第28話 憧れ?
翌日、茜ちゃんは明るくまりんぶるーにやってきた。
「おはようございます」
私にもそう元気に挨拶をした。でも、目が腫れぼったくて、泣き腫らしたのがわかってしまう。
「お、おはよう」
あ、なんかぎこちない挨拶になっちゃったかも。
「あの…」
茜ちゃんは私のすぐ横に来ると、
「あとでちょっとだけ、時間もらえますか?」
と小声で聞いてきた。
「え?う、うん」
何かな。
ドキドキする。どうしよう。宣戦布告とかだったら。私、空君のこと諦めませんとか、そんなことだったら、なんて答えよう…。
緊張しながらその日は過ごした。ちょっとだけ、お腹が痛くなってきた。
そして、
「二人とももうあがっていいわよ」
という春香さんの声がして、茜ちゃんはエプロンを外した。
「リビングでお茶でも飲んでいく?」
「いいえ。今日はこのまま帰ります」
くるみママの誘いに茜ちゃんは、にっこりと微笑ながら答えた。それから私の方を見て、
「時間、大丈夫ですか?」
と聞いてきた。
「え?うん」
二人でお店から出た。外はまだ暑かった。
「今日は、空先輩遅いですね」
「そうだね」
「……。私がいるからかな。避けられているのかなあ」
一気に茜ちゃんの表情は暗くなった。
「それはないと思う…よ?多分」
そう言ってみて、もしかしたら避けているのかもしれないと言う気がしてきた。
「海沿いの道歩きながら、話してもいいですか?」
「うん」
私たちは海を見ながら、なんとなくぶらぶらと歩いた。しばらく黙っていた茜ちゃんは、海を見ながら立ち止まり、
「私、中学1年の時、あの辺で空先輩を見たんです。浜辺に座って、ぼ~~っとしていました」
と話し出した。
「浜辺に?」
「はい。横顔が寂しそうで、でも、夕日に照らされて綺麗で…。中学で空先輩を見かけた時は、ちょっと怖いくらいに近寄りがたい雰囲気があって」
そうだったかもしれない。私も声をかけづらかったし、話しかけてもらえなかった。
「水泳部にも、たまに出てくるくらいで、プールより海が好きだからって、しょっちゅうさぼっていました」
「そうだったよね」
「その頃から、付き合っていたんですか?」
「ううん!全然、その頃はあんまり仲良くなかったし」
「そうなんですか。なんだ。じゃあ、その頃に頑張ればよかった。高校入るまで、勇気も出ないし、ずっと会いたくても会えなかったし…」
う。そうなんだ。
「海に来たら会えるかなって思って、時々見に来ていたんです。でも、なかなか会えなくて…」
「……」
そんなに茜ちゃんも長い間、空君に恋をしていたのか。
ズキン。なんだか、自分のこととだぶっちゃうなあ。空君と話が全然できなかった頃を思い出しちゃう。
「私、本当のこと言います。こんなこと言ったら、迷惑だろうなと思って、どうしようか迷ったんですけど」
本当のこと?
茜ちゃんは私の方を見た。その目は、何かを決心したような眼差しだった。
「ずっと、空先輩と話もできなかったんです。それが、やっとできるようになって、私、この夏、まりんぶるーに勇気出してバイトをしに来て、本当に良かったって思っています」
勇気出したんだ…。すごい勇気だったのかな。そうだよね、きっと。
「それで…。せっかく話が出来るようになったのに、避けられるのは悲しいし…。空先輩と凪先輩がすごく仲がいいってことも、お二人を見てわかりました。私が割り込む隙なんかないし、私なんかが太刀打ちできないくらい、長い期間お二人は過ごしているんだなってこともわかったし」
「……」
「だから、邪魔とかしません。でも、空先輩と星の話をしたり、まりんぶるーで会ったりできたら、それだけでも私、すっごく幸せだから、いいですか?アルバイト続けても」
「え?うん。私が決めることじゃないもん。それは茜ちゃんが決めることだし」
「本当に?続けてもいいんですか?」
「う、うん」
そんなに目を輝かせられると、どうしていいかわかんなくなる。
「良かった~~~」
茜ちゃんは思い切り安堵したようで、全身の力が抜けたみたいに、ほ~~っと息を吐いた。
「空先輩と付き合うとか、好きになってもらうとか、そんなの私にはおこがましかったです。ちょっと近づけて、話が出来たらそれだけで、私にとって奇跡だったんです。って、昨日そう思いました」
何それ。なんでそんなに謙虚なの?っていうか、茜ちゃん、いい子すぎる。
私だったら、きっと嫌だ。好きな人に彼女がいて、そんな二人を間近で見ないとならないなんて、そんな状況悲しすぎる。今だって、空君が他の女の子と話しているだけで、嫉妬しちゃうのに。
私が独占欲が強すぎるの?そうなのかな。
茜ちゃんの話はそれだけだった。にっこりと微笑み、
「お疲れ様でした」
と茜ちゃんは元気に走って行ってしまった。
私はまりんぶるーに戻り、すぐにリビングに行った。リビングには、おじいちゃんとママが、寝ている雪ちゃんを見ながら、のんびりと話をしていた。
「茜ちゃんは?」
ママが私に聞いてきた。
「帰ったよ」
そう言いながらソファに座った。
「今日、碧も空君も遅いね。いつもなら、来てるのにね」
「うん」
「碧はあれかな。もしや部活終わってデートかな」
「ああ、もしかして文江ちゃんのバイト、休みなのかもね」
「どうした?なんか元気ないね、凪」
おじいちゃん、するどい。
「空君がなかなか来ないからすねてるんでしょ」
ママ、違うよ~~。
「そう言うんじゃなくって…。あのね」
ママに聞いてもらおうと、茜ちゃんの話をした。私ってやきもち妬きなのかな、独占欲強いのかな…っていうことも聞いてみた。するとママは、くすくすと笑い、おじいちゃんもにこにこと笑っている。
「私も聖君に誰かが言い寄ると、すごく嫌だったよ。聖君、モテモテだから、本当に大変だったもん」
「それ、私が阻止していたんだよね。って今もか」
「そうそう。凪、赤ちゃんの頃から、聖君に近寄ってくる女性を追っ払ってくれてたよね」
「そっか。ママもやきもち妬きなんだね」
「聖君もだよ。そんなの、みんなそうなんじゃないの?」
「そうだよ、凪。気にすることはないさ。それだけ、本気で好きってことだよ」
「そう思う?おじいちゃん」
「茜ちゃんは、空君に憧れているんじゃない?そばにいて、話が出来て、それだけで幸せって、そんな感じなのよ」
「……憧れ?」
「ふふ。大丈夫よ。空君は凪がやきもち妬いたら、きっと喜ぶから」
「喜ぶ?」
「空の方も独占欲強そうだしなあ。凪が他の男と仲良くしたら、ものすごく嫉妬するんだろうなあ」
あははとおじいちゃんはそう言った後に、笑った。
「何の話してんの?」
そこに、突然空君が入ってきておじいちゃんに聞いた。
わあ、空君が来た!嬉しい。
「空君、いつ帰ってきたの?」
「今」
あれれ?なんか、空君ご機嫌斜め?不機嫌そうな顔でそう言うと、私の隣にドスンと座っちゃった。
「まったく。俺がいない間に、なんだって俺が嫉妬する話なんかしているんだよ」
「違う違う。凪が独占欲が強いとか、やきもち妬きだって話をしていたから、空も嫉妬するから大丈夫だって、そう話していたんだよ。ね?桃子ちゃん」
きゃあ。
「おじいちゃん、そんなことばらさないでよ!」
信じられない。ああ、おじいちゃんの前で話すんじゃなかった。
「あ、そういう話?」
空君は私の方を見た。そして、首を斜めに傾げ、
「もしかして、昨日のこと?」
と聞いてきた。
「昨日っていうか、その…」
「大丈夫だよ。もうなるべくあの子には会わないようにするし」
「あ、もしかして、それで今日遅くに来た?」
「うん」
やっぱり。茜ちゃんのこと避けてるんだ。
「大丈夫だよ、早くに来て茜ちゃんに会っても」
私がそう言うと、空君は「え?」とびっくりして目を丸くした。それにおじいちゃんまで、
「なんだ。凪は独占欲が強いんじゃなかったのか?」
と聞いてきた。
「そうなんだけど。でも、茜ちゃんの純粋な思いを聞いちゃうと、なんか、避けられたりしたら悲しいだろうなあって思うし」
「じゃあ、俺が茜ちゃん…、いや、あの子と仲良くした方がいい?」
「ええ?そういうわけじゃ!仲良くしたら、きっと私嫉妬しちゃうし」
わあ。自分でどうしていいかわかんなくなってきた。空君は私のことを思って、ちゃんと時間ずらしてまりんぶるーに来たっていうのに。
「ごめん、空君。私、変だよね」
「……」
あ、空君、向こう向いちゃった。もしや怒った?
「空君?」
「俺は、嫌だな」
「え?」
何が?
空君は下を向き、
「俺は、凪と凪の隣に住んでる奴が仲良くしているの、嫌だな」
とぼそぼそと言った。
かっちゃんのこと?
「友達って言うけど、あんまりいい気はしない」
「あはは。ほら、空のほうがやきもち妬きだ!」
おじいちゃんがまた大笑いをした。
「うっさいよ、じいちゃん」
あ、空君、もっとへそ曲げたかも。
「聖君も、私と桐太が仲いいと、ぶーぶー言ってたっけ。桐太が麦さんと付き合ってからは、あんまり嫉妬することもなくなったけどねえ」
ママは、懐かしそうに遠くを見ながらぼそっとそんなことを言った。
「ママと桐兄ちゃん、親友だもんね」
「そうなの。男女の友情もありよ?空君」
「………。俺は聖さんみたいに、寛大じゃないんです。すみません」
あ、もっと拗ねた?いや、落ち込んだ?
「でもね、かっちゃん、最近ひいちゃんといい感じだし。あの二人がくっついたら、もう空君、嫉妬しないよね?」
「…。わかんない」
え?そうなの?
あ、空君、うなだれちゃった。
「私、空君が嫉妬したり、独占欲強くても、全然いい。まったく嫉妬してくれないほうが、きっと心配しちゃう」
そう言って、空君の腕にむぎゅっとひっついた。すると空君は、天井を見て、
「うん」
とはにかみながら、微笑んだ。
「光出た?」
「うん。出た…」
「あははは。仲いいなあ、ねえ、瑞希」
おじいちゃんは誰もいない空間を見て笑った。空君も同じところを見て、
「おばあちゃんたちも仲いいじゃん。いまだにさ」
と優しい口調で空間に話しかけた。
そこにおばあちゃんがいるんだ。いいなあ、おばあちゃんが見えて。それに話もできて。
「凪、俺、そろそろ帰るよ。凪はどうする?」
「え?勉強?」
「うん。もうすぐ模試があって」
「じゃあ、私はまだここにいようかな」
寂しいな。でも、勉強なんだもん、しょうがないよね。
「うち来る?」
「え?でも、勉強の邪魔したくないし」
「うん。えっと。凪は勉強しないの?それとか、本読んだりとか、漫画とか…」
「あ!じゃあ、空君の家にある本が見たい」
「うん。じゃあ、うち来る?」
「え?本当にいいの?私、邪魔じゃないの?」
「全然」
わあい!
「じゃあ、行く!」
空君と一緒にソファから立ち上がった。
「夕飯は?空君とうちで食べる?」
「どうしようかな。えっと、昨日は空君の家で食べちゃったから、今日は家に帰ろうかな。パパ、昨日すでに怒ってたもんね」
「怒っているって言うか、拗ねてたよ」
「だよね。今日は夕飯食べに帰るよ」
「じゃ、空君も夕飯の時間になったらうちにおいでね」
「はい」
ママにそう言われ、空君は素直に頷いた。そして二人でおじいちゃんとおばあちゃんに挨拶をして、リビングを出た。
「昨日、親子3人みずいらずの中、邪魔して悪かったかなあ」
空君の家まで自転車を押して歩きながら、そう聞いてみた。
「まさか。父さんも母さんも凪が大好きだから、喜んでたよ。いつもうちで飯食えばいいのにってさ」
「ほんと?」
「父さんと母さん、うちには息子しかいないから、凪ちゃんは娘みたいで可愛いって言ってたよ。いつか俺と結婚したら、本当に娘になるから嬉しいってさ」
ドキン!
「そんな話、しているの?」
「うん。してる。けっこう、しょっちゅうしてる」
「そんな時、空君、なんて答えるの?」
「俺?」
「うん」
ドキドキ。
「別に、黙ってるけど?」
なんだ。そうなのか。一緒に喜ぶわけじゃないのね。
「だって結婚したら、俺と二人で住むんだろうし、父さんと母さんに凪を渡さないよって、そう思いつつ、黙ってる」
「……え?」
「でも、うちの親より、聖さんの方が心配。凪を手放さないとか、駄々こねたりしないよね?」
「あ、そうだよね。なんか、駄々こねそう。でも、雪ちゃんいるし、大丈夫だよ」
「じゃあ、雪ちゃんがお嫁に行く時は大変だね」
「そうだね。確かに…」
そんなことを話しながら、私と空君は空君の家まで歩いて行った。




