第22話 憑依?
体が重い。頭痛もひどい。足が動かない。
「離れろよ。凪から離れろ」
空君の声で、一瞬にして体が動くようになった。
「空君、私に会いに来てくれたの?嬉しい」
ギュウっとひいちゃんは、空君に抱き着いている。
「ひいちゃん、空君から離れて」
体が動くようになったので、ひいちゃんのもとに駆け寄り、空君から離そうとした。
「やめて。空君は私に会いに来たの。あんたなんかに用はないの。どっか行って」
ひいちゃんは私の手を振り払い、そう言って私を睨みつけた。そして、またすぐに空君の体に抱き着いた。
「離れて、ひいちゃん」
ダメ。空君に抱き着かないで!
そう思えば思うほど、また頭痛がしてくる。体がまた重くなってくる。
「凪!離れて。ここにいたら、また憑りつかれるよ」
空君…。
でも、嫌だよ。ひいちゃんが空君に抱き着いているのを見たくないの。
そうじゃない。光だよ。光を出して、霊を浄化させないと。さっきから、この辺り一面暗くなってる。これは絶対に霊の仕業なんだから。
だけど、嫉妬の方が勝って、とてもじゃないけど光が出そうにない。どうしよう。どうしたらいいの、空君。
「凪!離れてて。俺だったら大丈夫だから」
「でも」
「ひいちゃんさんも、俺から離れて」
「嫌よ。離れない。空君だけだもの。私をわかってくれるのは」
「わかったから!話も聞く。どうしてほしい?一緒にいてほしいって言うなら一緒にいる。だから、ひいちゃんさんからも離れろよ。憑りつくなら俺に憑りつけって言ってるだろ?!」
空君はそう言うと、自分の体からひいちゃんを引っぺがした。ひいちゃんは、なぜか両手をだらんとさせ、私に寄りかかってきた。
「凪、ひいちゃんさん、頼む。多分、力尽きているはずだから」
「え?」
「俺は、このまま帰る」
「どこに?」
「伊豆に…」
「なんで急に?」
「ここにいると、またひいちゃんさんや凪に憑りついちゃうから。俺だったら大丈夫だからさ」
そう言うと、空君は頭をおさえながら歩き出した。
「ど、どうしたの?頭痛いの?」
「凪、俺から離れて。ひいちゃんさんも近づけさせないで」
「ど、どういうこと?」
「今は俺に引っ付いているから」
「じゃあ、空君が大変!」
「俺はへーき。伊豆に行けば、聖さんや碧がいるから、こんな霊、一瞬にして消えちゃうから安心して」
「ダメだよ。空君顔色悪いよ。空君の体がおかしくなっちゃうよ。そのままじゃダメ」
「ひいちゃんさんのほうを介抱してあげて。じゃあね、凪」
空君は足を引きずるようにして、カフェを出て行ってしまった。
「ひいちゃん、大丈夫?」
まだ、脱力しているひいちゃんのことを抱えながら聞いた。
「う、うん。ごめんね、凪ちゃん。さっきまで、体が自分の意志と反して動いちゃってて、頭痛や吐き気、寒気もひどかったけど、今は大丈夫。ただ、体に力入らなくって」
「自分の意志と反してって?」
「なんかに操られているみたいな。それに、変な声が頭の中で聞こえたり、勝手に話していたり」
「……じゃあ、さっき、空君に抱き着いたのは?」
「ごめんね、凪ちゃん。凪ちゃんに、空君をちょうだいなんて変なことも言って。私、自分がおかしくなっているのに気が付いていたの。でも、どうにもできなくて」
本当に憑りつかれちゃっていたんだ。
「ひいちゃん、寮じゃなくて一回私のアパートに行こう。ね?」
空君が心配だけど、まずはひいちゃんを安全な場所に連れて行かなくちゃ。私のアパートもけして、安全な場所じゃないんだけど。
アパートまで行くと、ちょうど隣からかっちゃんが現れた。
「あ、ひいちゃん。どうした?」
かっちゃんも、ひいちゃんの顔を見て、驚いている。
「どっか具合悪いの?ってか、寮から出てこれたんだ」
「え?」
ひいちゃんはびっくりしながら、顔を引きつらせた。
「ひいちゃん、かっちゃんもひいちゃんのことをずっと心配していたんだよ」
「心配?」
「かっちゃん。空君が来て、助けてくれたの。ひいちゃんに憑りついてる霊が、今は空君にくっついているの」
「何それ」
「空君、霊を見ることもできるし、多分話もできるの。それで、俺に憑りつけって言って、そのまま伊豆に帰っちゃったの」
「大丈夫なわけ?」
「大丈夫じゃないの。顔色悪かったし、足引きずってたし」
「……。凪ちゃん、助けに行った方がよくない?」
「うん。行きたい」
「よし。ひいちゃんは俺に任せて。凪ちゃんは、空君を追いかけたほうがいい」
「かっちゃん、バイトは?」
「小岩に入れないか頼んでみる」
「あ、高校生の子?」
「うん。この前、あいつが具合悪い時、代わってやったから貸しがあるし」
そう言って、かっちゃんは携帯を出して小岩君に電話をした。
「今日暇?シフト代わってくれない?」
小岩君は借りがあるからと言って、すぐに代わってくれたようだ。
「これで大丈夫。ひいちゃん、俺の部屋で休んでって」
「え!そんなの、無理です」
「あ、大丈夫。今も兄貴と彼女いるからさ。さすがに男だけだったら、俺も部屋に入れないけどね」
「お兄さんの彼女?」
「うん。俺の部屋も一時霊がいたみたいだけど、凪ちゃんに浄化してもらったし、今は大丈夫。だから、早く凪ちゃん、空君を追いかけたら?」
「ありがとう、かっちゃん」
私はそう言って、急いで階段を駆け下りた。
空君、空君!
「おばあちゃん、空君を守って」
小さく呟き、私は急いで駅に向かった。
駅に着いた。空君は、切符売り場の前でうずくまっていた。
「空君!」
「…凪?なんで?」
「大丈夫?」
大丈夫なわけない。顔色が悪いし、息も荒くなっている。
「ひいちゃんさんは?」
「かっちゃんに預けてきた」
「…男の人苦手なんだよね、大丈夫なわけ?」
「うん。かっちゃんのお兄さんの彼女もいるって。だから、大丈夫。それに、ひいちゃんに憑りついてた霊はいなくなったから」
「うん。俺の方に来てる」
「今も?」
「凪、俺に近づいたらダメだ。今も、凪のこと怒ってる」
「嫌だよ。こんな空君をほおっておけるわけないでしょ。一緒に帰る」
「はあ…。それも無理そう」
そう言うと、空君はずるずると座り込み、うなだれてしまった。
「空君?」
「気持ち悪い」
「空君!」
私はなんとか空君を抱えるように立ち上がらせた。
「アパートに行こう。歩ける?無理ならタクシー乗ろうか」
駅前にタクシー乗り場があって、たいてい3~4台タクシーが停まっている。
なんとかタクシーに乗り込み、行き先を告げた。近すぎてタクシーの運転手が嫌がるくらいの距離だが、一緒にいる空君の顔色を見て、さすがに運転手さんも、快くタクシーを走らせてくれた。
「空君、寒いの?」
隣で空君が震えている。
「うん」
私は空君の腕や背中をさすった。
「凪は?大丈夫?」
「うん。大丈夫」
本当は頭痛もする。でも、もっと空君はつらいはずだ。
アパートにはすぐに着いた。お金を払い、空君を抱えて2階に上った。空君はさっきから、はあはあと息苦しそうにしている。
どうしちゃったの。こんな空君初めてだよ。
不安が押し寄せる。急いで部屋のドアを開け、空君と部屋に入ると、空君はよたよたと和室まで行き、そのままドスンと横たわってしまった。
「空君」
「寒い…」
本当だ。空君、ガタガタ震えてる。
私は布団をすぐに押し入れから引っ張り出し、空君にかけた。
「空君…」
どうしよう。私じゃ霊を消せないのかな。パパか碧が来ないと無理なのかな。
「凪…。この部屋から出てて。かっちゃんって人の部屋に行ったほうがいい」
「なんで?」
「凪に憑りつくと大変だから」
「空君だって大変でしょ?」
「……ずっと、言ってるんだ。凪のこと」
「え?」
「憎いとか、渡さないとか、そういうこと…」
「渡さないって?」
「俺を、凪に渡さないって」
どういうこと?
「ひいちゃんさんに憑りついていた時、ひいちゃんさんの想いがこの霊にまで影響したみたいだ。この霊、女性の霊でさ、生きていた頃、報われない人がいたみたいで」
「…」
「その思いとリンクしたんだよ、きっと。それで、なんか俺に…、やたらと執着してて」
「嫌だよ。そんなの、ますます空君を一人にできないよ」
「う…」
「空君?」
苦しそうだ。目をギュッと瞑って、空君、苦しがってる。
「空君、どうしたの?どうしちゃったの?」
「凪…、頼むから…、離れて。そばにいたら、やばい」
空君!
自分だって、苦しんでいるのに。なんで、私のことをそんなに心配するの?
「やめろ。凪には手を出すな」
空君がまた、そう叫んだ。そして、また息苦しそうにしている。
私には見えない。今、空君に憑りついている霊を。でも、感じる。黒いもやもやしたものが空君を覆っている。
とっても冷たくて、とっても重苦しい空気…。
このままじゃ、空君が危ない。
どうしよう。パパを呼ぶ?でも、急いで電車に乗ったって、車を飛ばしたって、すぐには来れない。
私しかいない。空君を助けられるのは、私しかいないんだよ、凪。
「いい加減に離れて!空君から離れて!」
私はそう叫んだ。でも、
「凪、ダメだ…。煽ったら、今度は…凪が…憑りつかれる…」
と、息絶え絶えになりながら、空君がそう言った。
そうだ。怒りじゃ霊は消えない。光だ。光で浄化させるしかない。でも、私、ずっと光が出せない。
空君の苦しんでいる姿を見て、怖くて、足が震えて、不安で、心配で、光なんか出てこない。
「はあ…」
空君、なんだか、さっきより弱々しくなってる。ガタガタと震えながら、布団の中で丸まっている。
このままじゃダメだ。どうしよう!!!
ドンドン!その時、ドアのノックする音が聞こえた。
「凪ちゃん?いる?」
かっちゃんだ。
私は、ドアをそっと開けに行った。
「かっちゃん?」
「空君に会えた?」
「うん、今、部屋の中にいて、苦しんでいるの。どうしよう。私、どうしたらいいか」
そう言って私は、泣き出してしまった。
「凪ちゃん、しっかりしろよ。こんな時に凪ちゃんまで泣いてどうするんだよ」
「でも、どうしたらいいか」
「光出すんだろ?浄化できるんだろ?凪ちゃんにしかできない技だろ?」
「光が出ないの。全然出せないの」
「いつもは?どうしてた?どうしたら光って出せてた?」
「それは、空君のこと感じて、あったかい気持ちになって」
「空君を思う気持ちが大事ってこと?じゃあ、出せる。空君が大事なんだろ?」
「うん」
「俺は、部屋に戻ってる。一緒にいてあげたいけど、どうやら、俺はいないほうがいいみたいだし」
「え?」
「空君、こっち睨んでる」
振り返ると、空君は布団から顔を出し、苦しそうにしながらかっちゃんを睨んでいた。
「じゃあ、凪ちゃん、自信持って、ね?」
かっちゃんはそう言うと、自分の部屋に戻って行った。
……。空君が大事。
空君が大好き。その気持ちを、感じてみた。
「凪…」
空君は、布団からもぞっと起き出した。
「空君、動けるの?」
心なしか、空君、息苦しさがなくなっているみたい。
私は急いで、空君のもとに駆け寄った。
もしかして、私から光が出たのかな。それで、動けるようになった?そう喜んでいると、
「凪…、あいつと何を話してた?」
と空君が、低い声で聞いてきた。
なんだか、いつもの声と違う。
「え?」
空君はそのまま、ふらっと立ち上がり、私の両腕を掴んできた。
「い、痛いよ、空君」
「あいつと、なんで仲いいんだ?」
「え?」
空君の目、怖い。この目、どっかで見た…。あ!空君を私にちょうだいって言っていた時の、ひいちゃんの目と同じ。
「凪のこと、渡さない」
ドサ!
空君にそのまま押し倒された。思い切り背中を畳にぶつけて痛がっていると、空君は私の両手を力いっぱい握りしめてきた。
「痛い、空君」
「あんなやつに、渡さないからな」
「空君?変だよ。空君」
空君がおかしくなってる。
まさか、空君が今度は、霊とリンクしてる?空君が霊にのっとられているの?




