第23話 強くなれる
「空君!」
痛い。空君に掴まれた腕が痛い。
「あんなやつに渡すくらいなら、俺が…」
そう言って空君が乱暴にキスをしてきた。
いつもの空君じゃない。声まで違う。空君から放つオーラも冷たい。
唇を離すと空君は、私のTシャツを捲し上げた。でも、いきなり苦しそうな顔をして、ブルブルと手を止める。
「や、やめろ」
空君が苦しそうにそう言う。でも、次の瞬間、また冷たい目で私を見て、両腕を掴んで首にキスをする。
もしかして、空君、憑依されているけど、意識が奥に残っているの?霊と戦ってる?
また、空君は、「やめろ」と苦しそうに言って、顔を上げた。目をギュッと閉じ、必死で何かと戦っているようにブルブルと震え、体中に力を入れている。
「凪、逃げて。俺から逃げて」
目を開けるとそう空君は言った。震えながら私の両手から手を離し、体も起こした。
「今のうちに逃げて…。俺、こいつ止めておくから」
やっぱり。一人で戦っているんだ。
「空君!一人で苦しまないで!」
私は空君に抱き着いた。
「凪、ダメだ…」
空君はそう言って、力尽きたようにダランと両手を垂らした。と思った次の瞬間、ぱっと顔を上げ、私を押し倒してきた。
「逃げりゃよかったのに…。でも、逃げられないけどね」
そう憎らしげに空君は言うと、私の服を脱がそうとした。でも、私はそんな空君をまた抱きしめた。
「空君を苦しめないで」
「うるさい、手を離せ」
「空君を介抱して」
「うるさい」
「空君を返して」
「うるさいって言ってるだろ!」
私の手を振りほどき、Tシャツを脱がそうとする。力が強くて、抵抗もできない。とうとうTシャツを脱がされてしまった。
どうしよう。空君、きっと苦しんでいるよね。私を傷つけるってそう思って、今も苦しんでいるよね。
どうしたらいいの?どうしたら空君を傷つけずに済む?
時々空君の手が止まる。ブルブルと手が震えている間、空君の目の表情すら変わる。必死でもがいているような目。でも、私を見ると、心配そうにしている目になる。
「大丈夫、空君」
思わずその目に私は言った。
「私なら大丈夫。心配しないで!」
「な…ぎ?」
「怖くないから。大丈夫だから」
そう言って私は空君にキスをした。
空君が好き。
私のために今、戦っている空君が好き。
ありがとう、空君。
私を必死で守ろうとしてくれて、ありがとう。
私も空君を守る。
空君!!!!
ぱあっと、その時光が部屋中を覆った。次の瞬間、ブルブルと震えていた空君の手が一気に力をなくした。
ばったりと、力尽きたように空君が私の上に乗っかってきた。
「凪…」
「空君?」
「すげ、あったかい」
そう言うと空君は、ふうっと息を吐いた。
「消えた?」
「うん。成仏した。光に包まれた瞬間、感謝してたよ」
「え?」
「やっと還れるってさ」
「…よかった」
「凪、ごめんね」
私を優しく抱きしめ、そう空君が囁いた。
「ううん。ううん」
私はほっと安心して泣き出してしまった。
空君は慌てたように体を起こし、
「凪、怖かったよね。ごめん、本当にごめん」
と謝ってきた。
「違うの。空君が苦しそうだったから、どうしようって思って。良かった。空君、もう大丈夫だよね?」
「俺は大丈夫。でも、凪が」
空君は、ブラジャー1枚になっている私を見て、慌てて横を向き、Tシャツを渡してくれた。
私も起き上がり、Tシャツを着た。空君は、私の方を見ないようにしている。
「ごめん、凪」
「私は大丈夫だよ」
そう言って、空君の背中に抱き着いた。
「俺が怖くない?」
「怖くないよ」
「でも、さっきの俺、怖かったよね」
「ううん。全然」
「……でも、凪、男怖いんだよね?」
「空君は別」
「あ!凪の手、俺が掴んだところ、赤くなってる」
「大丈夫。すぐに消えるよ」
「ごめん、痛かったよね?」
「空君のせいじゃないもん。それに、空君、必死に戦ってくれてたでしょ?」
「だけど、俺のせいなんだよ。俺がやきもち妬いて、霊にのっとられた」
「私も、ひいちゃんのことでやきもち妬いたから、一緒だよ」
そう言って、もっと抱きしめる腕に力を入れた。
「空君、大好き」
「うん。あ、今も、すごい光が出た」
「ほんと?」
「うん。やべ…。眠くなってきた」
空君は布団に潜り込み、
「ちょっと、寝ていい?」
と可愛い顔で聞いてきた。
「添い寝、いる?」
「……うん」
私も横に潜り込んだ。
「乱暴にキスしてごめんね、凪」
「空君だから、へーき」
「…俺じゃない。あれは、霊の仕業だけど、でも、やっぱ、俺の体でしちゃったから、凪にとっては俺がしたと同じだよね。俺のこと、怖くなっていない?」
「全然」
「……ほんと?」
隣に寝ている空君に抱き着いて、
「えへへ。全然」
と、そう言うと空君は優しく私の髪にキスをした。
そして、すうっとそのまま空君は眠ってしまった。
もしかすると、霊に憑りつかれるのって、すごく力を使うのかな。脱力したように寝ている。
あ、ひいちゃんは大丈夫かな。気になり、そっと布団から出て、隣の部屋に行ってみた。
「あ、凪ちゃん、大丈夫?」
ドアを開けたのはかっちゃんだ。
「うん。もう、空君にひっついていた霊も成仏したし。ひいちゃんは、大丈夫かな」
「今、寝てるんだ。なんか、疲れ切っちゃったみたいで」
「やっぱり?空君も疲れてて、寝ちゃってるの」
「そっか。でも、とりあえず、凪ちゃんも空君も無事でよかったよ」
「ありがとう」
「ひいちゃんは、しばらくうちで預かる。兄貴の彼女も今日はここにいるって言うし。目が覚めたら寮まで俺が送って行くよ」
「寮…。大丈夫かな」
「うん。また、変なのに憑りつかれないといいんだけどね。あの寮は出たほうがいいかもしれないよね」
「寮を出て、どこに行けばいいんだろう」
「うちとか?」
「え?それは無理でしょ」
「とりあえず、じゃあ、凪ちゃんの部屋?」
「あ、そうか」
「俺も、近いうちに出る予定なんだ」
「なんで?引っ越し?」
「兄貴がここで、彼女と住むようになるから。兄貴が寮が空いているなら、そこに行けって言われてて。あ、そっか。ひいちゃんも、他の寮が空いてたら、そっちに移ればいいんだよね」
「男子と一緒の寮?ひいちゃん、男嫌いだよ」
「そこだよね、問題は」
かっちゃんはそう言って、ふうっとため息を吐き、
「ま、今日は大丈夫だから、凪ちゃんは彼氏君についててあげたら?」
と、笑顔になった。
「いろいろごめんね、かっちゃん」
「凪ちゃんが謝ることじゃないよ。それに、友達のためなら俺、いくらでも動くしさ」
そう言ってかっちゃんは、部屋に戻って行った。
ほんと、いい人だよね。だから、かっちゃん、友達多いんだろうな。それも、友達でいたいって思っちゃう。彼氏よりも、友達として続けたい。そんなふうにみんな、思っちゃうのかもしれないな。
部屋に戻って、空君を見に行った。空君は、くーくーと可愛い寝息を立てながら寝ていた。
「可愛い…」
空君の髪を撫でた。それから、頬にキスもしてみた。
ふんわりとあったかい気持ちになる。なんか、綿あめにキスしているみたいな、可愛い子犬にキスしているみたいな、そんなくすぐったい気持ちだ。
「凪?」
空君の可愛い声がする。
「凪…?」
「ん?」
目を開けると、髪がはねた空君の顔が見えた。
「俺、すっかり寝ちゃってた」
「あ、私もだ」
空君の隣に寝転がっていたら、そのまま寝ちゃった。
「腹減ったよ、凪」
「私も…」
そう言って、二人で笑った。
「ひいちゃんは、かっちゃんの部屋で寝てるよ。相当疲れてたみたいだよ」
「だろうね。俺も、ぐったりしちゃったし」
空君と部屋を出て、駅前に向かいながらそんな話をした。
「凪」
空君はそっと私の手をとった。そして、
「本当に俺のこと、怖くない?」
と、確認するように聞いた。
「うん。怖くなんかないよ」
「でも、手、まだ俺が掴んだ跡が残っているし。痛かったよね?」
「大丈夫だよ。それより、空君の方こそ、苦しかったでしょ?ずっと霊と戦っていたでしょ?」
「うん。体乗っ取られたけど、意識はあったからさ」
「そうやって、空君が私を守ろうとしていてくれたのがわかったから、怖くなんかなかったよ」
「……それで、光で包んでくれたの?」
「うん。空君を守りたいって思ったから」
「やっぱり。俺の方が凪に守られたね」
「私、空君がいると、なん百倍もの力が湧く気がする」
「そう?」
「うん!だからね、もう、空君が離れた時のために、一人で頑張るとか、そういうのやめるよ」
「え?」
「だって、空君がいたほうが力が湧くんだもん。空君に甘えちゃダメとか、頼っちゃダメとか思っていたけど、そういうことじゃないんだなってわかったんだ」
「どういうこと?」
空君は不思議そうに私を見た。
「ママって、人のためだと強くなれるんだよね。一人じゃ弱い。自分だけじゃ、強くなれない。でも、人といたら力が湧いて、強くなれる…。それ、素敵なことなんだよね」
「そうだね。まさに、桃子さんってそんな感じするね」
「それが、なんとなくだけどわかったんだ。私は、空君がいなくても強くなれるようにならないと、って、そんなこと思っていたけど、そうじゃなくて、空君がいるからこそ、強くなれる…。そうなりたいなって」
「もう、そうなってるよ」
「うん。私もそう思う」
そう言って笑うと、空君もはにかんだように笑った。
「俺も、凪がいてくれたほうが強くなれる」
「家族ができて、守るものが増えていくと、どんどん強くなれるのかな」
「かもね。強くなろうとしなくても、強くなっちゃうのかもしれないね。だって、大事だし、守りたいし、愛したいし、傷ついてほしくないし…。大事な人には笑顔でいてほしいからさ」
ムギュ。私は繋いでいた手を離し、空君の腕にしがみついた。
「空君、大好き」
「うん」
空君は、またはにかみながら笑った。
二人で駅近くのカフェで、遅い昼ご飯を食べた。それから駅に行き、空君を見送った。
大大大大好きと、心の中で何度も繰り返した。私から出る光は、空君の乗っている電車ごと包み込んでいた。




