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第2話 引っ越しの日

 いよいよ、引越しの日がやってきた。空君はわざわざ塾を休んで引っ越しを手伝うと言ってくれたが、その日は塾の模試もあり、塾のほうに行ってもらった。


 引っ越しは碧が手伝ってくれた。特に大きなものもなく、服と勉強道具くらい。残りの荷物はあとから宅配便で届けてもらうし。

 家電やタンス、机なんかはすでに引っ越す前にアパートに届いている。日にちを指定して、その日にパパとアパートで待ち、家具や家電を受け取った。


 それから、車でパパと布団やカーテンを買いに行ったり、食器も買ったりした。パパは、買い物の間も、ため息をつき、

「はあ。凪、本当に出て行っちゃうんだね」

と、寂しそうだった。


「うわ。まじ、贅沢なんじゃない?!」

 アパートに着き、碧が部屋の中に入ってそう叫んだ。

「ここに凪が一人で暮らすわけ?もう新婚さんの家庭みたいじゃん。家電は揃っているし、タンスだって、こんな立派なの買っちゃって」


「パパが、どうせ空と結婚することになるんだから、結婚してからも使えるやつにしておけって」

「……父さん、凪に結婚してほしいのかなあ。そうしたら家を出て行くことになるのになあ」

「でも、伊豆にはいるだろうし」

「……まじ、空と結婚するんだ、凪」


 碧がそう言いながら、カーテンを開け、窓も開けた。

「周り、環境良さそうじゃん。大学も近いんだろ?」

「うん」

「俺もたまに泊りに来ようかな」


「文江ちゃんと?」

「…う、う~~~ん」

 碧は頭を掻き、顔を赤らめた。

「いいよ。二人で来て。でも、布団が二人分しかないけど」


「なんで、二人分あるわけ?空が泊まる時用?」

「パパが泊まる時用…って、パパが勝手に買っちゃったの」

「でも、空が泊まるんじゃないの?」

「そ、それは…。多分ないと思うけど」


「あのさあ」

 碧は畳の上にどかっと胡坐をかき、私にも座るよう指で畳を指した。

「何?」

「正直な話、ほんとうに空と何もないわけ?」


「な、なんで、弟にそんな話をしなきゃならないの」

「……ないんだ」

 私の顔を見て、そう碧が呟いた。

「ないよ。悪い?」


「空、遠慮してるのかなあ。あ、そっか。凪に女の魅力がないから」

「悪かったわね、色気も何にもなくて」

 そう言って私はさっさと立ち上がり、鞄の中に入っていた服をタンスに入れ始めた。


「あ、そうだ。お隣さんにこれ持っていかないと」

 鞄の中から出てきた乾麺を持って、私はお隣さんに挨拶に行くことにした。

「碧、ついてきて」

「何で俺まで?」


「なんとなく不安…。女ひとりだって思われないようにしろってパパからも言われているし」

「わかったよ」

 碧も引き連れ、まずは右隣の部屋に挨拶に行った。右隣の人は、結婚2年目。夫婦共働きで、ほとんど家にいないらしい。今日は土曜日で、奥さんだけが家にいた。


「今度大学生?弟さんと暮らすの?」

「あ、はい…」

 本当は違うけど。本当のこと言ってもいいかなあ。でもなあ。


「よろしくお願いします」

 碧がぺこりとお辞儀をしてそう言うと、お隣の奥さんはなぜか顔を赤らめた。

「いいわねえ。若い男の子って」

と言いながら。


 それから、左隣の部屋に行きノックをした。でも、誰も出てこない。

「不在みたいだな」

「うん。夕方にでも出直すかなあ…」

「じゃ、荷物の片づけして、昼飯食いに行こうよ。俺、腹減った」

「うん」


 また部屋に戻り、服や勉強道具をしまい、碧と近所を探索しに出かけた。

「この前は、パパと車で来たから、お昼もちょっと遠くで食べたんだ」

「ふうん」

「だから、この辺を歩くのは初めて」


「あ、うどん屋がある。あそこにする?」

「うん」

 碧とうどん屋に入り、うどんを食べた。それからも、近くに何があるか、二人でぶらぶらと歩くことにした。


 公園、小学校、住宅街。駅までの道を歩くと商店街もある。

「買い物も歩いて10分の距離に商店街があるし、いいんじゃない?」

「うん」

「俺も、高校卒業して大学行くとしたら、この辺に住もうかな」


 碧の言葉に頷きながら、私はずっと不安や寂しさを感じていた。一人でこの町に住むんだ。誰も知っている人がいないこの町に…。


「駅まで来ちゃったね。碧、このまま帰る?」

「いいの?お隣さんの家、俺、ついていかなくて」

「うん。大丈夫。さっきも下の階から子供の声も聞こえていたし、あのアパート、ご夫婦や家族で住んでいる人多そうだから。きっと、お隣さんもご夫婦とかだよ。男の一人暮らしとかだったら、嫌だけど」


「まあね。2DKのアパートに一人暮らしなんて、そんな贅沢するのは凪くらいだろうしね」

「う、うん」

「じゃあ、俺、帰るよ」

 駅に着くと碧はそう言って、さっさと改札口を抜けてしまった。


「今日はありがとうね、碧」

 慌てて私は碧の背中にそう言った。

「ああ。じゃ、頑張って」

 さらっとそう言うと、碧は駅構内へと消えて行った。


 何をがんばるんだ?これからの生活かな。

「はあ」

 入学式は4月1日。あと3日しかない。いや、3日もあるって感じかな。それまで、一人であの部屋で何していようか。


 暗い。とにかく食材でも買って帰るとするかな。なにしろ、これからは自炊の生活なんだし。

 ああ。料理、得意じゃないのになあ。


 食材を買い、思わず、お菓子なんかも買い揃え、アパートに帰った。そして、寂しいからテレビをつけ、ちゃぶ台の前に座り、お菓子を開けて早速食べだした。


「あ~あ。碧にもうちょっといてもらえばよかった。なんなら、泊まっていってもらえば良かった」

 寂しいなあ。

 テレビも観る気になれず、テレビを一旦消した。でも、テレビを消すと静か過ぎてしまうので、またテレビをつけた。


 いよいよ、私の一人暮らしが始まる!って、喜べない。ただただ、寂しいだけだ。

「いけない。空君から気持ちを下げちゃダメだって言われていたんだっけ。碧がいたら、霊が来ることないけど、いなくなったら、引き寄せちゃうかもしれないんだった」


 明るく。とにかく、明るく。明るく…。

 そう思いながらも暗くなって、気持ちが沈んでいきそうな時、携帯が鳴った。

「もしもし!」 


「凪?」

 ママだ。

「ママ。さっき、碧なら帰ったよ」

「うん。碧からメール来たから知ってる。一人になって寂しくなっている頃だから、電話でもしてあげてって」


 碧が?

「どう?大丈夫そう?」

「うん。ありがとう。ちょっと今、暗くなってた」

 碧、ありがとうね。ちゃんとフォローしてくれて。


「聖君も仕事終わったら、電話すると思う。入学式は、ママと聖君、見に行くからね」

「うん。でも、雪は?」

「くるみママが面倒見てくれるって」

「そっか」


 しばらくママと話をした。そして、電話を切ると、また寂しさがこみ上げてきた。

「いかん、いかん。そうだ。もう夕飯の準備をしちゃえ」

 お米を研いだり、野菜を洗ったりして、夕飯の準備に取り掛かった。とはいえ、一人分だからあっと言う間に終わってしまった。


「5時かあ。夕飯には早いし、お隣に挨拶にでも行こうかな」

 左隣、部屋番号は204号室。いい人だったらいいなあ、と思いつつドアをノックすると、中から、

「はい?」

という、ぶっきらぼうな感じの男の人の声が聞こえた。


 ドキ。男?女性が出てくるかと思っていたから、思い切り身構えてしまった。

 ガチャリ。ドアが開くと、髭面のむさくるしい男の人が顔を出した。

 うわ~~~~~~~~。ダメだ~~~~~。苦手なタイプだ!


「あ、あ、あの。隣に引っ越してきた榎本です。よろしくお願いします」

「……ああ。引っ越しの挨拶?これはどうもご丁寧に。もしや○○大学入学したとか?」

「はい。そうです」


「へえ、そう。俺の弟もその大学の2回生。今、バイトでいないけど、今度改めて挨拶に行かせるよ」

「い、いえいえ。いいです」

「なんで?先輩になるんだし、心強いでしょ?」

 全然。むさくるしい男の人とはあまり、関わりたくないし。


「兄弟二人で住んでるんだ。君は?榎本さんだっけ。一人?」

「いえ。私も弟と」

「弟さんって、いくつ?」

「こ、高校生です」

「この辺の高校?」


 やばい~~~。

「いえ。高校卒業したら一緒に住む予定」

「ああ。なるほどね。じゃ、あと1年は一人暮らし?」

 やばい~~~~。ばらしてしまった。

「あの、えっと」


 どう誤魔化そう。男二人で暮らしている人に、女一人暮らしですなんてばらしちゃやばいよね。

「女の一人暮らしは気を付けないと。まあ、なんかあったらいつでも声かけて。俺も弟もすぐに助けに行くからさ」

「え?あ、はい」


 そう言ってるあなたは、大丈夫なの?

「あの…。お、お兄さんの方は社会人?」

「俺?あはは。ぷー太郎に見える?まあ、こんな髭生えて、こんな恰好してたら、無職と思われてもしょうがないかな?」


 よれたスエットの上下を着ていて、髪もぼさぼさだ。そりゃ、そう思いたくもなる。

「これでも、硬いお仕事しているんだよね。だから、安心して」

「硬い…仕事?」

「そう見えないとよく言われるけど、中学校の教師してるんだよね」


「え?!先生ですか?」

「そう。先生なの。たま~~に、生徒が遊びに来ることあるけど、まあ、可愛らしい中坊だから、榎本さん、会っても大目に見てあげてね」

「え?」


「あ。自己紹介し忘れた。俺は遠山茂弘。弟は遠山克弘。しげちゃん、かっちゃんって呼んでいいからね」

「はあ」

「で、榎本さんの下の名前は?」

「凪です」


「凪ちゃん?可愛いね。なんか困ったことあったら言って来てね」

「はい」

 乾麺を渡し、

「食い物、まじで嬉しいよ。サンキュ」

と喜ばれ、私は自分の部屋に戻った。


 中学校の先生か。じゃあ、安心かなあ。でも、やっぱり、あのむさくるしさは、鳥肌が立っちゃうなあ。

 ゾク。

 ほら。なんか、寒気がしてきた。やばいかも。


 空君!

 もう塾終わっているかな。電話しても大丈夫かな。


 空君に電話をしてみた。そうしたら、すぐに空君が電話に出た。

「凪?今、俺も電話しようと思っていたんだ」

「そうなの?」


 空君の声!なんだか、久しぶりに聞く気がしちゃう。昨日も会ったのに。

「俺のこと呼んだでしょ?」

「え?なんでわかるの?」


「やっぱり!なんかさ、感じるんだよね。あ、今、凪が俺を呼んだって」

 すご~~~い。

 そして、空君と小1時間話をして、寒気も吹っ飛んだ。


 夕飯を早々と済ませ、お風呂を沸かし、ゆっくりとお風呂に入った。

「は~~~~~」

 とりあえず、初日はクリアできた。明日は塾も休みだし、遊びに行くよと空君も言ってくれたし。


 明日会える。


 嬉しい~~~~~~~~~~~!!!


 わくわくドキドキしながら、布団に寝っころがった。でも、なかなか眠ることができなかった。

 布団も、天井も、カーテンも、今迄とは違うもの…。


 部屋の匂いも、音も、昨日までとは違うもの…。


 右隣から、音が聞こえてきた。テレビかなあ。

 左隣からは、お風呂の音?そんな音まで聞こえてきちゃうのか。ってことは、うちの音も聞こえちゃうの?


 し~~んと部屋は静まり返っている。でも、一階からは、子供の泣き声もしてきた。子供というか、まだまだ、赤ちゃんみたいだ。


 アパートって初めて住むけど、不思議。いろんな生活音が聞こえるんだなあ。


 そんなことを考え、いろんな音を聞き、なかなか眠れずにいた。これから、ここで生活していくんだ。慣れるまで、どのくらい時間がかかるかな…。




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