて、言わないよね?」
「え?あははは。何を心配しているわけ?言うわけないじゃん」
「でもさあ」
そう言って口を尖らせると、私の手をポンと叩いて空君が私の顔を覗き込んだ。
「大学卒業したら、結婚しようね、凪」
「え?」
びっくり。いきなりのプロポーズ?
「そんで、早めに子供がほしいな、俺」
「う、うん」
わあ、そんなことをそんな可愛い顔で言うなんて反則。
また、キュキュキュンってしちゃったよ。
「で、その頃には雪ちゃんも大きくなってて、実家に遊びに行くと、俺らの子の面倒を見てくれると思うよ?」
「……そうだね」
「うん」
にこり。
空君がまた、お日様みたいに可愛く笑った。
まりんぶるーに着いた。
「おかえりなさい」
春香さん、くるみママ、そしてママが優しく出迎えてくれた。私と空君は荷物を持って、そのままリビングに上がった。
「おかえり、凪、空」
おじいちゃんが、優しく出迎えてくれる。そうしてその隣で、
「おかえりなさい」
おばあちゃんが優しく暖かく、光のように出迎えてくれた。
「おばあちゃん?」
わあ!なんで?私にも見えたよ!!
「凪、おばあちゃんが見えるの?」
「うん!あったかい光みたいに見える」
「そうか。凪にも見えるようになったか」
おじいちゃんが笑った。
「おばあちゃん、ただいま」
「ゆっくりしていってね、凪ちゃん」
「うん」
おばあちゃんの笑顔は生きていた頃と変わらず、優しかった。
ゴールデンウィークは忙しかった。私も空君も手伝ったけれど、それでも忙しさは半端ないくらいに。
夕方からは毎日リビングに行って、おばあちゃんとおじいちゃんと過ごした。それは、子供の頃と同じ優しい空間だった。
そうして…。
休みを開け、大学に戻り、まだ梅雨前だと言うのに暑さが続いている頃、突然の訃報が私と空君に飛び込んできた。
「おじいちゃんが、亡くなったから、急いで帰ってきて!」
ママからの電話は衝撃だった。私は空君と慌てて伊豆に戻った。




