第3話 空君が来る
空君が来る!
朝、早くに目が覚めた。顔を洗い、髪をとかし、ちょっとお洒落をした。そして、9時、駅に向かって私は走った。
9時20分に着く電車に乗ってくる。ああ、嬉しいよ~~。空君に会えるよ~~。
一昨日会ったばかりなのに。これが、遠恋の醍醐味かな。
はあ。思わず走っちゃった。5分も前に着いた。改札口の前で、私はドキドキしながら髪を整えた。
空く~~~ん。早く会いたいよ。
そして電車が入ってきたのがわかった。
あれだ。あれに乗っているんだ。
ドキドキ。わくわく。ドキドキ。わくわく。
改札口をじっと見つめた。すると、走って空君が改札口に来たのが見えた。
「空君!」
思わず私は大きな声で空君を呼んでいた。
「凪!」
空君も大声で私を呼び、私のもとに駆けてきてくれた。
抱き着きたい!
でも、周りに人がいるからできない。
空君、にこにこだ。お日様みたいに笑っている。ああ、嬉しいよ~~~。
抱き着く代わりに腕を組んだ。
「なんか、しばらく会っていなかったみたい…な気がしてたんだ」
「私も」
「どう?一人暮らし初日はどうだった?」
「寂しかったよ」
「泣いた?」
「泣かないけど…。でも、寂しかった。ちょっと昨日寒気も感じちゃった。だけど空君と電話したら、あったかくなったけど」
「そっか。じゃあこれからも、気持ち下がったら電話して。夜なら魂飛ばして会いに来るから」
「うん」
空君、いつもの空君だ。って、2日前に会ったばかりだもん。そうそう変わんないよね。
「ここが凪が住む町なんだね」
「1年後は空君も住むんだよ」
「だね…」
空君と商店街の中を通った。まだお店はどこも開いていない。
「ここ、お惣菜さん屋なの。昨日買っちゃった。美味しかったよ」
「へえ」
「ここは八百屋。あ、あそこのお肉屋さんのコロッケ、美味しそうだった」
「そうなんだ」
「昨日は碧とうどん屋さんに入ったの。今日のお昼はどうする?私、何か作ろうか?」
「大変だからいいよ。どっかに食べに出ようよ」
「じゃあ、駅の近くにお店あるから、そこで食べる?」
「うん」
腕を組みながら私たちは、そんな会話をしながら商店街を抜けた。そして、アパートまでの道、
「あそこに小学校があって、その向こうが大きな公園があって」
と、私は空君に説明しながら歩いた。
「詳しいね、凪」
「昨日碧と散策したの」
「へえ。じゃ、今日はもう散策するところないかな」
「……うん。そうだね。だから、アパートでゆっくりしてもいいかも」
「ゆ、ゆっくり?」
ゴクン。という生唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「変な意味じゃないよ」
私は慌ててそう空君に言った。空君は、
「わ、わかってる」
と言って、赤くなった。
そして、アパートに到着した。先に階段を上り、
「2階の203号室」
と言って、空君を案内した。
「ここなの」
ガチャガチャと鍵を開け、
「どうぞ」
とドアを開いた時、
「帰ってきた!?」
という声と共に、お隣さんのドアが勢いよく開いた。
「凪ちゃん?!」
顔を出したのは、昨日のむさくるしい人じゃない。もっと細くて、髭も生えていなくて、メガネかけている優しそうな雰囲気の男性…。
「え?」
空君がその人を見た後に私を見た。私はグルグルと首を横に振り、
「はじめまして」
とわざと大きな声でそう言った。
「はじめまして。俺、弟の克弘です。かっちゃんって呼んでね。あ、乾麺ごちそうさま」
「あ、いいえ」
ぺこりとお辞儀をして、空君を引き連れ部屋に入ろうとすると、
「弟さん?来年から一緒に住むって言う…」
とその人が空君に聞いてきた。
「は?」
「あ、あ、あの。そうです。それじゃ!」
私は慌ててそう答え、空君の腕を掴み玄関に入れて、ドアを閉めた。
「弟って?」
「昨日、そう言っちゃったの。あ、昨日挨拶に行った時には、お兄さんだった」
「は?」
「えっと。だから」
部屋に上がってから、私はゆっくりと昨日あったことを話した。
「中学の先生?」
「うん。髭面でむさくるしくて、ちょっと苦手かもっていうタイプだった」
「その弟がさっきのかっちゃん?」
「うん。あんまりむさくるしくなさそうだから、良かったな」
「同じ大学…なんだよね」
「うん」
「俺のこと弟と勘違いしてたよね」
「うん」
「じゃ、凪に彼氏いないって思っているかも…だよね」
「うん。…え?」
「なんでさっき、彼氏だって言わなかったの?やばいんじゃないの?それ」
「何が?」
「迫ってきたらどうすんの?」
「え~~~。そんな感じの人じゃなかったよ」
「でも、もう凪ちゃんなんて馴れ馴れしく呼んでいたよね?」
「…」
空君、顔、怖い。嫉妬?
「だ、大丈夫。私、あんまり関わりのないようにするから」
「彼氏だって言っておいて。1年後俺が来た時に、弟と勘違いしてても、いろいろとややこしくなるし」
「そ、そうだね。でも、彼氏と一緒に住むようになるって、どう思うかな」
「どうも思わないだろ?同棲してるカップルなんて、他にもいるよ」
なんか、相当怒ってる?空君…。
「くそ」
空君はそう言うと、ドスンと和室に横になってしまった。
「何か食べる?お菓子くらいしかないけど。あ、お茶でも淹れる?」
「いらない」
「……えっと」
「今日、泊まっていこうかな」
「え?!」
「明日、塾、午後からだし」
本気?!!
きゃあ。ど、どうしよう。
「隣にあんな男がいるなんて予定外だ」
「………えっと」
「凪、隙がありそうですげえ心配なんだけど」
「大丈夫だよ。隙なんてないよ」
「……」
じと~~っと、空君に睨まれているような…。
「あ、あの。テレビでもつける?音楽聞く?DVD見る?ゲームでも」
「しない」
「…じゃ、じゃあ…」
「やっぱ、ゲームする」
そう言いながら空君は、のそっと起き上がり胡坐をかいた。
「碧が、テレビゲーム、新しく出たのを買うから、古いの持って行っていいって。このゲーム、空君もうちでよくしていたよね」
「対戦ゲーム?まじで凪、俺と対戦するつもり?」
「なんで?」
「俺、めちゃくちゃ強いけど」
「わ、私じゃ、相手にもならないと…」
「うん」
即答?そ、そりゃそうかもしれないけど。
「じゃあ、強くなれるように教えて」
「しょうがないな」
空君は私の隣に座り、あれこれ私にアドバイスをしてくれた。でも、結局私は弱すぎて、
「無理。凪、絶対に強くなんかなれっこない」
と諦められてしまった。
なんだか、楽しいはずの空君との時間が、窮屈な感じになってる。空君、まだへそ曲げているし。
「ごめんね。ちゃんと彼氏だって言わなくって」
「……」
無言?
「あいつは、毎日凪と会おうと思えば会えるんだな。大学も一緒なんだし」
「会わないよ」
「でも、同じ時間に出ることになるかもしれないし」
「そんなことないよ。私、早めに出るもん」
「…嫌だな。凪のこと、凪ちゃんなんて呼んで」
どうしたんだ。こんなに空君って嫉妬深かったっけ?
「はあ」
ため息までついてる。
「もう、今日から一緒に住みたいくらいだ」
ええ?
「凪の家に行っても、もう、凪、いないんだよな」
「う、うん」
「学校にもまりんぶるーにも、凪はいないんだ」
「し、死んじゃったみたいに言わないで。2時間で会えるんだし」
「毎日は会えないよ」
「そうだけど」
「凪は寂しくないわけ?」
「寂しいよ」
ギュ!
空君がいきなり抱き着いてきた。
わあ~~~。空君から抱きしめてくることなんて、そうそうないことだよ。あ、もしや、霊でも寄っていたのかな。
「い、いたの?」
「何が?」
「霊…」
「いないよ」
あれ?じゃあ、なんで抱き着いているんだろう。離してもくれない。
ドキドキドキ。バクバクバク。心臓やばいんだけど。
「空君」
「……」
「空君…」
ダメだ。離してくれない。絶対に私の心臓の音聞こえているはずなのに。
空君のぬくもりも、匂いも全部が嬉しいし愛しい。でも、ドキドキのほうが勝っている…。そろそろ、限界。
「空君、苦しいよ」
そう言うと、ようやく空君が離れてくれた。
「………。ごめん」
こっちを見ないで空君は謝った。
「ううん」
しばらく沈黙が続いてしまった。
空君と会えるのが楽しみだったのに。今日、空君が帰っちゃったら、しばらく会えなくなっちゃうのに。
「DVDって何があんの?」
ぼそっと空君が聞いてきた。
「ディズニーのアニメとか。ウィステリアの新しいライブのDVDもあるよ」
「あ、それ見たい」
「うん。わかった」
良かった。なんだか空君の機嫌が直ったみたいだ。
そして二人で、ウィステリアのDVDを見た。
「やっぱ、かっこいいよなあ。藤也さん」
「うん」
「凪のタイプ?」
「ううん。私のタイプは空君」
「……そっか」
ちらっと空君を見ると、顔を赤くしていた。
「空君のタイプは?」
「俺?俺は…。よくわかんないな」
え…。私じゃないの?
ちょっとショック…。
「タイプとかって、そう言えば考えたことない」
「そうなの?じゃあ、なんでさっき私に聞いてきたの?」
「…なんとなく」
なんとなくって…。
「でも、俺がって言うけど、俺ってどういうタイプ?」
「どういうって…。えっと」
可愛い。優しい。あったかい。って言ってもいいのかな。
「じゃあ、空君は私のどこが好きなの?」
こうなったら、質問返しだ。
「凪の?」
「うん」
「……どこかな」
え?
なんか、今日の空君、変。何で答えてくれないの?
「う~~~ん」
空君は上を見上げた。そのあと、私をじっと見て、
「顔かな?」
と疑問形でそう言った。
「顔?」
「……」
うわ。じっと見てる。
「うん。顔。凪の顔、好きだし」
顔?
「目とか、鼻とか、口とか…。眉毛とか」
「そんなにじっと見ないでよ」
思わず私は顔を伏せた。
それにしても、顔って…。初めて言われたような。
「それと、声とか?」
「え?」
「あと…。醸し出す空気感や、おっとりしているところとか、癒されるところとか」
「う、うん」
「…あとは。え~と。その…」
おしまい?
「手…とか、まあ、いろいろと」
まあ、いろいろとって?
空君はもう私から視線をはずし、テレビに向けていた。
「凪は、俺のどこが好き?」
テレビを観ながら空君が聞いてきた。
「全部」
自分でそう言ってから、慌ててしまった。ああ、なんつうことを言っているんだ、私は。
「全部?」
「え?えっと。あ~~~、私も、空君の醸し出す空気とか、好き」
「それだけ?」
「…他?他は…、顔とか?」
「うん」
「声も」
「うん」
「背中や腕や…」
「え?う、うん」
「あ。服のセンスも好き」
「そう…」
「あと、つむじとか、可愛い」
「へ?」
「照れた顔とか。笑った顔とか。拗ねた顔とか」
「うん。もう、いい。サンキュ」
「え?」
「結局全部ってことだよね?」
「うん。そう…」
「サンキュ」
「う、うん」
「それ言うなら俺もだから。俺も凪の全部…」
「え?」
「えっと。正確にはまだ、全部を知ったわけじゃないけど」
それって、どういう…。
「あ!じゃあ、私も。全部を知っているわけじゃないよ。たとえば、裸だって、子供の頃の空君しか知らないし」
「……覚えてんの?」
「ううん。そんなしっかりと覚えているわけじゃ。でも、可愛かったっていうのだけは印象に残ってて」
「……へえ」
「碧は、日焼けして真っ黒だったけど、空君、その頃色白かったし」
「……病弱だったしね。細かったし、女の子みたいだったよね」
「うん」
「……。俺、今は一応、サーフィンしてっから筋肉ついてるよ」
「うん」
「見る?」
「うん。…え?!」
今、見るって聞いた?
「見るの?」
「見ないよ。び、びっくりしたなあ。なんてこと聞いてくるの?空君」
「……。俺も、うんって言うからびびった」
そう言って空君は赤くなった。
なんだよ~。照れるなら、そんなこと聞かないで。
結局、いつもの二人だ。二人きりでいても距離があって、二人で照れあっている。
でも、いきなり進展するより、こっちのほうがいい。