表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/40

第36話 受験

 2月。いよいよ、空君の受験の日。天気予報ではその日は雪マークがついていて、パパが心配して、前日から私のアパートに空君が泊まることとなった。


 クリスマス辺りから空君は風邪をひき、お正月に初詣に行くこともできなかった。空君は行きたいと言ったけど、パパが反対したからだ。

「俺がお前の代わりにお参りしてくるから、お前はちゃんと休んでろ」

 櫂さんも春香さんも、そこまで過保護じゃないのに、パパが一番空君に過保護になってる。


 今回、雪マークが出ただけでもパパは、すぐに空君を私のアパートに泊まらせるって言い出したようだし。春香さんも、早めに家を出たらどうにかなるわよ、なんて言っていたみたい。伊豆で大雪なんてそうそうないし、大丈夫だろと、櫂さんも楽天的に考えていたらしいんだけど。


「それでも、なんかあって受験に間に合わなかったら大変だろ」

 パパはそう言い張り、空君は私のアパートにやってきた。


 1泊だって。どうしよう。ああ、ドキドキする。

 でも、明日受験なんだもん。早くに寝てもらわないとだし、そんなドキドキするようなこともないんだし。


「凪!」

 駅の改札口で待っていると、空君が手を振って走ってきた。すごく元気そうだ。

「空君、元気そう」

「え?うん。元気だよ」


 にこりと空君は笑った。

「お正月、やっぱり体調悪かったんだね。顔色も青かったし」

「ああ、あの時。食欲もなくて、鼻づまりもあったし、咳も出てたし、確かに元気なかったかも」

 なんだ~~。初詣に行くと空君、ちょっとムキになっていたけど、行かなくて正解だったんだ。パパの判断が正しかったのかも。


「今は元気だよ。食欲もあるし」

「そうなの?」

「それに、今日凪の部屋に泊まれるって思ったら、なんか嬉しくって」

 空君の足取りも軽やかだ。今にもスキップしそうなくらいに。可愛い。


「えへ。私も嬉しい」

 空君の腕に引っ付いてそう言った。

「でも、よくパパが許してくれたよなあ」

「そんだけ俺、信頼されてるみたい」


「え?」

「だから、手は出しません。期待にそえなくてごめんね」

「ええ?期待なんかしていないよ。もう!」

「ははは」

 なんて言って、ほんのちょっと期待したかも。ドキドキしていたし。


 夕飯は私のバイト先に行った。バイトのみんなが、

「え?凪ちゃんの彼氏なの?かっこいいじゃん」

とキッチンからも顔を出し、そう言っているのが聞こえた。


「…男、けっこういるね」

 それを見た空君が、そう呟いた。

「そうかな」

「大学入って、やっぱり凪の周り、男が増えていたんだ」


「でも、仲良くしているのってかっちゃんくらいだし。かっちゃんにはラブラブの彼女がいるし」

「ひいちゃんさん?どう?あれから大丈夫?」

「うん。幸せオーラ出しているからかな。幽霊も寄ってこないみたいだよ」

「まあ、体質ってのもあったかもしれないけど、あの寮がやばかったんじゃない?」


「じゃあ、あの寮に今いる人って、危ないんじゃ」

「そうかもね。あ、だからって、霊退治しにいこうなんて馬鹿なことは考えないでね、凪」

「え?しないよ。霊退治なんてできないし」

「そうだよ。強力なやつだといくら凪でも、太刀打ちできないだろうから」


「……そうかな。空君がいたら、大丈夫な気がするんだけど」

「だめ」

 あ、怒られた。

「わかった。あの寮には近づかないようにするね」


 夕飯を食べ終わり、二人でアパートに帰った。空君は部屋に入った途端、

「ああ、この部屋、すげえ癒される」

と、荷物を置くと畳の上に寝転がった。


「どうしたの?具合悪いの?」

「ううん。ちょっと、凪のオーラ感じまくりたいだけ」

 なんだ、それ。


「だったら」

 私はその横に寝転がった。そして、空君の腕に抱きついた。

「直に私から感じたらいいのに」

 そう言うと、空君は真っ赤になり、

「それは無理」

と、立ち上がってしまった。


「なんで?」

 うわ。なんか、寂しいよ。

「だって、こんな状況で抱き着いたら、俺、セーブできない」

「え?」


「布団も、隣の部屋に敷いて」

「え?そんなの寂しいよ」

「まじで、凪、悪いけど、すぐ横だったらきっと俺、朝まで寝れないから」

「………うん、わかった」


 私も起き出して、お風呂を沸かしに行った。

「空君から入っていいよ」

「うん」

 空君はカバンの中から、下着やスエットを出した。


「凪」

 それから私を見ると、ちょっと切なそうな顔をして、

「春休み、こっちに引っ越すから、だから、その時まで」

と、ぼそっと呟いた。


「え?」

 その時まで?

「なんとか、俺も我慢するから、凪も」

 我慢って、え?


「本当は今も、ギュって抱きしめたいんだけど、そのまま押したおしそうだし」

「……」

「ごめん。俺、こんなギリギリで」

「ううん」


 ぶるぶるっと首を横に振った。そうか。空君、私が思うよりもずっと我慢とかしてくれてるんだ。じゃあ、私も、空君に抱き着きたいし、隣で寝たいけど、我慢しなきゃ。


 テーブルとかを片付け、空君の布団は普段リビングにしている部屋に敷いた。私の布団も敷き、空君がお風呂から出ると、

「布団敷いたから、眠くなったら寝てね」

と言い、お風呂に入りに行った。


 チャポン。なんとなく空君のオーラがまだ漂っているバスタブに浸かり、空君を思い出した。

 寂しい。

 じゃなくって、すぐそばにいるじゃない。一緒の部屋にいるんだよ!

 あ、なんか一気にまた、気持ちが上がった。ベタッとくっつけなくたっていい。直に声が聞けて、空君の姿が見えるだけでも嬉しい!


 お風呂から出ると、空君は片付けたテーブルを部屋の端に置いて、勉強をしていた。

「あ、ごめん。勝手にテーブル出しちゃったよ」

「ううん。こっちこそ、片付けてごめんね」

「なんかさ、落ち着かなくて。今さら何かしても、頭の中にも入ってこないんだけど、でも、こうやって参考書開いているだけでも落ち着くんだ」


「わかる。私もそうだった。っていうか、私の場合、まじで前日まで慌てていたかも」

「凪の受験、俺、あんまり気にかけなかったよね。ごめん。でも、凪はいつでも勉強できていたし、絶対に受かるだろうなって思っていたから」

「……空君だって、絶対に受かるよ」


「お守りあるしね」

 空君はそう言って、お守りを出した。合格祈願のお守りと、健康祈願のお守りだ。健康はパパが買った。多分、お正月に空君が風邪をこじらせていたからだろうな。


「これ、ご利益あるよ。お守り持ってから、風邪もひいていないし」

 そう言って空君はニコリと笑った。可愛い。抱き着きたい。いや、我慢、我慢。


「あったかいものでも飲む?ホットミルク作ろうか」

「うん。サンキュ、凪」

 今の笑顔も可愛い!キュキュン!


 牛乳をミルクパンであっためながら、空君の笑顔にまだキュンキュンしていた。空君のあの笑顔って、特別なの。他の人には本当に見せないんだよね。

 えへ。


 ちょっと優越感に浸りながら、ホットミルクをテーブルの上に置いた。

「サンキュ」

「なんか欲しいものあったら言ってね。私、アイロンがけでもしているから」

「うん」


 隣の部屋に入り、ブラウスとかにアイロンをかけだした。一緒に住むようになったら、空君の服にもアイロンをかけるのかな。いいな、それ。新婚さんみたいじゃない?


 わくわくだ。あとひと月もしたら、一緒に住める。

 

 思えばこの1年、長かった。あっという間のような気もするけど、寂しい日の方が多かったよね。

 襖をちょっと開けて、空君を見た。真剣なまなざしで参考書を見ている。

 いいな。見ようと思ったらすぐに空君が見れる。


「凪、襖開けておいて」

「え?」

「閉めないでね。なんか、寂しいから」

「うん」


 空君の本当に寂しそうな顔にまた、胸がきゅんってした。


 寝る時も部屋は別だけど、襖は開けておいた。そして、

「おやすみ、空君」

「おやすみ、凪」

と、そう言い合えることに喜びを感じた。


「凪」

「え?」

「ずっとね、この部屋光に包まれてるよ」

「私、ずっと喜んでいるもん」


「だから、すげえ癒されてる。明日のこと考えても、不安にならないくらい」

「良かった!」

「おやすみ、凪」

「おやすみなさい」


 しばらくすると、すーすーという空君の寝息が聞こえてきた。私はそっと布団から抜け出し、空君の寝顔を見に行った。

 可愛い。めちゃくちゃ可愛い。


 この寝顔を毎日見ていたい。

 朝まで寝顔を見ていたかったけれど、ちゃんと寝坊しないで起きるため、布団に戻った。

 目覚ましをセットして私も眠った。


 そして翌朝。空君より早くに起きて、朝食を作った。ハムエッグとロールパン、サラダにフルーツ。

「空君、起きて。朝だよ」

 空君のほっぺを突っつきながらそう言うと、空君は、「ん~~」と寝返りを打った。


 可愛い。寝癖ついてる。

「空君、起きて」

 抱き着きたい衝動に駆られたけど、ぐっと我慢して、空君の肩をゆすった。

「ん~~、今、何時?母さん」


「母さんじゃないよ、凪だよ」

「………」

 一瞬黙った空君は、いきなりバッと起き上がった。

「うわ、びっくりした」

「凪!あ、そうだった。凪のアパートだ」

 

 布団に座り直し、空君は頭をボリっと掻くと、

「おはよ」

と、すごく照れくさそうな顔をしてそう言った。その顔も可愛い。


「おはよう、空君」

「………」

 空君が視線を下げた。でも、

「すげえ、光」

と、ぼそっと呟いたのが聞こえてきた。


「ごめん、眩しかった?光出し過ぎてる?」

「くす。ううん」

 空君は嬉しそうに笑った。


 キュキュンっとしながら、私は食卓に行き、

「空君、何飲む?」

と聞いた。

「ん~~~~。牛乳」

 牛乳?なんか、小学生みたい。


「コーヒーとか飲んで、腹壊したくないし」

「牛乳は平気?」

「うん」

 空君はのそのそっと起きてきて、顔を洗いに行った。


「寝癖、可愛いね」

 そう後姿に言うと、

「可愛くないよ。どこが可愛いの」

と、空君は口を尖らせた。


 可愛いって言われるの、やっぱり嫌なのかな。でも、可愛いんだけどな。


「ふああああ。良く寝た」

 洗面所の鏡の前で空君は思い切り伸びをして、それから食卓にやってきた。


「あ、なんか、豪華な朝ご飯だ」

「食べたほうがいいよね?頭働くよね?」

「うん、サンキュ、凪」

 いただきますと一緒に食べて、空君がいることにまた幸せを感じた。そして、大学まで空君を送りに行くことにした。


「受験票持った?筆記用具は?ティッシュとか、ハンカチとか」

「あはは!凪、お母さんみたい」

 玄関先でそんなことを聞くと、空君に笑われた。


「春香さん?」

「違う。母さん、そんなこといちいち言わないよ。放任だから」

「そうなの?」

「母さんも父さんも店の準備で忙しいし、俺より先に家を出ることも多いからさ。凪は、小学生くらいの子のお母さんみたいだ」


「う、だって」

「そういうところ、聖さん似だね」

「パパ?」

「うん。聖さん、心配性じゃん」


「変なとこ、楽天家なのにね。でも、ママの方が実はどっしりとしているかも」

「だよね」

 くすくすと笑いながら、空君はアパートを出て、爽やかに歩き出した。


「空君、落ち着いてるね」

「そりゃ、あんだけ凪の光に包まれたら、不安も何も吹っ飛ぶって」

「そっか」

「ばあちゃんもいてくれたし」


「え?おばあちゃんも来てるの?」

「うん。だから、大丈夫。凪も、ど~~んと大きく構えて待ってて」

「うん、わかった。終わったらアパートに来る?それとも私、どっかで待っていようか?」

「アパートに行くよ」


「わかった。でも、今は大学まで行かせて」

「くす。はいはい」

 なんだか、どっちが受験生かわからなくなりそうなくらい、空君、どっしりと構えてるなあ。


 うん。私が慌てても、焦ってもしかたない。空君を信じて、アパートで待つとしよう。

 大学の前で空君に手を振りながら、二人で始まる新生活に、思いを飛ばした。


 あの部屋に、空君の荷物がどんどん増えていくんだな。

 すでに、買い揃えているのは、食器や洗面道具。服とか、勉強道具は、春休みに空君が持ってくるんだろうな。 


 わくわくしながら、私はアパートに帰った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ