第20話 ひいちゃん
翌日、土曜。夕方からバイトが入っていたが、その前にかっちゃんとお茶をしながら話をした。
「やっぱり、空君に頼らないでも光が出るようになりたくって」
「凪ちゃん、たった1日で大人になったねえ」
「ちゃ、茶化さないでください」
駅近くのカフェで、私とかっちゃんはお茶をしていた。そこに、なんと同じテニスサークルのツッチーが偶然入ってきて、
「あ、やっぱり、付き合ってるんだ~」
と、またもや言ってきた。
もう、うるさいなあ。
「違うよ。相談ごとに乗っていただけだよ」
かっちゃんはすぐにそう答えてくれた。
「相談事?何々?恋の相談?」
あ、勝手に私の隣に座ってきた。
「ツッチー、一人?」
「ううん。あとで友達が来る。待ち合わせしてるんだ」
「彼?」
「友達。彼と別れるかもって言うから、相談に乗るの。あ、そういう話?」
「違うって。ツッチーも知ってるだろ?ひいちゃん」
またすぐに、かっちゃんはそう答えた。
「ひいちゃんって誰?」
「瀬戸さん」
私がそう言うと、ツッチーは、
「ああ、瀬戸さんね。最近ずっと見ないけど、もしかして病気?それとも、大学辞めるとか?」
と聞いてきた。
「病気に近いかなあ」
かっちゃんはそう言ってから、
「でも、体じゃなくて、心の方かもなあ」
と、宙を見て独り言のように呟いた。
「心?え?なんかあったの?」
「詳しくは俺もわかんない。でも、凪ちゃん仲良かったから心配してて。で、俺もその相談に乗ってたんだ」
「凪ちゃん、なんで瀬戸さんと仲いいの?あの子、暗いよね。友達いないし。私、多分一回も話したことないかも」
ツッチーはそう言うと携帯を見て、
「そんな子と関わってると、凪ちゃんも病気になっちゃうよ」
と、軽く言い、電話をかけだした。
「あ、私。どうしたの?何で来ないの?え?何?」
ツッチーはそのまま席を立ち、お店を出て行った。
「……」
「……」
残された私とかっちゃんは、しばらく無言でコーヒーを飲み、
「まあ、ツッチーは凪ちゃんのことを心配してああ言ってくれたのかもしれないし」
と、かっちゃんは笑顔を見せた。
「え?うん。そうだね」
ちょっと、ツッチー冷たいって思っちゃった。
「もし、私も心の病気になったら、かっちゃん、どうする?」
「俺?ほっとかないよ。ちゃんと、凪ちゃんのことは助ける」
「助ける?」
「うん。なんとかする。だって、友達だしね?」
にこっとかっちゃんは微笑んだ。そして、
「でも、凪ちゃんは、彼氏君に会えたら一発で元気になれそうだけどね」
と笑った。
「そうだよね」
「あ、あれれ?凪ちゃん、敬語じゃなくなってる」
「あ!ごめんなさい。つい…」
「いい、いい。ツッチーだって、一個下だけどため口だし。他のサークルの子も、敬語使うのなんて凪ちゃんくらいだったし」
「そうなんだ。それだけかっちゃんって、話やすいのかな」
「うん。俺も自分でそう思う。だから、友達はたくさんいる。そして、彼女はいない」
「………」
「あ、今、可哀そうにって同情した?」
「え?ううん。してない」
「いやいや、今の目は同情の目だった。ふんだ。いいんだよ!そのうちにきっと、ドラマのような出会いがあって」
「………」
かっちゃんはしばらく、素晴らしい出会いの妄想話を繰り広げていた。10分も話まくったあと、
「あ、ひいちゃんのことだったよね。ごめん、ごめん」
と、妄想から抜け出てくれた。
「強くなりたいけど、どうやったらなれるのかなあ」
「う~~~~ん」
結局、答えは出なかった。バイトの時間になり、かっちゃんと一緒にバイト先に行った。
帰りも一緒の時間に終わり、一緒にアパートに帰った。そして、かっちゃんは、
「凪ちゃん、あんまり悩み過ぎるなよ。禿げちゃうからね?」
と、冗談を言って、自分の部屋に入って行った。
「禿げないよ」
ぼそっと呟きながら、私は自分の部屋に入った。
お風呂に入り、おばあちゃんのオーラを感じた。おばあちゃん、最近よく来てくれてる。
「ありがとうね、おばあちゃん」
私にはこうやって、守ってくれる誰かがいる。でも、ひいちゃんにはいないのかもしれない。
「どうしたらいいのかなあ」
11時。一人で悩んでいると、また、空君が電話をくれた。
「凪、大丈夫?」
「え?」
「おばあちゃんが、凪が悩んでいるみたいだったって言ってたけど」
「……うん。まだ、ひいちゃんのことで悩んでいるの」
「俺、明日行こうか?塾、夕方からだから」
「いいよ。悪いもん」
「……なんで凪、遠慮するの?俺に会えなくて寂しくないの?」
「え?そりゃ、会いたいよ。でも、空君だって、勉強大変なんだし、そうそう頼っちゃ悪いし」
「どうしたの?なんで、いきなりそんなこと言い出したの?」
「え?」
「なんかあった?」
「………」
どうしたのかな、空君。
「何もないよ?でも…」
「うん」
「いっつも空君にばっかり頼っていないで、もっと私、強くならなきゃって思って…」
「それ、どういうこと?」
「え?」
なんか、空君の声暗い。
「凪、俺から離れるの?」
「違うよ。そういうわけじゃなくって」
「………。ごめん。ちょっと、俺の方が多分、凪がいなくて寂しくなってて」
「…空君?空君こそ何かあった?」
「ないよ。なんにもない。淡々と毎日が過ぎているだけで…」
空君?
「ごめん。勉強疲れかも。明日は、久々父さんとサーフィンでもするよ。気分、晴れるかもしれないし」
「うん。気分転換は必要だもんね」
「じゃ、おやすみ、凪」
「おやすみなさい」
電話を切ってから、なんだか申し訳ない気持ちになった。私、自分のことばかりで、空君のこと考えてなかった。空君だって、受験勉強で大変なのに。
「やっぱり、空君に会いたい」
私だって、会いたいよ。
なのに、強がった。ううん。遠慮かな。空君が言うように遠慮したのかも。
「は~~あ」
空君を守れるだけの強い自分になりたい。だって、いつでも、空君に守られてばかりだ。
ひいちゃんのことも、空君のことも、私、全然守ることができない。何もできない。
翌日はバイトもなく、私は朝からママに電話をした。ママは、人のこととなると強くなれるって、前にパパがそう言っていた。
「凪?どうしたの?」
「……ママは、どうして人のこととなると強くなれるの?」
「え?どうした?何かあった?」
「私って、なんで弱いのかな」
「凪、ママだって弱いよ。聖君や、周りのいろんな人が支えてくれるから、きっと強くなれるだけで」
「……そうかな」
「ただ、人に甘えることが下手で、よく聖君に甘えていいよって言われてた。だから、今はべったり甘えたい時には甘えているの」
「甘えていいの?私も?」
「もちろん。ママにだって、聖君にだって、空君にも甘えていいと思うよ?」
「空君、大変な時なのに」
「あ、空君と何かあったの?」
「ううん。正確には、ひいちゃんと」
「ああ、ひいちゃんか…。あの子、ちょっと心閉ざしている感じあるもんね」
「ママもそう思う?それって、どうしたらいいの?」
「ママもわかんないんだよね。聖君の方がそういうの得意。聖君は、真正面から向き合うの。こっちが心閉じちゃうと、向こうも閉じちゃうじゃない?ママに対しても、ちゃんと向き合ってくれたし。あ、友達とは、喧嘩になっても向き合っていたなあ」
「…喧嘩?ママも誰かとしたことある?」
「う~~~ん。こじれたことはある」
「それ、どうしたの?どうやって、また仲良くなれた?」
「そんなの、凪だって得意でしょ?」
「私が?」
「高校の時の友達と、ちゃんと向き合って、仲良くなったでしょう?」
「……千鶴?」
「千鶴ちゃんもだし、文江ちゃんや、他の子とも」
「……うん。そうだよね。あの頃、ちゃんと向き合えていたかも。でも、いつも隣に空君がいてくれたから心強かったの。空君がいなかったら、私きっと一人で何もできなかった」
「…そっか」
「それに、パパとママもいた。碧も…。だから、安心していられたの」
「今だって、パパもママも碧もいるよ。ちょっと離れているだけで、だけど、凪のこといつでも思ってるよ?」
「……うん」
「それは、空君だって」
「うん。そうだよね」
そうだよ。空君がいるから強くなれる。みんながいてくれるから、強くなれる。いくら、離れていたって、みんなの心は離れて行っていない。空君だって。
「ありがとう、ママ」
「なんかあったら、いつでも伊豆においで。聖君がすぐに迎えに飛んでいくから」
「うん」
元気出た!!
電話を切って、部屋の掃除をした。それから、私はまたひいちゃんに会いに寮まで行った。
お昼を食べようと誘ってみよう。何度断られても。
ひいちゃんと向き合って、ひいちゃんが何で心を閉ざしているのか聞いてみよう。もし、空君のことが原因だったら、それもそれで、ちゃんと話をしてみよう。
寮に行き、ひいちゃんの部屋の前まで来た。すでに頭痛がする。
「ひいちゃん」
ドアをノックした。返事はない。思い切ってドアを開けてみると、中から冷たい空気が流れだしてきた。
「ひいちゃん?」
部屋の中に進んだ。ひいちゃんは、ベッドに横になっていた。
ひいちゃん、ご飯は食べているんだろうか。布団の中にうずくまっているけど、まさか、ずうっとここで寝ているだけなんじゃないよね。
「ひいちゃん?」
「凪ちゃん?」
「うん。大丈夫?」
ひいちゃんは、布団から顔を出した。青白い顔をしている。
「ちゃんと食べているの?」
「朝食は食べた。お昼はこれから…」
「大丈夫?食堂一緒に行こうか?」
「いい。いいから、ほうっておいて」
「でも…」
「私、凪ちゃんじゃダメなの」
「え?」
「凪ちゃんだと、イライラするの。ごめん。なんだかわかんないけど、顔を見るのも嫌なの」
そう言うと、ひいちゃんはまた布団の中に顔を隠した。
そんなに私、嫌われているの?
ズキッ。頭が痛い。それにゾクゾクと何か冷たいものがまとわりつく。
「ひいちゃん、私、今日はちゃんと話をするつもりで来たの」
「話なんてないよ」
「どうしちゃったの?家から帰ってきてから、具合悪いの?」
「そうだよ」
「家では?大丈夫だった?」
「……家では、居場所がなかった。私の部屋は妹が占拠していたし、親はずうっと仕事していて、私が帰ったって喜んでもくれなかった」
そうだったんだ。
「凪ちゃんにはわかんないよ。あんなあったかい家族がいて、優しい彼氏がいて。男の人が苦手とか言ったって、かっちゃんって人とだって仲良くやっているじゃない」
「ひいちゃんも、きっと仲良くなれるよ」
「やめて!適当なこと言わないで。そういうの、迷惑。もっと自分が情けなくなってくる。同情なんていらないから」
「同情じゃないよ。ただ、私も独りになった時があって、すごくその時苦しかったから」
「じゃあ、凪ちゃん」
ひいちゃんはいきなり、布団から顔を出した。そして、泣きそうな顔をしながら、
「私に、空君、くれる?」
と聞いてきた。
「え?」
「ちょうだいよ。あったかい家族がいるだけでもいいじゃない。私には何もないの。誰もいないの。だから、空君、ちょうだい」
何を言い出したの?ひいちゃん。
「そんなの、無理だよ」
私はびっくりしながら、そう答えた。すると、枕をいきなり投げつけ、
「じゃあ、帰ってよ。結局、凪ちゃんは何も犠牲になんかできないくせに!」
と言って、私をひいちゃんは睨みつけ、そのあと、わあっといきなり泣き出してしまった。
変だよ。ひいちゃん。どうしちゃったの?




