第14話 空く~~ん 寂しいよ
空君と私のお小遣いが、だんだんと底をつき始めた。2週間に一回は会いたいって思っていたのに、伊豆に帰ってからもう3週間が経ってしまった。
その間、このままじゃ、空君に会えない!と危機を感じた私は、かっちゃんの働くファミレスのバイトの面接に行った。カフェでバイトをしたことがありますと言うと、店長さんがすぐに採用してくれた。
テニスのサークルは、木曜日に参加し、バイトは月、水、金の週3回でることにした。土日はもちろん、空君がいつ来てもいいようにあけておいた。
とはいえ、塾もあるし、バイトもできない空君がこっちに来るのは難しくなるのかなあ。
寂しいな。電話やスカイプもしているし、魂はしょっちゅう飛ばしてくれているから、空君のオーラは感じられるけど、ぬくもりは感じられない。
ああ、空君に、抱き着きたい、抱き着きたい、抱き着きたい!
空く~~~~ん。寂しいよ~~~。もう3週間会えていないよ~~~~!!!!
クラ~~くなりながら、お風呂に入った。お風呂の中でも気持ちは沈んでいた。それが悪かったのか、バスタブに入っているのに、なんだか寒気と頭痛がしてきてしまった。
「いるかも…」
このアパート、霊が寄ってきやすいらしいし、気持ちを下げるとすぐに来ちゃうんだよね。
あと、時々ひいちゃんが遊びに来るけど、たいてい霊を引き連れてきちゃって、このアパートに置いていってくれちゃうらしく、頭痛や吐き気に見舞われることもあるんだよね。そんな時は、急いで空君に魂を飛ばしてもらったり、空君が幽体離脱できない状態の時には、おばあちゃんが来てくれる。
おばあちゃんが来るとすぐにわかる。ふっと脳裏におばあちゃんの顔が浮かび、ニコニコ笑っていて、そうすると頭痛や吐き気も寒気も一気に吹き飛ぶ。
守られているんだなあって、安心して夜は眠りにつく。
ゾクゾク。やばい。バスタブでこの寒気ってかなりやばいかも。
「空君!」
今何時だっけ。確か、夜の10時を過ぎているから、空君は部屋で勉強でもしているかな。じゃあ、幽体離脱してきてくれるかな。
と思っているのもつかの間、空君のオーラを身近に感じた。あ!来てくれてる!
きょろきょろとあたりを見回した。どこから空君のオーラを感じるかな。でも、なぜか次の瞬間には空君のオーラは消えていた。
あれれ?空君、来てくれていない?
ゾクゾクゾク。ああ、まだ寒い。まだいるよ!空君ってば!
また空君を呼んだ。すると、今度はおばあちゃんのあったかいオーラを感じた。
「おばあちゃん?」
目を閉じるとおばあちゃんの優しい笑顔が浮かぶ。
ああ、体があったまる。それに、一気に気持ちがほっとした。
「ありがとう、おばあちゃん」
お礼を言って、お風呂から上がった。空君は幽体離脱できない状態だったのかな?
髪を乾かし、そろそろ寝ようかと思っていると、携帯が鳴った。
「凪?」
「空君?!わあい。声が聞けた。嬉しい」
「凪!あのね、俺を呼ぶ場所考えてくれないかな」
「え?」
「さっき、呼ばれたから、何かあったかと思って魂飛ばしたら、お風呂場だからすんげえ焦った」
あ、来てくれていたんだ。
「びっくりして、すぐにこっちに戻って、ばあちゃんに凪のところに行ってもらうよう頼んだけどさ」
「うん。おばあちゃんが来てくれて、霊も消えたみたい」
「霊が風呂場にいた?」
「うん」
「…そっか。でも、風呂場にいる時には俺、行けないよ?」
「なんで?私、しっかりとバスタブに入っていたし、体まで見えなかったでしょ?」
「そういう問題じゃなくって。とにかくびびるから、やめてね」
「わかった。ごめん」
「あ、そうだ。今度の土曜日、旅行に行くの決まったって知ってた?」
「旅行?」
「聖さんか、桃子さんから連絡行った?」
「ううん」
「ほら、ひいちゃんさんちって、旅館してるじゃん。今度の土曜日にキャンセルが入って、3部屋取れるんだってさ。聖さんも、水族館休めるし、まりんぶるーも休みにしちゃうって。俺も塾さぼるし。ただ、碧はバスケ部の試合があるらしく、行けないけど」
「え?そうなの?碧、怒ってない?一人だけ行けなくて」
「黒谷さんもバイトのシフト入ってて行けないから、別に温泉行けなくてもいいってさ。日曜日は、デートするって言ってたし」
「ふうん」
「で、凪は?バイトのシフト入ってない?」
「うん!だって、土日は開けてあるもん」
やった~~。旅行だ。嬉しい!
「バイトどう?」
空君が聞いてきた。
「まだ慣れない。やっぱり、まりんぶるーとは違うもん。メニューも豊富だし、覚えることいっぱいあって。レジも大変なの」
「そっか」
「でも、みんないい人だから」
「男いる?」
「うん。店長さんをはじめ、けっこういる。キッチンは男の人多いよ」
「若いのもいる?」
「うん。高校生もいる」
「大学生は?」
「いるよ。フリーターもいるし」
「かっちゃんってやつも…」
「もう。空君気にし過ぎ。かっちゃんだったら大丈夫だよ。友達みたいな感じだし。一個先輩だから、まあ、天文学の峰岸部長みたいなもんだよ」
「まじで?なんか馴れ馴れしかったから、俺は心配」
「大丈夫。こう見えて、私しっかりしているんだから」
「そうかな。ほわほわしてて、危なっかしいけどな」
「もう!パパみたいなこと言わないで。それより、空君は?浮気してないよね?」
「……」
何で無言?まさか、なんかあったとか!?
「そ、空君?」
「はあ~~。俺、絶対に来年大学入ったら、凪と同じファミレスでバイトする。近づく男全部けちらす。あ、テニスサークルにも入る。俺って言う彼氏がいるって、みんなに見せつけないと」
「え?」
「早く、大学生になりたい。そのために、絶対受かんないと。あ~~」
空君?私の話、聞いてた?
「模試、やばかったんだよ、凪」
「え?そうなの?」
「でも、俺、頑張るから」
「うん」
「だから、凪、他の男と近づくなよ?」
「うん。大丈夫だよ。…で、空君は?」
「何?」
「浮気…してない?」
「俺?誰と?」
「誰かと」
「するわけないじゃん。何で俺が凪以外の子と…。は~~~あ、とりあえず、今度の土曜日ね、凪」
「え?うん」
「3週間も会えていないんだよ。あ~~~~。まじ、遠恋、嫌だ。たまに幽体離脱して凪のそばに行くと、そのまんま、帰ってきたくなくなる」
「だ、ダメだよ。危ないからそういうのはやめてね」
「うん。ずっと体から離れて、何が起こるかわかんないからしないけどさ」
「空君、そんなに私に会いたい?」
「凪は?」
「会いたい。さっきも、抱き着きたい~~~って、心の中で叫んでた」
「だ?!」
あ。変なこと言っちゃったかな。空君の声、裏返ったよ。
「…。お、俺は」
空君、なんか、声小さい。動揺しちゃったとか?
「俺は凪に、キスしたい」
え?!
きゃわ~~~~~~~~~。そういうこと言われると恥ずかしい。もしかして、空君も私が抱き着きたいなんて言って、恥ずかしかったのかな。
「今度の旅行、二人きりになる時間、あまりないかもしれないけど、でも、なるべく二人の時間作ろうね」
空君。キュン!
「うん!」
ああ、光出まくったかも。部屋がキラキラしてる…。
やっぱり、空君はすごい。空君の影響力はでかい。空君の一言で私は幸せいっぱいになる。
翌日、水曜日、ルンルン気分で仕事をした。ああ、早く土曜日にならないかな。
「なんか、今日、張り切ってるね」
かっちゃんに言われた。
「はい」
元気に答えると、かっちゃんがからかってきた。かっちゃんはよく私に絡んでくる。それを見ていて、
「本当に付き合ってないの?」
と、前からこのお店で働いている女の人に聞かれる。
「はい。単なるお隣さんです」
そう答えると、
「かっちゃん、ようやく春が来たのかと思っていたのに、残念ね」
と、かっちゃん本人にその人は言っていた。
「そうなんすよ。俺、なかなか彼女出来なくて。どうしたらいいっすかね」
「友達は多いのにねえ。誰かいないの?進展しそうな子」
「いないんです。みんな、友達どまりで。なんでですかね?」
「さあ?」
その女性は、27歳。結婚して3年目。妊活中らしいが、なかなか子供ができないらしい。旦那さんは夜遅くまで仕事があるとかで、その人も、2時から9時までバイトをしている。
9時を過ぎ、その人は帰って行く。9時を回った頃には、お客さんも減る。10時を過ぎ、私とかっちゃんも「お先に失礼します」と、ファミレスを後にした。
私たちと入れ替わり、深夜の時間帯の人がホールに出た。主婦もいれば、フリーターもいる。たまに人が足りないと、かっちゃんも深夜に出ることがある。
でも、たいていかっちゃんと私は、同じ時間にシフトに入っているので、一緒に帰ってくることが多い。はっきり言って、夜遅いとアパートの周りは暗くて、女一人で歩くのは危ない感じもある。だから、かっちゃんがシフトを入れている日に、なるべく入れている。
「で、どう思う?」
「え?」
「俺さ、ど~も、なかなか友達以上に進展しないんだよ。どうしたらいいと思う?」
「は?」
かっちゃんと一緒にバイト先から帰ってくる途中、突然かっちゃんが聞いてきた。
「凪ちゃんはどうやって、進展したわけ?確か、親戚とかじゃなかったっけ?」
「はい、そうです」
「親戚から恋人に進展って、やっぱり、きっかけがあったわけでしょ?」
「う~~~~ん。どうだったっけなあ」
恋人に進展した瞬間っていうのは、正直いつだったかわからない。でも、私が空君に恋をしているって感じた時はあった。
「それ。恋しているって、いったいいつ、どんな時に感じるわけ?」
もっとかっちゃんは、興味を示してきた。
「空君と仲良かったんです。伊豆に来ると、本当にしょっちゅう一緒にいて。でも、中学生の頃、ちょっとお互いわだかまりみたいなのがあって、中3の時、江ノ島から伊豆に越してきた時にはもう、会話もなくなっちゃって」
「ちょうど難しい年頃の頃か」
「はあ、まあ。それで、話もしないし、遠い存在になっちゃって、すっごく寂しくって、悲しくなって…」
「その時、空君のことが私は好きなんだわ…って気が付いたわけ?」
「はい」
「なるほど~~。近くにいすぎると気づけないものが、離れてみてわかった…的なやつね」
「そうですね、多分」
「そっか~~。押すばかりじゃなくて、引いてみたり、優しくばかりしないで、冷たくしたり、そういう駆け引きも必要なわけね」
「空君は駆け引きなんか考えていなかったですよ。お互いが、相手に嫌われている…みたいな、なんか変な誤解があっただけで」
「へえ。そうだったんだ」
「はい」
「…そうか。恋に発展するのにも、ややこしいわけね」
「…好きな子はいないんですか?」
「俺?う~~ん。それも問題なんだよね」
「は?」
「いいな~~とか、可愛いなあ~~とか、気になるな~~、くらいは2~3人いる」
「2~3人?」
「それが恋がどうかって聞かれると、よくわからない」
「…じゃあ、かっちゃんだって、本気で誰かを好きになったわけじゃないんですね。だから、友達止まりなのかも」
「そうかな。でも、本気で好きってのが、俺にはよくわかんない。どんなの?ねえ、どんな感じなわけ?」
「…本気で好きになった時にわかりますよ」
「え~~~。もったいつけないで、教えてよ」
「言葉で説明なんて難しいんです」
最初、かっちゃんのしつこさとか嫌だった。やけに馴れ馴れしい態度も好きじゃなかった。でも、話しているうちに、だんだんと話やすい感じになってきた。
「ねえ、そういえばさ、この前ばったり構内でひいちゃんに会ったんだ。で、テニスサークル誘ったら、考えてみるって言ったんだよね」
「そうなんですか?」
「なんか、変わったね、彼女。ちょっと前より明るい印象になったよ」
うん。そうなの。私の家に行ってから、雰囲気が変わってきたんだよね。前より明るくなったし、男の人が苦手って敬遠していたのに、ちょっと大丈夫になったみたいだし。
アパートに着いた。かっちゃんに夕飯を誘われたが断って、自分の部屋に入った。
「もうすぐ、旅行だ」
カレンダーの今日の日付にバツ印を書いた。
「もうすぐ、空君に会える」
わくわくしながら、旅行の日を待った。
そして、旅行当日、
「おはよう」
と、荷物を持って、朝早くからアパートにひいちゃんがやってきた。
「どうしたの?」
「え?旅館に泊まるの今日だよね?」
「うん」
「私も今日は、客として泊まっていいって」
「え?」
客!?
「旅館の周りにある観光名所案内するね?」
え?
なんでひいちゃんまでが、旅行に来ちゃうわけ?




