第27話 傷つく心
翌日はまりんぶるーの定休日。空君も午前中に塾が終わり、
>凪、お昼食べたらうちに来ない?
というメールが、ちょうどお昼ご飯を家で食べている時にやってきた。
>行く!すぐにご飯食べ終わるから、すぐに行く!!!!
>わかった。俺、これから昼飯だけど、待ってるね。
わあい!空君のおうちでデートだ。
あれ?まさか、二人きり?あ、違った。春香さんもいるし、櫂さんもお店休みの日だからいるんだった。だから、空君、私を家に呼んだのかな。
自転車を飛ばして空君の家に行った。今日も30度を超える暑さ。空君の家についた頃は汗だくだった。
「こんにちは」
玄関を開けそう大きな声で言うと、
「凪?上がってきていいよ」
という空君の声が2階から聞こえた。
「お邪魔します」
2階にまでトントンと駆け上がると、空君は一人でお弁当を食べていた。
「…お弁当?」
「うん。コンビニの」
「あれ?なんで?春香さんは?」
「父さんとデート」
「え?そうなの?春香さんと櫂さんもデートするんだ」
「たま~~~にね」
あれ?っていうことは、空君と二人きり?!
きゃあ。一気にテンション上がった!
「なんだ。だったらうちでお昼ご飯食べたら良かったのに」
なんて言いながら、私はキッチンに勝手に行ってお水を飲んだ。
「うん。でも、午後一で来るって言われてたからさ」
「何が?荷物?」
宅配かな。
「いや、本を見に来たいって…」
「あ!もしかして、茜ちゃん?」
「うん」
「いつそんな約束?!」
「昨日の帰り。あ、そっか。凪、トイレ行ってていなかったね」
うそ。私がトイレに行っている間に、そんな約束を二人でしたわけ?!
「で、母さん、今朝になって、今日はデートだから、昼は適当に食べて~~って俺が塾行く前に言ってきたから、あの子と二人きりはまずいって思って凪を呼んだんだ」
「…そ、そうなんだ」
そっか。ちゃんと私も呼んでくれたんだ。
「凪以外の子とか、話しづらいし…。ちょっと、憂鬱だったし」
「憂鬱って?」
「話とかするの面倒って言うか、かったるいって言うか」
え?か、かったるい?そんなこと空君思ったりするの?
「悪い子じゃないんだろうけど、俺、やっぱり女子苦手だし」
「苦手なの?でも、星に興味ありそうだから、話合うかもよ?」
「う~~ん。でも、やっぱ、窮屈…」
「じゃあ、なんで空君、家に呼んだりしたの?断るかなって思ってたよ」
「…ごめん。嫉妬しちゃった?凪」
「え?」
ドキ!
「それで昨日、光消えてた?」
「私?光出ていなかった?」
「うん。あのリビングにいて、凪が光出さないなんて珍しいなって思っていたんだよね」
「…そっか。空君にはなんでもばれちゃうよね。うん、私、嫉妬してた」
ぷに。空君が私のほっぺを指でつっついてきた。
「なに?」
「ううん。なんか凪、可愛いなって思って」
「え?どうして?」
「だって、素直に嫉妬したなんて言ったりしてさ」
そう言って空君は可愛い笑顔を見せた。
く~~。可愛い!
ぼわっ!あ、すごい光が出ちゃった。
「…ん?なんで光が飛び出たの?」
「だって、空君が可愛くって愛しくなって」
「あ、そ、そうなんだ」
照れてる!そんな空君も可愛い!
「…家中、光だらけだ。なんか、安心して眠くなってきた」
「え?」
「凪はすごいよね。やっぱ」
「何が?」
空君は眠気眼になりながら、
「一気に俺、癒されちゃうからさ」
と、また可愛い笑顔を見せた。
「昼寝、する?」
そうしたら、可愛い寝顔も見れちゃう。
「ううん。そろそろ来るから起きてないと」
「あ、そっか。茜ちゃんのこと、一瞬忘れちゃった」
嫉妬も、どっかに消えちゃったな。空君があまりにも可愛いからかな。
空君は本当に私の前では、無防備になる。安心した顔は、子供の頃と変わらない顔だ。特に寝顔は、小学生の頃に戻ったような可愛らしさがある。そんな寝顔にいつも、キュンっとしている。
でも…。
ピンポーンとチャイムが鳴った。いきなり空君は顔の表情をなくし、
「来た…」
と呟いて、玄関を開けに階段を降りて行った。
玄関を空君が開けると、
「こんにちは!」
という茜ちゃんの元気な声が聞こえた。
「これ、アイスなんですけど…」
「ああ、ありがとう。あ、2階にどうぞ。1階は父さんの店なんだ。今日は休みだけど」
「じゃあ、お父さんもお母さんもいるんですよね」
「ううん。二人で出かけているから」
空君は、そう言いながら階段を上ってきた。
「え?いないんですか?誰も?うそ」
なんか、今、茜ちゃんの声、1オクターブ高くなったよね。
「凪がいるよ」
2階に上りきり、リビングに空君は入りながらそう言った。その後ろから、
「あ、凪先輩…」
と、少しがっかりした表情で茜ちゃんが私を見つけた。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
話しかけると、パッと明るい表情になり、茜ちゃんはにこにこしながらそばにやってきた。
「昨日言っていた本を借りに来たんです。凪先輩も天文学部だったんですよね?」
「え?うん」
「どんな本が面白いか、教えてもらえますか?」
「私はあんまり、マニアックな本は読んだことがなくって」
「今持ってくるから、待ってて」
空君はぶっきらぼうにそう言うと、とっとと自分の部屋に行ってしまった。
「茜ちゃん、ソファ座って。外暑かったでしょ。今、麦茶持ってくるね」
「おかまいなく!」
そう元気に言って茜ちゃんは、ソファに座った。私がグラスに麦茶を注ぎ、リビングのテーブルに置きに行った。
「ありがごうございます」
にこっと笑い、茜ちゃんはほとんど一気に麦茶を飲んだ。
「美味しい!実は喉カラカラだったんです。自転車で飛ばしてきちゃったから」
「温度下げる?」
「エアコンのですか?大丈夫です。十分涼しい」
「だよね。空君、寒くなかったのかな。けっこう効いてるよね。あとで、温度あげないと…」
「なんだか、お姉さんみたいですね」
「え?」
「空先輩と姉弟みたい。いいなあ、私一人っ子だから、羨ましい」
「えっと」
姉弟じゃなくて、恋人なの…。
う。やっぱり言えない。恥ずかしい。でも、言わないと。
悶々としていると、空君が本を2冊持って部屋から戻ってきた。
「これだったら、わりとわかりやすいかなあ」
ぶつぶつ言いながら、リビングのテーブルに本を置くと、空君はなぜかダイニングの椅子に腰かけた。
「ホワイトホールとブラックホール。へえ、ホワイトホールって言うのもあるんですか?」
「うん」
空君、口数が思い切り減ってきた。もう、面倒くさくなってきたのかな。
「面白そう」
「興味ある?天文学部、俺が抜けるから入れるよ」
「え?そうなんですか?空先輩、辞めちゃうんですか?」
「うん。だって、3年だし。多分、3年生はそろそろみんな引退すると思うけど?」
「……空先輩、あと半年しかいないんですね」
「え?」
「高校で会えるのもわずかなんですよね」
わあ。茜ちゃん、思い切り暗くなった。わかりやすい。
「天文学部は人員減るから、入れるよ」
「…空先輩がいなかったら、あんまり入りたくないかなあ」
そう言って茜ちゃんは、ちらっと空君を見た。空君は、茜ちゃんの方を見ていないから気づいていない。
「凪、俺も麦茶欲しい」
「え?うん。入れてくるね」
私はなんとなくぼけっと突っ立っていた。でも、麦茶を持って、ダイニングテーブルに置いてから、空君の前の席に座った。
コクン。空君は麦茶を一口飲むと、
「あ、本は母さんに返してくれたらいいから」
と、またぶっきらぼうな口調で茜ちゃんに言った。
「はい」
茜ちゃん、すっかり元気をなくした様子。
「大学、市内ですよね?」
「凪と同じ大学行く予定。受かればだけど」
「……私も、その大学に行こうかな」
ええ?茜ちゃんまで?
私は茜ちゃんと空君を交互に見た。空君は、特に何も返事をしないで麦茶をまた飲んだ。
「俺、大学行くようになったら、凪と一緒に住むんだ」
へ?
何?何で突然そんなことを空君言い出したの?
「え?凪先輩と?あ、そっか。シェアするんですね」
「シェア?」
「一緒に住んだほうが家賃も安く済むし」
「…ちょっと違うかな。聖さん、あ、凪のお父さんが一人暮らしを心配してて。俺が一緒だと安心だって」
「あ、そっか。女性の一人暮らしって心配ですよね」
「うん」
「いいなあ。そういうのって。私もそこに混ぜてほしい。楽しそう」
「………。それ、無理」
わあ。空君がもっと冷たくなっちゃった。表情はクールだし、声も低いし。
「わかってます。3人でなんて部屋も狭くなっちゃいますよね。あ、2LDKですか?」
「そういうことじゃなくて。俺、シェアって言うより、凪と同棲するんだ」
ええ?なんだって、空君、そんなことまで…。
びっくりして茜ちゃんを見た。茜ちゃんは空君を見ながら、動きが止まっていた。
「ど、同棲?」
「うん。あれ?母さんから聞いてない?俺、凪と付き合ってるんだ」
空君が言ってくれた!!!!
「ええっ?聞いてません。親戚って聞いてます」
「なんだ。母さん、ちゃんと説明してもいいのに」
ぼそっと空君はそう言うと、頭を掻いて、
「そういうことだから、一緒に住むとか無理」
と、もう一回念を押すように茜ちゃんに言った。
「………本当なんですか?凪先輩」
「え?うん。ほんと」
今まで黙っていたから、ちょっとうしろめたい。隠していたわけじゃないし、言おうと思っていたけれど。
「そうなんですか。そうなんですね。私、空先輩に彼女がいるって噂は聞いたことがあるんですけど。でも、もう別れたかもとか、いろんな噂もあって、別れたんだったら、アタックしたいって思っちゃって」
ボロ。茜ちゃんがいきなり涙を流した。
うわ。どうしよう。どうフォローしたらいいの?おろおろとしていると、空君は、
「噂?そんな噂あるの?でも、俺、別れてないし、今後も別れるつもりもないから」
と、追い打ちをかけるようにクールにそう言ってしまった。
「………ひっく」
本格的に茜ちゃんは泣き出した。そんなに空君のことが好きだったのかな。
「ごめんなさい。泣いたりして」
涙を拭いて、泣くのを必死にこらえながら、茜ちゃんはそう言った。そして明るい笑顔を作りながら、
「本、借りて行きます。それじゃあ、お邪魔しました」
とソファから立ち上がり、ぺこりとお辞儀をした。
そして、タタタっと逃げるように階段を降り、出て行ってしまった。
「…泣いちゃったね。大丈夫かな」
「こればっかりはしょうがないし」
空君、さっきと表情が変わった。ちょっと今、辛そうな顔をしている。空君も茜ちゃんが泣いちゃって、辛かったのかな。
「凪、こっち」
椅子から立ち上がり、空君はリビングのソファに移動した。私はその隣に座りに行った。
「はあ。ああいうのも苦手。コクられたこと前にもあったけど、泣かれても困るばかりで、どうしていいかわかんないんだよね」
「え?いつコクられたの?」
「……いつだったかな。2か月前くらい?」
「……。やっぱり、空君モテてるんだ」
「そんなにモテないよ。碧ほどじゃないって」
「碧もモテてる?」
「うん。やっかみが酷くて黒谷さんも大変なんだ。でもまあ、黒谷さん、守られてるから」
「碧に?」
「碧にもだけど、天文学部の女性部員全員に」
「え?全員?」
「なんか、あの部って、変に結束力が高いって言うか。面白いよね」
「そっか。じゃあ、安心だね」
「うん」
「………碧はいいんだけど」
「え?」
「やっぱり、空君がモテるの、気になる」
「大丈夫だよ?ちゃんと断ってるし」
「うん」
べたっと空君の腕にしがみついた。空君の匂い。空君のオーラ。ああ、あったかいし癒されるなあ。
「エアコン、効きすぎて寒くない?空君」
「凪いるから、あったかい」
「…そっか」
もっとべったりくっついた。
「やべ。また眠くなってきた。ちょっと寝てもいい?」
「いいよ」
空君は目を閉じた。しばらくすると可愛い寝息が聞こえてきた。私はそっと空君の部屋に行きタオルケットを持って来て、空君の隣にまた座って、私と空君にタオルケットをかけた。そして、空君にひっついた。
空君を好きな女の子は茜ちゃんだけじゃない。他にもいる。でも、空君に断られたりして傷ついたり泣いたりするんだ。
誰かが幸せになると、誰かが傷ついたりするんだな。
そう思うと胸がズキっと痛んだ。
空君もクールに装っているけど、誰かが傷つくのが平気なわけじゃないんだろうな。もしかしたら、同じように空君も傷ついていたのかな。
ギュ。空君の胸に顔をうずめて、空君大好きって心で叫んだ。私から光が飛び出て空君を包み込んだ。
傷ついた空君の心が、癒されますように。そう願いながら私は空君に抱き着いていた。




