第29話 成長した空君
空君と空君の部屋に入った。
「適当に本でも見てて。お腹空いたら、冷蔵庫に母さんが作ったプリンあるし、勝手に食べていいから」
「うん、わかった」
空君は勉強机に向かって座ると、参考書を取り出した。私は本棚から、天文の本と、漫画を取り出した。そして、カーペットに座り、ベッドによかっかって本を開いた。
う~~~ん、ちんぷんかんぶんだ。マニアックすぎてまったくわからない。
ああ、いけない。眠気が襲ってきた。
空君を見ると、勉強に集中している。邪魔しちゃ悪いし、ここで静かに眠らせてもらおう。
目を瞑った。空君の部屋は空君の匂いがしていて、すごく安心できる。
すう…。あっという間に私は、夢の中に入っていた。
「凪」
「…」
空君の優しい声。
「凪」
この声大好きだ。
「ベッドで寝たら?」
「ん?」
あれ?ここ、どこだっけ?
「ベッドで寝ていいよ?」
「…うん」
眠くて、何がなんだかわからないうちに、私はもそもそとベッドに横になった。
あれ?私のベッドど匂いが違う気がするけど。まあ、いいや。
これ、空君の匂いだよね。ああ、安心する。
そして、また夢の中へと入って行った。
ふわふわ、気持ちいい。ずっとここにいたい。
アパート、嫌だなあ。だって、寂しいんだもん。
夢の中でそんなことを思っていた。そして、ドアの閉める音が聞こえて、ぱちりと目が覚めた。
「あ、あれ?」
「あ、凪、起きた?」
「空君?何で私、ベッドで寝てるの?」
「え?さっき、ベッドで寝たら?って言ったら、もそもそとベッドに乗ったけど?」
「私?」
「覚えてないの?」
「うん」
「そうなんだ。あ、凪も腹減った?プリン持ってくるよ」
「……うん」
空君は一回部屋から出て行き、プリンを持ってまた入ってきた。
「空君のは?」
「あるよ」
あ、本当だ。机の上に置いてある。
「どうぞ」
「ありがとう」
ベッドに座ってプリンを食べた。美味しい。
「寝てる凪、可愛かったよ」
「え?!」
何、突然。
「寝顔、変わんないんだもん、小さい頃と」
「それ、成長していないってこと?」
「うん」
「ひどい~~」
「あはは」
空君は爽やかな可愛い笑顔で笑うと、私の隣にやってきてベッドに座った。そして、なぜだか頭を撫でてきた。
「なあに?」
「ううん」
なんだろう。なんでなでなでしているの?
プリンを食べ終わると、空君がお皿を机に置いてくれて、また私の隣に座った。
「夏休みっていいね。ずっと凪とこうしていられて」
「うん!幸せ」
「へへ」
うそ。可愛い。へへって笑った!
「空君、可愛い」
むぎゅ。抱き着くと、空君までがぎゅっとしてくれた。
「なんだ。俺も凪可愛いから頭なでてたのに、凪、抱き着いてきた」
「え?」
「俺は遠慮していたのにな」
「遠慮いらないよ」
「ほんと?」
ドサ。
「え?」
なんで、ベッドに押し倒してきたの?
え?ええ?
わあ。キスもしてきた。
「そ、空君?」
「うん。ここまでね?」
そう言って空君はすぐに起き上がった。
び、びっくりした。今、ほんのちょっと男の顔になってたよ。
「ごめん。怖がらせた?俺」
「ううん」
ドキドキ。心臓早くなってる。でも、怖いわけじゃない。
空君。前より、肩幅とか大きくなった?胸板とかも…。
前より、男っぽくなったかもしれない。腕の力も強かった。
私もそそくさと、ベッドから降りた。そして、カーペットに座り、漫画を開いた。だけど、内容なんか入ってこない。
空君、成長しているんだ。
空君、笑うとまだ幼いのに。
ほんのちょっと垣間見た空君の男の顔が、そのあとも脳裏からなかなか消えなかった。
6時過ぎ、春香さんから空君に電話がかかってきた。夕飯用のお弁当取りに来てという電話だった。
「凪のもあるって。父さんと3人分あるから、俺、取りに行ってくるよ」
「私も行く」
「いい。自転車でぱっと行ってきちゃうから、待ってて」
「うん」
一人、空君の部屋に残ることになった。
「ああ、ドキドキした」
あのあとも、ずっとなんだか、ドキドキしちゃって、空君を意識しちゃった。
改めて空君の部屋を見回した。机の上も見てみた。あ、うそ。私の写真が置いてある。
わ~~~。もしや、これを見て勉強しているの?照れる。
参考書がいっぱい、机の上に重なっている。
ん?
2冊目と3冊目の間に、なんか、封筒がはさんである。それも、ピンクの。
なんだろう。
気になる。見たい。ごめん、空君。
心の中で謝って、それを引っこ抜いた。あ、「相川君へ」と書いてある。
まさか、ラブレター?まさか。
ダメ、中身まで見たら。そんなことしたら、絶対にダメ。
また元の位置に戻した。
だけど、すんごい気になる。
何かな。なんで、そんなところに挟んであったのかな。
どうしよう。誰からなのかな。気になる。
空君に聞いてみる?でも、でも、でも。
ベッドの上にドスンと座り、どうしようかと悩んでいると、
「ただいま、凪」
と、空君の声が部屋の外から聞こえた。
「おかえり」
私は平静を装い、空君の部屋から出て行った。
「父さん、まだ仕事だし、先に食べちゃおう」
「うん」
「飲み物入れてくる。ウーロン茶でいい?」
「うん」
ダイニングテーブルについて、二人で夕飯を食べた。でも、さっきの手紙が気になって、味もわからない。
「でさ、碧が最近、天文学部に顔出すから、女子部員が大変で…、って、凪、聞いてる?」
「え?うん。碧がバスケ部に顔出しているんでしょ?」
「……」
「あれ?違った?」
「まだ寝ぼけてる?」
「ううん。ばっちり目、覚めてるよ」
「そう」
やばい。話、聞いてなかった。碧がなんて言ったのかな。
ああ、それより、手紙が気になる。どうしよう。
夕飯を終え、お皿とか洗ってから、また空君の部屋に入った。
「勉強、頑張ってるね。参考書いっぱいあるし」
「うん。頑張って受かんないと、凪と来年暮らせないし」
そう言って、空君は頭をぼりっと掻いた。
「あ、あのさあ、空君」
聞いてみる?ちらっと参考書の間からピンクの封筒まだ見えているし。それ、なあに?って聞いてみる?
どうしよう。でも気になる!
「なあに?」
「あのね」
どうしよう。
「何?さっきから光消えてるけど、どうしたの?気分悪いの?」
「あ、光、消えてる?」
「うん」
「…気になっちゃって、それ」
私はピンクの封筒を指差した。
「え?」
空君も封筒を見た。
「これのこと?」
そして、参考書の間から引っこ抜いた。
「うん」
「…中、読んだ?」
「ううん!」
首を横に振ると、空君は、
「なんだ。まさか、俺宛のラブレターかと思った?」
と、私のおでこを指でつっついた。
「う、うん」
「そんなのもらうわけないじゃん。もらっても、取っておかないよ」
え、じゃあ、何?
ガサガサと封筒を開け、空君は中から手紙を出した。
「ほら、碧宛のラブレター」
「え?碧宛?でも、相川君へって」
「うん。中に碧宛のラブレターが入っているから、渡してって言われて…。まだ、碧に渡せないでいるんだよね。どうしたらいいもんかな」
なんだ、碧宛?なんだ~~~。
「……渡してみたらいいのに」
「……捨てようかと思ったんだけど」
「え?勝手に?」
「だって、かなり強引に渡されたからさ。自分で渡せよって言ったのに、俺の机の上に勝手の置いて、さっさと帰っちゃって…。夏休み最後の日だったし、どうしたもんかなって。2学期になったら、返せばいいかな」
「その子に?」
「俺から碧に渡したら、碧、怒りそうじゃない?こんなの受け取るなって」
「どうかな」
「自分から手渡すのが一番だと思うし」
「中身読んだの?」
「うん。一応」
「え、勝手に?」
「うん。読んでもいいってことじゃないの?俺に渡したってことは…」
「……見てもいい?」
「うん」
って、思わず私も読んでしまった。本当だ。碧君へ、と手紙には書いてあった。内容自体はたいしたものじゃない。バスケ頑張ってくださいだの、応援していますだの、そんなことがずらずら書いてあるだけだ。ラブレターってほどのものでもないかもしれない。
「なんだ~~~~~~~~~」
ほっとして私はベッドに座り込んだ。
「俺宛だと思ってたの?」
「うん」
「それで、変だったんだ、凪」
「うん」
ドスンと隣に空君が座った。そして、顔を思い切り近づけてきた。
「凪、アホだなあ」
「ひどい、アホって…」
「へへ」
あ、また、へへって可愛く笑った!
あ、空君、ギュって抱きしめてきた。
ドキドキ。
なんだろう。やけにドキドキしちゃうんだけど。
「大丈夫。俺、絶対に浮気とかしないから」
「…そういう心配はしていないってば」
「ほんと?」
「ただ、ちょっと、気になっただけ」
「じゃ、凪はちゃんと、俺が凪のことだけ好きだって、わかってるよね?」
「う…うん」
「ほんと?」
「うん」
ギュウ。空君が私を抱きしめる腕に力を入れた。
うわ。もっとドキドキしてきちゃった!
「離れてる間、魂だけ飛ばしていたけどさ、凪の寝顔見たりして、ああ、ギュウってしたいなあって思っていたんだよね」
「それは私も」
「やっぱり、ギュウって抱きしめることができるのって、いいね」
「うん。でも、ドキドキしちゃう」
「え?まじで?」
「うん。空君はしないの?」
「してるよ」
そう言うと空君は抱きしめていた腕を離し、私の手を取って自分の胸に当てた。
「ね?心臓バクバクいってるの、わかるでしょ?」
「うん」
「凪のこと抱きしめるたび、ドキドキしてるよ」
ドキン。そう言われて、ますます私までドキドキした。
「でも、ちゃんとセーブできるから、安心して?凪」
「え?」
ギュ。また、空君が抱きしめてきた。そして、
「ちゃんと、抱きしめるだけで、それ以上は手、出さないから」
と、とても優しい声で言った。
キュン。
そうやって、ちゃんと私のことを大事にしてくれているのがわかるから、すごく嬉しい。
私も、空君が大事。
「……。やっと光が出た」
空君はそう言うと私の顔を見て、にこりと可愛く微笑んだ。
「ごめん、心配した?」
「ちょっとね」
今度は私から空君に抱き着いた。
「ごめんね、それから、ありがとう、空君」
なんでも受け止めてくれちゃう空君。前よりぐっと大人になったって言う気がする。




