第35話 もうすぐ受験
9月になり、空君は高校が始まった。授業が終わると、塾。会える時間が減ってしまったけれど、だけど、よく我が家に来てくれて、一緒に勉強もできた。
夏休みの間、デートらしいデートは、ほんの2~3回だけ。花火を見に行ったのと、海に泳ぎに行ったのと、水族館に行ったのと。
それも、海と水族館にはパパや他のみんなもいて、二人きりのデートじゃなかったしなあ。
「いいんだよ、来年になったら、空は凪を独り占めにできるんだから」
と、そんなことを言って拗ねていたのはパパだ。本当に中身がまだ幼いんだから。
でも、パパは雪ちゃんも海に連れて来ていたから、ほとんど雪ちゃんとべったりしていた。爽太パパも雪ちゃんにデレデレだった。
雪ちゃんは、私の時と違ってちゃんと、爽太パパの孫で、パパも娘なんだって周りが認識してくれる。そこに私が行くと、親戚のお姉さん…くらいにしか認識されない。実の姉なのに。
ただ、一回だけ、
「うわ、若いママなのね」
と、雪ちゃんと一緒にいたら、勘違いされたことがある。
「え、私、母親じゃなくて姉です」
と、思い切り弁解したけれど、ママは私の年で赤ちゃんを抱っこしていて、若いお母さんと言われていたんだよな…と、その時もそんなことを思ってしまった。
きっと、ママもパパも若くて、周りにいろんなことを言われて苦労したんだろうな。それでも、私や碧を思い切り可愛がりながら育ててくれた。
雪ちゃんと砂遊びをしているパパを、空君と私は遠目で見ていた。
「あんなふうに、私もパパに遊んでもらったんだろうな」
「うん」
「空君の一番古い記憶って何?」
「凪」
「え?」
「凪だよ。多分、4歳か5歳の時、一緒に風呂入って一緒の布団で寝て…って言うのを覚えてる。すげえ嬉しくて、わくわくして」
「そうなんだ」
なんだか、嬉しいけど照れるな。
「凪は?」
「ごめん、空君の記憶じゃないんだけど、れいんどろっぷすで、パパに抱っこされていたり、リビングでクロに引っ付いていたりした記憶。碧も一緒にいたなあ」
「れいんどろっぷす、一回だけ行った」
「2回だよ。ママとパパの結婚式の時と、小学校上がってからと」
「あ、そっか。記憶にないだけか」
「小学校の時の記憶はあるよね。もう、1年生だったもんね」
「うん。リビング覚えてる。クロがいて、俺も一緒に遊んだ」
「楽しかったね、碧と空君と私で」
「うん」
海を見ながらそんな話をした。
夏休みは本当に幸せだった。ただ、空君といられることに、幸せを感じた。
「凪、また会いに行くから」
「うん」
「幽体離脱しても行くから」
「うん」
「凪、泣くなって」
アパートに帰る日、電車を待つホームで泣きそうになっていると、空君に頭を撫でられた。
「今度は冬休みだね」
そう私が言うと、
「その前にも、会えるよ」
と、空君がにこりと笑った。
「うん」
そして一人で電車に乗り込み、ドアが閉まるとドアの窓からずっと空君に手を振った。空君が見えなくなるまで、ずっと。
泣きそうになるのを堪えながら、椅子に座った。ああ、寂しい。寂しいったら寂しい。
一気に時間が過ぎて、来年の4月にならないかな。
1か月半ぶりに、アパートに帰った。ドアを開けると、もわっとした空気が流れだしてきた。
窓を開け、換気をする。玄関のドアも開き、玄関の掃除もしていると、
「凪ちゃん、帰ったんだ」
と隣から、しげちゃんが顔を出した。
「お久しぶりです」
「ほんと、久しぶりだね」
しげちゃん、前より格好がまともだ。それに、髪もぼさぼじゃない。やっぱり、彼女と住むと変わるのかな。
「かっちゃんは元気ですか?」
「あいつは、夏休み、顔を出したこと一回もなかったから知らない」
「え?一回も?」
「寮に入ってから、ずっと彼女と一緒にいるんじゃないの?バイト先も一緒だし」
彼女。あ、そうか。ひいちゃんか!
「バイト先、今日にでも行ってみます」
「うん。で、たまには兄貴に顔を見せに来いって言っておいて」
「はい」
部屋の掃除もした。体を動かしていると、寂しさが紛れた。そして夜はバイト先のファミレスでご飯を食べようとアパートを出た。
バイト先に行くと、
「凪ちゃん、久しぶり」
と、歓迎された。
「凪ちゃん!」
ひいちゃんが、私が座っているテーブルに、水やらおしぼりを持ってやってきた。
「ひいちゃん」
うわ。ひいちゃん、変わった。焼けた肌、髪も短くなって、すごく元気そうだ。
「一人なの?空君は?」
「伊豆だよ」
「そっか。また遠恋なのね、寂しいね」
「ひいちゃんは、かっちゃんとどう?」
ぼそぼそっと聞くと、ひいちゃんは真っ赤になった。
「かっちゃん、今、キッチンなの。あとで、キッチンに顔出してあげて。凪ちゃん、いつ帰ってくるかなって言ってたし」
「うん、わかった」
ひいちゃんは、私の注文を聞くと、嬉しそうにキッチンのほうに行った。あの様子じゃ、かっちゃんとラブラブなんだな。
「いいなあ、一緒の職場」
あれ?でも、夏休みが終わったら、バイトは辞めるのかな。でも、大学でも寮でも会えちゃうんだからいいよね。
私なんて、きっと、月に一回くらいしか会えなくなっちゃうんだ。
「はあ」
すでに寂しさマックス。
夕飯を食べ、キッチンに顔を出し、かっちゃんに挨拶をしてから、アパートに帰った。
昼間はまだよかったけど、夜になると一人がやけに寂しかった。
寂しい。
テレビをつけた。少しだけ賑やかになった。
でも、やっぱり、寂しい。
「はあ」
シャワーだけを浴びた。そして、さっさと布団を敷き、布団に潜り込んだ。
>空君、勉強中?
空君からすぐに返事が来た。
>うん。勉強中。凪は?
>寝るとこ。
>まじで?まだ、10時半だよ?
>だって、寂しいんだもん。
>じゃあ、ちょっと、今から行く。
その1分後、ふわっと空君のオーラを感じた。あったかくって、ほんわかする。
>あはは。本当だ。布団の中にいた。
それから、3分後、そうメールが来た。
空君は、私が今何をしているか直に見れていいなあ。私はオーラは感じても、空君を見れないもの。って、贅沢かな。
その日は、なんだか疲れていて、本当にすぐに眠りに着いた。
夏休みも終わり、大学が始まった。
大学が始まると、すぐにサークルも、バイトも始まって、意外と忙しくなった。だから、寂しさも半減した。
とはいえ、アパートにいると寂しくなる。たまに、ひいちゃんの寮に泊まりに行ったり、ひいちゃんが泊まりに来たりした。
週末は、ひでちゃんと彼女さんが、夕飯に呼んでくれたりもした。
でも、やっぱり、一人になると寂しかった。
>凪、あんまり寂しがっていると、また霊が寄ってきちゃうよ。って、ばあちゃんが言ってる。
>おばあちゃん、来てくれてるの?たまに、おばあちゃんの気配は感じてたけど。
>よく、行ってるってさ。
そうか。
>わかった。寂しがらないようにする。
>うん。寝る前に魂飛ばすからね。じゃあね。
ほとんど、毎晩空君は魂を飛ばしてくれた。そのせいか、夢の中にもよく空君が現れた。
うん。寂しがっていてもしょうがないよね。一人の時には、お料理でも頑張るかな。
10月に入り、バイト代も出たので、週末、伊豆に戻った。我が家に1泊して、その夜は空君もうちに泊まって、遅くまでリビングで二人きりで喋ったりした。
「勉強の邪魔したかな」
「たまには、息抜きしないと。俺、マジで毎日勉強ばっかしているからさ」
「大丈夫?なんか、痩せた?」
「痩せてないって。ただ、背が伸びた」
「また?」
「うん。多分、碧よりも高いよ、俺」
たったの、ひと月しか経っていないのに、空君が大人びて見えた。そんな空君にドキドキした。
「正月、初詣一緒に行こうね、空君。それで、お守り買って…」
「うん」
「絶対に、空君なら受かるよ」
「サンキュ」
私と空君はソファに座り、ベタッとくっついていた。
「凪、バイト頑張ってる?」
「うん」
「サークルは?」
「たまに出てる」
「サークルって男いるよね」
「うん、いるけど、もともと私苦手だし、女の子と一緒にいるよ。女の子もグループ分けしてて、男子とよく遊んでいる子と、そうでない子と分かれてるんだ」
「へえ」
「私は女の子とばっかり遊んでいるから安心して」
「うん」
「11月の文化祭は来る?来るよね?」
「行こうかな。大学も見学したいし」
「えへ。じゃあ、彼氏だってみんなに紹介しちゃおう」
「え?」
「だって、来年入ってきて、絶対に空君モテちゃうもん。その前にちゃんと、彼女モチだから好きにならないようにって、みんなに知ってもらわないと」
「モテないから安心してってば、凪」
「そんなことないよ。高校でだってモテてた」
「俺、あんまり女子と話さないから、寄っても来ないよ。少し怖がられているし」
「………」
「凪、そんな疑いの目をしないでも。黒谷さんに聞いてみ?本当のことだから」
「わかった。聞いとく」
「俺、凪くらいだから、女子で喋るのって」
「文江ちゃんとは?」
「喋んないよ。黒谷さんも仲間が出来たし、俺がしゃべりかけたりすると、彼氏がいるくせにって、碧のファンの子にあれこれ言われるみたいだから、俺も話しかけないようにしてる」
「大変だ、文江ちゃん」
「碧がよく守ってあげてるよ」
「へえ、そうなんだ」
家じゃ、生意気なだけの弟なんだけどね。
「凪、空、そろそろ寝ろよ。12時過ぎてるぞ」
2階からパパが下りてきて、私たちに声をかけた。空君はすぐに立ち上がり、
「おやすみなさい」
と言って、碧の部屋に行ってしまった。
ああ、お休みのキスもできなかった。
「パパ、酷いよ。今日くらいほっておいてよ」
「そうはいくか。空は明日も塾があるんだろ」
「そうだけどさ~~」
ぶつくさ言いながら、私も2階に上がった。部屋に入り、ベッドに寝転がって寂しがっていると、10分くらいして、トントンとノックの音が聞こえた。
「はい」
ドアを開けると、空君が立っていた。
「空君」
「さっき、できなかったから」
そう言うと空君は、チュッとキスをしてくれた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
空君は可愛い笑顔を見せてから、また碧の部屋に戻って行った。
きゅわん。空君の笑顔可愛かったし、キス、嬉しい。
会えない日々は、会えた時の喜びを倍増させてくれた。
11月に入り、空君は大学の文化祭に遊びに来た。碧と文江ちゃんも一緒だった。
私は3人を案内していたが、知り合いに会うとみんなが、
「榎本さん、そのイケメン二人紹介して」
と、寄ってきた。
「弟の碧」
「弟!」
「と、その彼女の文江ちゃんと、空君」
「彼女?」
みんなが、ガッカリした後に、空君を見て目を輝かせた。
「あ、空は姉貴の彼氏なんです」
絶妙なタイミングで碧がそう言ってくれて、またみんなは、ガッカリしていた。
「こんなかっこいい弟さんと彼氏がいるんだ。なんだ。私たちと一緒じゃないんだね」
そう言ったのは、サークルで仲良くしている子だ。
「え?一緒じゃないって?」
「彼氏いないんだと思ってた。男子が苦手だって言ってたし」
「うん。苦手。でも、空君は別」
さらっとそう言うと、その子たちは少し顔を曇らせた。
あれ。変なこと言ったかなあ。
まあ、とりあえず、空君は彼女持ちっていうのが浸透してくれて、ありがたい。
そして、文化祭も終わり、空君はますます、勉強に追われることとなった。
もう、私は寂しいだの、そんなことを言わなくなっていた。空君宛のメールも夜一回だけ、
>勉強頑張ってね。
とか、
>体に気を付けてね。
そんな文章だけにした。
>頑張るよ。
とか、
>ありがとう。
という、空君からのメールも簡単なものになった。
自分の受験の時よりも、なんだか、ドキドキする。神様、どうか空君が無事受かりますように!と、その頃から毎日お祈りをしたくらいだ。
クリスマスには、手編みのセーターを送ろう、と頑張った。でも、頼みの綱のママがいないから、かなり出来栄えの悪いものになってしまった。だけど、それを持って伊豆に帰った。
いよいよ、もうすぐ受験なんだなあ。




