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第24話 まりんぶるーのバイト

 その日、いったん寮にひいちゃんは戻り、着替えや勉強道具を持って私のアパートに来た。かっちゃんと相談して、あの寮にいたらまた霊に憑りつかれる可能性があるからと、しばらく私の部屋に泊まることになった。


 ひいちゃんは、本当に憑きものが落ちたって、このことを言うんだろうな…というくらい、表情も変わっていた。

「かっちゃんが、アパート出て寮に移動するんだって」

 翌朝、朝ご飯を食べている時にひいちゃんはそんな話をしだした。


「それで、私にも女子寮を出て、同じ寮に行こうよって」

「うん。私もそれがいいと思う。あの女子寮、鬼門に建っているって空君も言っていたし」

「…でも、他の寮って男がいるから」

 ひいちゃんは暗くなった。だけど、

「かっちゃんがいるから、ちょっと心強いんだけど」

と少し恥ずかしそうに言った。


「え?」

 あれれ?かっちゃんのこと、嫌っていなかったっけ?

「凪ちゃん、私もテニスのサークル入ってもいいかな」

「もちろん!」


 なんだか、ひいちゃんにものすごい変化が…!!

「かっちゃんって、男の人なんだけど、なんか、話やすいよね」

「うん。私もそうなんだ。すごくいい友達だなって思うよ」

 そう言うと、なぜかひいちゃんは俯いて、

「友達…、うん、そうだよね」

と、ぼそっと呟いた。


 ん?

 友達…と思っていないの?なんだろうな、今のつぶやき。


 それから数日の間に、ひいちゃんは寮を移る手続きを終えた。そして翌週末、かっちゃんとともに、他の寮に引っ越した。


 それまでは、私の部屋にいた。ひいちゃんがいる間は、おばあちゃんが見に来ていて、空君は幽体離脱してこなかった。どうやら遠慮したらしい。


 そして、ひいちゃんが寮に引っ越した日、空君は電話をしてきた。そして、

「夜、凪の寝顔を見にいくからね」

「ずるいよ。空君だけが私を見れて。私だって空君の顔見たいよ」

「いいの。凪の寝顔可愛いし」


 ええ?

「ずるいってば」

 そう言っても空君は、

「ああ、凪のところに行けるの、楽しみだな」

と、私の言うことにはまったく耳を貸そうとしない。


「ひいちゃんさんは、もう大丈夫そう?」

「え?うん。空君のことではごめんねって、何度も謝られちゃった」

「そう」

「なんかね、変なサイトを見たらしいんだ」


「サイト?」

「悪口、陰口がいっぱい書いてあって、好きな人を横取りする方法とか書いてあったんだって」

「うわ。何それ」

「それを読んでいるうちに、おかしくなっちゃったって言ってたよ」


「そっか。良かったね、抜け出せて。俺にもひいちゃんさんに憑りついてた霊が憑りついたけど、あれ、かなり強力なやつだったからさ。まじ、危なかったと思うよ」

「ごめんね、空君にも迷惑かけて」

「凪のせいじゃないじゃん」


 空君の声、優しい。ああ、ほっとするなあ。


 その日の夜、空君はこっそり幽体離脱してきたらしい。私はぐっすりと寝ていたからわからなかった。でも、朝携帯にメールが来ていて、

>凪の寝顔、可愛かった。

と書いてあった。


 ずるい。空君の寝顔だって、すっごく可愛い。それを私だって見たいのに。

 早くに一緒に暮らしたい。でも、まだまだ先なんだなあ。


 

 季節は初夏。寮を変わってから、ひいちゃんはどんどん明るくなった。テニスサークルにも入り、友達も増えた。ただ、まだ男の人は苦手で、話ができるのはかっちゃんだけ。

 そのかっちゃんは、前は「凪ちゃん、凪ちゃん」と私にかまっていたけど、最近は「ひいちゃん、ひいちゃん」とひいちゃんばかりをかまう。


 サークルの人が、

「凪ちゃん、かっちゃんと別れたの?」

とか、

「かっちゃん、ひいちゃんに乗り換えたの?」

とか聞いてきたけど、もともと付き合っていませんと、何度もいろんな人に説明する羽目になった。


「凪ちゃん」

 ある日のバイトの帰り道、かっちゃんが真面目な顔をして私に話しかけてきた。

「あのさあ、ひいちゃんって、俺のことどう思っていると思う?」

「え?」


「まだ、男が怖いのかな」

「かっちゃんは、話しやすいって言ってたよ」

「話しやすい?まじで?でも、なんとなく距離置かれているって言うか、ぎこちないって言うか」

「そりゃ、まだちょっとは警戒しているのかもしれないけど」


「警戒?」

「……どんなふうに距離置かれているの?」

「う~~ん。ふざけて「ばあ!」っておどかしたら、1メートルくらい遠くに逃げたり」

「それ、驚いたからじゃないの?単に」


「でもさ、この前はテニスでダブルス組んでて、ひいちゃんが転んじゃって、それを助けようと手を差し伸べたら、なんか、すごい勢いで振り払われて…。俺、もしや嫌われてる?って、ちょっと落ち込んだんだよね」

「あ、この前のね。私も見てた」

「そのあと話しかけたら、避けられちゃって」


「今は?避けられてる?」

「いや…。そんなこともないけど」

「………」

 言っていいのかな。ダメだよね。


 実は、そのテニスのゲームの後、ひいちゃんから衝撃の告白を聞いちゃったんだよね。

「ひいちゃん、転んじゃったところ大丈夫?」

「うん。でも」

 なんだか、暗くなっていたから、どうしたの?って聞いたら、

「かっちゃんが、せっかく手を差し伸べてくれたのに、その手を振り払っちゃったの」

と、泣きそうになりながらひいちゃんは話してくれた。


「どう接していいかわからなくなるの。かっちゃんと一緒にいるだけでも、ドキドキするし。顔近づけられたら、思い切り逃げ出したくなったり、手、差し伸べられた時も、かっちゃんの優しい笑顔見ただけで、胸がいっぱいになっちゃって、どうしていいかわかんなくなって、あんな態度取っちゃって」

 え?!


「それって、え?まさか、ひいちゃん、かっちゃんのこと」

「やっぱり、男の人が怖いからなのかな」

「違うと思う…。それは、その…、かっちゃんに恋しているんじゃないのかな?」

「……え~~~~~~~~~~~?!!!!」


 とまあ、こんな具合に、本人もわかっていなかったから、かっちゃんにわかるはずもないよね。

 でも、かっちゃんには内緒だな。ひいちゃん自身、まだ、その感情とちゃんと向き合えていないからな。


「かっちゃん、嫌われているわけじゃないから、頑張ってね」

「…うん。…ん?頑張れって何を?」

「え?ううん。なんでもない」

 なんとなく、かっちゃんとひいちゃんがうまくいけばいいな、なんて勝手に思っちゃったけど、かっちゃんにとっては、ひいちゃんも友達の一人なんだろうしなあ。


 そんなこんなで、テニスサークルとバイトに明け暮れ、あっという間に時は過ぎて行った。バイトのおかげで、月に2回は伊豆にも帰ることができて、空君とデートもすることができた。


 とはいえ、空君の塾もあるから、会えるのは2時間程度。でも、それでも最高に幸せな時間だった。

 空君は、いつもニコニコ顔で、私のことを見ていた。たまに、すっごく嬉しそうに笑って、

「ああ、凪がいる」

と、そんなことを呟いた。


 そんな空君がものすごく可愛くって、そのたび私は空君にしがみついた。空君は、しがみつかれたまま、いつも固まっていた。

 

 夏休みも近くなった頃、

「夏は凪、帰ってくるよね?」

と空君に聞かれた。


「うん!バイト休みをもらったから、8月いっぱいは伊豆にいるよ」

「まじ?」

「うん!」

「やった」


 空君が嬉しそうに笑った。可愛い。

 空君にとって、多分、今年の夏は受験勉強で忙しいと思う。毎日のように夏期講習に行くんだろう。私はその間、夏場の忙しいまりんぶるーの手伝いをする予定だ。


 かっちゃんは、寮に残ると言っていた。ひいちゃんもだ。ひいちゃんは、夏休み暇になるからと、私がバイトしているファミレスで短期のバイトをする。そのおかげで、私が1か月休めることになった。

 ひいちゃんは、ファミレスでバイトなんて…と、最初戸惑っていたが、かっちゃんが一緒だから大丈夫だよ、と言うと、安心していた。


 ひいちゃんとかっちゃんの進展はない。でも、ひいちゃんが徐々にかっちゃんを避けなくなり、最近では二人で楽しそうに話していることもある。テニスサークル内では、あの二人は付き合っているんじゃないのか…なんて噂されているくらいだ。


「かっちゃんって、ひいちゃんと付き合ってるの?」

 ある日、誰かがそう突然かっちゃん本人に聞いた。すると、

「え?ううん。…ん?どうなんだろ。あれ?」

と、首を傾げていた。


 あの反応はなんだったんだろう。もしや、私の知らないうちに進展があったりしているんだろうか。夏休みの間に、もしかして、もっと仲良くなるかもしれないよね。ちょっと、他人事ながらドキドキだ。


 そして…。いよいよ夏休みになり、7月のバイトを終え、私は伊豆に帰った。


 空く~~~~ん!1か月の間、毎日会っちゃうもんね!べったりひっついちゃうもんね!!!とわくわくしながら。


 8月1日、午前11時。我が家に着いた。パパは仕事、碧は部活。ママと雪ちゃんはまりんぶるーなので誰もいない。私も早速、自転車に乗ってまりんぶるーに行った。


 空は青く、海も青い。気温は30度を軽く超える暑さ。すでにまりんぶるーにはお客さんがいる様子。

「こんにちは!」

 元気にまりんぶるーのドアを開けた。


「いらっしゃいませ」

 可愛らしい知らない子が、元気にそう言った。

 誰?


「あ、あの」

「お客様はお一人ですか?」

「客じゃなくて…」

「凪ちゃん!久しぶり~」


 春香さんがキッチンから顔を出した。

「お久しぶりです」

「今着いたの?ほら、中に上がって。桃子ちゃんと雪ちゃんは、リビングにいるから」

「でも、手伝い」


「混んできてからでいいわよ」

 春香さんにそう言われ、リビングに先に行くことにした。

「こんにちは」

 リビングのドアを開けると、ママとおじいちゃん、そして雪ちゃんがいた。


「凪、早かったのね」

「うん。今日からまりんぶるーを手伝う気満々で来たんだけど、知らない子がいた」

「バイトの子よ。ほら、座って。今、冷たいもの持ってくるから」

「凪、久しぶりだなあ」

「おじいちゃん、久しぶり」


 私はおじいちゃんの隣に座った。おじいちゃんの膝には雪ちゃんがいて、私を見ると大喜びをした。どうやら、こんな小さくても、自分のお姉ちゃんだとわかっているらしい。

「雪ちゃん、ただいま」

「ま~~ま」


「ママじゃなくって、お姉ちゃんだぞ、雪」

 おじいちゃんがそう教えても、雪ちゃんは私をママと呼ぶ。いや、雪ちゃんは、知っている女性全員ママと呼ぶ。ママも、春香さんも、くるみママも。多分、私も赤ちゃんの頃、そうだったと思う。


 よちよちとおじいちゃんの膝から立ち上がり、雪ちゃんは歩き出した。私の背中につかまり、私の背中に抱き着く。ああ、可愛いよなあ。


 家では碧とパパが雪ちゃんの取り合いをしていて、たまに空君もその取り合いに参加しているようだ。ただし、私がいない時だけ。たまに私が帰ると、パパが空君と競争して私に話しかけていた。でも、私がさっさと空君を連れて自分の部屋に行っちゃっていたんだけどね。


 空君は、部屋で二人きりになることを嫌がらなくなった。でも、必要以上に近づかない。私がむぎゅっと引っ付いても、固まっているだけで離れようともしないけど。

 私は空君のオーラや温もりを直に感じられて幸せで、空君も嬉しそうにしていた。


「まま、まま」

 私の背中から今度は膝の上に乗ってきた雪ちゃんも、可愛いあったかいオーラを出しまくっている。私はギュッと雪ちゃんを抱きしめ、

「癒されるなあ」

と呟いた。


「はい、凪。冷たいお茶」

「ありがとう」

 ママがコップにウーロン茶を入れて持って来てくれた。それを飲み干し、

「あのバイトの子、可愛いね」

とそう言ってみた。


「凪の後輩よ。碧と同じ高校」

「そうなんだ」

「文江ちゃんがね、ちょっと心配してた」

「なんの?」


「どうやら、碧目当てなのか、空君目当てなのか…」

「え?!」

「どっち目当てなのかわからないけど、あのとおり可愛いし、文江ちゃんがやきもきしていたのよねえ」

 確かに、目はぱっちりだし、顔小さいし、髪はくりんくりんで、アイドルみたいだった。


「そ、空君目当てってこともあるの?」

「う~~~ん。空君が来ると、すごくうれしそうだからなあ」

 ええ?

「でも、碧が来ても、目が輝くんだよねえ」


「二人ともイケメンだから、他の女の子だって喜ぶだろう。気にすることないんじゃないのか」

 おじいちゃんがそう言ったけど、私はいきなり気になってしまった。

「空君って、よくまりんぶるー来る?」

「たまに塾の無い日に来てるけど。でも、たまにだけね。碧の方がバスケ部終わると来てるよ」


「そうなんだ」

「まあ、碧は文江ちゃん一筋だし、空君も凪一筋だから、心配ないわよ」

「……文江ちゃん、一筋なの?」

「ここだけの話、メロメロって感じ。文江ちゃんも可愛くなったしねえ」


「ふうん」

 文江ちゃんとはひと月近く会っていないな。たまに伊豆に帰って来た時には、文江ちゃんがバイトでいなかったりしたしなあ。


 お昼をリビングで食べた。そのあと、ホールに出てお店の手伝いをした。ホールでは、くるみママが私にバイトの子を紹介してくれた。

「野村茜ちゃん。高校1年生よ。茜ちゃん、こっちは私の孫の凪ちゃん。今、大学1年生」

「こんにちは。あ、もしかして碧先輩のお姉さんですか?」


 茜ちゃんは目を輝かせた。

「うん」

「碧先輩、私の中学の先輩なんです」

「そうなんだ」


「よろしくお願いします」

「よろしく」

 高校1年生。なんて初々しいんだろう。ついこの前まで中学生か。


 茜ちゃんははきはきしていて、仕事もてきぱきとこなしている。

 お客さんは途切れることもなく続き、あっという間に5時になった。そこに碧が自転車でやってきて、

「凪、帰ってたんだ」

と、冷めた挨拶をしてくれた。


「帰ってたよ」

「碧先輩、部活お疲れ様です」

 私の横を茜ちゃんは、冷たい水を持って通り過ぎ、碧に渡した。

「サンキュ」


 碧、今、最高の笑顔で答えたぞ。こりゃ、まずい。茜ちゃんも嬉しそうに頬を染めた。

「碧、文江ちゃん一緒じゃないの?」

「うん。文江、バイトだもん」

「デートはしているの?」


「してるよ」

 ほ…。よかった。そんな会話を聞いても、茜ちゃんの態度は変わらず、嬉しそうに碧のことを見ているけど、とりあえず碧、文江ちゃんと無事続いているんだな。


「あ!」

 碧を見て目を輝かせていた茜ちゃんが、窓の外を見てもっと目を輝かせた。私も一緒に窓の外を見ると、空君が自転車から降りて、こっちに向かって来ていた。


「空先輩!」

 私が空君!と言って駆け寄る前に、茜ちゃんがドアを開けに駆けて行った。そして、

「お疲れ様です!!」

と、空君を元気に明るく可愛らしく出迎えた。


「あ、どうも」

 一瞬入るのをたじろいだ空君は、私のことを見つけた。が、茜ちゃんが空君に引っ付き、ひたすら話しかけ空君を離そうとしなかった。


 えっと。

 どっからどう見ても、ママ、茜ちゃんは空君目当てだと思う。碧の時と完璧、態度が違うよ。

 なんか、知らない間に、ライバル登場…していたのかもしれない。


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