第13話 空君のぬくもり
その日の夜、ひいちゃんは私の部屋に布団を敷いて泊まっていった。
「いいね、凪ちゃんの家族や親せき」
「いいでしょ。パーティ好きだから、しょっちゅう集まってワイワイしているんだ」
「…本当に仲いいよね」
ひいちゃんは、何度も羨ましいを連発した。ひいちゃんの家は旅館だから、子供の頃からお父さんもお母さんも、おじいちゃんやおばあちゃんも働いていて、遊んでもらった記憶がないらしい。高校生の頃は手伝いもさせられ、大学は絶対に家を出ようと思っていたと言っていた。
うちもカフェをしていたから、ママもくるみママも働いていた。パパも爽太パパも仕事があるから、そうそう私と碧は遊んでもらえたわけじゃなかった。リビングでクロがお守りをしてくれたことも多かった。だけど、杏樹お姉ちゃんや、やすお兄ちゃんに遊んでもらったり、たまにお店に出て行っちゃって、お客さんが遊んでくれたりして、そんなに寂しいと感じたことはなかったな。
ママが料理学校に通っている間は、碧と私は保育園に預けられたりもした。でも、碧も私も人見知りをしなかったし、すぐにみんなに打ち解けて楽しくやっていたらしい。
でも、ひいちゃんは違ったのかな。
翌朝、ひいちゃんは朝ご飯を食べ、パパが車で駅まで送って行った。私は、のんびりと雪ちゃんと遊び、午後になると空君が塾から帰ってきて、空君も交えて3人で遊んでいた。
碧は部活だし、ママは雪ちゃんを私に預け、まりんぶるーの手伝いに行ってしまった。だから、我が家に雪ちゃんと空君と私の3人だけだ。
「俺さ、雪ちゃんの世話、けっこうさせてもらってて」
「そうなの?」
「うん。離乳食あげるのも、寝かせるのも…。たまに絵本も読んであげてる」
「え~~。いいな、雪ちゃん」
「え?」
「あ、ううん。なんでもない」
ちょっとやきもちだ。私が空君と一緒にいない間、雪ちゃんは空君と一緒にいられるんだね。いいなあ…。
「だから、自分の子供の世話もできるかも」
「え?!」
自分の子供の世話?
「なんか、予行練習…みたいな?」
ドキン。そんなこと考えていたの?
「料理も、この前母さんに習ってやってみた。案外、俺、いいスジしてるってさ」
「ほんと?」
「家事も…、できるようにならないと、凪と一緒に住んで、凪にばかりさせられないしさ」
「空君!」
愛しくなって、思わず抱き着くと、
「な、凪。ちょっと離れて」
と言われてしまった。
あれれ?なんで、ダメなの?
寂しいな。ドキドキしちゃうけど、遠く離れている分、会っている時は、空君のぬくもり直に感じていたいよ。
「あ~~~あ」
雪ちゃんが、空君の膝の上で何やら話し出した。とっても上機嫌だ。
「なに?雪ちゃん。何して遊ぶ?」
「あう、あ~~~」
雪ちゃんはどこかを指差し訴えている。
「ああ、絵本見たいんだ」
空君は雪ちゃんを膝からおろし、絵本を取りに行った。そしてまた、膝の上に座らせ、雪ちゃんの絵本を読みだした。
わあ、優しい声で読んであげている。空君の表情もすっごく優しい。
雪ちゃん、膝の上で指をしゃぶりながら、真剣に絵本を見ているなあ。
ドキドキ。空君がお父さんになったら、こんな感じなんだ。あの膝の上に、私と空君の赤ちゃんが座っていて、空君が絵本を読んであげて、私がそれをこうやって眺めて…。
今も、なんだか、3人家族みたい。
「……」
じいっと空君を見ていると、空君が私の方を見た。
「ごめん、凪。暇だよね?」
「ううん。空君が絵本読んでいるのを私も聞いてるから」
「なんか、恥ずかしいな」
「え?なんで?とっても今、幸せな気持ちになっていたよ?」
「そうなの?」
「うん。なんか、空君がパパで私がママで、3人家族でいるみたいで…。結婚して赤ちゃん生まれたら、こんな感じだよね」
「…う、うん。俺も、それは感じてた」
赤くなりながらそう空君は言った。
「あ~~あ」
「うん、続き読むね?」
雪ちゃんに催促されて、空君は絵本の続きを読みだした。
ああ、空君、可愛い。
ほわわん。あったかい空気が部屋全体を包んでいる。これは私から出た光と、雪ちゃんから出た光…。
幸せだな~~~~~~。
そのうち、雪ちゃんが指をしゃぶったまま、ゆらゆら揺れだし、空君の膝の上で寝てしまった。
「寝ちゃった…」
「布団に寝かす?」
リビングには、お昼寝用の雪ちゃんの布団が置いてあり、それを広げると、空君が雪ちゃんをそこに寝かせた。
「しっかり眠っちゃったね。起きそうもない」
「お昼寝の時間かな、ちょうど」
空君はそっと、雪ちゃんにタオルケットもかけてあげた。
「可愛いよなあ、雪ちゃん」
「ますます可愛くなっちゃったの?空君」
「うん。まるで、妹か娘だな」
「え?娘?」
「凪が小さい頃に似てるんだよね。子供が生まれたら、雪ちゃんみたいなんだろうなあって思うと、娘みたいな感覚になる」
そうなの?
「聖さんが、思いっきり可愛がっているのわかるよ。マジでかわいいもん。碧もめろめろになっているし」
うん。雪ちゃん可愛いもん。でも、ちょっとジェラシー。
「碧、早くに結婚して子供欲しいって言ってた。俺もそう思う」
「え?」
そうなの?!
「…たまに、想像するんだ。凪と暮らしてて、赤ちゃんがいて…。今みたいにゆるゆるとしたあったかい幸せな空気の中、生活しているんだろうなって。それって、マジで幸せだろうなあって」
「う、うん」
「で、多分、ちょくちょく聖さんが、孫を抱っこさせろって言いに来るんだろうなあ」
「あ、それ、私もそう思う」
「あはは。絶対にパパって呼ばせるんだろうね」
「うん。絶対にそう」
空君とそんな話をしながら、雪ちゃんの寝顔を見ていた。
知らぬ間に、空君は私の手を取って握っていた。
ドキ。
「明日も、明後日もその次の日も、ここに凪がいたらいいのに」
キュン。
「ずうっと、俺の隣にいたらいいのに」
「うん」
胸の奥が痛い。
「遠距離、こたえるね。まだまだ、ひと月くらいしか経っていないのに」
空君の言葉が、胸に染みる。
「そうだね…」
しばらく二人で黙ってしまった。
「空君、天文学部、けっこう新入部員入った?」
「まだ。仮入部状態。碧目当ての子も多いし…。だから、碧、2年になって天文学部やめるって言い出した」
「え?碧、文江ちゃんと何かあった?」
「いや…。前より仲いいんじゃないかな。だから、別に天文学部にいなくても、ラブラブだからいいんだとかなんとか、碧言ってたよ」
なんだ~~、そりゃ。
「でも、霊がくっついたりしない?大丈夫?」
「うん。最近、いないんだよね。碧が学校にいるだけで霊が逃げるみたいで…。碧のパワーさらに強まってるみたいだね」
「へえ、そうなんだ」
「ずっと機嫌いいからかな。多分、黒谷さんとラブラブだからじゃないかな…。いいよね」
ふっと空君の顔が沈んだ。
「ねえ、空君目当ての子はいない?大丈夫?」
「え?ああ。いないよ。俺、モテないし」
嘘だ。モテていたもん。今だってきっとモテていると思う。
「それより、凪、なんだってまたテニスのサークルなんか入ったの?男いるよね」
「うん。でも、そんなに真面目に出る気もないし」
「…隣のやつもいるんだよね」
「かっちゃん?でも、かっちゃん、けっこういい奴かも。ひいちゃんのこと真剣に心配していたし…」
「凪。浮気はダメだからね」
「ええ?!浮気なんかしないよ。するわけないじゃん」
もう。いきなり何を言い出すんだ。
ムギュ。空君の腕に引っ付いてみた。
ドキ。空君のぬくもり…。ああ、やっぱり空君が好き。大好き。大大大…。
「わかった。うん。よ~~くわかった、凪」
「え?」
「光出まくってる」
「アパートに一人でいると、光がなかなか出なくって。空君といると光出しまくっちゃうのになあ」
「じゃあ、魂だけでも飛ばすから」
「うん」
私はまだ空君の腕に引っ付いていた。
そこに、部活から碧が帰ってきた。と思ったら、バイト帰りの文江ちゃんも一緒だった。
「榎本先輩!お久しぶりです~~~」
「文江ちゃん、お久しぶり。あ、元気そう」
肌の色も前よりもずっと健康的だし、髪型も変わった。それに、もしかすると背も伸びたかも。日本人形みたいなイメージだったけど、もっと明るい女の子に変わったなあ。
「やっぱり、碧の影響力は大きいよね。ひいちゃんにも、そんな人が現れたらいいのに」
「ひいちゃん?」
リビングに来て、ソファに座った文江ちゃんが聞いてきた。
「大学でできた友達なの」
「そういえば、ちょっと暗い感じの人だった」
碧も文江ちゃんの隣に腰かけ、話に加わってきた。
なんだか、躊躇なくべったりと隣に座ったなあ。
文江ちゃんはちょっと恥ずかしがっている。でも、碧は嬉しそうにしている。う~~ん、これってきっと、若かりし頃のパパとママみたいな感じかな。
「雪、気持ちよさそうに寝てるね」
「うん。けっこう寝てるかも」
私がそう言うと、みんなで雪ちゃんをじっと見てしまった。
「雪ちゃん、すごいですね。寝ていても、淡い可愛い光出していて」
「え?そうなの?文江ちゃん、見えるの?」
「はい」
「ずっと雪ちゃんは出しているよ」
空君もそう言った。
「でも、今日は先輩も光出しているから、いつも以上にこの家、心地いいです。眠くなっちゃうくらい」
「文江ちゃん、じゃあ、寝る?」
私が聞くと、ふるふると首を横に振った。
「あ、そうだった。俺、文江に勉強教えてもらいたいところがあったんだ。俺の部屋、ちょっと来て」
「え?うん」
そう言うと、二人は2階に行ってしまった。
「文江?碧ったらいつの間に呼び捨て?一つ年上なのに」
「でも、俺もずっと凪って呼んでる」
あ、そうか。空君のほうが年下だった。
「2階で勉強、ちゃんとしていればいいけどね」
「え?何?どういうこと?空君」
「いや…。たまに、碧の部屋から黒谷さん出てくると、顔、真っ赤にしているから…。何やっていたんだろうなあって、ちょっと気になって」
ええ?顔、真っ赤に?!
「碧、特に何も言わないし。俺にはいろいろと聞いてくるくせに」
「何を?」
「凪のアパートに行くと、あれこれ聞いてくる」
何それ。
「でも、なんにもないから、なんにもなかったとしか言ってないけど」
「や、やだ。空君。そんな報告するみたいなこと言わないで。もし、何かあった時に、いろいろと困る…」
「…でもなあ」
でもなあ?
「俺、聖さんにも報告しないとならなくって」
「え?パパに?!」
「根掘り葉掘り聞いてくるから…。手なんて出していませんって、ちゃんと報告しているんだよね」
知らなかった!
「だから、凪に俺、手、出せない…」
え~~~~。何それ。パパったら、いったい何をしているのよ。
「……。まあ、俺も、まだ、そういうのは早いって思っているし」
「え?」
「受験勉強に身が入らなくなりそうだから、そういうのはやっぱり、受験終わったら…かな」
受験終わったら?
「一緒に住むようになったら…かな」
来年ってこと?
「碧にそれを言うと、バカじゃないかって言ってくるけど」
「え?」
「バカ正直に報告する必要もないし、そんなこと守る必要もないってさ。聖さんと桃子さんだって、高校生の頃にそういう関係になって、で、凪が生まれてくることになったわけだし。父さんは、自分のこと棚に上げて、よく手なんか出すなって言えるよなって、そう碧は言っていたんだけどね」
「……」
そうだよ。碧の言うとおりだ。
「でも、やっぱり、俺と凪はまだかなって、そう思う」
なんで?
あ。いや。別に早くにそういう関係になりたいわけじゃないけど。でも、もし、自然とそういう流れになったとしたら?
ほわほわん。隣から空君の、あったかい可愛いオーラがやってきた。それに包まれると、ほんわかと癒されてしまう。
空君が男の人なのに、全然嫌な感じがしないのは、この可愛らしいほわほわとしたオーラを発しているからなんだよね。
それだから、進展もないのかな。もし、空君がその気になったりしたら、空君から出てくるオーラは変わってしまうんだろうか。
ほわん。
結局この可愛いオーラに包まれて、私はすぐに幸せな気持ちになっちゃって、ああ、このまんま進展なくてもいいかな…って言う気になってしまう。
「空君」
「ん?」
「空君といると、すっごくあったかいよね」
「凪もだよ?」
空君と私も、ラブラブなんだよね?
なんて思いながら、私と空君は眠る雪ちゃんを見ながら、ほわほわした空気に包まれていた。




