第18話 かっちゃんは友達
アパートに帰ってきた。お土産を持ってすぐに隣の部屋に行くと、かっちゃんが、
「おかえり!」
と元気に顔を出した。
「ただいま。お土産を持ってきたんです」
「サンキュ。上がっていく?兄貴はデートでいないんだけどさ」
「あ、いいです。…ところで、かっちゃん、バイトは?」
「今日は遅番」
「そっか…」
「ん?悩み事?聞くよ。上がっていく?」
「いいですってば」
「手なんか出しやしないから、安心していいのになあ。じゃあさ、昼飯まだなんだけど、食いに行かない?」
「あ、はい」
近くのそば屋に行き、二人でお昼を食べることになってしまった。まあ、デートってわけじゃないから、いいよね、空君…。
「で、悩み事は何?」
かっちゃんはカレーうどんを、私はざるそばを頼んだ。
「なんで、悩んでいるってわかったんですか?」
「顔、暗いし…。凪ちゃん、わかりやすいんだよね。彼氏と喧嘩かな?」
「いいえ。空君のことじゃなくて…。ひいちゃんのこと」
「一緒に帰ってきたの?アパートの方には来なかったんだね」
「一緒に帰ってきていないんです。もう少し旅館に残るって…」
「ああ、実家だよね。家に帰ったら、大学の寮に戻りたくなくなっちゃったかな」
「だったらいいんですけど」
「よくないでしょ」
カレーうどんを食べながら、かっちゃんが突っ込みを入れた。
「いいえ。家が居心地いいならいいんです。だけど、ひいちゃん、ご両親のこと嫌がっていたし、家にだって本当は帰りたくなんかなかったと思うんです」
「じゃ、なんで、凪ちゃん家族の旅行について行ったわけ?」
「…空君がいるから…かも」
「まじ?ひいちゃん、凪ちゃんの彼、横恋慕しようとしているわけ?」
「そういうわけじゃ…。でも…」
「でも?」
「ひいちゃん、空君のことすごく気になっているみたいで」
「じゃあ、恋のライバルになっちゃったわけだ」
「……」
「それで悩んでいるわけ?でも、ひいちゃんが勝手に空君好きになっただけで、空君と凪ちゃんは、そんなことくらいでダメにならないんじゃないの?」
「そういう悩みじゃなくって。ひいちゃんとこれから、どうしたらいいんだろうって」
「ああ、友達続けていくかどうかってこと?」
「……」
「やめれば?」
「え?」
「友達、やめちゃえば?」
「な、なんで?!」
「やめたいなっていう顔してたけど?」
「私が?」
「人の彼氏に手を出すような女、こっちが願い下げよ…。って感じ?」
「そんなこと思っていないけど。それに、かっちゃんだって、ひいちゃんのこと救ってあげたいねって言っていたのに」
「そうだね。凪ちゃんが友達やめたら、あの子、まったくの一人ぼっちになっちゃうね」
「……」
「凪ちゃんはどうしたいわけ?」
「わからないんです。どうしたらいいかわからなくって、悩んでいるんです」
「友達続けたいかどうかだよ?」
「……」
自分でも、本当にどうしていいかわからない。
「あのさ。ここは一発、ガツンと言ってみたら?」
「何をですか?」
「私の彼氏なんだから、手なんて出さないでよって」
「そんなこと…」
「じゃあ、手、出されてもいいんだ」
「よくないです」
「だったら、ガツンと」
「え~~~~」
ダメだ。頭の中真っ白になってきた。
「すみません。悩み事聞いてもらったのに、なんか、もっとよくわかんなくなってきた」
「ま、すぐに答え出せるようなもんじゃないだろうからね。それにしてもさ、ひいちゃんって、男嫌いだったよね。なんで、凪ちゃんの彼氏はいいわけ?」
「それも、よくわからなくって」
なんでかな。確かに空君は私といると優しいけど、他の人だとクールになっちゃうんだけどな。ひいちゃんの前でも、無表情だったし、ちょっと怖い雰囲気も醸し出していたのにな。
「凪ちゃん、優しいからだろうなあ」
「は?」
「普通、悩まず、即友達やめるよ」
「なんで?」
「男絡むと、女の友情なんか簡単に壊れるもんじゃん」
「そ、そうかな」
千鶴も空君が好きだった。でも、ずっと友達していた。空君のこと諦めても、私との友達はやめたくないって、ずっとそばにいてくれた。
心強かったなあ。
あの時、私は千鶴に空君のことが好きだって言えなかった。千鶴にとっては、自分が先に空君を好きになったのに、あとから空君に近づくなんてどういうこと?って思っただろうなあ。それも、千鶴の前で、キスまでしちゃったんだよな。
千鶴が私から離れて行ってもおかしくない状況だった。なのに、そばにいてくれたんだ。あの時、千鶴が離れて行ったら、私、孤独になっていたかもしれないんだよな…。
う~~~~。私が離れたら、ひいちゃんは独りになる。でも、だからと言って、空君から身を引くとか、そんなことは絶対にできない。
じゃあ、どうしたらいいの?
あ~~~~~~~~~~。わかんないよ!
「凪ちゃん、あんまり悩んでいると、やばいよ」
そば屋からアパートに向かう途中、かっちゃんが悩んでいる私に話しかけてきた。
「え?」
「あのアパート、すぐに霊が来ちゃうんだから。テンション下がるとまた憑りつかれちゃうよ」
「そうだった」
「あんまり悩むなよ。アパートにいると暗くなるんだったら、店に来ちゃえばいいし」
「店?バイト先ってことですか?」
「そう。みんな明るいし、空いている時間帯なら、客の一人として居座れるだろうからさ」
「はい。そうします」
「そいじゃ、また明日大学でね」
「ありがとうございました」
お礼を言って私は自分の部屋に入った。
「そうだよな。悩んでいてもしょうがない」
気持ちをすっきりさせたくて、私は部屋の掃除を始めた。段々と気持ちが落ち着き、夜にはすっかり気分が良くなった。
11時頃、お風呂を出てのんびりしていると、空君のオーラを感じた。あ、魂飛ばして来てくれている。
嬉しいけど、やっぱり空君本体に会いたい。
「早く一緒に暮らしたいよ」
でも、まだまだ来年まで何か月ある?一気に気持ちが下がった。だけど、そんな私を優しくあったかいオーラで空君が包み込んでくれたようだ。
「あったかい」
空君、大好き。そう思うと自分からも光が飛び出し、さらにあったかさは増して行った。
翌日、大学に行くとひいちゃんの姿はなかった。まだ、実家から戻ってきていないのかもしれない。
そういえば、妹さんもいるんだっけ。会えなかったけど妹さんに泣き着かれて帰ってこれないのかもしれないなあ。
「凪ちゃん、今日シフト入ってる?」
昼に食堂にいると、隣に座りながらかっちゃんが聞いてきた。
「え?入ってないですけど」
「よかった。じゃ、人足りないから入ってもらってもいい?」
「また、誰か辞めちゃったんですか?」
「いや、風邪でダウンしたんだよね、あの高校生の女の子」
「弱いですよね」
「遊び過ぎだよ。高校生のくせにさ。じゃあ、5時から入ってね」
「かっちゃんは?」
「俺も出るよ」
そう言いながらかっちゃんは、手に持っている缶コーヒーをグビッと飲み、
「あ、ひいちゃん、今日来ているの?」
と思い出したように聞いてきた。
「いいえ」
「そっか」
一言そう言うとかっちゃんは、またコーヒーを飲んだ。
「あ~~。かっちゃんだ」
テニスサークルの子たちが、かっちゃんを見つけてやってきた。
「また、凪ちゃんと一緒にいる。やっぱり、付き合ってるんじゃないの?」
「凪ちゃんには、優しい彼氏がいるんです」
そうかっちゃんが言うと、みんなして、
「会いたい。どこの学部?」
と声を揃えて聞かれてしまった。
「まだ、高校生なんだよ。年下の彼」
「かっちゃん、ばらさないでください」
「年下!わあ。もしや、遠恋?凪ちゃん、伊豆だよね?」
「うん」
「遠恋か~~。大変だ~~~」
「高校生だなんて、周りに女の子いっぱいいるよね?」
「今頃、浮気していたりして」
みんなして、面白がっているみたい。
「でも、受験生だし、浮気なんかしている暇ないでしょ?」
そう言ってくれたのはかっちゃんだ。
「わかんないよ。そんなの」
「よせよ。凪ちゃんと彼氏君は、それはそれはラブラブなんだからさ」
「か、かっちゃん、そういうことも言わないでください」
「いいじゃん。本当のことじゃん」
「なんだ。かっちゃん、凪ちゃん狙いなのかと思っていたよ。彼がいても遠恋だし、凪ちゃんを彼から奪っちゃうのかって」
「は?」
土田さんがそんなことを言い出し、私は目が点になり、かっちゃんは突然、わははと笑い出した。
「凪ちゃん、俺のタイプだったから、隣に引っ越してきてテンションあがったんだけどさ、彼氏と仲いいんだもん。俺、諦めたよ」
え…。今の、冗談だよね。タイプっていうのは…。
「そんなだから、かっちゃん、彼女出来ないんだよ。もっと、ガンガンいかなきゃ」
「じゃ、ツッチー、付き合ってよ」
「私?私は今、狙っている人いるし」
「サークルに?」
「バイト先に」
「ああ、それで、バイト辞めたくないんだ」
「それもあるし、本当に人足りないから」
「結局俺って、友達以上になれないんだよなあ。あ~~~あ」
かっちゃんはうなだれた。そんなかっちゃんを置いて、土田さんたちはさっさと食堂を出て行ってしまった。
「なんとか、彼女ができないものかね」
ぼそっとかっちゃんが呟いた。
「う~~~~ん」
私は首をひねってしまった。かっちゃんは、最初しつこいし、馴れ馴れしいと思ったけれど、慣れると、特に害もなく、話しやすい。こんな感じでみんな、友達として見ていくようになるのかもなあ。
「かっちゃん、友達として最高な感じだから」
「最高って?」
「話やすいし、悩み事聞いてくれるし…。私、男の人って苦手だけど、かっちゃん、平気だし」
「空君と一緒にいる時と、どう違うわけ?」
「え?えっと」
空君だと、ドキドキもするし、可愛いって抱き着きたくなるし。なんて、言えないよなあ。
「いいよ、頬赤らめただけで、何考えているかわかったし」
「赤い?」
「赤い。まあ、確かに、空君、イケメンだしね。モテるんじゃないの?高校でもモテてそうだね」
「う、うん」
「気が気じゃない?もしや」
「……」
黙って私は頷いた。
「でも、あの空君って、凪ちゃんにぞっこんぽかったし、大丈夫なんじゃない?」
「かっちゃん、さっきからずっと私が安心するように言ってくれて助かります」
「あはは。落ち込ませても意味ないし。ちゃんと俺は、凪ちゃんが気持ち持ち上げるようにするよ」
「かっちゃんって、いい人だよね」
「それだよ、それ!みんなに言われる。で、いい人で終わるんだよ。友達以上になれないんだ。いい人やめたらいいのかな」
「ううん。それがかっちゃんのいいところだから、やめてほしくないな」
「……そう?そんなこと言われると、凪ちゃんにまじ、惚れちゃうよ?」
「それは、ダメです」
「あはは。冗談だって」
なんだ。びっくりした。
それにしても、かっちゃんって明るいし話やすいし、ひいちゃんもかっちゃんとなら仲良くなれるんじゃないのかな。
大学の講義が終わり、急いでファミレスに駆け込んだ。そして、バイトが終わり、かっちゃんと一緒にアパートに帰った。その時にも、
「かっちゃんだったら、ひいちゃんと仲良くなれそうな気がするんですけど」
と話してみた。
「……」
あれれ?首を傾げちゃったな。
「どうかな~~」
「無理ですか?」
「う~~ん。なんとなく、仲良くなれそうかなって感じたこともあったんだけど」
「え?もう、無理なんですか?」
「……心開いてくれればね…。でも、どうやって心開いたらいいか」
「……そっか」
空君も言っていたっけ。自分自身が変わろうとしないと変われないって。
「何か、きっかけがあれば、変わろうとするのかなあ」
ぼそっとそんなことを、アパートの階段を上りながら言うと、先に階段を上りきったかっちゃんが、
「きっかけねえ」
と、私の独り言に返事をした。
「まあ、凪ちゃんは、あんまり悩まないことだよ。明るく楽しく生きようぜ」
「え?」
「暗くなると、霊、憑りついちゃうんでしょ?気を付けないとね」
「あ、うん」
にこりと笑って、かっちゃんは、「おやすみ」と自分の部屋に入って行った。私も鍵を開け、自分の部屋に入った。
「ふう…」
部屋にはなぜか、おばあちゃんの気配を感じた。おばあちゃんの魂が来てくれているのかな。そして暖かく見守ってくれているんだろうな。
こんなふうに、ひいちゃんにも誰かが見守ってくれたら、変わっていくんだろうか。




